第211話 叡智の魔王
「うわっ!?」
何とかドアを開けようと四苦八苦しているとついにその瞬間が訪れてしまった。
上に乗せた本を押しのけるように弾き飛ばし、一番下の例の本が勝手に開かれる。
怪しい煙が再び出てくることはなかったものの、まるで本から召喚されるように先ほどの魔族の老人が姿を現した。
『全く、わしの子孫らは無礼じゃな。演出用の煙が無くなってしもうた』
演出用だったのか、あれ。
しかしこの人は誰だ。何か体が若干薄く透けてるように見えるけど……。
『さて、改めて名乗ろうか。良くぞここまで辿り着いた、百の謎を解きし者達よ! ワシの名はマテウス=アイン=オーギュスタ。叡智の魔王と呼ばれていた者じゃ!』
「……え、叡智の魔王?」
でも彼は何百年も前に亡くなったと聞いている。
実は生きていた? もしかして謎とは彼の封印を解く仕掛けだったとか。
でもそれなら先ほどの言葉が少しおかしくなる。
(そもそも本当に叡智の魔王……?)
ピーコあたりがいれば分かったかもしれないが、自分は残念ながら叡智の魔王の姿を知らない。
これほど有名人ならば何か見た目の特徴や絵画でも残っていそうなものだがそれすらまだ見ていないのだ。
一応見た目は全体的に見れば威厳のあるお爺さんと言った感じ。
透けている為実体があるか不明だが、まるで和装のような服の上からこれまた高そうな宝石が付けられた紫紺のローブ。
本人は痩躯であるものの、その眼光は魔王と言うには申し分ないほどの鋭い眼差し。
地毛が白髪なのか年齢からくる脱色かは不明だが、白い髪の毛は肩口ほどで切り揃えられ、同色の長い顎鬚が如何にも魔法使いの王と言わんばかりの印象を与えてくる。
そしてやはりと言うべきか左右に伸びる漆黒の角とブレイヴと同じ様な額の紫色の魔宝石が魔族と言うことを現していた。
『……なんじゃ、ワシに会えてそんなに嬉しいか?』
「あー、いえ、その……実感が無いと言いますか……」
『ほっほ、まぁワシ有名人じゃからの。しかし最後の謎を解いたのが魔族の子らでは無く人の子とは……』
残念じゃのぅと少し寂しそうな表情をするマテウス。
だがそれよりも気になることをこの人は言っていた。
(はて、謎……?)
謎と言うのはピーコが言っていた叡智の魔王が図書館に散りばめた謎のことだろう。つまりこのおじいさんの言うことを信じるのであれば仕掛けた張本人と言うことになる。
だが自分はそんな謎など解いた覚えは無い。何かの拍子に解けたと言う可能性はあるが、そんなちょっとしたことで解けるような謎とは思えない。
一体どういうことだろうと不思議がっているとマテウスが改めてこちらへ向き直る。
『さて、まず最初にヌシに聞かねばならぬことがある』
物凄く真剣な眼差しと表情に思わず姿勢を正してしまう。
これが王、そして小市民の立場の差だろうか。国籍も人種も世界も違えど、何故か従わざるを得なくなるような雰囲気に流されてしまった。
『ワシは今ある事が気になっておる。嘘偽り無く正直に話すのじゃ』
「答えられることであれば、まぁ……」
『何、難しいことではない』
安心するが良いと言うマテウスだがちっとも安心できない。
もし彼が叡智の魔王なら、そんな知識と知恵の塊が言う『難しくない』は絶対に信用できない。
無理難題か、もしくは何か自分の理解の及ばない質問が飛んでくるだろうと予想し心構えだけは取っておく。
『ヌシ以外に少なくとも
「…………へ?」
しかし問われた内容は別な意味で理解の及ばない質問だった。
◇
「ヤマルが見当たらない?」
その事に最初に気がついたのはエルフィリアだった。
彼女が別の本を取りに行った際、先に席を離れたヤマルの姿がどこにもないと言い出したのだ。
「どっか本棚の影に隠れてるんじゃねーのか? お前の目が良いと言っても物陰まで見えるわけじゃないんだろ」
「それはそうなんですけど……」
