第213話 新しい力
「何か一つ、ですか?」
『うむ、何でも良いぞ。あ、でもワシはダメじゃからな。そんな熱い視線向けても無駄じゃぞ』
お主が可愛い
驚いてマテウスの本を封じるために使った本以外は特に何も変わらない。
どれか一つと言われてもどれを持っていけば……と思った矢先、あることに気付いた。
そしてその事に気付いてしまえば自ずと答えは導きだされる。
「すいません、お気持ちだけ受け取っておきます」
『ん、何故じゃ? 遠慮せんでもえぇんじゃよ』
「正直言えばありがたく受け取りたいんですけど、色々と問題がありまして……」
何故受け取れないのか不思議がるマテウスにその理由を話していく。
この部屋にある物はどれもマテウスが遺した書物や道具類だ。そして本来なら百個目の謎を解いた人らに与えるべきものである。
一見どれも埃を被ってはいるが保存の術を使ってるらしく本体はどれも傷も染みもついていない。言うまでも無くその価値は推して知るべきだ。
もちろんそんな価値ある本や道具が複数あるため一つぐらい消えたところで誰も気づかない。
仮に気づかれたとしてもその時にはすでに数百年も後の話になる。気付いた人からすればそんな昔のことなどどうにもならないと思うはずだ。
それでも断わる理由。それはここにある物全てが叡智の魔王の物であるがゆえである。
ピーコは確かこう言っていた。謎を解いた褒賞は叡智の魔王の未発表の資料や道具であり、頭に『幻の』がつくほどの超貴重品である。
当人が良いと言ってはいるものの、そんなもの持ち出して発覚した日にはどこで手に入れたのかと質問攻めになりかねない。
下手したら盗掘品などと疑われる可能性もある。
「とまぁこの部屋の物、多分どれもがやばいぐらいの価値でしょうしおいそれと持っていけないのですよ」
『ふぅむ、惜しいのう。それならば一攫千金も夢じゃなかろうに』
「謎も解かずに、しかも持っているのが魔族じゃなくて人間じゃ怪しいどころの騒ぎじゃないですからね。……ホントはかなり大金は欲しいところなんですが、流石に魔国全域で後ろ指を指される様な真似は避けたいですし」
その辺に転がってる本一冊でもしかしたら魔国保管の魔宝石が買えるかもしれないと思うと本当に惜しい。
だがマテウスから直接貰ったなどと言えるわけも無く、またそれを証明するにはこの場をばらさなくてはならないので結局のところ諦めるしかない。
「まぁそう言うわけでしてお気持ちだけ貰っておきます」
『ふむ、ならば仕方ないのぅ』
マテウスも分かってくれたようで何よりだ。
これでようやく帰れ――
『物でなければ良いのじゃな』
「へ?」
言うや否やおもむろにマテウスが両手を伸ばしこちらの頭を鷲づかみにしてきた。
いきなりの行為に避けることも叶わずガッチリとホールドされてしまう。
「ちょ、あの」
『なに、ちょっぴり痛いが我慢せい』
「なにぎゃああぁぁーーーー!!??」
直後にまるで電撃を流し込まされるような激痛が頭を駆け巡り思わず大声で叫んでしまう。
あまりの痛さに振りほどこうと頭を振りもがくもマテウスの腕は全く微動だにしなかった。
こんな半透明も良いところの体のどこに力があるのかと思っていると不意に痛みが引き腕が放される。
(あ、まず……)
意識だけは警鐘を鳴らすも体が動かずそのまま床に倒れこんでしまった。
舞う埃に咳き込みながら視線だけは薄暗い天井を見つめる形になっている。
『おーい、生きとるかの』
「死ぬかと思いました……」
未だに体が満足に動かない。
一体この魔王様は何てことをしてくれたのだろうか。
強制的とは言えそれなりに親切で付き合ったのに、いくらなんでもお土産が死ぬほど痛いダメージとかあんまりである。
『ま、生きとるなら問題ないじゃろ』
「滅茶苦茶痛いのは大問題だと思うんですけど……」
『折角術を授けてやったんじゃからそれぐらい我慢せい』
「…………え?」
驚きのあまり思わず飛び起き――ようとして全身に激痛が走り再び床に倒れこんでしまう。
何やっておるんじゃと呆れ顔のマテウスだがこちらはそれどころではない。
