第224話 最寄の町にて


「見えたぞ、あれが最寄りの町だ」


 ディモンジアを出ておよそ七日。

 これまで二つの町を経由し、ついにドラゴンが住むと言われる場所の最寄の町が見えてきた。


「まぁ最寄りとは言え、ここから更に二~三日かけて移動した先になるがな」

「てことは往復分考えて少し買い溜めが必要だね」


 余裕を持たせるなら七日分ぐらいは欲しいかもしれない。

 それでもカーゴなら全員分の食料を積んでも余裕はある。ただ量があるから明日一日準備に使うか、少し相談した方がいいだろう。

 頭の中で今後の事について算段をしていると、その考えを根本から崩される事実が告げられる。


「ヤマル、食料を買い込むのは構わぬがあの町から先はカーゴは持っていけぬぞ」

「……え?」

「詳しくは後で話すがここからの道中はカーゴを使うには不向きなのだ。だから荷物は各々で分配して持っていく事になるぞ」



 ◇



 問題に直面した。

 いや、カーゴが使えないならそれは仕方がない。

 元々最初はカーゴを使っていなかったんだし、多少なりとも不便にはなるがそこはそれまでの経験があるからなんとかなる。

 荷物を減らし必要な物だけ集め、余計な物は置いていく。

 それは獣亜連合国の時も乗合馬車が見つからなかった場合にやっていたことだ。野営も何度も経験しているからその点については問題は無い。

 道中の魔物もブレイヴやミーシャが予想以上……と言うより当然とばかりに屠ってくれたお陰で、自分達だけで行くこれまでの道中と比べると物凄く安定してた。

 普通人数増えたら連携とか色々と考慮するものだがそんなもの関係無しとばかりの蹂躙っぷりだった。

 特にミーシャは魔王の力とばかりに出会い頭に強力な魔法を撃つものだから大体それだけで片がついていた。

 残った敵もコロナやブレイヴが簡単に討ち取るだけで危険のきの字も無い。

 そういった戦力面が極端に増加されたことで野営含め外での活動もそこまで問題ではないのだ。


 では今直面している問題は何か。


「お客様、どうされましょう……」

「すいません、まだ相談中……。あ、部屋は取りますので」


 町の唯一の宿についたのだが、タイミングが悪かったのか二部屋しか空いていなかった。

 それも二人部屋と四人部屋だ。

 三人部屋が二つなら男女で別れれば済むだけなのだが、丁度男女半々の自分達では微妙に困る配分だった。


(ブレイヴさんとミーシャさんを相部屋に出来れば良かったんだけどなぁ)


 気を利かせてと言うのもあるが、最初の案としてパーティーと彼らで分けようとした。

 しかしブレイヴが婚前の男女が二人きりで相部屋はダメだろうと断わってきたのだ。特にミーシャは魔王と言う立場なのでもっての外だと強く言ってきた。

 この言葉を聞きこちらの提案に顔を真っ赤にしていたミーシャの顔が一気に真っ暗になったのは言うまでもない。

 空気を読んで欲しいとは思ったが言ってることは正しいので何も言い返せず、この案は無しとなってしまった。


 その後、皆の意見を聞きまとめると次の通りだった。

 ブレイヴとドルンは自身を二人部屋に割り当てるならもう一人は同性であることが望ましい。

 更に四人部屋でも同性はもう一人欲しいとのこと。ドルンの場合奥さんにどやされかねないからだが、ブレイヴの場合は来るべき相方のために清い体でいたいから女性だらけはお断りと言っていた。

 コロナは特に希望は無いが、後でこっそりとブレイヴと二人部屋はパスと言ってきた。気疲れしそうなのと自身より強い異性と一緒なのは遠慮したいらしい。

 エルフィリアは一緒の部屋には同性が一人は居て欲しいとのこと。ただデミマールですでに自分との相部屋は経験している為、二人部屋ならブレイヴとドルン以外なら大丈夫なのだそうだ。

 ミーシャは希望は無いとのことだが、先の話から二人部屋で自分かドルンと一緒になるのはダメだろう。また同様の理由で四人部屋でも当人以外が男性だけなのはよろしくないはずだ。