彼女の目が良いのはすでにパーティー内では周知の事実だ。
少しの明かりがあれば深夜の時間帯でもこの図書館の一番遠い本のタイトルだって見えるぐらいの視力の持ち主なのは分かっている。
だがエルフィリアはあくまで『目が良い』だけ。物陰にいる見えないものに対してはどう足掻いても見えることは無い。
「それにヤマルが俺らに断わりなく勝手にどっか行くとは思えないけどな」
少なくともあいつは離れるなら何か一言断わるタイプだ。
今まで一人にした事は何度もあるが、勝手に一人で居なくなった事は一度も無い。
その事を言うとエルフィリアはその通りとばかりに頷くが、ヤマルと一番長くいるはずのコロナは何やら考え込んでしまった。
「どうした?」
「えと、前に一度だけ似たような事があって……」
意外にもヤマルは前科持ちだったか、と思ったがコロナの話を聞くとどうやら違うらしい。
その出来事とはエルフの森での事。何故か結界を突破したヤマルは意図的で無いにせよコロナやポチと離れることになった。
エルフの村はコロナ達も一緒だと思ってたがどうやら違っていたようだ。
「つまり今回も何か起こったと?」
「可能性はあるんじゃないかな。この図書館、謎が散りばめられてるみたいだし」
「ふぅむ……しかしそうなると大問題だそ。人がいきなり消えるとか危険極まりないしな」
「でも叡知の魔王と言われるような方がそんな危険な仕掛けをするでしょうか」
エルフィリアの言葉に自分もコロナもその可能性を考える。
どのような謎が今まであり、これからあるのかはまだ分からない。だが今のところは危険な謎は無いのだろう。
もしそんなのが過去にあれば、この図書館は間違いなく封鎖対象だ。たまたまその仕掛けの最初の一回をヤマルが踏んだ可能性は否めないが、確率としては低いと思う。
「大丈夫だとは思うが気になるならあの司書に探してもらうのが早いと思うぞ。俺たちよりこの場所に慣れてるからな」
「そう、ですね……。私ちょっと行ってきます」
「あ、私も!」
「わふ!」
皆ヤマルの事が心配なのか、あっという間に部屋を出て行ってしまった。
気にはなるがそこまで心配するほどの事だろうか。その辺で立ち読みしていて、案外ひょっこりと戻ってくるんじゃないかと思う。
思うが……。
「……俺も行くか」
流石にこのまま一人残って本を読んでいるのもバツが悪いと思い、そそくさと皆の後を追う事にした。
◇
『なんじゃい、おらんのか……』
「まぁ、その、すいません」
先ほどの威厳はどこへやら。
女子がいないと分かった途端物凄く嫌そうな顔をしてテーブルの上に座り込んでしまった。
いや、実際は座る格好をしているだけで本の上を浮いているのだが。
『全ての謎を解いた後に現れたのは叡智の魔王その人! うら若き女性からの羨望の眼差し、上手くいけばキッスまでもらえたかもしれんのに、それがこんな冴えない男の人間ではのぅ……』
こちらに聞かせるように盛大にため息を吐き愚痴まで溢す始末だった。
悪いとは思うが自分だってわざとじゃないんだしそこまで落ち込まないで欲しい。
「でも何で自分はここに来れたんでしょうね。謎はまだ二十個以上残ってるはずですが……」
話題を変えるべく気になった疑問をマテウスにぶつけてみる。
閉じ込められている現状、彼には何とかして部屋のドアを開けてもらわねばならないのだ。
このまま再び本の中へ帰られたら強攻策か餓死かの二択になってしまう。
『施した謎解きは単体では解けぬ代物なんじゃがのぅ』
一応マテウスから最後の謎については少し聞いておいた。
その謎がどれほどすごいのか、そしてその仕掛けがどれほど難しい魔術で構成されているのか熱弁していたが、自分には難しすぎて全く理解出来なかった。
一応分かった事を纏めると、この最後の謎を解くには最低四人が必要。更にその中の三名はうら若き乙女ではないとダメらしい。
