第228話 カレドラ


「すごい、かっこいい……」


 気づいたときには思わずそう声が漏れていた。

 目の前にいるのはファンタジーの体現者とでもあるべき白きドラゴン。

 人が束になっても敵わぬであろう力の具現者が本当にいるという現実に心が震える。


『ふぉっふぉ、普通の人間なら怯えたりするもんじゃが……』


 すごい、ドラゴンが笑ってる。

 いや、別に表情が変わった訳ではない。……いや、ちょっとだけ口角が上がったかな?

 それでも声の雰囲気からは間違いなく笑い声。敵意も何も無い穏やかな口調だ。


「あの……」

「ッ! ヤマル、危ないから下がって!」

「え?」

「何かずっとヤマルくんの方を見てるわよね……。何かしたの?」


 毅然と前に出て自分を下げようとするコロナだったが、強大なドラゴンに相対している恐怖からかその小さな体が小刻みに震えているのが自分でも分かった。

 ちなみに先ほどから全くと言っていいほど反応が無いエルフィリアだが、階段の上にいるときから今のコロナみたいにずっと震えっぱなしだった。

 現在ではまるでスマホのバイブレータのような震えっぷりである。

 不安なのかずっとこちらの服の裾を摘んでいるため、どれぐらい揺れているのかが見なくても十分に伝わる程だ。


「別に何も……」

「……ともかく油断しちゃダメよ」


 心配しすぎ、と思うのは自分の感覚が色々麻痺してるからか。はたまた目の前のドラゴンに心を奪われてしまったからか。

 コロナ達が恐れるのも、それが普通なのも分かっているのに、どうしても恐怖の感情が湧いてこない。

 ……まずいよなぁ、これ。


「…………」

『珍しいのぅ、貴様にそんな顔させるとは。……何者じゃ、あやつは』

『我の友人だ』

『ほっ、そりゃ珍しい訳じゃ』


 その一方でブレイヴはカレドラと呼ばれたドラゴンと普通に話している。

 昔馴染みあたりだろうか。それとも強者同士だからこその対等に話せるとか。

 もしそうならブレイヴはこのドラゴンと同等と言うことになるけど……いや、まさかね。


「改めてはじめましてと名乗ろうかの。我が名はカレドラ、竜族の長だったものじゃ。今はしがない墓守の竜じゃがの」

「墓守の竜?」

「そこに……いや、主らからはワシの体の影で見えぬか。同胞の亡骸がそこにあるのじゃよ」


 故に墓守の竜とのこと。


「さて、ワシは名乗ったぞ? そちらも名乗るのが礼儀と聞いているがの」


 カレドラに言われ皆と目を合わせては一人一人名乗りをあげる。

 エルフィリアだけ震えていたせいで『エエルフィリリア』と間違えられそうになったが、何とかカレドラに正しい名前を伝える事ができた。


「ふむ、現魔王に人間と……多彩な顔触れじゃな。してマ」

「ブレイヴだ! 我が名はブレイヴ=ブレイバー! 世界にその名を轟かせる(予定の)勇者であるぞ!」


 カレドラの言葉を遮るように急に名乗りをあげるブレイヴ。

 別に顔見知りなら言う必要が無い気もするが、ブレイヴの事だし自分も言いたかったのかもしれない。

 そんなブレイヴの様子にカレドラが何とも言えないような微妙な空気を出していた。ドラゴンもブレイヴの行動にはついていけないのかもしれない。


「……あー、それで何の用じゃ? わざわざ友人紹介の為に来たわけではあるまい」

「そうだな。まだるっこしいのは無しにしよう。今日はこちらのヤマルの願いでここまで来たわけだ」

