第212話 叡智の魔王の力


『そこでワシはこう言ってやったのじゃ。ふ、貴殿の魔法は既に見切った。もはやワシには通用せぬぞと。そのときのあやつの顔を見たときは痛快のなんの!』

「はぁ、それはそれは……」


 部屋に閉じ込められて大体二時間ぐらいだろうか。

 現在何故かマテウスの武勇伝やら愚痴やら色んな話につき合わされている。

 何せ何百年振りの来客、そして今後もう数百年は人が現れそうな気配は無い。

 正規の手法では無い手を使ったのだからせめて話ぐらいには付き合えとのことだった。

 ……あと満足しないとドアを開けないと脅されたし。


『だが、だがじゃ……! あのは負けたあやつに寄り添い……くうぅぅ!』


 当時の事を思い出したのか、まるで血涙を流しかねない程にくやし顔をするマテウス。

 叡智の魔王と言えど女心までは網羅していなかったようだ。

 魔王と言う頂点にいた人物と言えど、その人生は決してよいことばかりではなかったと思わせてくれる。


 ちなみにこの目の前の人はマテウス本人ではないらしい。

 話を聞くとマテウスは史実通りすでに数百年前に死去している。

 ではこの人物は誰かと言えば本人曰くマテウスの残留思念の様な物なのだそうだ。在りし日のマテウスが魔力の一部と知識、記憶、人格をあの本に移したのがこの目の前の人物の正体とのこと。

 それが本当なら叡智の魔王は目の前の通りの言動をする人物と言う事になってしまう。

 もう謎のままで神秘性を持たせた状態でこのまま封印しておけば良いんじゃないかなぁと思えてきた。


 そしてこのまま愚痴モード突入かなと考えるもその予想は外れ、マテウスはぐっと拳を握り締め決意を秘めた目をあらわにした。


『しかしここで終わっては魔王の名折れ! そこでワシは女子おなごの心を理解すべく研究を始めたのじゃ。じゃが当時のワシはすでに老いた身。魔王と言う地位があれど若い子は誰も靡いてこなかったのじゃ』

「やはり歳の差はいかんともしがたかったですか」

『然り。いや、正確には寄って来る女子はおった。だがそのどれもがワシの知識や財産目当てだったのじゃ』

「うわ……。その女性の行動は分からなくは無いですけどやられた側はたまったもんじゃないですね……」

『そうじゃろうそうじゃろう! 分かってくれるか!!』


 同意を示したのが相当嬉しかったのか、泣きながらこちらの手を力強く握るマテウス。

 透けたマテウスの手越しに自分の手が見えるのは何とも不思議な気持ちになってくる。むしろこの状態なのに実体があったのか。

 しかしこの話は男としては同情するしかない。

 そりゃまぁ叡智の魔王が女性を欲してるのなら篭絡しようとするのは分からなくは無い。

 だけどなぁ……年甲斐も無いとは言え男の純情を弄ばれるのを聞かされるのは同性としてはなぁ……。


『そして騙されること十数名。もはやワシに近づく女子は欲まみれと言う事に気付いたのじゃ』

(十数回騙されるまで気づかなかったのか……)

『だがワシにとって女子は未知の領域。だからこそワシの知識欲が叫ぶのじゃ。女子を調べその全てを余すことなく丸裸にせよと!』


 完全に変態の言い分にもはやドン引きするしかない。

 叡智の魔王と言う呼び名は実はえっちの魔王とのダブルミーニングじゃないかとすら思えてくる。

 そんなこちらの内心など気にも留めず、マテウスは自らが行った実験を雄弁に語りだした。


『そこでワシはまずは生態観察から行う事にしたのじゃ。数名の女子を選別し、彼女らの日々の行動パターンをつぶさに観察し記録として書きとめたのじゃ』

(ストーカーだ……)