「今、術を授けたとかなんとか……」
『うむ、見えるものがダメならその身に宿せば問題あるまい。とは言えお主は魔力が死ぬほど低いからの。使えそうなのを一つとなればこれしか無かったんじゃが』
感じ的には魔道書に似た何かだろうか。
しかし魔道書は人間だけが使える技術である。それに魔族は獣人や亜人らと一緒で個々の能力によって発現する魔法しかない。
いわば彼らにとっての魔法とは自身に見合った才能の一部のようなものだ。
それを自分に、種族すら違う者に与えるなど……。
『ん、ん? すごいじゃろ? こう見えても昔やんちゃして人間に人体実……んんっ! 協力してもらった際に身につけたものじゃ』
まるでこちらの内面を読み取ったかのようにドヤ顔をするマテウス。
その途中で何かとてもえげつない言葉が出てきた気がするが聞かなかった事にした。
そしてようやく体の痛みが徐々に引いてきたので、ふらつく体に鞭を打ち何とか立ち上がる事に成功した。
『それでどうじゃ? ワシのことじゃから術自体は問題無く成功しておるはずじゃが』
「成功って言っても何……も?」
そこで気づく体の違和感。
いや、体というよりもっとその内側。自分の中に刻まれている《生活魔法》と同じ位相に何か今まで無かったものが存在していた。
「これって……」
『無事定着したようじゃの。さっき言った魔力固定法じゃ』
それは不法侵入用に編み出されたマテウスの黒歴史の一つ。
自分は魔力を放出することは出来ないからこれは使え……いや、これは魔法でも使えると理解する。
魔道書で魔法を覚えたときのようにこれも使い方が当たり前のように何故か分かった。
『確か最初何かしら魔法で明かり出してたじゃろ? これはあくまで技法であり魔力の量に依存せんからの』
もちろん魔力が高い方が硬く固定出来るらしいが、しっかりと固定化させるために最低限ある程度は出せるように作ってはいるらしい。
試してみろと言うことでこの室内でも影響の無い《
イメージとしては魔法に付与するような感じ。何と言えばいいだろうか……包み込んで固める?
料理できる人ならおにぎり作るような感じと言えば理解してもらえるかもしれない。
……なんかちょっと違うけどそんな感じだ。
「《
生活魔法と一緒で無詠唱でもいけそうな気はしたが、最初は確かめる為にちゃんとした手順をしっかりと踏む。
感覚としては宙に浮いている光の玉に付与されたのが分かるのだが、見た目は全く変わっていない。
「……成功、してるんだよね?」
不安に思いつつ光の玉に手を伸ばすと指先にコツンと触れる感触がした。
今までのこの魔法は物体は透過するためこの様な感触は絶対に無い。つまり無事成功したということだ。
更に試すようその玉を軽く握り床に投げると、カンと軽い音を出し元の場所まで跳ね返ってきた。
「《
そして今度は解除を試す。
固定化が解除された光の玉に再度触れてみようとするも、今度は玉を突き抜けるような形で腕がすり抜けてしまった。
どうやらちゃんと元に戻ったらしい。
『うむ、上々じゃの。後はお主が試行錯誤しどのように使えるのか見極めるのじゃ』
腕を組み満足そうに頷くマテウス。
あげた当人はまるで一仕事終えたかのような顔をしていたが、貰ったこちらとしては本当に良かったのだろうかと少し不安になる。
もちろん自分としてはこれ以上魔法関連でやれる事が増えると思わなかったので、正直言うとすごく嬉しいしありがたい。
だけどただ話を聞いたのと口止め料としては貰いすぎな気がしてならないのだ。
「……こんな良いもの、本当にありがとうございました」
『うむ』
少し考えた後、マテウスが満足そうにしているのでありがたく頂戴する事にした。
ここで何か言っては折角の彼の気持ちを無駄にしてしまうと思ったからだ。
とは言えこれは礼と口止め料。貰った以上はここのことは墓まで持っていく必要がある。
まぁ自分は日本に帰るつもりだし、世界から消えれば秘密は守られるだろうから多分大丈夫のはずだ。
『さて、今度こそお別れじゃな。何かあれば今の内じゃぞ』
