第227話 其の竜の名は
長い長い直線路。
後ろを見ればすでに小さくなりつつある入り口の光。
そして前は何も見えない暗闇……いや、違う。ほんのりとだが薄明かりが見えた。
通路の形状に沿うような薄く小さな光。何が光ってるのかは分からないが、何かしら灯りがあるのだろう。
もしかしたらこの遺跡の動力が生きているのかもしれない。
「あれ、少し風が流れてるね」
そんなことを考えているとコロナが耳を動かしつつ教えてくれた。
自分は精霊石の加護のせいで何も感じ取れないが、彼女は通路に流れる僅かな空気の流れを感じ取ったらしい。
「なら前方もどっかで外に繋がってるのかもね」
「ではあの光は外の光なんでしょうか……?」
「まぁ多分そうなんじゃないかなぁ?」
着けば分かるよ、と前方を見ながら言うと、それを聞いたブレイヴがこちらに振り向くことなくに皆に注意を促した。
「直に通路を抜けるが我より前には出ないようにな。落ちるぞ」
何か物騒な事を言い出したブレイヴの言葉を聞き一同に少し緊張が走る。
そのまま彼の言う通り前に出ないよう歩いていると、不意に後ろから肩を軽く叩かれた。
何だろうと振り向くとそこにはこちらに手を伸ばしたミーシャの姿。ただ彼女は何やら不安そうな面持ちをしていた。
「ねぇ……目的のドラゴンってもしかして本物の……?」
ドラゴンに偽物も本物も無いとは思いつつも彼女の問いかけに頷きをもって返す。
多分先ほどサラマンダー等の事を言っていたので恐らくは勘違いしていたのだろう。現在ではドラゴンは殆んど見かけないらしいし、そのせいでドラゴンの代名詞がサラマンダーや
それによくよく考えたら前日まで旅行と勘違いし浮かれていたミーシャだ。ドラゴンの調査の事は知ってはいたが、内容について詳細を聞かなければそう思い込んでいても無理はない。
「ドラゴンの巣ってまだあったのね。散発的にしか見かけないから、もう一ヶ所に留まる個体はいないと思ってたのに……」
「昔は違ったんですか?」
「以前は今よりも数がいたから集団で一ヶ所にいたみたいね。それでも絶対数は少なかったけど、前にちょっとあって……」
そこまで言うとミーシャは何故か口をつぐんでしまった。
何か関わるようなことでもあったのだろうか。雰囲気的に聞くのを躊躇うような空気だったのであえて何も聞かないことにする。
「おしゃべりはそこまでだ。通路を抜けるぞ」
ドルンの声で再び前を向くと通路の終点は目の前だった。
ブレイヴが右手を水平に上げ前に出ないようジェスチャーを見せると全員の歩く速度が少し緩む。
そのままブレイヴがまず最初に通路を出た。続いてドルン、そして自分が通路を抜けると、そこには息を呑むような光景が広がっていた。
「うわ……何これ」
少し薄暗い中、目を凝らし見るとそこに広がるのは広大な部屋だったと思しき場所。ただそこはあるもののせいで部屋と言うより別の物に見えてしまう。
それは一言で言えば吹き抜けのある円柱の塔と言った所か。
何せ目の前に広がるのは巨大な
見上げれば上層の階も同様にぶち抜かれ、更にその先にはぽっかりと空いた穴から青空が見えた。少し明るいのはそこから入る日の光がこちらまで届いていたからだ。
下は……いや、覗くのはよそう。手すりもなく下手に近づけば床が崩れ落ちそうな感じさえする。
「一応確認はするか。ヤマル、飛ばせる範囲で良いから明かりを周囲に巡らせろ。エルフィリアは怪しい点が無いか見てくれ。特に脆そうな場所があればすぐに伝えて欲しい」
「……あ、はい」
「わ、わかりました」
物凄くマジメに指示を出すブレイヴを見て一瞬呆けてしまった。
普段からこうしていれば二枚目でいられるだろうに、と少し残念に思いつつ、指示通り《
その間エルフィリアはブレイヴに今からの進行ルートを教えてもらい、そこを重点的に観察するように指示を出されていた。
