第205話 ブレイヴとミーシャ
どんな人が出てきても驚かないよう心構えはしているつもりだった。
何せあのブレイヴと波長が合う人だ。どれほど突拍子が無い人物だったとしても心構えがあれば多少なりとも動じないでいられるだろう、と。
だがまさかこんな美人がやってくるなど、想像の斜め上過ぎて一切予想などできなかった。
「きっ、来てやったわよ! こんなところまで呼んで私に一体何の用!?」
若干裏声でどもりながらもその女性はしっかりとブレイヴを見据える。
腰ほどまで伸ばしたウェーブの掛った栗色の髪、白い肌と真紅の瞳。
そして魔族だと主張しているのが頭の左右についている角だろう。やや前方に向け曲線を描く小ぶりの黒い角。
マンガなどでは良く見る構図ではあるが、現実で見ると寝返り出来なさそうとつい思ってしまう。
そして彼女もブレイヴ同様魔宝石の所持者なのだった。
まるでカッティングされた八角形の赤い宝石が埋め込まれたかのように胸元でその存在を主張している。
そう、胸元である。
エルフィリアに負けずとも劣らずと言った具合のスタイルの持ち主は、それを武器として使うことに躊躇わぬほどのドレスを身に纏っていた。
胸元が開かれ、右側なんて腰の高さほどもあるスリットが入った大胆な黒いドレス。
どこかで『黒は女を美しく見せる』なんて言葉を聞いた気がするが、まさに目の前の人がそれの体現者だろう。
何よりこれほど肌を露出させるようなデザインであるにも拘らず、女性としての色香と美しさが見事にバランスを取っていた。
下手をすれば下品とも取られかねない服なだけに見事と言うほか無い。
そんな彼女の顔を一言で言うなら『キツめの性格をしてそうな人』だろう。
やや吊り目気味の目がその印象を持たせるのだろうが、現在の彼女は何故か頬を赤らめ唇をぎゅっと噛み羞恥に耐えてるような表情だ。
これがギャップ萌えと言うやつか。実際に見るとは思わなかっげぼっ!?
「こ、コロ……何し……」
「ふんっ!」
腹に鋭い衝撃が走り思わずテーブルに突っ伏してしまう。
涙目でその原因を見るとコロナがどこか面白く無さそうな顔でそっぽを向いていた。
彼女が何をしたかと言えば、テーブルの下でエルフィリア越しに鞘に入った片手半剣を使いこちらの腹を突いたのだ。
完全な不意打ちな上に手加減しなかったのか無茶苦茶痛い。
「この人達は?」
そこでようやくこちらに気づいたのか、先ほどとは打って変わり落ち着いた声で女性が誰かと尋ねる。
「我の友人だ」
「……嘘でしょ?」
「三度も我を頼ってくれたのだ。もはや友人と言って差し支えあるまい」
今回はともかく最初の二回は完全に事故も良いところなんだけど……。
ともあれ痛む腹を押さえ上体を起こすと、女性が『本当に……?』と小さく呟いていた。
言うまでもないが友人になった覚えは無い。
「それに彼らは我の勇者パーティー候補達でもある」
「あぁ、嘘なのね」
今の一言で完全に疑わしいから嘘へと判断したようだ。
しかしこの女性、ブレイヴの友人にしては随分と良識と常識があるように思える。
いや、それはそれで大変喜ばしいことなのだが、良識と常識を兼ね備えブレイヴ曰く博識であり尚且つこの美貌。
こんな美人さんとブレイヴの接点が全然分からない。
「……ヤマル?」
何かコロナが怖い目をしていたのでこれ以上考えるのは止めることにした。
でも仕方ないじゃないか。この人本当に美人なんだもん。
コロナもエルフィリアも十二分に可愛いとは思うのだが、あくまで『可愛い』部類の女の子である。
対してこの人は女性としての色香や魅力が十全に出ているのだ。
仮にコロナ達がこの人と同じ格好をしても美しさでは敵わないだろうし、この人が可愛らしさで競っても二人には敵わないだろう。
どっちが上か下かでは無いと言っても多分納得してくれなさそうなのが悲しいところである。
「全く、話があるからここに来いって言うから急いで仕事片付けて来たのに……」
「忙しければ別に構わぬとは言ったが?」
「うっさい! 分かってるわよそんな事!」
中々ご機嫌斜めと言った具合の女性。
確かに忙しい中、急に呼び出しを食らえばイライラするのは仕方のない事。
だが怒っている理由がそれだけでは無いような気がする。何だろう……?