「ほう、ワシに直々に願いか」


 当人(当竜?)としては興味深そうにこっちを見ているだけなんだろうが、巨躯のドラゴンがこちらを見るだけでも物理的な圧がある。

 流石にこんな状態では嘘も冗談も言うわけにもいかず、素直に魔宝石の事をカレドラに話した。


「ふむ、確かに同胞の魔石ならば残っているかもしれん」

「本当ですか!?」


 カレドラの言葉に思わず彼に向かい大声を上げてしまう。

 まさか無いと言われていた物が残っているなんて……。いや、でもあるとは言ったけどくれるとはまだ言っていない。

 そしてカレドラは当然の質問を投げかける。


「うむ。だが何故それを求めるのじゃ? 人間に良くある金品の為か?」

「……それは」


 言うべきだろうか。

 目の前にはミーシャ、そして少し離れたところにいるブレイヴ。この二人のことを考えると人王国の内情である召喚の話はすべきでは無いんじゃないだろうか。


(……いや、違うよね)


 人王国の立場としてならあまり漏洩して欲しく無い情報かもしれない。

 けれどブレイヴもミーシャもこんなところまで一緒に着いてきてくれた。

 ミーシャについては色々と理由が付き纏っているが、少なくともブレイヴは完全に善意からである。ならば黙っておくのは不義理ではないか。


「……自分の故郷に帰るためです。俺は異世界の人間ですから」


 なので素直に胸のうちを明かす事にした。

 こちらの言葉にまず驚いたのはミーシャだ。そうなの?との問いかけに首を縦に振ると、まじまじとこちらを覗ってくる。

 対照的にブレイヴとカレドラはあまり驚いた様子は見せていなかった。異界の召喚者の存在自体は人王国でもメジャーだし、その程度では驚愕に値しないと言うことだろうか。


「やはりか。マ――ブレイヴ、知っておったか?」

「いや。だが確信を得たのはついさっきだな。お前も同じ事を思ったのであろう?」

「……? あの、自分何かそれらしいことしましたっけ」


 少なくとも異界の人間の素振りもしてないしその様な会話も行っていない。

 何故だろうとこちらが口を開くより早く、カレドラがその理由を教えてくれた。


「先ほどから何回か竜語を交えて話した。じゃがヌシはそれを聞いておったであろう?」

「……りゅうご?」

「竜族特有の言語だ。カレドラ以外では我と、後は数名程度しか知らぬはずだ。少なくとも人の、ましてヤマルの年齢で習得はまず無理であろう代物だな」

「そっか……確か異界の人間はどんな言葉でも対話が出来るって聞いた事があるわ。きっとそれね」


 つまりチカクノ遺跡の古代語が読めたように、普通は通じるはずの無いドラゴンの言葉も聞き取れた素振りをしていたからばれたということか。

 そう言えば確かにカレドラが話した言葉のうち何回かコロナやミーシャの様子がおかしいときがあった。

 多分あの時がその竜の言葉を話していたんだろう。自分は聞き取れたが二人にとっては別の何かに聞こえたとすれば合点がいく。

 例えば唸り声のような感じとか……。


「つまりヌシは帰還のために魔宝石が必要だ、と言うことだな?」

「はい」

「ふむ……」


 まるで思案でもするかのようにカレドラが目を伏せる。

 彼はどのような判断を下すだろう。

 少なくとも魔宝石はカレドラの同胞だった物だ。はいどうぞ、とすぐに渡すとは思えない。


(何か条件出すかな。……出すだろうなぁ)