具体的には人間換算で言うと十五~二十五歳と言った所だ。人間換算なのは魔族もエルフ同様長寿種がいる為、年齢で計算するのはやめたからである。
『そもそも何故最後の謎が無かったのじゃ。ヌシは本当に何も見ておらんのか?』
「
それこそ図書館の内部には本棚が敷き詰められてはいるが、この部屋を隠すような本棚は見ていない。
改めてそれを告げると叡智の魔王も首を傾げざるを得ないようで、なんでじゃろなぁと割と本気で頭を悩ませていた。
◇
「ここか」
「わん!」
ポチに案内されいつもの面々とピーコを加えた四人はとある
あれから手分けしてヤマルを探しに図書館内をくまなく探したもののどこにもその姿を見つけることは出来なかった。途中からピーコにも助力を求め上から見てもらったものの全て空振りに終わる。
明らかな異常事態に自分達以上に職員のピーコが一番焦りを感じていた。
その後ピーコ以外の職員に図書館の利用者、そして図書館探検隊の面々に話を聞いたところ色々と情報が集まってくる。
幸いにもここでは珍しい人間と言うことで覚えていた人が多かった。
それによるとまずヤマルが図書館の中をうろついていたのは間違い無さそうだ。
ぶらぶらとまるで散歩する様に本棚を眺めて歩いていたと複数の目撃情報もあるのでこれについては確定だろう。
そして図書館から出た形跡は無し。
この図書館は入退室時には必ず名前を記入する事になっている。
その為出入り口は常に職員が見張っており、外に出て行ったと言う言質は取れなかった。
その職員が別の利用客の対応時に出て行った可能性も無くは無いが、流石に人間であれば普通に気づくとのこと。
ましてやヤマルは魔力が極端に低い。
魔力を視る事に長けた魔族があんな珍しいタイプを見逃すことは無いとピーコをはじめとする職員らが口を揃えて言っていた。
となるとヤマルは図書館内のどこかにいると言う話になるが、そうするとまた振り出しに戻ってしまう。
そこでポチにヤマルの匂いを追ってもらう事にした。
普段一緒にいるポチはヤマルの匂いを追う事は朝飯前だろう。現に頼んだ後すぐに匂いを見つけたのか、彼の足跡を追うように上に下にと館内を移動していく。
そしてとある本棚の前でポチが止まったのだ。
どうやらここで匂いは途切れているみたいなのだが、右を見ても左を見ても別の本棚しかない。
とてもではないが隠れるような場所など存在しないのだ。
「わふ?」
「ポチちゃん、どう?」
「う~……?」
どうやらポチも困惑している様子。
この本棚の前でぐるぐると回っているだけでどこかに行く素振りは無い。何度も匂いを辿ろうと床に鼻をこすりつけているが、結局は元へと戻ってしまう。
「この本棚に何かあるのか?」
「でも普通の本棚にしか見えませんよね。ピーコさん、この本棚には何か特別な物でもあったりするんです?」
「そんなはずないですよ。この図書館にある本は全て管理されています。この本棚ももちろん例外ではありません」
「じゃぁ中身に何かあるのかな……?」
そう言うとコロナが徐に一冊の本を引き抜き中身を見る。
横から本の内容を読むも別段特別なことは何も書かれていなかった。
自分も試しに手近な本を抜き取り見てみるが、やはりどう見ても普通の本である。
「……ダメだ、さっぱり分からん」
「一度戻りましょうか。もしかしたら新しい謎に巻き込まれた線もあります。図書館探検隊の方々もいらっしゃいますし、相談してみると良いかもしれませんね」
「ヤマル……」
コロナとポチが後ろ髪引かれる様子だったものの、説得し一度この場を後にする。
その後ピーコの協力の下で図書館探検隊に詳しく調べてもらったものの、結局は何も見つかる事が無く徒労に終わってしまうのだった。
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