「とにかく座れ」
「はぁ、分かったわよ……」
ため息一つ溢しブレイヴの隣の席に女性が座る。
そこで改めて女性の顔を見てふと気づく。唇が何か塗ったかのように少し赤い。
それに改めてよく見ると……いや、何かまたコロナからの視線を感じたので即座に目を逸らした。
だが多分見間違いじゃない。
(化粧してる……?)
いや、別に女性なんだから化粧ぐらいはするだろう。実際ギルドの受付の女性がしているのをこの目で見ている。
だが何と言うか、服装も含めてブレイヴに会うにしては些か気合が入っているような気がしないでもない。
(……え。もしかしてもしかしなくても?)
疑問が浮かび答えを考えようとした矢先、まさかとばかりの仮定が頭に降りてくる。
もしかしてあの人はブレイヴに惚れているとかそう言う類の感情を持っているのでは無いか、と。
仮にそうだったとした場合、確かにそれならブレイヴと波長が合う理由も合点が行く。
だがあくまで自分の仮定でしかない。ともすれば下卑た勘繰りとも取れよう。
「私の顔に何かついてるかしら?」
「ヤーマールー……?」
どうやら無意識の内にまた彼女を見てしまっていたようだ。
コロナの声に棘が含まれどうにもいたたまれなくなるが、そんな自分の様子を見たブレイヴが楽しそうに笑っている。
「はっはっは! コロナよ、許してやれ。男が美しい女に目が行くのはもはや本能だ。寛容な心を持ちたまえ。見ろ、隣のエルフィリアなどどっしりとしたものではないか」
「うー……」
頬を膨らまし不承不承と言った様子のコロナだが、その姿も小動物みたいで中々可愛らしい。
そう言ったら機嫌治るかなと思いつつも口に出せたらどれだけ良い事か。自分にはそんな度胸も甲斐性も無い。
ただブレイヴに一つだけ訂正したい。
エルフィリアがどっしりと構えているみたいな言い方をしているが、彼女も先ほどからこちらの脇を微妙に突ついている。
コロナほど殺意に溢れてない分まだ可愛いものだが、大人しい彼女が自分に手を挙げるようになって少し悲しい。
そんなこちらの様子など気にも留めず、目の前の女性は何やら震えながらブレイヴに声をかけていた。
「ね、ねぇ。今なんて……?」
「ん? 寛容な心を持つように」
「じゃない! その前! わ、私の事をなんて……?」
「あぁ、美しい女の
その瞬間、まるで一気に血液が沸騰したかのように彼女の白い肌の顔が真っ赤に染まる。
さっき下卑た勘繰りとか思っていたが訂正だ。
これはあれだ、理由は不明だが彼女はブレイヴに間違いなく惚れている。それもベタ惚れと言っても差し支えないほどだ。
でもコレは大人しく心にしまっておこうと思う。人の秘めた恋愛感情を突くほど野暮な事はするまい。
「まぁそんな事はどうでもよい。折角忙しい中来てくれたのだ、早々に本題に入るとしよう」
何故彼はそう余計な一言を付け足すのだろうか。
その言葉をブレイヴが言った瞬間、部屋の温度が数度下がった気がしたのは多分錯覚じゃないだろう。
右を見てはコロナが『あちゃ~……』と言わんばかりに手で目を多い、左を向けばドルンが『アホだ、こいつ』と呆れた視線を送っている。
この様子だと皆も二人の関係性に察しはついているのだろう。初見の自分達ですら分かるのに、何故ブレイヴは分からないのか。
……惚れた弱みとは言え、振り回される彼女が不憫でならない。
「そんな事、どうでもいい、ですって……!」
「何だ、お前の見た目について言及など今更ごはっ!?」
あ、と止める間も無いほどの早業だった。
彼女が肩を震わせ立ち上がったかと思えば、恐らく今履いていたであろう踵の鋭いハイヒールを右手に持っていた。
そしてつま先側を迷うことなく握り締め、まるで釘打ちの様にヒール部分をブレイヴの頭に叩きつける。
何か頭に刺さる鈍い音が聞こえ、ブレイヴはそのままテーブルに突っ伏すように前のめりに倒れこんでしまった。
