第216話 勇者の敗北


 模擬戦が開始された。

 直後にブレイヴが崩れ落ちた。


 ――意味が分からない。


「えぇっと……」


 目の前では四つん這いで蹲るブレイヴの姿。もしかして泣いているのか、微妙に肩が小刻みに震えている。

 一体何がと皆がこっちを見るがそんなの俺だって知りたかった。

 分かりきっていることは今のブレイヴが隙だらけと言うこと。

 だがこの様な格好をされると正直攻撃意欲が全く出てこない。

 もしかしたらそれを狙っての行動なのかもしれないが、今回の目的は自分の魔法のテストであり愉快な相手との対処法ではないのだ。


「あの、ブレイヴさん……?」


 恐る恐る声を掛けてみるが反応が無い……訳ではないが、こちらの声が届いてない感じだ。

 おかしい、本当に何があった。

 どうにも要領を得ないので、たった数分間のことなのだが彼が現れてからの事を振り返ってみる事にした。



 ◇



「あぁ、対戦相手がいない。困ったなぁ」

「そんな時は遠慮なく我に頼むが良い!」


 こちらの言葉に呼応するようにノータイムで現れたブレイヴ。

 とりあえず入り口と反対側からどうやって現れたのかという疑問は考えるだけ無駄いつものことと思い横に置く。

 出会ってたった数日なのに長い付き合いのように感じるのは何故だろう。


「ふふふ、今日もお困りのようだな諸君。そんな時は我を存分に頼るが良いぞ!」


 不適な笑みを浮かべ室内だというのに長いマフラーをはためかせるブレイヴ。

 決まった……!などと言う自賛の声が聞こえた気がしたがそれをスルーし、とりあえず手招きをして彼を近くまで呼び寄せた。


「それで模擬戦の相手だったな」

「えぇ、お願いすること出来ますか?」

「無論だ。諸君らの力、この勇者に存分に見せるが良い!」


 軽やかなバックステップでこちらと距離を取り、いつの間にか手に持った模擬刀を構えるブレイヴ。

 あれ、もしかして一人で俺ら全員とやると勘違いして無いだろうか。

 そうだとしたら早急に訂正する必要があるが……しかし単騎で臆することなくパーティーを相手取ろうとする辺り、ブレイヴは思ったよりも強いのかもしれない。

 とりあえず彼に違うとジェスチャーを送り、もう一度手招きをしてこちらへと呼び戻した。


「何だ、違うのか?」

「えぇ、ちょっと今回は模擬戦と言うよりもテストみたいなものでして……」


 ブレイヴに今回の模擬戦の趣旨を間違えないよう丁寧に説明していく。

 特に茶化すことも無く真剣に聞くブレイヴに一通り話し終えると、彼は確認とばかりにこちらにいくつか質問を投げてきた。


「つまりヤマルの新しい戦い方の動きのテストと言うわけだな」

「えぇ、その通りです」

「普段はそこのコロナが勤めていたが、諸事情で出来なくなった。そこで強くてカッコイイ勇者である我が呼ばれたわけだな」

「……えぇ、まぁ」


 カッコイイとは一言も言っていないが話を拗れさせたくないのでそのまま押し通す事にした。


「……つまり我は一方的にやられろということか?」

「あ、いえ。避けや防御は良いんですよ。ただ攻撃だけはしないでいただけると」


 あくまで新技能のテストなので反撃は想定していない。

 実戦形式なら考慮すべきことだが、今回に限ってはどれ程通用できるかと言った意味合いが強いと言うことを伝える。


「それに新しい事となれば伏せておきたい部分もあります。でも勇者でもあるブレイヴさんなら口も堅いでしょうから洩れる心配は無いと思いますし」

「うははは、その通りだ! よかろう、その力存分に我にぶつけるが良い!」


 実際露見してもそこまでは困らないと思うが、『魔力固定法』は叡智の魔王からの贈り物である。魔族である人がその出所を知ればあまり良い感情は持たれないかもしれない。

 なので勇者だから信用していると念押しし、ブレイヴにはなるべく黙ってもらうようお願いをした。