とりあえず五分ほどじっくりと飛ばし、エルフィリアも確認したところ目視上では問題なし。
ただやはりあの穴の近くは崩れるかもしれないためなるべく外周上を歩くことになった。
「では行くとしよう。こっちだ」
再びブレイヴを先頭に慎重に遺跡を進んでいく。
現在魔物もメムのようなロボットも見受けられない。静寂の中聞こえるのはこちらの動く音と声ぐらい。
何もないことがかえって不安を掻き立てられる。
お腹に力を入れ、気を強く持とうと意識を集中しつつ更に進むと、明かりに照らされた階段がゆっくりと姿を現した。
どうやら外壁に沿うような形らしく、若干弧を描く様な形状をしている。
「ここから一気に下まで降りるぞ。あぁ、ヤマル。《軽光》魔法で何か玉は作れないか? 手の平サイズぐらいで出来れば軽く跳ねそうな物が望ましい」
「え、一応いけますけど……壊れたら交換でいいですか?」
「あぁ、頼む」
良く分からないけど言われた通りに《生活の光》に『魔力固定法』をかける。
このままだと軽すぎるため中に少しだけ氷を入れておいた。
出来上がったものをブレイヴに渡すと、彼はそれを下り階段に向け軽く放り投げる。
「ふむ」
カン、コンと甲高い音を響かせながら光の玉が重力に従い周囲を照らしながら下へと落ちていく。
その落ちる音が妙に響き渡り胸中に再び不安が湧いて出てきた。こんな音を立てていたらドラゴンにばれるのではないだろうか。
「ブレイヴさん、あまり音立てないほうが……」
「そうか? この程度の音で崩れるような遺跡でもなかろう」
「でもこの音でドラゴンに気づかれるかもしれませんよ」
「……? とっくにあちらは我らの存在に気づいているぞ」
その瞬間弾かれるようにコロナがこちらを庇うように前に出て周囲を伺う。
ドルンも右に左にと顔を動かしていたが、周囲にドラゴンのような影は何も見当たらなかった。
「なに、気配を感じられないのも無理はない。あちらは別の方法でこちらを覗いてるようなものだからな」
「大丈夫よ。そいつが言うように視られてはいるけど敵意は感じないわ」
ミーシャの言葉に周囲を警戒していたコロナの雰囲気が少し和らぐ。
だがすでにこちらを補足されていると言う事実はしっかりと皆の脳裏に残り、どうしても緊張を強いてしまう。
「今からその様子では最後まで持たないぞ。もっとリラックスしたまえ」
「でも何かあったらと思うと……」
「気に病むだけ無駄だ。何かあるとすれば
くい、と顎で指し示す先には遺跡中央の大穴。
つまりあちらに攻撃意志があればまずあれが飛んでくると言うことか。なんかぞっとするべきところなんだろうが、規模がでかすぎて実感が湧かない。
「『
「だがお前なら直撃だろうが問題なかろう?」
「私でも何度も無理よ、こんなの」
つまり何度かは防げると言うことか。
何か通常会話のようにさらっと流しているが、これを一発でも防げるとかどんだけ強いんだろう。やっぱり魔王の名に相応しい実力の持ち主なんだろうなぁ。
「大体私ドラゴンと戦ったことは無いわよ。実際これが最大威力とは限らないんでしょう?」
「良い機会では無いか。戦う必要は無いが試してもらうならありではないか?」
「冗談。大体私が負けたらどうするのよ。魔王は勇者に倒されるのであってドラゴンに倒されるものじゃないんでしょう?」
「む、確かにそうだな。ならば我が守れば問題あるまい」
「……別に、あなたがそうしたいなら、それでいいけど……」
ミーシャ限定天然ジゴロは今日も健在のようだ。
目の前で繰り広げられる夫婦漫才を見ていると、残っていた緊張した空気も随分と和らいできた気がする。
「んんっ!! ともかく今はその気が無くてもいつ変わるか分からないからね。気を引き締めましょう」
場の空気に気づいたミーシャが赤面しながら咳払い一つし、誤魔化す様に皆を鼓舞する。
