第207話 魔王城のスタッフ達
魔王ミーシャにブレイヴを押し付け……もといデートの手助けをした翌日。
彼女が本日魔王城の図書館を開放してくれると言うことで、現在自分達『風の軌跡』の面々は魔王城の城門へとやってきていた。
「大きいなぁ」
「結構威圧感ありますね……」
人王国の王城も大きく威圧感はあったものの、あちらはどちらかと言えば『荘厳』と言った感じだ。
対する魔王城はまるで来るものを拒む――いや、まるで試すような感覚を覚える。お前に入る資格があるのか、と。
形状でいえば王城と魔王城は差異はあれど方向性としては殆ど変わらない。
日本のゲームに出てくる髑髏の飾り付けがあったり、魔物の石像が飾ってあったりと言うこともない。
だが一番違うのは色だろう。
使われている建材が違うのか、はたまた特色を出すためか。人王国の王城は白など明るい色を使っているのに対し、魔王城は黒を基調とした色合いをしていた。
「はっはっは、尻込みする必要は無いぞ! 何せ今日は勇者である我がついているからな!」
腰に手を当て踏ん反り返るように高笑いしているのは自称勇者ブレイヴだ。
なお今日は彼を呼んだ覚えは無い。困ったと言った覚えも無い。
城門の少し手前辺りで彼はこちらを待つかのように道路の中央で仁王立ちしていた。
魔王城へ行く人達が物凄く邪魔そうに彼を睨んでいたが、不適な笑みを浮べたまま微動だにしないブレイヴはまるでリアルな彫像と思わせるほどだ。
そして自分達がやってきたのを見るや否や、いつも通りのノリで近づき当たり前のように着いてきた次第である。
魔王城に行く時間を教えていたわけでもないのになぁ、と不思議に思っていたが、よくよく見ると彼は朝露で全身がしっとりと濡れていた。
一体何時から居たんだろうと思うも、彼のこれまでの行動力から察するに驚くことでもないかと割り切りその疑問を頭から排することにした。
「……別に今日は特に困っていることはないですよ?」
「昨日一昨日も困っているとくれば今日も困る可能性は高いだろう? ならば即対応出来る位置にいた方が良いとは思わないかね」
言いたい事は分からないでもないが、ただ確率が高そうと言うだけでここまで行動を起こせるのがすごい。
……やっぱり街の人から呼ばれることは低いのかな、と思ってしまう。
「まぁ行きましょうか」
「うむ」
自身の言い分を納得してもらえたと思ったのか、ブレイヴは満足そうに頷くと自分達の後に着いて来た。
そのまま彼を伴い城門を潜ると魔族の門番がこちらに来るよう指示を送る。
彼に従い全員出向くと、すでにミーシャによって話が通っていたらしく特に何も引っかかることなく中へ入れてもらえた。
こんなあっさりで良いのか、もしかしたら自分達が偽物の可能性もあるんじゃないかと聞くも、門番は軽快に笑いながらこう告げる。
「はっは! そりゃお前さんらの組み合わせなんか早々いないからな。むしろここの侵入と偽物を揃える労力比べたらこっちの方がどう考えても上だしな!」
だから大丈夫だ!と太鼓判を押す門番にこんなノリでいいのかなぁと思うのは日本人だからかもしれない。
ただ仕事はちゃんとしていると言うことは直後に分かる事になる。
「何故だ!? 何故我が止められねばならない!!」
「いいから入りたいのでしたらその武具類外してください」
別のところで騒がしいやりとりをしているのはブレイヴと他の門番だ。
門番はブレイヴの扱いに手馴れているのか、騒ぐ彼をものともせず早く武装解除するようにと告げる。
そう、昨日と違いブレイヴは何故か完全武装状態だった。
服装自体は同じなのだが、背中には大剣を担ぎ服の上から金属製の軽鎧を着けている。
一言で言えば『今から魔王城を攻略しようとする勇者』みたいな格好だった。
「ヤマル達だって武装しているではないか!」
「魔王様からのご命令ですからね。信頼度の差ではないですか?」
そして二人の言葉通り、こちらは完全武装でも素通りだった。
コロナも普通に剣は持ってるし、自分やドルンもそれぞれの武器を担いでいる。
それにも拘らず止められたのはブレイヴだけだ。一体あそこに至るまで何をしでかしたのだろう。
……いや、いつも通りしでかしたからあの様になったのかもしれない。
「く、この様な手で勇者の力を削ぐとは卑劣な……!」
「はいはい、帰りにちゃんと返してあげますから早く出してくださいねー」
不満全開のブレイヴではあったが、根が単純なのか文句を言いつつも素直に武装を解除し門番へそれらを預ける。
だがそれだけでは終わらなかった。