『しかしワシの秘書が何故か邪魔をしおっての。気づいたらその研究記録は全て燃やされておった。ワシの努力の結晶に対しあんな酷いことを……!』


 むしろ秘書さんグッジョブと心の中でサムズアップする。

 そもそもそんな資料が今の世に出てきたら叡智の魔王の名声が地に堕ちるのは間違いない。

 更にその後も秘書は事あるごとにマテウスのストーカー行為を実力で潰していったそうだ。彼、いや彼女かもしれないが、その秘書の苦労が窺える。


『そして女性はワシに近づくなと言う空気が何故か蔓延していったのじゃ』

「(何でこれで何故かと思えるんだろう……)それで残念ながら諦めたと」

『何を言っておる。無論続行に決まっておるわ』


 何かストーカーが自己の行為の正当化する部分を垣間見た気がする。

 知識欲と言えば聞こえは良いけどそれを傘に好き勝手やってるだけのような……。

 ただこの人の場合なまじ地位も実績もそれを成し遂げる能力もあるから『諦める』と言う部分が無いのかもしれない。


『そこでワシは考えた。秘書にバレないようにするにはどうすればよいか、と』

「……なんかまたとんでもないものが出てきそうな気がするんですけど」

『またって部分が気になるがとんでもないものってのは本当じゃぞ。そしてワシは研究と研鑽を重ね透明化する魔法を身につけたのじゃ』

「うわぁ、すごい……」

『ふふ、そうじゃろうそうじゃろう。叡智の魔王にかかればこの様なことも出来たりするのじゃ』


 いや、透明化がすごいのは当然だけどその理由でそこまでやれてしまうのがすごい。

 本当に知識欲だろうか。根本部分にただのスケベ心があるだけで都合よく隠してるだけじゃないかと思えてくる。


『だが透明化することで秘書の目は騙せるようにはなったが問題が二つ残っておったのじゃ』

「途中で魔力が切れるとかですか」

『いや、体は透けるが実体が無くなる訳ではない。秘書の奴が何を感づいたのか全ての部屋に鍵を取り付けたのじゃ』


 この人なら魔法で鍵の一つや二つぐらいどうにでもなりそうだが、どうも有能な秘書により鍵どころかドアごと耐魔法素材を用いられたそうだ。

 その為身は隠せても調査が困難と言う状況に陥ったと苦々しそうに彼は語る。

 完全に不法侵入と言うツッコミはもう黙っておくことにした。多分言ってもとうの昔の話だし、考えを改める気も無さそうだからだ。


『そこで更に一手講じた。それが魔力固定法じゃ』

「何か聞くだけでとんでもないことやってのけてる気がするのですが……」

『うむ、これはその名の通り魔法や魔力を固定するのじゃ。例えば炎の魔法をそのまま留めておいたりの』


 つまり今の例だとファイアボールを撃つではなく投げることが出来る、みたいな感じだろうか。

 もしそれの固定と解除が自在だったら魔法の使い方の幅が色々と変わるかもしれない。

 しかしこのお爺さんは本当にとんでもない実力の持ち主だと思う。何故それを真っ当な理由で作らなかったのか……。


『これを使いワシは鍵穴に魔力を流し込みそれを固定化させて解除することに成功した。つまりどの様な鍵があろうとこのワシの前では無きに等しいと言うことじゃ!』

「すごいんですけど素直に褒めれないのは何ででしょうね……」

『何、いつの世も理解されぬことはままあることじゃ』


 この手法は永遠に封じてた方がいいんじゃないだろうか。

 悪人の手に渡ったら泥棒し放題になりかねない。この人が女性の部屋に侵入するためだけに使ったのは不幸中の幸いかもしれない。

 ……対象になった女性はたまったものではないが。


『じゃがそれだけでは秘書にばれる。そこで二つ目に編み出したのがあやつの目を欺くための高度な幻術じゃ』

「幻術……つまり幻を見せたのですか?」

『ちっちっち、あまいのぅ人間よ。ワシを誰と心得る。叡智の魔王と呼ばれたマテウスじゃぞ』


 どうしよう、叡智の魔王暴露本でも出してやろうかと思えてきた。

 今からでもスマホで撮影するか? でもこんな幽霊っぽい状態のはちゃんと映るのだろうか。

 そんなモヤモヤを内心で抱えているとマテウスはその幻術がどれほど高度なのかを自信満々に語ってくる。


『お主には見えてなかったようじゃがこの部屋の前にある本棚も同様の術を施しておるのじゃ』

「あぁ、何か物凄い魔法使ってたとか言ってたやつですか」

『うむ。本当にすごい術なんじゃよ。折角じゃし講義してやろう。ワシの講義を受けれるお主は幸運じゃぞ』


 閉じ込められたり知らなくても良いことを知ってしまったのは不幸じゃないのか、と言う言葉をぐっと飲み込み大人しく教えを受ける事にする。

 そもそも幻術と言うのは対象に幻を見せることと言う魔法なのだそうだ。

 精密な幻術であればあるほどリアリティが増し、相手を翻弄する事が出来る。

 だが所詮幻は幻。嘘と見抜かれる可能性はもちろんある。

 例えばその幻が対象が知る本物と誤差が生じている場合。他には幻視系なら触れられてしまう等だ。

 他にも幻聴系などもあるが、一般的に幻術と言うと幻視系のことらしい。

 多分エルフの森の結界もこの幻術をもっと広範囲に広げたものなのだろう。


 その事についてマテウスに話すと当時のことを詳しくと聞かれた。

 結界についての詳細は知らないので何が起こったかだけ掻い摘んで説明すると、今回の事も恐らくそれと同じで魔力の低さゆえに引っかからなかったのでは無いかと推察された。

 魔法と言うカテゴリーである以上幻術は相手の魔力に干渉して様々な物事を誤認させる。

 万物全てを誤認させると消費魔力量が膨大になる上必要な物まで通さなくなってしまう。だからある程度最低ラインを上に設定したが故に自分は引っかからなかったのではないかとのことだ。


