第225話 マガビトの森
「さて、目的地はこの大森林を抜けた先だ」
明けて翌日、おおよそ昼過ぎの時刻にとある森林地帯の手前までやってきた。
ブレイヴが言うにはこのうっそうとした森を抜けた先の山が例のドラゴンがいる場所であるらしい。
「右を見ても左を見ても木しか見えないね……」
「まぁ森なんてそんなもんだろ。それよりマガビトに気をつけなきゃいけないんだっけか」
「うん。町長さんが言うには通称マガビトの森って言われるぐらいにはいるらしいね」
その時の事を思い出す。
それは今朝の事。自分達は二手に別れそれぞれ旅立ちの準備を行った。
コロナとエルフィリアとドルンは旅の準備のための買出しを。自分とブレイヴとミーシャは町長の邸宅へと足を運んだ。
その理由はミーシャの伝手でカーゴを町長の所で預かってもらおうと思ってのことだ。
ブレイヴが言うにはこの町からドラゴンの住む場所まで二つほど通らなければならない場所がある。
一つはこの町から数時間ほど歩いた先にある大森林。
木々が生い茂り獣道がやっとのこの森ではカーゴを動かせるようなスペースは無い。
仮に抜けたとしてもその先には岩山を登ることになる。ごつごつの岩肌を進むだけなら問題ないのだが、魔物との戦いや大きな障害物などを考慮するとやはり向いていない。
そもそも山肌のような坂道では止めるのすら困難と言う部分もある。
結果カーゴはどう考えてもこれからの道程には不向きだったため町に置いていく事が決定した。
しかし人王国の……いや、所有者は自分だけど一応あちらでは貴重な古代の遺物。それも稼動してる稀有な例だ。
そんな貴重なものをその辺に置いておくわけにも行かず、こうして頼みに来た次第である。
町長も最初は難色を示しかけていたものの、そこはやはり魔王パワー。昨日権限が無いとか言っていたのに、ミーシャが魔王と分かると町長は掌を返したように随分と恭順を示した。
お陰でカーゴを彼の邸宅の庭の一角に置かせてもらうことが出来た。町長は恐縮しっぱなしではあったが、とりあえず盗まれたり悪戯されたりしないようお願いをし、その場を後にしようとしたところでこの周辺の事について教えてくれたのだ。
その中にこの大森林がマガビトの森と呼ばれるほど、他の土地に比べかなりの数のマガビトが暮らしているらしい。
正確な数は不明なれど目撃情報は多数。だが縄張り意識が高いマガビトも森に入らなければ襲うことはないので、この町は今の所そちらの脅威はないとのことだった。
「つまりそんな森に俺らは今から行こうとしてる訳だな?」
「まぁ……気をつけないとね。あんまり戦いたく無いんだけどなぁ……」
危険な部分ももちろんあるが、それ以上にマガビトは人型の種族だ。
人と言うには些か異形種ではあるものの、そんな彼らと戦うにはちょっと抵抗が大きい。
魔物でさえ命を奪う事に多大な時間を消費したんだし……。
「ヤマル、迷いが見えるぞ」
「う……分かりますか?」
「我が勇者
本当にこの人は鋭い時は本当に鋭い。
……いや、今回は自分が分かりやすく反応していたのかもしれない。
「だが襲われた時、迷っていると危険なのはお前や周囲の者だ。命に貴賎は無い、などと言うやつもいるが、知らぬ誰かより仲間や友人が大事なのは当然だろう。納得は出来ぬかも知れぬがお前にとって誰が大切なのか、それを忘れぬ事だ。……ミーシャ、なんだその顔は?」
「ううん、何でもないわよ」
どこか嬉しそうなミーシャに良く分からないと言った感じのブレイヴだったが、すぐに気を取り直しこちらへと向きなおる。
「とにかくいざとなってからでは遅い。覚悟だけは決めておくのだぞ」
「ん」
一応頷きはしたものの正直あまり自信が無い。
とは言えしっかりしなければ危険にさらされるのはブレイヴの指摘通り皆になってしまう。
実際遭遇してからでないとどうなるか分からないが、せめて心だけでも強く持とう。そう決意をし皆と一緒に森の中へと入っていった。
◇
「ヤマル、短剣の追加だ」
「了解」
森を入って大よそ二時間ぐらいだろうか。
運が良いのかこれまで魔物もマガビトも一切遭遇していない。
うっそうとしたこの大森林は見上げるほどの高い木々に日の光が遮られ、日中だというのにどこか薄暗い。
周囲を見ても樹木以外に茂みなど隠れる場所は無数に存在しており、いつ敵が現れるか分からない緊張感に苛まれる。
「ふっ!」
そんな中、先頭を歩くブレイヴが渡した《
大丈夫だと思うが念のためは本人の談。こうして進む先々で前以て投げて安全を確保してくれていた。