……流石にあれは死んだんじゃないだろうか。刺さったヒールが頭から落ちず、まるで踏まれたような姿に成り果てたブレイヴ。
そんな彼を見ては自分も言葉には気をつけないと、と肝に銘じることにする。
「ふぅ……。あ、ごめんなさい。見苦しいところ見せちゃったわね」
「あ、いえ。お構いなく……」
一撃加えたことでスッキリしたのか、彼女は随分と晴れやかな顔をしていた。
すぐ隣で痙攣しているブレイヴが中々に痛々しいため、そのギャップに少々恐怖が湧いてくる。
だがそれも束の間のこと。
ビクビクと痙攣してたブレイヴが頭を擦りながら何事も無かったかのように起き上がったのだ。
「……痛いではないか」
「うっさい、もう一回食らわすわよ」
何であれを痛いで済ませれるのだろうか。昨日の件と言いブレイヴの頑丈さは相当なものである。
そして女性も起き上がるのが分かっていたのか、まるでいつも通りと言わんばかりに刺したヒールを引っこ抜きそのまま履きなおした。
「全く、短気はいかんぞ。折角の美しい顔が台無しではないか」
「~~~~~~ッッ!!」
「あの、ブレイヴさん。そろそろその人を紹介していただけると……」
再び真っ赤な顔になる女性に埒が空かないと思い強引に話を元に戻す。
中々バイオレンスな光景が繰り広げられ忘れそうになったが、彼女がブレイヴの言う博識な友人なのだろう。
「あぁ、すまぬ。では改めて紹介しよう。ミーシャ、彼らは人王国の冒険者だ。遠路遥々この国にある物を探しに来たのだそうだ」
ミーシャと呼ばれた女性にそれぞれ名を名乗り自己紹介をする。
こちらのメンツに彼女も多少は驚きの表情を見せたものの、ブレイヴの様に落ち着き払った態度であった。
地に足が着いているというか、どっしりした心構えをしている印象を受ける。
「ヤマル達よ。こちらが我が友人でもあるミーシャだ。我が国の現在の魔王でもある」
「改めてはじめまして。ミーシャ=アウル=オブシディアンよ。よろしくね」
「あ、はい。こちらこそよろしく…………え?」
何か今とても聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
コロナ達を見ても、皆一様に困惑した表情で顔を向き合わせている。
「何、そう硬くなる必要もあるまい。魔王と言えば聞こえは良いが、我が勇者道を阻む困った魔王だ。世界征服の号令でも出せばすぐに勇者として動けると言うのにな」
「出すわけ無いでしょ。第一何が困った魔王よ。この国の為に頑張ってる私よりもアンタの方がよっぽど困った人じゃない」
「失敬な。こうしてヤマル達は我を頼ってくれたのだぞ」
目の前のどこにでもありそうなありふれたやり取りに思考が追いつかない。
魔王と言えばこの国の代表のような人だ。少なくとも呼ばれてすぐ来るほど自由な立場な人でもないだろう。
それが自称とは言え勇者の呼びかけで登場し、あまつさえ戦うことになるかもしれない相手と普通に話し合っている。
……なんだこの光景。
「あなた達もあいつに絡まれて大変だったわね。それで私を呼んだってことは、その探しに来たある物の場所が分からないとかその辺かしら」
「あ、はい。その……さすが魔王様ですね、察しが良い……」
「フフン。そこにいるへっぽこ勇者より私の方が優秀ってところ、見せてあげようじゃない」
得意気に笑みを溢すミーシャの隣でやや面白く無さそうな顔をするブレイヴ。
勇者として魔王に負けているのはあまり良い気分ではないのだろう。だが呼んだ手前彼女の力が必要なのは分かっているようで黙って話を聞いていた。
「さ、何でも聞きなさい。この魔王が直々に相談に乗ってあげるわ」
だがこの後、その相談内容に頭を抱えることになることを彼女はまだ知る由も無かった。
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