第204話 勇者との雑談
冒険者は魔物を倒し魔石を得ることで生計を立てたりもする。
もちろんそれだけでは生活としては成り立たない。
基本は依頼を受け、その上で倒した魔物の素材を売ると言うのが正しい。いくら魔物の素材が売れるとは言え、フリーハントだけで生活できるほどこの世界は甘くない。
中にはそれだけやっている人間もいるにはいるが、リスクを考えるとあまり割りに合わないと言うのが共通の見解だ。
「魔宝石を持つ魔物、ですか」
「うむ、そうだ」
「ヤマル、止めた方が良いよ。絶対危ないから……」
しかしそこで横からコロナが待ったをかける。
彼女が自発的に止めるように言うのはかなり珍しい。
何かやろうとした際に止められた事はこれまでもあったが、この様に相談前から止めることは今までで無かったかも知れない。
「そんなに危ないの?」
「うん。魔石の大きさは魔物の種類と個体年齢で大体決まるよ。ただ魔宝石ぐらいまで魔石が成長した魔物となると、それこそ魔煌石の影響が無い状態の
それほどなのか。
そもそもヤヤトー遺跡のトレントだって戦う舞台に立つのですらコロナぐらいの強さを持っている事が最低条件である。
あの時は色々とこちらに都合の良い条件が揃っていたからこそ一緒に戦えた。
しかしそうそう何度もこちらにとって都合の良い相手と戦えるとは限らないのだ。
例えばトレントは動かない分自己修復と耐久性に優れていた。
これが速度に振れている様な魔物だったら自分なんかあっという間にあの世行きだろう。
そもそもあのトレントですら魔煌石と言う明確な弱点が無ければ倒せなかっただろうし……。
「勇者が人を助けるように、冒険者は危険を冒してでも欲しい物は手に入れるものでは無いのか?」
「いや、自分なんちゃって冒険者も良いところなので……」
残念ながらそんな崇高な意識を持ってこの職に就いたわけではない。
今でこそ何とか自活程度には回っているものの、最初は消去法でしか無かったのだ。
「それにそんな危ないことに皆を付き合せれないですよ」
「乗りかかった船だ、我も着いて行くつもりだったがそれでもか?」
「はい」
何かいつの間にか着いてくることになっていた勇者の提案を即答で両断する。
彼がどれぐらい戦えるかは不明だが、正直連れて行くのは不安しかない。
そりゃ確かに戦力は多いに越したことは無いし彼は魔宝石持ちの魔族だ。決して弱くはないだろう。
ただ何と言うか、あまりに当人を知らなさすぎて不確定要素が強いのだ。
初日のノリを考えると魔物相手に名乗り上げすらやってのけそうな感じさえする。
「そもそもよ、アンタその魔宝石持ちの魔物がどこにいるのか知ってるのか?」
「はっはっは、愚問だな。もちろん知らん」
ドルンの問いかけに自信満々に知らないと言い切るブレイヴに思わずテーブルに勢い良く突っ伏してしまう。
一体彼のこの自身は本当にどこから出てくるのだろうか。
伏せた体勢のまま顔だけ上げブレイヴを見るも、彼は『何かね?』とこちらの視線すら気にしていない様子だ。
「何、そう慌てるな。確かに我はここのところ街の平和を守っていたが故に外の事には疎くなった。だが我が友人は博識でな。聞けば恐らく答えてくれよう」
「博識……」
「友人……」
「何だ、その疑うような眼差しは」
だってこのブレイヴが友人と言うほどの人物だ。
そもそもそんな奇特な人物がいるのかすら疑わしい。
それに博識と言ってもどうしてもこう、一癖も二癖もある様な人物じゃないのかと勘ぐってしまう。
例えば知識欲がすごすぎてマッドサイエンティストみたいな人だとか……。
「ふ、良いだろう。その挑戦、受けて立とうではないか」
「いえあの……」
「そいつを今から呼んでやろう。しばし待つが良い」
こちらが止める間もなくブレイヴは右手の人差し指と中指を額の魔宝石に当て何か呟きだした。
すると彼の指先が淡い赤い色を放ち、それに呼応するように額の魔宝石も小さく輝き始める。