 自分は特に問題ないので余ったところに入れれば良いが、強いて言えばミーシャと二人部屋は遠慮したいところ。


「う~ん……となると……」


 いくつか組み合わせはある。

 自分とコロナ、もしくはエルフィリアが二人部屋の二パターンとドルンとブレイヴが同室のパターン。

 後はエルフィリアとミーシャが二人部屋のパターンか。でもそれだけど男部屋にコロナ一人とか色々可哀想に思えてくるんだよなぁ……。


 とりあえず希望を聞いた上で現状四パターンがある事を皆に伝える。


「どうしましょうね……」

「何なら二人部屋に野郎三人入るか? 手狭な分荷物は女部屋に置いてもらうとか」

「それなら体つきが小さい女性陣が二人部屋でいいんじゃないの?」

「しかしそうなると我らの部屋にそちらの荷物を置く事になるぞ?」

「う、信じてはいるけど気にはなるわね……」


 あっちを立てばこっちが立たず。

 全部満たすことはできないがやはりあの四パターンのうちのどれかを選ぶのが無難かもしれない。

 となると皆が楽そうな組み合わせは……と思っていると不意にもう一パターンが頭に浮かぶ。


「あ、じゃぁドルンとブレイヴで二人部屋、女性陣で四人部屋はどう?」

「ヤマルが入ってないよ?」

「俺はカーゴで寝るよ。あの中ならベッドあるし」


 ある意味動く部屋なのだから風雨は凌げるし一人で使う分には広さも問題ない。

 トイレや風呂だけは宿のを使わせてもらえば良いだろう。

 しかし問題ないと思っていたのは自分だけだったらしい。


「それはダメでしょ。ヤマルは周囲に誰かいないと危ないよ」

「だな。カーゴ使うんなら俺かブレイヴが残るわ。そっちの方が絶対に良い」

「でもアレ動かせるの俺だけだよ。トイレ行きたくなっても俺がいないとドア開かないから閉じ込められた状態になるよ」


 無論ドアを開けっ放しは論外だ。

 結局カーゴを使うのなら自分が絶対必須となってくる。

 