門番がブレイヴに耳打ちするように手招きし、彼が顔を近づけたところで不意打ちとばかりに額に掌底を食らわせる。
いきなり何を、と思うが届く打撃音は思った以上に軽かった。擬音をあえて挙げるなら『ぺちり』と言ったところだろうか。
だがそれに反しブレイヴは何故か仰け反りながら必死に頭を振り始める。
「ぐぉ?! 封魔の呪布だと……! 魔法まで使わせぬつもりか!!」
「それも魔王様のご命令なので付けておいてくださいね。こちらも帰りに剥がしますのでー」
見ればブレイヴの魔宝石に何か模様か文字が書かれた布がぶら下がっているのが見えた。
大きさはお札程。額に張られているせいかブレイヴがまるでキョンシーの様に思えてくる。
「ぐ、ミーシャめ……!」
「では入っても良いですよー」
忌々しそうにするブレイヴを門番が笑顔で見送っている姿は中々印象深い光景だ。
手馴れていると言う言葉がしっくりくる。きっと何度も同じ様なやりとりをしてきたのだろう。
「ふ、多少の妨害を食らったがまあ良い。者共、行くぞ!」
武装を解除され魔法を封じられても不安一つ見せぬブレイヴはある意味大物かもしれない。
めげないなぁと思いながら今度は彼に着いて行くように歩き城内へ入る。
「うわぁ……」
「広いね……」
「こりゃすげぇな。なぁ、後で探索してもいいか?!」
入り口を抜けるとまず目の前に現れたのは吹き抜けの大ホールだ。
上を見上げれば豪奢なシャンデリアが階下を照らしている。
見える範囲だけでもここだけで五階ほどありそうだ。そこから左右や奥に続く通路が見えるが、その先がどこに通じているのかは分からない。
そんな場内は先のシャンデリアを初めとして様々な装飾が施されていた。
施されていたのだが……残念ながら自分ではその良さが全く分からない。
感性的な部分もあるが、どう表現してよいか分からないのだ。
ただ漠然と高そうな壷が飾ってあるとか、芸術品っぽい階段の手すりとか、ともかく『豪華ですごい』と言う語彙が消失したような感想しか持てないでいた。
他のメンバーも大よそ自分と似たような感想を持っているのだろう。
皆が皆周りの風景に心動かされていると、不意にこちらに近づいてくる小さな影が視界の端に見えた。
誰だろうと思っていると現れたのは七歳ぐらいの小さな女の子。
空色の明るいショートカットの髪に半袖のブラウスと短パンを穿いた一見するとボーイッシュな少女だった。
だがこの子も一目で魔族と分かる。
なぜなら両腕は肩から先が白い鳥の翼であり、ズボンから出る足も鳥の足をしていたからだ。
その子はこちらへ一直線へとやってくると先頭のブレイヴを巧みに避け自分の前へとやってくる。
「こんにちわっ! フルカド様ご一行でお間違いないでしょうか!」
見た目に違わず元気に挨拶してくる少女にこちらも笑顔でそうだと伝える。
すると少女は満面の笑顔を浮かべぺこりと頭を一度下げた。
「はじめまして、魔王城の図書館司書をしていますピーコと申します! 本日は魔王様より皆様のお手伝いをするよう命を受けました!」
よろしくお願いします!と再度頭を下げる少女に驚きを隠せないでいた。
中に入れてくれるだけでもありがたかったのにまさか職員を一人付けてくれるなんて思わなかったからだ。
その事実に驚きながらも若干しどろもどろしつつこちらもピーコに挨拶をするも、彼女はその様子が別の意味に見えたらしい。
「大丈夫です、よく子どもと間違えられますがこう見えても私はもう大人ですよ! 種族特性で体が小さいままなだけです! つまりフルカド様よりも年上なんですよ!」
「そ、そうなんですか……」
えっへん!と言う言葉が似合いそうな顔で大きく胸を張るピーコだが、残念ながらその胸はとても大人とは言いがたいほど平坦だった。
膨らみも一切無ければ鳥系なのにはと胸ですらない。
隣にいるコロナが目頭を押さえながら『頑張ろうね……!』と呟いているのだが、自分は何も聞かなかったことにする。
「えぇ、こう見えてもう二十歳です! なんでしたらピーコお姉さんと呼んでいただいても構いませんよ!」
「年下じゃないですか……」
そして彼女は思ったよりも年齢は高いものの自分よりも年下だった。
しかしこのナリで二十歳とは若作りにも程が……いや、エルフィリアだって確か二百歳だし今更かと考えを改めなおす。
だがこちらが割り切って納得しているのとは対照的に、目の前のピーコは驚愕の表情を見せていた。
「と、年上……? 失礼ですがフルカド様のお歳は?」
「二十五ですよ。良く若いと言われますが……」
この世界基準では童顔に見えるらしい自分の顔。