 話が少しずれたがこのマテウスが編み出した高度な幻術とは何か。

 それは不特定多数の対象者に対し五感全てに働きかける幻術なのだそうだ。

 自分には見えていなかったが、本来この部屋を封鎖しているべき本棚はこの魔法で生み出されたものらしい。

 これにより目で本棚と本を認識し、耳でそれらが発する音すべてを聞いた気になり、触覚で触ってると誤認させ、嗅覚でリアリティを増しているのだそうだ。

 ちなみに味覚は紙を食う者はいないと思いつつも一応ヤギが食える程度には精度を上げたとのこと。

 ここまで来ると幻術と言うよりもはや洗脳に近い。

 こんな恐ろしい魔法を何に使ったかと言えば、マテウスは部屋に自身の分身をその魔法で作り秘書を誤魔化す為だけに使用したのだそうだ。

 ……つくづくこの人が悪い魔王じゃなくて良かったと思う。下手をすれば要職の人がいなくなっても気づかれないなんてことになりかねない。


「……なんと言いますか、すごいとしか出てきませんね」

『そうじゃろうそうじゃろう。じゃがこの術を会得したときには残念ながら死期を悟っての。まぁ寿命ってやつじゃ。そこでワシをこの本に移したと言うわけじゃな』


 元々図書館に研究成果を謎と言う形に散りばめてはいたらしく、その最後に自分の写し身としての本を急遽差し替えたらしい。

 なんでそんな回りくどいことをしたのだろうと問いかけると、未来の時代ならば自分は伝説化し女性が寄って来るだろうという打算十割の理由だった。

 流石にそれを聞いて開いた口がふさがらなかったのは言うまでもない。


「……あの。まさか最後の謎に若い女の子が三人必要なのって……」

『うむ、研究続行のために出会いの確率は増やすべきじゃろ? それに女子の誰かにこの本を持って帰ってもらえれば労せずして観察できるではないか』

「ちなみに男性も謎の対象に混ざってるのは?」

『女子だけだとワシが不埒な魔族に見えてしまうではないか』


 まさかの無自覚!?

 もしかして歴代魔王って変人しかいないとか?

 いやでも今代のミーシャはまともな人のはず。もしかしたらどこか変に見える部分があるのかもしれないけど……どうなんだろう。

 ……あれ。もしかしてブレイヴに惚れてるのがその兆候だったり?


『……まぁその未来はもう少し先みたいじゃがの』


 半ば混乱して何も言えないでいると不意にマテウスが少し寂しそうに言葉を発した。

 そしてパチンと指を鳴らすと今まで閉じられていたドアの鍵が開く音。ようやく出られるようになったようだ。


『さて、想定外の事じゃが多少なりとも楽しめたわい。約束通り開放しよう』

「あ、ありがとうございます」


 閉じ込められた側が何故か礼をと思わなくも無いが、ここで臍を曲げられてまた閉じられても困るため媚は売るだけ売っておく。

 それにもう迷い込んでから数時間。流石にコロナ達も心配しているだろうから早く戻らなければならない。


「それでは失礼します。色々お話聞けて自分も楽しかったです」

『うむ、息災で……いや、少し待つのじゃ』


 頭を下げ去ろうとしたところで何故か引き止めるマテウス。

 これ以上何かあるのだろうかと不安に思いながらも再び彼の方を見る。


『お主、ここの仕掛けやワシの事を漏らすつもりは……?』

「ありませんよ」


 むしろ言える訳が無い。

 謎の答え云々よりあの叡智の魔王がこんな人物だと口が裂けても言えないだろう。

 言ったところで信じてもらえないし、下手すれば不敬罪と言われかねない。


『本当かの?』

「信じてもらうしかないですが」

『じゃが『話につき合わせた上に何も持たせず帰らせるなんて。そうだバラしてやろう』って気になるんじゃないかの?』

「一応その辺の自覚はあったんですね……」


 あの叡智の魔王と会話したのは魔族からすれば至福の一時だが、自分からすれば初対面のお爺さんの愚痴を聞いたりしただけだ。

 仕掛けの一部や幻術について教えては貰ったものの、流石に現状では得する部分が何も無いように見えるのを彼は気にしているらしい。

 そのせいだろうか。マテウスはよしと頷くとこちらにとある提案を持ちかけた。


『そうじゃな、話を聞いてもらった礼と口止め料として何か一つお主にやろう。これでどうじゃ?』


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