第206話 魔宝石の行方
「魔宝石の魔物、ねぇ……」
こちらの相談内容に渋い表情を見せるミーシャ。
どうやらあまり色好い返事は貰えなさそうである。
「なんだ、流石の魔王様でも知らぬのか?」
「むしろ勇者を自称するならあんたが知っておきなさいよ。第一知ってるから困ってるんじゃない」
しかしミーシャは魔宝石持ちの魔物の事は知っていると言う。
その上で困ってると言うのだから余計に不安を駆り立てられた。
そんなこちらの様子を見て申し訳なさそうにミーシャがその理由を告げる。
「あまり良い話じゃないんだけど、魔宝石持ちの魔物は大体が討伐済みなのよ」
彼女が言うには以前魔国内で大規模な討伐が行われたらしい。
それは戦後しばらくしてのこと。
当時の魔国では魔物の活性化が問題になっていた。
戦後のごたごたも落ち着いた所で沸いて出てきたのが、今まで手が回っていなかった魔物の問題。魔族らが国内の安定を図ってたその隙に成長し強くなっていたのだ。
魔宝石持ちにまで成長した魔物は徒党を組み、国内に見過ごせないほどの被害を出すことになる。
この問題に直面した当時の魔国の首脳陣は討伐隊を編成。
少なくない被害を出しながらも長い年月を掛けて一匹残らず討伐したのだ。
「だからどこかにいるかもしれないけど、分かってる限りの魔宝石持ちはもういないの」
「ミーシャ、ならばその当時手にいれたであろう魔宝石はどうした? ヤマル達の目的は魔宝石の入手であって魔宝石の魔物を討伐する必要は無いのだが」
「国で保管してる物以外はすでに出回ってるわね。殆んどが人王国に流れたのは聞いてるけど」
間違いない。人王国の召喚石に使われたのだろう。
少なくとも予備を含めれば召喚石は十数個はある。すべてが魔国のとは思わないが、いくつかはその魔宝石が使われているに違いない。
「ならば魔王権限で渡せば良いではないか」
「何バカなこと言ってるのよ。私個人の持ち物ならともかく、国の財産を渡せる訳ないでしょう」
「ちなみに権限とか無視して、仮にその財産である魔宝石を手に入れようとするとどれぐらいに?」
「そうね……。そもそもよっぽどの事が無い限り手放すなんて事は無いでしょうけど、仮に売るとしても……」
あくまで個人の予想、と言う前程で教えてくれた金額は一発で買取を諦めるレベルの値段だった。
こんな金額があればそれこそ王都で自宅が建てれた上にしばらくは食っちゃ寝で生活できるんじゃないかと思うほどだ。
「こりゃ買取は出来ても無理だな」
「貧乏が憎い……」
「その、ごめんなさいね? 協力してあげたいのは山々だけど流石に私の一存でも無理で……」
うぅ、この魔王様優しい。
だからこそ強く当たれないのが辛い。もっと悪党じみている魔王なら強引にでもー!って気分になったかもしれないのに。
……まぁなってもそんな手段に訴える力も度胸も無いのでこれで良かったのかもしれない。
「ふふふ……魔王城に隠された宝を民の為に手に入れる。これもまた勇者の務めか」
「「いや、無いから」」
思わずミーシャと言葉がはもる。
どう考えても不法侵入に強奪とか犯罪者だ。そもそもお城の警備は厳重だろう。やったところで捕まる未来しか見えない。
もっと穏便な手でどうにかしたいと一旦ブレイヴを引っ込めさせる。
「あ、なら明日お城に来る? 流石に魔宝石はあげれないけど、私の権限で入城と図書館での資料閲覧ぐらいなら許可出せるから調べてみたらどうかしら?」
「良いんですか?」
「流石にここで見過ごすのも後味悪いしね」
こんなことぐらいしか出来なくて申し訳ないけど、と言うが、それでも十二分にありがたい。
魔国の図書室なら周辺地理や当時の魔宝石の魔物の情報も色々と調べれそうだ。
明日は魔王城だねと楽しそうにするコロナや、建造物を間近で見れることに職人としての血が騒いでいるのか嬉しそうなドルン。
そんな中、ブレイヴがこちらに向けぐっと拳を握り締め親指を一本立てるポーズを取っていた。彼も喜んでくれているらしい。
「よくやったヤマル。城に侵入した後は我に任せるが良い」
「いや、だから勝手に持ち出すのダメですからね?!」
「せめて
いや、ブレイヴはやはりブレイヴだったようだ。
変なことに巻き込まれない内に何もしないようにと釘を刺す。この調子ではもしかしなくても着いてきそうだし……。