 戦えとか言われたらそこは即座に断わろう。

 目の前のドラゴンは明らかに人知を越えた生物だ。人の身でどうこう出来る次元を越えている。

 戦々恐々とその時を待っていると、考えがまとまったのかカレドラはゆっくりと目を開く。


「では二つ程条件を出そう。それで満足すれば我が同胞の躯を暴く許可を出そうではないか」


 こうしてカレドラからの試練が始まる。



 ◇



「ヤマル、大丈夫……?」

「まぁ、うん。何とかやってみるよ」


 心配そうな顔をするコロナに苦笑を返し、銃剣を展開して戦闘準備を進める。

 カレドラが出した条件その一。それは予想通り彼と戦うことであった。

 ただし戦力差は天地よりも離れている。そしてそれ以上に危険過ぎる。

 そんなことに皆を付き合わせれないと断ろうとしたところで、カレドラが補則であることを付け加える。


 ひとつ。カレドラは一切手を出さないと言うこと。

 ふたつ。戦うのは自分だけと言うこと。

 みっつ。クリア条件はカレドラに勝つことではないと言うこと。


 明らかにイージーモードに変わったが、カレドラが何故そこまで自分を目にかけるか分からない。

 何かしら考えがあるんだろうけど……。

 ともあれチャンスであることに変わりはないので、彼の申し出を受けることにした。


 そしてコロナ達がこちらから離れ今なお心配そうに見守るなか、自分はカレドラと相対する。


「さて、異世界の人間よ。準備が出来たのならいつでも来るがよい」


 特に構えるような仕草も何もないカレドラだが、こうして正面から見ると本当に圧倒される。

 自分の人生でこうしてドラゴンを正面から見る日が来るとは思わなかった。


「どうした。立っているだけでは何も始まらぬぞ」

「……ですね。それじゃ」


 行きます、と言う言葉の代わりに銃剣を構えフルオート射撃を放つ。

 マガジンの中は従来の鉄の矢。《軽光矢ディライトアロー》ではどう足掻いてもダメージは望めないと判断したからだ。

 放たれた矢は全てカレドラの腕に命中し、そして全てが弾かれる。

 それもただ弾かれただけではない。着弾した矢は甲高い金属音を響かせ全て粉々に破砕していた。


「むうぅ、これがドラゴンの鱗か……!」


 驚愕と感心の混じったドルンの声がここまで届く。声色から彼がとても興奮しているのが分かった。

 自身の傑作武器が全く歯が立っていないのに、そこにあるのは悔しさではなく純粋な歓喜。

 鍛冶師として目の前にある最高級の素材の性能をその眼で見る事が出来たからだろう。


(ただやってるこっちとしてはもう手詰まりなんだけどなぁ……)


 通常射撃で木っ端微塵だ。溜め撃ちをしても同様の結果になる事が目に見えている。

 《軽光矢》は残弾を気にせず使えるが威力や射程が鉄の矢より低いので論外。

 と言うかそもそも低い攻撃力を補うための銃剣が効かなかった時点で八方塞もいいとこだ。


「ふむ、なるほど。ではだ。条件は全て捌き切ることじゃ」

「へ?」


 カレドラの言葉と共にフォンと何やら不穏な音が耳に届く。

 恐る恐るそちらに目を向けると、頭上には小石程度の小さな光の塊が一つ見えた。


「ちなみに当たるとこうなるぞ」


 まるで試しに、と言わんばかりにその光が瓦礫の一つに触れると同時にいきなり爆ぜた。

 室内での爆発による激しい残響音、後は分かりやすい位に光に触れた瓦礫が陥没している。

 あんなもの食らえば間違いなく体のどこかしらが吹き飛んでしまうだろう。


「接触式の魔法じゃ。誘導も出来るが今回は直線に飛ばすから頑張るのじゃぞ」

「ちょ!!」


 言うや否や今度は一気に五つの魔法の光が生まれる。


(考えろ考えろ考えろ!!)