本来この様に武器はポンポン投げれないのだが、自分の魔法ならほぼ使い捨てで使用できる。攻撃力は低くともけん制用としては十分役に立っていた。
「ふむ、やはりいないか。罠も無し」
投げた先を注視しつつもブレイヴはさくさくと前へと進んでいく。
これほどの森だともっと危機感持ちそうではあるが、まるで何も問題無い……と言うより問題無いのを知った上で念の為の確認と言った感じだ。
「まぁ私達いるからマガビトは大丈夫とは思うけどね」
「だが我ら以外は可能性はあるだろう。警戒はしてはいるが用心に越したことはあるまい」
用心の件はとても良いんだけど全員の目線がこちらに集まる。
うん、皆の心が一つになっててリーダーとしてはとても嬉しいぞ。
……ちょっと泣きたくなってきたが気のせいと思う事にする。
「まぁ自分が一番でしょうけど、皆も今は十全に戦えないから気をつけるに越したことはないですね」
苦笑しつつそう言いながら皆の装備を見る。
何せ前衛の三名は自分が作った《軽光》武器を持っていた。
今まで道中でこの武器を持たせたことは何度もあるが、その時はあくまで武器の整備や消耗等の手間などを省くためのものだった。
しかし今回は違う。
コロナには刃渡りが短い剣を持たせているし、ドルンには短めの手斧だ。
自分達のパーティーの武器はほぼ全員が大物の武器、つまりこの様な森の中では取り回し辛い武器を持っている。
その為に若干慣れないが短めの武器をそれぞれに渡しておいた。
「無理をすればどうにかなるけどね。今までもそうだったし」
「でも木が倒れると魔物やマガビトを呼び寄せる可能性もあるからなぁ」
実は『風の軌跡』は森のような狭い場所だと著しく能力が落ちる。
まず自分は銃剣による射撃の低下。基本一直線でしか飛ばせない武器なので木々が多い森は単純に障害物が多い状態でしかない。
コロナは手持ちの剣が振りづらいぐらいか。木ごと両断出来なくは無いが、その後を考えるとあまりしない方が良いだろう。
ドルンもコロナと同じだ。むしろ長い柄の分、コロナ以上に扱い辛くなる。
ポチは戦闘力と言った面ではそこまで低下は無いものの、どちらかと言えば平野のような平面移動で真価を発揮するタイプだ。
エルフィリアもポチ同様そこまで戦闘面での低下はない。元々攻撃系の魔法がなく、むしろ木々を魔法で操れるので向上している部分がある。
ただ眼の良さを生かした索敵が全く出来なくなるのが欠点と言えば欠点か。
今回一緒についてきてくれた二人については良く分からない。
ブレイヴは剣士と思っていたがナイフも軽々と使っているのを見るとそこまで低下は無いかもしれない。むしろこの人、なんでも高水準でやれそうな気がする。
ミーシャは魔法を使えば木ごとなぎ倒せそうだが、コロナと一緒で轟音が出そうなのであまり使えない……と思う。予想なのは細かい魔法を使えるのかまだ見ていないからだ。
でも魔王ってぐらいだし、あまり地形に左右されず戦える雰囲気はある。
(そう言えば二人ともどれぐらい戦えるんだろう)
ここまで戦ってるところ自体は見ているが、本気で戦闘しているような雰囲気は双方共に見受けられなかった。
どちらかと言えば降りかかる火の粉を払ったみたいな感じだ。
ミーシャは魔王ってぐらいだし、色々と魔法を使えるとは思うけど……。
「ヤマルさん、どうかしました?」
「え? ううん、ちょっと考え事してただけだよ」
「ヤマルくん、あまりぼーっとしちゃダメよ。いつ来るか分からないんだから」
すみません、とミーシャに謝り頬を軽く叩き気を入れなおす。
考察は後でしよう。今はある意味マガビトや魔物のテリトリーのど真ん中だ。この森を抜けた後でまた考えれば良い。
自分の中でそう結論付けると周囲警戒と武器生成を集中する事にした。
◇
「あれが目的地ですか」
「うむ。思ったよりも早く森を抜けれたから今日中に見る事が出来たな」
もうすぐ日も暮れようとしている直前、森を抜けた先に見える岩山をブレイヴが指差す。
ここから少し離れた視線の先に見えるあそこが目的地であるドラゴンが住まう場所なんだそうだ。
あれから更に数時間かけてマガビトの森を無事抜ける事が出来た。
警戒していたせいか、はたまたブレイヴ達がいたお陰か魔物ともマガビトとも一切遭遇しなかった。何か怖いぐらいである。
「今日はこの辺りで野営し、明日向かうのが良いだろう」
「そうですね。ちょっと良さそうな場所探しましょうか」
と言う訳で三チームに分かれ野営に良さそうな場所を探す。
そして程なくして少しだけ拓けた場所を見つけ、手早く宿泊準備を整えはじめた。
「そう言えばカーゴ無い時はどうするの?」