「何か、何か……あ、そうだ。一つだけいいでしょうか」
何か無いかと聞かれ今の今まで何故か尋ねなかったあることを思い出す。
折角目の前に叡智の名を冠する魔王がいるのだ。聞くぐらいなら問題ないだろう。
「魔族の方から手に入れる以外で魔宝石がありそうな場所ってどこかないでしょうか」
◇
「ふぅ、やっと帰ってこれた」
階段を上がり図書館へと戻ると室内は暗闇に包まれていた。
多分閉館時間を過ぎてしまったのだろう。こんな時間まで何も言わずいなくなってしまったのだから皆心配してるかもしれない。
《生活の光》で明かりを灯しまずは光源を確保する。
「しっかしここに……ねぇ?」
後ろを振り向くと未だ壁にぽっかりと開いている下り階段の入り口。
マテウスの話ではこの入り口の両隣と同じ様な本棚の幻が目の前にあるらしいのだが、やはり自分には全く見えないし感じ取れない。
もし目の前に誰かいたら本棚をすり抜けて出てきた感じになるのだろうか。だとすればちょっとしたホラーの構図である。
(とりあえず戻らないと……)
皆はどこに行ったんだろう。宿に戻れば待っててくれているだろうか。
それとも自分を探しに方々に散ってしまっているのかもしれない。
どちらにせよ宿まで戻れば女将さんがいる。彼女に伝言をすれば自分も皆を探しにいけるだろうと頭の中で予定を立て、慣れぬ図書館をゆっくり歩きはじめる。
(確かこっちだったはず……)
吹き抜けの中央までいければ出入り口は割とすぐそこだ。
そちらを目指し歩いていると視線の先――目指す中央付近から小さな明かりが見えた。
本棚の影でに隠れる感じだったため今まで気づかなかったが、中央のオープンスペースで明かりを中心にして数名の人影が見えた。
「――は二十九番目の謎は二十四番目の謎と連動してまして……」
図書館探検隊の人達だろうか。
聞いて良い話かどうか分からなかったので何となく本棚の影に隠れそちらをこっそりと覗き見る。
するとよく見ればそこにいるのは図書館探検隊ではなくコロナ達とピーコだった。
彼らは資料や本をオープンスペースのテーブルの上に所狭しと開いては、あれやこれやと色々と話し合っている。
「やっぱりさっきの棚を調べたほうが良いんじゃ……」
「散々調べ尽くしただろう。何も無かったし何かあっても多分色々足りてねぇんだろ」
「ヤマルさん、本当にどこに……」
……あかん、物凄く出て行きづらい。
どうやら話の内容から察するにあの自分が見えない本棚までは辿り着いたようだ。
しかしそこからは先に進めなかったのだろう。
最後の謎なのだし当然と言えば当然なのだが、それを知らぬ彼らからすれば自分のために様々なことを試したのは想像に難くない。
そして今も尚必死になっている姿を見ていると罪悪感がものすごかった。
今すぐ出て行って安心させるべきなのだろうが、どの面下げて出て行けばいいのか分からない。
……いっそここで倒れた状態で発見されるというのも手かもしれない。
そうすればいない間の時間帯は知らぬ存ぜぬで押し通せそうな気が――
「わん!!」
「うわっ!?」
どうやって登場しようか悩んでいるといつの間にか足元に来ていたポチが鳴き声一つと共に胸に飛び込んできた。
いきなりの事に驚きポチを抱きとめるも、その反動で本棚の影から体が飛び出してしまう。
「「あ……」」
ポチの声に反応したのか、皆が一斉にこっちを向いたためばっちり目が合ってしまった。
何というか、ものすごく気まずい。
感動の再会も何も無く、ただしれっと戻ってきた状態での再会。
どんな顔をすれば良いのか悩んでいると、コロナ達が一斉にこちらに駆け寄ってくる。
「ヤマル、心配したでしょ!」
「おめぇ今までどこほっつき歩いてたんだよ!」
「たっ!? げふ!?」
そしてコロナとドルンから盛大に拳骨を貰い手荒く出迎えられる。
その後も二人を中心にお説教を食らい続けるのだが、本当に心配させてしまったのは分かっているためしきりに謝り倒し続けるのだった。
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