その様子に苦笑を漏らしつつ一行は最下層へと向け階段を下っていくのだった。
◇
そして階段を下ること数分。特に何事も無くあっさりと最下層へと到着した。
壁沿いに下りるため螺旋階段みたいな感じだったが、途中からこの遺跡の形状は下ほど広くなっていることが判明した。
つまり円柱ではなく円錐みたいな形なんだろう。もっとも角度が緩やかなので円柱寄りの円錐形といったところか。
「ヤマル、ここって何の施設なの?」
「何だろうね。情報が少なすぎて予想すらつかないよ」
何せ中央が丸々吹き飛んでいるのだ。
元の外観の形状だけではどんなのか全く想像がつかない。
まぁ今はそんなことよりも目下問題が一つ。
「ブレイヴさん、ドルンー! いけそうー?」
「あぁ、もちっと待ってくれ!」
現在ドルンとブレイヴが目の前の瓦礫の山を撤去しているとこだ。
光の玉に先行させる形で階段を降りきると目の前には瓦礫の山。
どうやらドラゴンが開けた穴の残骸が最下層に落ち、それを端っこに寄せた結果こうなったのだろうとの事。
その為ドルン監修の下、こちらに崩れないようにしつつ皆が通れるぐらいの道を確保してるところだ。
「ブレイヴさんはここには何回か来てるんだっけ?」
「うむ。だがいつもは穴から飛び降りてるからな。故に階段が埋まってるのは知らなかったぞ」
あの穴から……と思ったがよくよく考えたら初めて会ったときも建物の屋上から当たり前のように飛び降りていたのを思い出す。
何と言うか人間止めてるような人だよなぁ。人間じゃないけど。
「後はここをずらせば……よっと!!」
ドルンが瓦礫の一つを押しのけるとそこを起点に周囲の瓦礫も崩れようやく人が通れるほどの道が開かれる。
そして出来上がった道の先に行くと最下層のフロアがその姿を現した。
さすがに最下層に穴は空いておらず、上から降り注ぐ陽の光がフロアの中央を照らし出す。
そしてそれは唐突に現れた。
「……!」
いや、唐突では無い。だがそのあまりの巨大さに最初は気づけなかった。しかし一度気づけばその輪郭が徐々に明らかになってくる。
フロアの中央にはまるで普段ポチが寝そべるように丸くなっている
その状態ですら見上げるほどの巨躯は、存在感と共に得も言えぬ圧を放っていた。
そしてその鱗は白く、日の光を浴びているせいか神々しさすらも感じられる。
「これがドラゴン……!」
その姿に目を奪われ思わず呟きが漏れる。そしてこちらの言葉に反応するかのように、目の前のドラゴンがゆっくりとその目を開らく。
白い鱗に映えるような真紅の瞳。それがまっすぐとこちらを見据えていた。
『懐かしい匂いが二つしてたが……そうか、ヌシか』
「……?」
初めて聞くドラゴンの声はお腹に響くような重低音の声だった。
そしてその内容に何の事だろうと思っていると体が後ろに引っ張られ、自分と入れ替わるようにコロナとミーシャが前に出る。
「ヤマル、大丈夫?」
「え? うん、別になんとも無いけど……」
「威圧……では無いわね。何だったのかしら? それにしても……」
何て強大な力、とミーシャがポツリと呟く。
確かに目の前のドラゴンはどこを見ても強そうでとてもじゃないが自分が万いても勝てそうに無い。
ただ巨大な力は感じられない……いや、差がありすぎて逆に分からないだけか。
ドラゴンの声を聞き呆けてる自分とは対照的に、即座に動いた目の前の二人。歴然とした力の差が分かるぐらいには感じ取っているんだろう。
「少し早いが久方ぶりだな、カレドラ」
「ふん。来客が貴様なのは分かっていたが、ツレがいるのは初めてだな」
不適な笑みを浮かべまるで旧友に話すかのようなブレイヴとドラゴン。
これが"墓守の竜"と呼ばれるカレドラとの初めての邂逅であった。
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