 そしてその考えは実際に当たり、彼は任せろと上機嫌に胸を叩いてみせる。

 さて、ブレイヴがちゃんと分かってくれたところでこちらも準備を、と思っていると、その本人が何故かこちらの眼前まで近づいてきた。

 近い。何か突拍子もない事をされるんじゃないかとついつい身構えてしまう。


「その前に、だ。ヤマル、少し良いか?」

「? 何ですか?」

「なに、少し触るぞ」


 なんで、と言う疑問を差し込まれる前にブレイヴの手が伸びこちらの頭に触れてきた。

 そのまま肩、腕、腰周りと何かを確認するように触ってきて少しくすぐったい。

 その後何かを考察するように顎に手をあて、最後にじっとこちらの顔を覗きこむブレイヴ。

 一体何をしているのかと疑問を投げかけると、彼は分かる範囲で自分の事を調べただけと答えた。


「筋力は普通……ではないか。貧弱とまでは行かないが弱いな。しかし虚弱体質と言うわけでもなし。魔力も極小……人間基準としても驚くぐらい少ないか」

「そりゃまぁ自分が弱いのは自覚してますから……」

「なに、自己の弱さを認められるのは強さでもあるぞ。しかし不思議な人間だな、ような感じさえする」


 瞬間、心が跳ねる。

 もしかして彼は異世界人と看過して……いや、こちらに来てからその事は誰にも話してはいない。

 別にばれても問題無いと思いたいけど、率先してばらすような真似もあまりしたくない。


「そんな顔をするな。体質なぞ神の気まぐれと言うこともあろう。我もそのせいでそう感じ取っただけかもしれんしな」

「……だとしたらその神様は中々酷な事してくれますね」

「はっは、ならばその神は邪神と言う事になるな! 仕返しするときがあれば声をかけたまえ。邪神討伐も勇者の使命だろうからな!」


 高笑いしながら再びこちらから離れていくブレイヴ。

 彼の後姿を眺めつつ左胸に手を当てると未だ心臓が速く脈動していた。酷く心音が耳に残るぐらい強く聞こえる。


「ヤマル、大丈夫?」

「あ、うん。ちょっとびっくりしちゃっただけだよ。もう平気」


 心を落ち着かせるようゆっくりと深呼吸。

 二度三度繰り返したところでようやく落ち着いてきた。が、あんなドッキリはもう御免被りたい。


「さてと、こっちも準備しないとね」


 呼び寄せた上あまり向こうを待たせるのも気が引けるので準備はさっと済ませる。

 と言っても今回は『魔力固定法』を使ってのテストがメインだからそこまで準備することは多くない。

 ただ普段と違う部分が一つだけある。


「あれ、矢を全部抜いちゃうの?」

「流石にこれは危ないからね。あ、空のマガジンはそのまま使うから」


 腰についたマガジンから中身の鉄の矢を全て出しそれらをドルンへと預ける。

 今回はこれを使う予定はなし。むしろ別の事に空のマガジンを使いたいと思っていた。

 それを再び腰に下げると普段よりもずっと軽くなったためちょっと違和感が出てくる。


「よし、じゃぁ色々試してきますか!」


 準備を整え終えブレイヴと向かい合うように少し離れた位置に立つ。

 彼は腕を組み仁王立ちした様子で待っていた。ゲームで言えば完全にボスキャラの風格である。

 こうしてみると勇者より魔王サイドの人に見えるな。魔族でもあるし……。


「お待たせしました」

「準備は出来たか? 全力で……あぁ、そうだ。全力で掛かってくるが良い」

「……? その全力って言うのは……」

「無論そのままの意味だ。寸止め、手加減全て不要」


 それって危なくないだろうか。

 いや、ブレイヴの力は分からないが少なくとも耐久値自体はかなりのものだ。

 高所から落ちてもピンピンしてたし、ヒールで頭穿たれても痛いで済んでいた。

 自分の使える手の攻撃力は多分それより劣るだろうから大丈夫だとは思うけど……うぅん……。


「心配無用だ。気を悪くするような言い方になるが我とヤマルでは力の差は歴然。残念だが傷一つつけることは叶わんよ」