「(ヤマルさん、ヤマルさん)」
「(ん?)」
つんつんとこちらの腕を突きちょっと内緒話があるとばかりに口に手を添えるエルフィリア。
なんだろうと彼女の言葉に耳を傾ける。
「(あの、今更こう言うのもあれですけど、ミーシャさんって本当に魔王様なんでしょうか)」
「(あー……。多分本当だと思うよ)」
心配そうに聞いてくるエルフィリアを安心させるようなるべく優しい声色で彼女の質問に答えていく。
確かにその心配は自分もあった。
何せ目の前の自称勇者が呼んだ人だ。自称魔王じゃないかと言う疑問が浮かぶのは否めない。
しかし勇者はともかく、この国で魔王を偽証することは危険だろう。
人王国で言えば自分はレーヌである、と言っているようなものだ。
しかもここは魔王がいる首都のディモンジアである。そんなことをすればすぐにばれてしまうだろう。
「(でも今日初めて会った私たちに親切すぎるような……)」
「(ミーシャさんの性格もあるんだろうけど、ほら……ブレイヴさんがいるでしょ。好きな人の前で良い格好したいんじゃないかな)」
「(あ、そういうことですか……)」
それに彼女は出来る出来ないの線引きはしっかりしている。
もし騙すつもりなら魔宝石について融通を利かせるみたいなことを言うだろうし、そもそも明日魔王城に来いなんて言わない。
そんな事をすれば明日の城門で嘘がばれてしまうからだ。
「(でしたら何かお礼したいですね。でも私達が魔王様に出来ることなんて……)」
「(まぁ無くは無いよ。ちょっと任せてくれるかな)」
ブレイヴに呼ばれたとは言え自分達の相談に乗ってくれたり、明日の件でお礼をしたいのは自分も同じだ。
幸いにも現状ならちょっとしたお礼が出来そうなので気を利かせてあげる事にしよう。
エルフィリアとの内緒話を打ち切り、コホンと咳払いを一つすると皆がこちらに視線を向ける。
「魔王様、今日は本当にありがとうございました。少し早いですが自分達はこれで失礼したいと思います」
礼を述べ軽く頭を下げるとほんのちょっとだけ嬉しそうに口元を綻ばせたのが見えた。
あれは自分達をわずらわしく思っているわけではなく、多分ブレイヴと二人きりになれることを喜んでいるのだろう。
目論見通りだ。
「ん、そうか。ならば解散とするか」
そして目論見通りに動かない人物が一人いるのも計算済みだ。
予想通り彼は本日はもはや話すことは何もないと言わんばかりに立ち上がる。
その様子を見たミーシャが『本当に気が利かないわね』と言いたそうに恨めしそうな目をしているのも見逃さなかった。
「ブレイヴさん、忙しい中魔王様はあなたの呼びかけで来て下さったんですよ。折角ですしご飯位は付き合ってあげてもいいんじゃないですか」
「む、そうか?」
「えぇ。それにこのままじゃ『勇者が魔王を前に逃げた』なんて見られかねませんよ」
「それはいかんな! 良いだろう。ミーシャ、今日は勇者として生き様を貴様に見せ付けてやろうではないか!」
誘導完了。
こちらの言い分に納得がいったのか、高笑いしならがブレイヴは再び椅子に腰をかける。
そのやりとりをミーシャはぽかんとしながら見ていたものの、その結果とこちらの意図に気づいたのか顔を赤らめ嬉しそうに俯いてしまった。
そしてブレイヴから見えない位置で良くやったと言わんばかりにその左手がサムズアップのポーズを取っていた。
頑張ってくださいと小さく同じポーズを返すと、彼女との間にちょっとした友情が生まれたような気がする。
「では失礼しますね。ブレイヴさん、魔王様の相手お願いします」
「任せておきたまえ。では明日また会おう!」
やっぱり明日も来るのか、とややげんなりしつつも今はこの雰囲気に水を刺したくないため黙っておく。
そして勇者と魔王の凸凹ペアを部屋に残し、店のマスターに全員分の料金を払って外に出た。
マスターには支払い時に『お疲れ様でした』と言われたので、彼も同様に苦労しているのかもしれない。
「……さて、頑張って帰ろっか」
そして目の前に映るのは迷路みたいな裏路地。
これの存在をすっかり忘れていたため、この後大通りに出るまでの間、全員で少し迷うことになるのだった。
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