第226話 竜の住処


(空が白んできたか……)


 焚き火を囲みながら胡坐をかき空を見上げる。うっすらとではあるが暗い夜空がうっすらと白みがかってきており、ようやく夜があけようとしていた。

 スマホを見ればもうすぐ午前五時になろうとしてる頃。

 夜襲もなく、辺りを見ると皆静かに寝息を立てている。

 右を見れば戦狼状態のポチが丸くなっており、そこには寄りかかるように寝ているエルフィリアとミーシャ。

 逆の焚き火を挟んだ反対側にはマントを掛け布団に横になっているドルンとブレイヴ。

 そしてコロナは野営地の外周をゆっくりと見回るように歩いている。


(……ちょっと冷えるなぁ。山の麓だからかな)


 明け方と言うことも相成って周囲の空気は少し冷たい。

 マントの前面部を閉め外からの空気がなるべく出入りしないよう羽織り直し魔法を一つ使用する。


「《風と火ドライヤー》っと」


 普段はドライヤーとして使うこれも風力と温度を押さえればちょっとした暖房器具へと早変わり。

 マントの内側に温風が流れ、ゆっくりと体を暖めていく。


(はー……ぬくいなぁ)


 ヒーターもカイロも無い異世界だけど代替出来る魔法があるのは本当に便利だ。むしろ持ち運びいらずで使えるため個人で使うだけなら《生活魔法》の方が上ですらある。

 火を絶やさぬように『魔力固定法』で固めた《生活の火ライフファイア》を焚き火に何個か放り込み、《生活の電ライフボルト》で周囲をつぶさに観察する。

 まぁコロナが見てくれてるので早々問題はないだろうけど念のためだ。


「あ、何か暖かそうな顔してるー」


 そんな風に魔法で暖を取っていると、いつの間にかすぐ隣にコロナが立っていた。

 そちらに顔を向けると彼女は逆にこちらを見下ろすような体勢で恨めしそうな顔をしている。


「そんな顔してた?」

「うん。私が寒い思いして見回っているのになぁ。ずるいなー」

「あー……それならここ座って良いよ」


 軽く腰を浮かし横にスライドするように移動して今まで座っていた場所をコロナへ譲る。

 焚き火に火をくべる作業の都合上一番近い位置に陣取っていたのでこの場所が一番暖かいはずだ。


「じゃあお言葉に甘えて……」


 そう言うとコロナは自分の隣までやってきては体を屈め膝をつき、こちらのマントの中へと潜り込んできた。

 いきなりの行動に何も反応ができず、その間にコロナは素早く自分の足の上に腰を下ろす。


「はー……やっぱり暖かい。《生活魔法》使って暖めてると思ったよ」

「……何してるの。てか寒いからマント開けないでよ」


 こちらの抗議もどこ吹く風と言わんばかりにマントの前面部から顔だけ姿を現すコロナ。

 その表情は見えないが「あー……」と何やら締まらないような声を上げているので多分表情は相当緩んでそうだ。


「二人でくっついてた方が暖かいでしょ?」

「別に俺一人でも暖は取れるし……。と言うかコロの鎧の金属部分が冷えてて余計に寒いった!?」


 ゴスンと下から突き上げるようなコロナのヘッドバッドが顎に直撃する。

 涙目になりながら見下ろすと、むー!と抗議するような唸り声が聞こえているので結局そのままにしておくことにした。一応寒いのは本当なのでもう少しだけ暖の出力はあげておく。


