第215話 使い方は色々


「あー、やっぱそこまで強くないか」

「なんだ、言葉の割にはそこまで残念そうじゃないな」

「何となく予想はしてたからね」


 魔法に付随する力で自分が一気にパワーアップするとは思えないのも理由のひとつ。

 その辺りはコロナとエルフィリアの考察とほぼ一致していた。

 どれだけすごい力を得ようとも、それの担い手が自分では十全に力を発揮できない。


 例えば自分専用の何でも斬れる剣を手に入れたとする。

 どのような物質でも魔法でも両断する剣となれば確かに強い。右に出るものは無いほどの能力だろう。

 ただし剣が強くても使えるのが自分だけでは話にならない。

 コロナのような近接職なら自分の斬撃を受けずにやり過ごすことなど普通にやれるし、遠距離や魔法なら斬れても畳み掛けられたら一方的にやられるのは目に見えている。


 ただ今回マテウスより授かったこの力は《生活魔法》と同様に単純な威力上昇法でないのがミソだ。

 幅広く使える《生活魔法》の幅を更に広げてくれると思っている。

 どう広げるかは今後の自分次第。差し当たってこの光の武具類は正直かなりありがたい代物だ。


「ま、出来る事が増えたのにその力を腐らせるのは勿体無いからさ。色々やってみるよ」

「……ヤマルさん、なんだか楽しんでません?」

「わかる? 俺だけじゃ新しい魔法覚えたり特別な技術なんて身につけれないからね。今回のこれを使ってどうやろうかと考えるだけでも楽しいよ」

「ってことは何かもう思いついてたり?」

「簡単なのならいくつかね。例えば……」


 ちょいちょいとコロナに手招きをして近くまで呼び寄せる。

 何をするんだろうと興味津々のコロナに右腕を出すように指示を出し、《生活の光ライフライト》であるものを作った。

 それは光の輪で作った変哲の無い腕輪。魔法で作ってるため模様も装飾も無い、ただ光っているだけのもの。

 防具としては使えなさそうなそれをコロナの腕へとはめる。


「これ?」

「まぁ形は別に腕輪じゃなくてもいいんだけどね。今まで《生活の光》の明かりって自分が都度操作する必要があったけど、魔法を固定すればコロナに合わせて持っていけるからね」

「ほぉ、なるほどな」


 ヤヤトー遺跡のときのようにパーティーの前に飛ばすこともあるが、もっぱらよく使うのは野営のときだ。

 一応道具としての明かりはあるのだが、すぐ灯せる上に自由に飛ばせる自分の魔法を普段は使っている。

 ただそれをメンバーごとに明かりを移動させるとなると相応の手間になってしまっていた。

 しかしこのように固定化して手渡しておけば、それ以降は自分が何かする必要は無い。


「他にはこんなのとか」


 次に出したのは固定化した《生活の火ライフファイア》。術者の自分だから手で持っても熱くは無いが、これに他の人が触れたら熱いし物なら着火だってする。

 そしてそれを包むように輝度を落とした《生活の光》の球体で包み込んだ。

 野球ボールほどの大きさの光の玉の中で、固定化された火が内側を跳ねるのはなんとも不思議な光景だ。


「なんだそれ? 明かりなら《生活の光》だけで十分だろ」


 ぱっと見はランタンに近いのでドルンがそう思うのも無理は無い。

 違うよと苦笑を漏らしながら今度はエルフィリアを呼び、その光の玉を差し出した。

 固定化されてるとは言え中にあるのは火である。おっかなびっくりでそれを左右から包み込むように両手で持つも、特に熱さも感じなかったからかエルフィリアが安堵の息を漏らした。


「ヤマル、それでこれって何なの?」

「持って歩ける火種だよ。使うときに外側の玉を割れば中の物が使えるからね」


 そのために今回は《生活の光》の固定をなるべく薄くなるようにした。

 包み込んでるのが魔法だから熱伝導は無いし、火種も小さいのでよっぽど手に近づけない限りは持ち歩く分には問題ない。

 いや、今回は中で火が転がっているから次にやるときは中央で固定できるような形にするのもありかもしれない。

 そうすれば今みたいに中の火を気をつけることもなくなるし、固定された火も外側が割れた瞬間魔法が砕けて中から出てくるはずだ。

 まだまだ色々考えなきゃいけないなと思いつつ、三人がその火種玉(仮称)をまじまじと見ていることに気づく。


「……どしたの?」

「いや、なんつーか……」

「もうこれだけ思いついたのすごいなぁって」

「んー……まぁ、うん。前もって考えてたからね」


 日本人でゲームやアニメが好きだった人なら黒歴史ノートの一つや二つぐらいあるもんだ。……多分。

 まぁこの力を予想していたわけではないけど、こんな力があったらなとか妄想したことは割とあった。


「ヤマルさん、実は他にもやれそうなこともう思いついてたりとかするんですか?」

「そうだね。やれるか試したいのはいくつかはあるかな? まぁ昨日の今日だからアイデアまとめてからにしようかとは思ってるけど」


 正直予想以上にやれることは増えたとは思ってる。

 ただそれが使えるか否か、必要性があるかどうかは色々と考える必要がありそうだ。

 出来ることが増えすぎて逆に選択で迷うようなことがあればそれだけで反応が遅れてしまう。

 特に戦闘で使えそうなものだけは率先して取捨選択をするべきだろう。日常的に使えるものならいくら多くても困ることは無いし、そこまで切迫した状態で使用することも無いからだ。