「なら私が一緒にカーゴ行くよ。エルさんとヤマルの二人が外は流石に心配だし」

「ダメだよ。カーゴ使えないからコロナは明日から護衛に集中して貰わないといけないし、今日はしっかりベッドで休んでもらわないと」


 カーゴがあると無いとで一番違うのはローテーションが組めるかどうかだ。

 誰かしら中で休めるのは強みであり、これは全員で歩く方式では絶対に出来ないことである。


「それならヤマルだって休まないとダメなんじゃないの。体力切れたら皆の速度遅くなるよ?」

「う……でもなぁ……」

「ねぇ、もうあなたが女子部屋でいいんじゃない? ベッド余らせるの勿体無いし、明日からハードになるんなら全員ちゃんと寝たほうが良いわよ」


 ねぇ?とミーシャが他の面々に同意を促すように目配せすると、皆一様にうんうんと頷く。

 でもドルン辺りは早く決めてくれとそろそろ飽き始めている感じだった。


「あの、いいんですか? 自分男ですけど……」

「二人より一人で済むならそれぐらい問題ないわよ。それにあなたなら変なことしないでしょ。もしするなら今までチャンスいくらでもあったじゃない。トイレとかお風呂とか」

「う……ん、じゃぁお邪魔します」


 これ以上は自分がゴネてるようにしかならないと思いミーシャの言葉に甘える事にした。

 ……まぁ大丈夫だろう。コロナ達とは同室経験あるし、ミーシャに手を出そうなんて微塵も思わない。

 そもそも変なことして道中のあの魔法がこちらに向けられたら間違いなく塵芥ちりあくたになってしまう。

 自分が気をつけていればいいだけのことだ。


「まぁヤマルなら大丈夫だろ。ブレイヴもそれでいいか?」

「無論だ。ミーシャよりも弱くそもそも性格が奥手だからな。変な真似をする度胸もあるまいて」

「そうそう。ヤマルがそんなことするならとっくに私たちに何かしてるよね」

「あの、ヤマルさんはちゃんと分別着いてる人ですからそこまで言わなくても……」


 何だろう、信用されていると言うよりダメな意味合いで大丈夫と思われてる気がする。

 ……否定は出来ないがちょっと凹む。いや、別に手を出す気は無い。無いけどこっちはこっちで色々と頑張っているんだけどなぁ。

 なるべく顔に出さないよう理性で蓋をしてるだけで、実際は内心では本能を鎮めるために必死な部分も多い。

 まぁこんなことなんて口が裂けても言えないので黙っておくしかできないのがまた悲しい。


「とりあえず宿の人に伝えてくるね」


 ともあれ何時までも受付前でたむろしている訳にも行かず、手早く手続きを済ませると荷物を置きにそれぞれの部屋へ向かう事にした。



 ◇



「入るよー?」


 ドアをノックし中から許可の声が返って来るのを確認し室内へと入る。

 部屋の中では女性陣三人がそれぞれに割り当てられたベッドに座り談笑をしていた。


「あ、ヤマル待ってたよー! ドライヤーやって、ドライヤー!」

「んー、良いけどポチの終わってからね。エルフィはどうする?」

「えと、お願いしても良いですか……?」


 帰ってくるなりドライヤーをせっつくコロナに苦笑しながら待つように言いくるめ、とりあえず一緒に風呂に入れたポチの毛を整える事にする。

 拭いたとは言え風呂上り直後のポチは何というか絞った雑巾かと言わんばかりにしぼんでいる。

 流石にこの見た目のまま放置するのは個人的に躊躇うので優先的に済ませる事にする。それに小さい状態だとすぐ終わるし……。


「ポチ、おいで」

「わふ!」


 もはや手馴れた感覚でポチ用のブラシから《風と火ドライヤー》を出し手早く梳いていく。

 しかし毎度の事ながらポチは大人しくしてくれるので楽できるなぁと思っていると、ミーシャがこちらにまじまじと視線を送っていた。


「本当にあなたとポチちゃんって仲が良いわね。獣魔師だったっけ?」

「えぇ。でも獣魔師の部分もあるでしょうけど、ポチが賢くて良い子なのが大きいと思いますよ。こういうのも大人しくしてくれてますし」

「でも見てるとポチちゃんが言うことを聞くのはあなたが好きだからってのを感じるわよ」


 まぁ自分でもポチは本当に懐いてくれているのは十分感じている。

 たまにわがままを言うことはあるが基本は自分に忠実、そして頼れる相棒だ。忠犬と番犬、そして愛犬を兼ねるまさにスーパーワンコである。

 ……狼だけどまぁ犬と狼は似てるしそこは気にしない。


「それにこの間から見てるけど、それ気持ち良さそうよね」

「お風呂上りとかでやると良いですよ。ミーシャさんもですけど髪の長い人やボリュームある人ですと髪の毛を乾かすの大変ですしね」

「で、そちらのお嬢様の方々も虜にしたと」

「まぁそんなとこです」


 冗談混じりに談笑を交わしている内にポチの方は問題なく完了。

 続いてコロナを、最後にエルフィリアの髪も梳いていく。最初は二人の髪を触れるのにもかなり抵抗はあったが、何度も繰り返していく内にそれも随分と和らいだ。

 だからと言って普段から触ることはしていない。と言うか今まで自分から能動的に触りに行った事はない。

 日本のマンガとか小説で主人公がヒロインの頭を撫でたり手を繋ぐシーンは良く見るが、実際自分が同じ様な環境に置かれて彼らのすごさが分かる。

 はっきり言って自分には無理だ。

 一緒に旅をする仲間にそんなことをして拒否でもされたら心が折れるだけではなく、今後一緒に旅をすることすら難しくなってしまう。

 かの主人公たちは強かったり能力が高かったりと最悪一人でもどうにかなるかもだが、自分の場合そうもいかない。

 正直コロナがパーティーから抜けられるとか考えるだけでも恐ろしい。


「皆気持ち良さそうね。私も興味沸いてきたかも……冗談よ、そんな顔しないで頂戴」

「すいません、嫌って訳じゃないんですけどちょっと恐れ多いと言うかなんと言うか……」

「魔王って言っても余所の国と違って貴族とか王族じゃないわよ。必要な権限や発言力はあるけど、政務関連の決定権は殆ど持ってないしね」


 役職みたいなものよと苦笑するミーシャだが、彼女があまり偉ぶらず自分達と一緒に旅をしたりこういう一般の宿に宿泊できるのもそのお陰なのかもしれない。

 もしかして魔王と言うのは市井の魔族からでも選出されるものなのだろうか。

 そして同じ疑問を持ったであろうコロナが彼女に質問を投げかける。


「ミーシャさん、折角ですし良かったら魔王について教えてもらってもいいですか?」

「別に構わないわよ。もちろん喋れない事もあるけど可能な限りは答えるから何でも聞いてね」


 人の良さもあってか笑顔でコロナに応えたミーシャだったが、何でもと聞いた彼女により寝る少し前まで質問攻めになることをこの時はまだ知る由もない。

 こうして同性がいつもより一人多いためか、普段よりも賑やかに夜は更けていくのだった。


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