周囲の反応から頭ではそう理解していてもどうしても慣れるものではなかった。
「そうでしたか、失礼しました! それでは改めて図書館へとご案内します。こちらへどうぞ!」
ばさりと小さな羽根を広げとある通路の先を示すピーコ。
図書館はあちらにあるのだろう。案内役のこの子がいなかったら迷っていたかも知れない。
小柄な彼女を先頭に大人達が後ろを歩くのは傍から見ればとても微笑ましく見えただろう。
「しかし皆様のような国外の方が来られるのは珍しいですね。何かお仕事でしょうか?」
「あー、その。仕事……とはちょっと違いますね。必要な物を探しに来たんだけど、個人的な探し物ですから」
「そうでしたか! では私も司書として探し物が見つかりますようお手伝いを頑張りますね!」
そう言う彼女は自身の仕事に誇りを持っているのだろう。
小さな体から溢れんばかりのやる気と自信をみなぎらせていた。
むん!と両手……もとい両羽根が握られかの様に少し折れ曲がってるのが気合の入っている証だろう。
だが当人には悪いが自分とコロナ、それとエルフィリアはそれどころでは無かった。
「(や、ヤマル……あの子パーティーに欲しいかも……)」
「(ダメに決まってるでしょうが……気持ちは分かるけど……)」
「(でも可愛すぎますよ。反則じゃないですか、あんなの……)」
前を歩くピーコの後姿に完全にやられていた。
足が鳥で歩きづらいのか、一歩踏み出すたびに彼女のお尻が右に左にと振られており、それが何とも可愛らしい。
両手の羽も合わせて動く姿は『歩く萌え要素』と言って差し支えないほどの破壊力だった。
だが彼女はれっきとした大人であり、自分達が感じている感情は子どもに向けるそれらである。
流石に失礼と分かってはいるものの、出てくる感情を抑える事が出来ず三人は口元を手で覆い隠すので精一杯だった。
「……何がいいのだ?」
「さぁな。まぁ何か琴線に触れたんだろうよ」
その後ろでは良く分からないと言った様子のドルンとブレイヴ。
ドルンはそう言う感性なんだろうと一定の理解を示してはいるが、ブレイヴだけは分からないまま悩む唸り声だけが聞こえてくる。
「あー……その、フルカド様。ちょっとつかぬことを伺いますが……」
「なんでしょうか?」
そんな中、ピーコがこちらに顔半分だけ向けておずおずと問いかけてきた。
一体なんだろうと思うも、横から見る彼女の目はどこか熱い視線を送ってくるようで……
「不躾な質問なのですが、フルカド様はご結婚されてたり特定の方と恋人だったりとかは……」
「え? あー、ないですけど……」
あれ、なんだろう。
先ほどの熱い視線と思っていたものが違うものに変化した気がする。
何と言うか……そう、あれだ。捕食者の目。
ピーコは鳥系だから猛禽類のような目と表現すれば丁度良さそうな、そんな目に変わっていた。
……あれ?
「でしたら私などいかがでしょうか! こう見えても丈夫な卵を産むのは自信がありますよ!」
「……へ? いえ、あの……」
卵生だったのか、この子……。
自分をアピールするのは分かるが、産卵の事を言われても返答に困ってしまう。
そして後ろからの薄ら寒い視線にも困るのでこの手の話は勘弁して欲しい。
「それに料理も得意ですよ! 今なら何と私と
「番て……」
尚もアピールを続けるピーコではあるが、流石に何の卵かは怖くて聞けなかった。
仮に予想通りだったとしても、そんな高度なプレイで愛情が深まるような度量も感性も自分は持ち合わせていない。
「その、自分は今は恋人とか作る気は全然無くて……」
「……つまり私は無しですか?」
「無しです」
可哀想な気もするがここははっきりと断わっておく。
出会ってまだ数分だしそもそも恋人を作る気が現状全く無い。
ついでに言うとこの子は自分を好きじゃなく、多分婚活的な何かで求婚してきた節があるからだ。
「うぅ、これで六十八連敗です……。やっぱりこの体型がダメなんでしょうか……」
「出会って数分で求婚は流石に止めておいた方が……」
がっくしと肩を落とすピーコに正直な感想を述べるも、果たして彼女は聞き入れてくれるだろうか。
しょんぼりとする見た目幼女を見るのは心が痛むが、いくらなんでも結婚は無理だ。
せめて後で
「……ん、失礼しました! それでは改めてこちらへどうぞ!」
フラれ慣れているのか、先ほど同様の元気一杯の顔に戻るピーコ。
ちょっとだけその姿を見て罪悪感に苛まれながら、彼女の後を追い図書館へ向かうことにした。
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