「ん~……ヤマル、なら私と模擬戦する? やれること色々試すなら実際に動くのが一番だと思うよ。それに折角この広い部屋が貸しきり状態なのに、このまま帰るのも勿体無いよ」


 どうしたもんかと思考を巡らせている中、コロナが自分と戦わないかと提案してきた。

 これまで能力確認のため等何度もコロナとは手合わせしている。いや、手合わせと言うよりほぼ稽古つけてもらってる……でもないか、一方的にあしらわれてるし。

 ともあれ彼女とは何度かはやっているのだ。本気の全力でやったのはポチが大きくなったときぐらいなだけで。

 なお試すために模擬戦が割と当たり前なのは獣人流。そう言えば『考えるよりもとりあえず動いて知れ』とあのコロナ偏愛獣人のイワンも言ってた気がする。

 実際それが出来るのは相応に能力がある人だけだと思うけど……。


 っと、だめだ。思考が逸れた。

 何だろう、最近考えすぎるきらいがある気がする。

 ともかくコロナとの模擬戦も一つの手だしどうしようかと思っていてふと気づく。

 何か目の前の少女がいつもと違うような……。いや、別に装備が変わったわけでも無いし髪型もいつも通り。

 急にスタイルが良くなったわけでも無ければ表情が違うってわけでも……。


「……コロ、もしかして楽しんでたりする?」

「え、そんなことないよ?」


 問われた当人も良く分かってないようだが何故か尻尾を左右に振っていた。

 何だろうと思っていると足元でポチが同じ様に尻尾を振ってこちらを見上げている。

 犬のサインにそこまで詳しい訳ではないが、ポチ相手なら何を考えているのかは分かる。要するに『もっと遊んで』と伝えていた。

 フリスビーがそんなに楽しかったのかなと思い《生活の光》で作ってまた投げるとポチが一目散に駆け出していく。

 そしてその様子を……いや、投げたフリスビーをコロナがじっと見つめていた。それも物凄く羨ましそうな視線でガン見である。

 確かにコロナは犬系の獣人だがここまで犬っぽい反応するのはかなり珍しい。これ以外だと精々尻尾のブラッシングを手伝うときに気持ち良さそうにしてる時ぐらいだ。


「……コロも遊びたいの?」

「え、あ、別にそんなことは」

「それ」


 問答無用で二枚目を出し同じ様に投げると弾かれたようにコロナも駆け出していく。

 つーかむっちゃ速い。四足歩行のポチより速く駆け、更にフリスビーが天井付近に飛んでいるのに《天駆》でそれに追いすがっては空中で体を捻り見事にキャッチをした。

 その後もくるくると体を回転させ床に難なく着地する。ブレイブの登場シーンとは偉い違いだった。


「……はっ!?」


 そしてまるで憑き物が落ちたかのようにコロナがその場で立ち尽くす。

 手に持ったフリスビーをまじまじと見つめながら困惑した表情で首を捻っていた。

 その後もしきりに何やらブツブツ言いながらこちらに戻ってきたが、多分『何でだろう』あたりと推察する。本人も良く分かってないようだし。


「わふ!」

「お、よーしよしよし!」


 その間にポチがフリスビーを咥えて戻ってきていた。ポチの頭や体をワシャワシャと撫でまわすととても気持ち良さそうに目を細めてくる。

 そうこうしている内にコロナも戻ってきた。だがその表情は浮かないままである。


「ヤマル、何かこれに特別な魔法でもしたの?」


 新しい力だから何かしら仕掛けがあるんじゃないかとコロナは思ったようだ。

 だが残念ながら自分にそんな物は無い。そもそも他人の意識を誘導できる能力があったらもっとこの世界で楽が出来ている。

 そしてそれはコロナも分かっているらしく、そんなことないと告げると『だよね』と即座に納得してくれた。


「単純に犬部分の本能に刺さったんじゃないの?」

「むー、犬系獣人だけど犬じゃないよ。ちゃんと理性を兼ね備えた種族――」

「えい」

「待ってーーーーーー!!」

「わふーーーーーー!!」


 コロナが言い終わる前にフリスビーを投げると再び駆け出してしまった。……ポチも一緒に。

 コロナの速度はポチを上回り、このままなら彼女が取るかと思った矢先。ポチが跳躍しそのままコロナの肩にしがみ付いていった。

 普段からよじ登る事に慣れたポチに、割とよじ登られる事に違和感がなくなってたためか彼女は払い落とそうともしない。

 故に、スペックで負けているはずの子犬モードポチが最後に出し抜く。

 手を伸ばしたコロナの肩から彼女の速度に自身の跳躍を足した単純な速さでフリスビーを掻っ攫う姿はまさにとんびに油揚げを地で行く光景だった。

 そのままポチが地面に降り立ち、コロナも走るのを止めその場に蹲る……と思ったら力無くゆっくりと立ち上がった。

 そして何かを感じ取ったのか、フリスビーを取り満足そうに尻尾を振っていたポチもその動作を止める。