「ヤマルはもう少し女の子に対して優しくするべきだと思うなぁ」


 女の子と言っているがそれって女の子わたしって感じにルビが振ってませんかね……。

 それにフェミニストではないがそれなりには優しくはしてる……とは思う。もちろんコロナに対してもだがエルフィリアやミーシャ、王都ならレーヌ達だってそうだ。

 むしろ最近のこの反応だとむしろコロナこそ俺にもう少しだけ優しくしてくれても良い様な気はする。

 ……うん、でもそれは言わない。言ったらどうなるかぐらいは自分でも分かる。大丈夫、俺はそれぐらいの空気は読める日本人。

 例え心でトホホと泣いたとしてもだ。


「これ以上したら優しくじゃなくてただの甘やかすになりそうな気がするけどなぁ」

「そうかなぁ?」

「多分ね」


 とりあえず当たり障りの無い回答でその場はやり過ごしておくことにした。


「大体俺はそろそろ交替の時間だよ。少しでも仮眠取っておきたいからすぐにあっち行くよ?」

「あ、なら一緒に寝てあげよっか?」

「単に暖房器具確保したいだけでしょ……。それにコロは今から大事な役目があるんだからそれはダメだって」

「……大事な役目? 見張り以外に何かあったっけ」


 そう、大事な役目。

 少し前からある事に気付いたことでコロナの未来が何となく見えてしまった。

 向かって右手側のポチが居る方からじっとこちらを見つめる視線が一つ。それは自分と見張りを交代するミーシャの視線だった。


(じ~~~~…………)

「っ?!」


 ようやくコロナもそれに気づいたようで、ミーシャの視線に思わずビクリと体を硬直させる。

 それもそうだろう。その視線の先はこちら……と言うよりコロナに注がれていた。

 そしてミーシャの視線には色々と負の感情が織り交ぜてある。鈍い自分でも分かるぐらいの気持ちの込めようなのだから、鋭いコロナならもっとありありと分かるはずだ。

 それは嫉妬であり羨望であり……そして少しの希望。

 もっと砕いて言うならあの目は『羨ましい、私も同じ事をしたい。どうやってその形に持っていったのか教えてほしい』と言った辺りだろう。もちろん自分ではなくブレイヴにである。

 コロナが今回自分に対し気軽にやってのけたからこその眼差しだった。


 そしてミーシャもこちらが見ている事に気づいたのだろう。

 ゆっくりと起き上がってはまるで幽鬼の様にヒタリヒタリと一歩ずつ近づいてくる。暖めてあるはずのマントの中の温度が少し下がったような気がするのは錯覚だと信じたい。

 むしろ心なしか魔王オーラが出ているような気さえする。

 そんな彼女がこちらの目の前までやってくると、とても穏やかな笑顔で声をかけてきた。


「コロナちゃん、借りてもいいかしら?」

「仰せのままに」

「ちょ?!」


 その第一声に即答しコロナの脇を抱え彼女へと差し出す。

 こんな状態のミーシャ相手に自分が何か出来るとは思えない。後正直に言うと恐怖に負けた部分もあったので即座にコロナを売り飛ばした。

 非情に思えるかもしれないがそもそも彼女がこんなことしなければミーシャも何も思うことなかっただろう。片思いでやきもきしてる人の目の前でこんなことすればこうなるのは予想できただろうに……。