「んー……まぁカーゴ無いのが普通なんですけどね。基本は火を起こして皆で囲んで見張りですよ」
後は食事が簡素になったりカーゴがないからベッドが使えないとかその辺だろう。
寝具が持っていけないのはつらいところではある。
とりあえず気持ちだけ楽になるよう地面だけは《
「とりあえずその辺は自分達でやりますんで、お二人は周囲警戒お願いします」
「えぇ、分かったわ」
森から出る少し前に落ちてた枯れ木は拾っておいた。
後はドルンが焚き火用のかまどは作ってくれるので、その間に残ったメンバーで周囲の鳴子を仕掛けておく。
そう言えばマガビトには鳴子は効果あるのだろうか。……まぁ無いよりはあった方が良いかと思い直しいつも通りやることにした。
そして程なくして準備が整う。
寝床は流石に無理だが自分が起きている間は椅子やテーブルが用意出来るようにはなったのは大きく、毎回皆に喜ばれているのは自分としては嬉しい限りだ。
「……ヤマルくん、
そんないつも通りの準備をしていたら急にミーシャからヘッドハンティングをしてきた。
一瞬何を言われてるか分からなかったものの、その意味を理解しては驚きを隠せない。
「……こんな自分を誘っていただき本当に光栄です。でもお気持ちだけいただいておきますね」
初めての事に心が揺らぐも、やっぱり大事な目的があるためと理由をつけて丁重に断わりを入れた。
それにもしフィールドワークで自分を連れまわすならどうしてもフィジカル面で足手まといになってしまう。
魔族の人って人間よりも身体能力は高いし、当たり前に空を飛ぶ人もいる。
一緒に行動する場合自分に合わせての行動になるのは目に見えていた。
「あら、残念。あまり裏方用の能力持ってる人いないから欲しかったんだけどね」
ただ断われれたミーシャもあまり気にしてない様子。OKもらえたらラッキーだったかも、ぐらいの感じだ。
「そう言えば今日一度も戦わなかったですけど、やっぱりミーシャさん達魔族がいたからですか?」
今日の事をふと思い出しミーシャにそれとなく聞いてみる。
戦わないことは個人的にはありがたいので、その原因を知れば今後も楽に出来るかもしれないと思ったからだ。
「そうねぇ。少なくともマガビトが居なかったのは私とあいつが居たからかもね」
やはり聞いてたようにマガビトは魔族を襲わない傾向にあるようだ。
魔国の研究結果では、体内の魔石で上下関係ができているのでは?と言う報告もあるらしい。
もっとも彼らと意志疎通が出来ないため詳細はまだ不明だそうだ。
「国としてのマガビトの扱いってどんなんなんでしょう?」
「うーん、扱いは魔物に近いかしら。やっぱり意思疎通が困難なのが一番の理由ね。でも退治するにも色々問題があるのよねぇ」
この辺は色々と魔国ならでは事情があるらしい。
まずマガビト自体が基本居住区をベースに集団で生活している点。退治するにしてもそれなりの大部隊が必要になってくる。
また魔族に対しては積極的に襲わない点も見逃せないとの事。自国の民に直接的な被害が魔物よりもずっと少ないのだ。
またテリトリーを犯さなければ他国の面々にも手を出さないのも拍車をかける。この辺りは被害を少なくするために街道もその様に整備した。
それに何よりも大事な事実が一つ。
「前の戦争の時に彼らが随分と戦ってくれたのよ。だからその事もあって排斥のお話はあまり出てこないの」
もちろん当時のマガビトも魔国の国民では無い。
彼らは彼らの生活や住居を守る為、侵略者である人王国や獣亜連合国の兵と戦った。
特に街道以外に分布しているマガビトは敵の斥候や別働隊を食い止めるのに大いに役立った。
結果的ではあるものの魔国は国の庇護下では無い彼らに助けられた歴史があり、先の魔族があまり襲われる事が無い事も相成って手が出し辛いのだそうだ。
「だから基本は放置でしょうね。マガビトが住む所はこういった森とか人里離れた場所が多いしね」
「そんな歴史あったんですね」
「えぇ、魔国じゃ割と有名だけどそっちじゃ伝わってないのかな?」
しかしマガビトと魔国でそんな間柄になっているなんて知らなかった。
襲われて倒すこと自体は問題にはしてなさそうだけど、率先して退治しようものなら何かしら不信感を与えてしまうかもしれない。
「ヤマル、火をくれるかー!」
「あ、はいはいー!」
かまどを用意し終えたドルンに呼ばれミーシャと別れそちらへと向かう。
こうしてマガビトの住まう森とドラゴンの住まう地に挟まれた場所で何事もなく一日が終了するのだった。
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