だが変化はそれだけだ。
一瞬魔法でも使うのかと思ったが、詠唱も無く魔法名も無く、そもそも何も起こらない。
一体彼は何をしているんだろうと首を傾げていると、そのまま何事も無く彼は額から指を離す。
「あの、今何をしたんですか……?」
「ん? 何、念話で友人を呼びつけただけだ。特に用事が無ければ少しすれば来るだろう」
事も無げに今何をしたかを告げるブレイヴ。
だが自分の知る限り、この世界に遠距離通話出来るような手法は無い。
そうでなければ誰も彼もがスマホの通信機能で驚くことは無い。
第一そんな魔法があれば少なくともマルティナは知っているはずだ。いくら別の種族とは言え、この様な有用性のある魔法が知らないとは思えないが……。
「え、でも遠距離通話の方法って無いんじゃ……?」
「ん、違うぞ? 通話ではなくただ単に送りつけているだけだ。中々不便な魔法でな」
やれやれ、と肩を竦め今使った魔法についてブレイヴは語る。
この魔法は条件付きで自身の言葉を遠くの相手に送ることが出来るらしい。
これだけなら物凄い便利な魔法なのだろうが、残念ながらブレイヴ曰く欠陥魔法なのだそうだ。
まず言葉を送れる人がブレイヴと波長が合う人に限られている事。そして彼曰く何故か分からないが現在送れるメンバーは両手で数えられるほどしかいないらしい。
むしろブレイヴと波長が合う人がそんなにいる方が驚きだ。
もう一つの欠点が同じ魔法の使い手がいないとこの方法で会話が成り立たないと言う事。
彼が言うにはこの魔法の使い手は自分以外にいないらしい。実際はいるかもしれないが、少なくとも知っている限りではいないとのこと。
その為現状では相手の都合も分らぬまま言葉だけを送りつけるだけになっている。
「それでもすごいと思いますよ。私も使いたいです……」
「そうか? エルフであれば魔族と同程度の魔力を持つのだからやれなくは無いと思うぞ」
「でもヤマルのスマホあれば別に……」
「コロ、しっ!」
ともあれ来るか来ないか分らないブレイヴの友人を待つことになった。
彼が言うには来るとすれば一時間ぐらいだろうとのこと。もしそれ以上時間が過ぎても来ないようなら今日は忙しいのだろう。
確かに言葉を送れるのは便利だが、相手からのレスポンスが分らないのは不便ではある。
一方的な通達のようなものなら使いどころはありそうだが、そうなると例の波長が合うという部分がネックになりそうだ。
「まぁ奴が来るまでは時間がある。折角だ、そちらの事を聞いてもいいだろうか。そもそも我はまだ名すら知らないしな」
「あー……そう言えばそうでしたね」
向こうは一方的に名乗りを上げていたが、こちらはまだ自己紹介すらしていない。
こちらから相談に乗ってもらった手前、一度しっかりと自己紹介をした方が良いだろう。
「自分は古門野丸と言います。それでこちらが……」
ブレイヴに皆を紹介すると彼は何故か嬉しそうな笑みを浮べる。
名前を教えただけなのになんであんな表情をするのだろうか。
その疑問を口に出すと彼は笑みを浮べたままその理由を教えてくれた。
「いや、この小さな部屋に異なる種族しかいないと言うのが楽しくてな。人、獣人、ドワーフにエルフ、そして魔物に我。そんな面々がテーブルを囲んで談笑など愉快ではないか」
「そんなもんですか?」
「まぁ我以外は中々この感覚は分るまい。さて、折角だから色々聞かせてもらうぞ。ヤマルと言ったか、そもそもこの異なる種族らとどのようにして共にすることになったのだ?」
それからはブレイヴによる質問攻めだった。
彼にとって自分達がどの様に映ったのかは分らないものの、いたく興味を引いたらしい。
それぞれどう出会ったのか、どの様な経緯で自分についてくるようになったのか。
今までの冒険を振り返るようにこれまであったことを彼に話し続けていると、いつの間にか予定の一時間が経とうとしていた。