 なのでしっかりとその責任は取ってもらう事にする。


「ありがと、それじゃおやすみなさい」


 にっこりと柔和な笑みを浮べるミーシャだが、彼女の腕の中では必死にもがき逃げようとするコロナの姿。

 コロナに負けず劣らずの細腕のはずなのに、何故か振りほどけない辺り実力の高さが窺える。と言うか笑顔でやってのけてるのがちょっと怖い。


「んぐ~~!?」


 口元をミーシャに押さえられ非難めいた視線を送るコロナから眼を逸らし、そのまま逃げるようにしてポチの物陰で仮眠を取る事にしたのだった。



 ◇



「ふぅ……ふっ……」


 朝食も終え準備が整った一行は目的地である岩山を登っていた。

 昨日の大森林とは打って変わり木一つない完全な岩山。周囲には大小様々の石があり、またこの山は周囲に同じ高さの山が無いためか常時強風が吹き荒れていた。

 遮蔽物の無い道中では登山による体力消耗に加え、この風が更にそれらを加速させる。

 だがそんな山道も風もお構いなしと言わんばかりに先頭を歩くブレイヴ。今日の彼は普段以上にテンションが高かった。


「ふははははは! 良い、良いぞ! さぁもっと吹き荒べ!!」


 何故ブレイヴがあんなにもテンションが高いかと言うと、この強風でマントがはためいているのが嬉しいらしい。

 彼の長髪とマントがこれでもかと言う位バサバサと広がり、それに合わせ様々なポージングを取っていた。

 そんな彼の後ろには黙々と歩くドルンと、息を切らせながらも何とか進む自分。なおポチは自分の頭の上に座している。

 そして……


「ヤマル、後ろ見ちゃダメだからね!」


 後ろからコロナの何度目かの警告が聞こえてくる。

 了解とばかりに片手を軽く挙げそれを返事としまだまだ続く山肌を歩いていく。正直後ろを見る余裕はあまり無いのだが、現状のことを考えればあの警告も無理もない事。


「う~……風強すぎ……」

「ここまでとは、思いません、でしたね……」


 後ろからコロナとエルフィリアの悩める声、そして前にいるブレイヴのマントがはためく音と似たような音が聞こえていた。

 今日の隊列は普段と違い前に男性陣で後ろに女性陣。つまり自分の後ろには女性陣が歩いているのだがこれにはもちろん理由がある。


「きゃあ!?」

「…………」


 この強風でコロナとエルフィリアのスカートが色々とヤバいことになっていた。

 ミーシャは元々動きやすいようにとズボンスタイルだったが普段通りの格好である二人はそうもいかない。

 コロナのロングスカートも完全にこの風に負けていたし、エルフィリアにいたってはスカートの丈が短いので言わずもがな。

 ただエルフィリアはローブを羽織り前を閉めることで何とか防ぐことはできているのだが、そのローブごと捲れあがりそうになっているらしい。

 その為二人とも捲れあがらないように裾を押さえながら山道を歩くという難儀な移動方法になっていた。


「やれやれ、女子おなごは大変だな」

「まぁ着てる服は仕方ないよ。ドルンはあまり影響なさそうだね?」

「そりゃドワーフは基本風に負ける様なやわい体してねぇからなぁ」


 まぁドワーフは種族的に低身長でがっちり体型だから風に当たる面積はかなり小さい。

 ドルンのマントもはためいてはいるが全く意に介してない様子だ。と言うか盾を担いでいるのにものともせず歩いているのはすごいと思う。


「そう言うヤマルこそ大丈夫……だったな、そういや」

「まぁ登山が普通にきついけどね……」


 ドルンの言葉に苦笑で返し再び一歩前へと踏み出す。

 昨日の森同様この山も人が踏み入れるような道はない。登山道など夢のまた夢だ。

 その中でまだ歩きやすい道をブレイヴが先行で進んでいる。先を見ても山頂まではまだまだありそう……あれ、ゴールは山頂だっけ?