 脳内をフル回転させ手持ちの札からどうにかして生き残る解答を模索する。

 直線であるのなら避ければいいが近くで爆発したら間違いなく吹き飛ばされて動きが止まる。

 なら接触式を利用してこちらから先に爆発させればあるいは、と言う考えが浮かび即座に実行。幸いなことに自分には耐久力は無いけど触れるだけならばどうにでもなる魔法がある。


「《軽光盾ディライトシールド》!」


 都合五枚の光の盾を形成。宙に浮かべたこれらは叩かれただけで吹き飛ぶ代物ではあるが、接触式で起爆するあの魔法となれば話は別。

 飛んできた光の射線上に盾を飛ばし進路を塞ぐ。表面積が広い盾形状ならば細かい修正は不要だ。

 そして目論みは当たりカレドラの魔法の光が接触すると同時に爆発が起こる。予想通り盾は砕け散るもその役割を果たし触れた魔法が霧散した。

 心配していた爆風による残った盾の吹き飛ばしも"風の加護"によって無効化されたようだ。

 残りの魔法も全て盾一枚につき一発ずつ防ぎ切り何とか魔法を捌ききる。


「ねぇ、思ったんだけどヤマルくんにアレ張ってもらって山道登ればよかったんじゃない?」


 後ろからのミーシャの疑問の声を聞いたコロナらの視線が背中に刺さるが今は聞こえない振りをしておく。

 そして次はいくつ飛んでくるのだろうと身構えていると、カレドラが何故かこちらをじっと見つめていた。


「……あの、何か?」

「いや、先ほど懐かしい魔力の波長を感じておったが正体はそれだったようじゃな。ブレイヴよ、ヌシは気づいておるかの?」

「無論だ。あんな芸当がやれるのは一人だけだからな」


 《軽光》魔法に対して思う事があるのか、二人だけが分かるやり取りを交わし始める。

 ブレイヴにはとっくに見せているし、もしかして『魔力固定法』の産みの親を知っているのかもしれない。

 ただ現魔王のミーシャがこれについて特に話に混じらないのが気にかかる。

 何代か前なのかは不明だが、マテウスも同じ魔王の一人。彼女が知っていてもおかしくは無いはずだけど……。


 そんな会話だったが、カレドラは何故は首をゆっくりと横に振り違うと言うジェスチャーを示した。


「何だ、気づいておらぬのか。耄碌でもしたか?」

「年齢で貴様にだけは言われたく無いわ。……何がだ?」

「くくっ、ワシだけが気づいているとか優越感あっていいのぅ。こら、右手を下げぬか」


 まるで何かぶっ放しますよと言わんばかりにカレドラに右手を向けるブレイヴだったが、軽く舌打ちをしてはその手を下げる。


「ヤマルよ、先ほどの魔法をもう一度出してもらえるか?」

「あ、はい」


 良く分からないが言われたからには大人しく《軽光盾》を一枚生成する。

 するとまるで何かに捕まれたかのような力が加わり、盾が勝手にカレドラの方へ飛んでいった。


「吹けば飛び散りそうなぐらい弱々しいが、魔法の波長には担い手のクセが出るもんじゃ。ヤマル、この魔法はヌシのオリジナルか?」

「あ、いえ。元々は魔道書で覚えた魔法ですね。それをアレンジしたような感じになります」

「あぁ、確か人間同士は特別な本を介して魔法を覚えることが出来ると言うやつだな」


 ドラゴンであるカレドラが魔道書の存在を知っていたのに内心驚くも、長生きしてるしどこかで知識だけは仕入れたのかもしれない。

 カレドラには悠久の時を生きているような雰囲気があるし、それぐらいの情報は何かの拍子に知ったのだろう。


「で、どうだブレイヴよ。よく感じてみろ」

「…………げ」


 《軽光盾》をまじまじと見ていたブレイヴから物凄いない声が出た。しかもとても嫌なものを見た顔をしている。

 何と言えばいいか……ピーマン苦手な子どもが晩御飯の材料にピーマンを見かけた時ぐらいの顔と言えばいいだろうか。

 しかし自分の魔法にそんな嫌がる要素でもあったのか。散々彼には見せたし、しかもカッコイイと言って泣くほど羨ましがっていたはずだが……。


 そんなブレイヴの様子が面白いのか、とても愉快そうに笑い声をもらすカレドラがとても印象的だった。

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