 煽るわけでもなく、ただただ純粋に事実のみを告げるかのように話すブレイヴ。

 先ほどこちらを色々見ていたけどそれだけで把握してしまったのだろうか。

 イワンとの特訓時もそうだったが、彼もこちらの脚力を寸分違わず見極めていた。もしかしたらこの世界の実力者は何かしらそう言った力を持っているのかもしれない。


「大丈夫と思いますが危なくないですか? 正直気が引けるんですけど……」

「何も問題ないな。そもそも人を心配できるほど強いわけでもないのだろう?」

「そりゃまぁそうですけど……」


 分かっているとはいえ人から言われるとグサグサと来るものがあるなぁ。

 ともあれブレイヴが言ったことは事実である事に変わりは無い。

 それにあの耐久力なら自分の攻撃程度ならば例え当たったとしても無傷で済ませれるだろう。

 怪我させた時は全力でポーションかけて謝る事にする。


「分かりました。では遠慮なく色々やらせてもらいます!」

「うむ、この勇者の胸を存分に貸すぞ。さぁ、来るがよい!」


 自分は無手で腰を落とし、ブレイヴは模擬刀を右手に持ちこちらに突き出すような構えを取る。

 それを以って準備が完了したと見なしたコロナが両者の中間点まで歩み寄る。


「じゃぁ危ないと思ったら私が止めるね」

「うん、お願いね」

「よかろう」


 両者が頷いたのを見てコロナが邪魔にならないよう後ろに下がり距離を取る。

 そしてコロナがゆっくりと手を上げ、そしてそのまま手を振り下ろし開始の合図を示す。


「はじめ!」


 即座に右肩の折りたたまれた状態の銃剣を手前に引き砲身部分を展開。

 そのまま腰の空のマガジンを側面に差し込むと内側にコッキングレバーが跳ね上がる。


「ほう」


 可変武器が珍しかったのか、ブレイヴが興味ありげな表情になった。

 珍しいこともあるもんだなと思いながら右手でグリップ部を握り、更に銃剣が後ろに来るように左半身を前に出す。

 そして左手を突き出すように前に出し魔法を使用した。


「《生活の光ライフライト》、《固定フィクス》」


 左手に現れた光の片手剣に魔力固定法を使いそれを掴む。

 接近戦はしない方が良いのは分かっているが今回はテストも兼ねている。どこまでやれるかまずはブレイヴにぶつけてみるのが――。


「そ、それは……!」

「ん?」


 わなわなと何故か体を震わせるブレイヴ。

 体調でも悪くなったのかと思い声をかけようとした途端、彼はいきなりその場で崩れ落ちた。



 ◇



 だめだ、思い返したけどさっぱり分からない。

 自分は一切合財何もしていない。精々銃剣を組み立てて魔法を展開したぐらいだ。

 この要素のどこにブレイヴがあのようになってしまう要素があったのだろうか。


「えーと、その……ブレイヴさん?」

「……いぞ」

「……?」


 なんだろう、何か言ったような……。


「羨ましいぞっ!!」

「おわ!?」


 急に飛び起きたかと思えば左手でこちらを指すブレイヴ。

 いや、その指が示す先は自分ではなく左手に持った光の片手剣だ。


「なんだそれは! 光の剣だと……そんな、まさに勇者の為にある様な武器を扱うなぞ……我ですら持って、持って……ぐぅぅ……!!」


 あ、また蹲って泣き出した。それもガチの悔し泣きだ。

 いや、確かに見た目は彼が言うような勇者っぽい武器なんだろう。

 フレデリカも確かこの剣を持つ自分の事を英雄みたいって言っていたのを覚えている。

 でもだからと言ってここまで悔しがるものなのだろうか。……悔しいんだろうなぁ、目の前でその悔しさを余すことなく体現しているし。



 結局ブレイヴが落ち着くまで十数分間、模擬戦は中断するはめになってしまうのだった。


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