 そう言えば詳細な場所は聞いていなかったのを思い出す。ドラゴンの居る場所を知っているのはブレイヴだけだし、何となくイメージで山頂に居ると思っていた。


「ねぇ、ブレ――」

「えいっ!」

「し、失礼します!」


 ブレイヴを呼ぼうとした矢先、急に後ろからコロナとエルフィリアに左右から強襲された。

 そのままこちらの腕を取り何故か自身の腕と絡めてくる。


「ほら、言った通りでしょ?」

「そうではあるんですが……えぇと、その……」

「……いきなり何してるのさ」


 何故か抱きついてきた二人にじと目を送る。

 少なくともこんなことを唐突にやる子達ではなかったはずだ。

 あれか。もしかしてブレイヴあたりに感化されてしまったのか。もしそうならミーシャに相談した方が良いのだろうか。

 付き合い長そうだけど彼女は性格は至って普通の人だ。何かしら影響を受けない秘訣とかあるのかもしれない。


「ヤマル、ちょぉっとズルいと思うんだけどなぁ?」


 そんなことを考えていると、こちらの腕を掴んだまま反対の手でコロナが自身のスカートを軽く摘む。

 先ほど強風で色々危なかったはずのそのスカートは、今はまるで無風状態のように一切めくれるような動きは無かった。


「私達が酷い目に合ってるのにねー。一人だけ無風状態とかズルいよねー」


 エルフィリアに同意を送るような声でチクチクと言葉で心を刺してくる。

 確かにこの強風の中、自分だけがその影響を受けていなかった。銃剣に付いている風の精霊石の"風守かざもりの加護"のおかげである。

 でも別にケチってた訳でも意地悪をした訳でもない。

 そもそもこれは自分のメイン武装だ。こんないつ魔物と出くわすか分からない状態でおいそれと手放せる物ではない。

 例え自身の背後で仲間がマリリンモンロー状態になってたとしてもだ。


「そんなこと言われてもこれ貸せないでしょ。と言うか動き辛いんだけど……」

「あら、折角両手に花なんだからそのままで良いんじゃないかしら。二人ともさっきよりは動くの楽そうよ」


 後ろからクスクスと笑いながらミーシャが冗談めいたように言うも、実際のところこの体勢は危ないんじゃないだろうか。

 いくら自分とくっついてれば風が無いとは言え、いつ魔物に襲われるかも分からないのに……。

 だがそんなこちらの心配していることを見透かしたかのように真逆の事実が告げられる。


「それに魔物いなさそうだからね。多分大丈夫だよ」

「へ、そうなの?」

「うん。ミーシャさん、合ってますよね?」

「そうね。確かここは魔物の発見例あまりないし、こうして現地を見てその理由もはっきりしたからね」


 ミーシャの説明によると見ての通り周囲は岩だらけで植物すら無い。

 つまりこの場には動物はおろか魔物ですら食べれるようなものが何も無いのだ。

 そんな地に生物が寄り付くわけもなく、また空を飛ぶ魔物もこの風では近づき辛いため上からの急襲も考え辛いそうだ。

 そもそもこんな開けた場所でエルフィリアが怪しい動きを見逃すはずもなし。岩陰など隠れられそうな場所は多数あるが、このメンバーが誰一人気づかない確率はほぼゼロだろうとのことだった。


「でもおかしいわよねぇ。こんなところにサラマンダーも飛竜ワイバーンもいるとは思えないんだけど。どこかに巣でもあるのかしら?」

「へ? いえ、今回来たのって……」

「あったぞ、こっちだ!!」


 何か勘違いしてそうなミーシャに声をかけようとした矢先、前を歩いていたブレイヴが大きく手を振っているのが見えた。

 その場所は山頂ではなく、今まで歩いていた道から少しだけ外れ斜面の方へ回り込んだ場所。

 しかし見る限りとてもドラゴンがいるようには見えないが……。


「何か横穴が見えますね」


 エルフィリアの目にはどうやらあそこから山の中に入るような横穴があるらしい。

 ブレイヴの下まで歩きその場所に近づくと、確かに山の斜面に大きめの横穴がポツンと姿を見せていた。こんな場所にある横穴なんて普通は気づかないのに、よくブレイヴは知っていたものだと思わず感心してしまう。

 だがドルンがその横穴を何やらじっと見つめていた。気になることでもあったのだろうか。


「洞窟……じゃねぇな、これ。遺跡か?」

「え、本当?」


 その言葉に驚きまじまじと見てみる。砂埃や風化の後はあるものの確かにその壁面は人工物だった。

 そのままドルンは少しだけ中に入り壁の汚れを軽く払い落とすと、チカクノ遺跡やヤヤトー遺跡などで使われてた同じ材質の壁面が姿を現す。

 まさかこんな場所にも遺跡が埋まっていたなんて……。 


「こっちだ、着いてきたまえ。あぁ、ヤマルは明かりを頼む」


 ブレイヴの言葉で我に返り、《生活の光ライフライト》を三つほど展開し光源を確保する。

 そして再び彼が先頭となり未知への不安を幾分か感じながらも全員で中へと入っていった。

 

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