「ふぬーー!!」

「わふーー!!」


 そして始まるワンコ大戦。

 ケンカしてるのかじゃれてるだけなのか判断しづらいが、本気ならコロナは剣使うしポチだって大きく――あ、不利と悟って戦狼になった。

 それでも果敢にフリスビーを奪い取ろうとするコロナと首を振り防戦をするポチ。

 煽ったのは自分だが何があの二人をそこまでさせるのだろうか。


「おい、収拾つかなくなってんぞ」

「怪我する前に止めないと……止め……えと、どうやって止めましょう……?」


 パーティー内でもバリバリの肉体派の二人だ。

 自分やエルフィリアでは弾かれるのは目に見えているし、ドルンでは速度が全く足りない。

 流石にこのまま見ていても何も進まないので、元凶そのものフリスビーを消す事にした。

 魔法が解除され、ポチが咥えてたフリスビーが光の粒子となって消えていく。

 そこでようやく二人ともはっとした顔をし、バツが悪そうな顔をしながら戻ってきた。


「……コロナ、おめぇはヤマルとの模擬戦相手から外れろ」

「なんで?!」

「模擬戦中にアレ見て我慢できるのか?」


 ドルンの言葉にコロナが詰め寄るも、続く指摘を聞いては言葉を詰まらせてしまう。

 今回コロナは明確にフリスビーに反応してしまった。言うなればこれは彼女の行動を阻害する弱点である。

 命のやり取りをする実戦ならまだしも模擬戦、それも格下である自分との戦いでは色々と余裕が生まれてくる。

 それは体の動きから思考に至るまで様々だ。そして余裕が出ると言うことは色々な事にリソースが割けてしまう。

 つまり今後自分との模擬戦においてコロナは常に弱点フリスビーのことを念頭に置かねばならない。ルールとして自分がそれ出さないと言っていたとしてもだ。

 ……と、ドルンは遠まわしではなくストレートに言い切った。それはもう死人に鞭どころか火葬して埋葬までセットで加えるぐらいに。


「で、でも私以外だと誰がするの?!」

「……そこなんだよなぁ」


 実は模擬戦をするに当たり全員の相手役を殆どしていたのがコロナだ。

 これは彼女が戦闘職として一番強いと言うのもあるが、他のメンバーがそろって向いていないと言う事が大きい。

 自分は言うに及ばず、エルフィリアは魔法を発動させなければ単独戦闘は不向き。

 ドルンは耐久力があるものの足が遅い。そのため例えばエルフィリアとやらせた場合、攻撃が当たるけど効かないエルフィリアと攻撃範囲まで近づけないドルンの構図が完成する。

 そうなると速く動け空も駆けることが出来て、理不尽な戦闘方法を繰り出さないコロナが一番相手役としては理想なのだ。

 ポチも候補に挙がったのだが、主人である自分の方向性と年齢から来る経験の不足から除外されている。


 つまりコロナが相手役から外れると模擬戦の相手がいなくなるのだ。


「えぇと、代わりを探すならコロナさん程強さがあって速度がそこまで遅くない人、ですか」

「出来れば模擬戦で怪我しねぇようなやつがいいな。もしくはしてもすぐ治るか効かないぐらい頑丈なや奴」

「でもそんな人この中にはいないし知り合いなんて魔国じゃ限ら、れ……」


 そこでふと、とある人物の顔が頭に浮かぶ。

 他のメンバーも同じことを思ったのか何とも言えない顔をしていた。


「……どうすんだ?」

「どうするって……コロ、どう?」

「え、えぇと……不足は無いと、思うけど……」

「不安はありますよね……」


 頭に浮かんだその人。もはや便利屋としての地位を得てそうな『勇者ブレイヴ=ブレイバーに頼む』と言う選択肢。

 感性は盛大にずれてはいるが良識はまだ残ってると……思う、多分。

 そして勇者相手に稽古をつけて欲しいと煽てれば多分無条件でやってくれると言う確信はある。

 別に彼じゃなくて他の魔族でもいいのだが、何となく知り合いの方がいい気がしたのだ。


 とりあえずそれぞれ思うところはあれど全員の意思が統一されたところで彼を呼ぶ。


「あぁ、模擬戦相手がいない。

「そんな時は遠慮なく我に頼むが良い!」


 ノータイムで部屋の奥の方から良く分からないポージング状態で現れたのは昨日魔王に耳を引っ張られ退場したブレイヴその人。

 一体何時からいたのか。と言うかそっちはどこにも入り口が無いのにどうやって、と聞くのはもはや野暮だろうか。

 ブレイヴに事のあらましをざっと説明すると、彼は対戦相手の件を快く了承してくれた。




 そして模擬戦の開始の合図から十数秒後。

 そこにはまるで敗北者のように、地面に四肢をつけ蹲るブレイヴの姿があった。


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