しかしまだ件の人物は姿を現さない。
やはり忙しいのだろうか。むしろ思いつきで呼ばれている様なものだし、今回は縁が無かったというこことなのかもしれない。
もう少し待つか、と言うことで話は自分達の事からブレイヴの話に変わる。
「何? そもそも勇者になろうとした理由か?」
怖いもの見たさのもあったのかもしれないが、ついつい何故そこまで勇者に拘るのかを尋ねてしまった。
勇者として人助けをする、というのはまだ分かる。しかし現状やっているのは自分達みたいに道案内や相談に乗っていることだ。
別にこの程度であれば勇者じゃなくても出来ること。
同じ事は他のメンバーも感じていたようで、誰もが興味深そうに耳を傾けている。
「ブレイヴさんには困ってるとこは助けてもらいましたけど、別に勇者が駆けつけるような事でもないようなと思って」
「ふむ。確かにこの様な細事であれば我の様な偉大な勇者が出張る必要が無いと言うのは分かる。しかしどんな異変もその様な些末な事から起こりえるものだ。未然に防ぐのも勇者の役目であろう」
その結果街の通りを凹ませる様な登場になってもだろうか。
細事の解決に対して自ら大事にしている気がするのだが、つっこむと面倒なことになりそうだったので黙っておくことにする。
「だがそれはあくまで繋ぎだ。勇者としての最大の役目を果たすまでの下準備と言えよう」
「役目……?」
「うむ、勇者としての最大の役目……魔王討伐と言う大役だ!!」
いきなり勢い良く立ち上がったかと思うと、如何にして勇者が魔王を討伐する事が大事なのか雄弁に語りだした。
長くなるので詳細は割愛するが、要するに暗黒時代を築く強大な魔王と戦う正義の勇者。激しい死闘の末、彼は見事魔王を打ち倒し人々から喝采と賞賛を浴び世界の英雄として伝説になるのだと熱く語る。
だが少し待っていただきたい。
この魔国にて魔王を倒すと言うのは国に戦いを挑むのだと同義では無いだろうか。
言っていることは英雄譚に近いが、現実に置き換えれば明らかにクーデターの首謀者である。
……予想以上に危ない人だったのかもしれない。いや、別な意味で危ない人ではあるんだけど。
「だが奴は強大だ。勇者一人では太刀打ち出来ぬかもしれぬ。そこで我が考えた勇者の仲間がこうだ! 勇者と並び立つ剣士。伝説の武具を鍛え上げる無骨な鍛冶師。戦闘補助を行う魔法使い。影ながらもパーティーを支える何でも屋。あぁ、マスコットもいれば尚良いな!」
そして何かどこかで聞いたような仲間の特徴を話し始めるブレイヴ。
『どうだ、我の仲間にならないか』みたいな期待に満ちた目をしているが、残念ながら未来の犯罪者かもしれない人に加担するつもりは微塵も無い。
「そんな目しても俺達はしませんよ。大体こんな平時に魔王討伐とかやったら確実に捕まるじゃないですか」
魔国で魔王討伐しようとして捕まりました、など末代までの恥でしかない。
ゲームなら魔王軍に勇者が捕まるのはお約束だしそこから脱出するのも鉄板ではあるが、こんな平時にそんなことすれば逮捕と脱獄である。
「だから言ったであろう、我の活動は繋ぎで下準備だと。残念ながら魔国もここのところは平和でな。中央も魔王も優秀だから国は磐石と言って良いほど安定しておる。勇者の出番が無いなど嘆かわしいと思わないかね?」
『思いません』
呆れ半分で総ツッコミを食らうブレイヴだが当人はあまり気にしてないようだ。
きっと今までも自分らと同じ事を言われたのは想像に難くない。そして今後も同じ事をしているのだろうということも。
むしろ勇者が平和を嘆くんじゃないと言ってやりたい。
「まぁいつかやってくるであろう悪の魔王を打ち倒すため、我は日々努力を続けているわけだ」
いつになるか分からぬがな、と少し寂しそうに言うが、平和を作る勇者が悪の魔王を渇望するとか末期ではなかろうか。
一応国が平和で魔王も優秀、だから倒す必要が無いと言う部分は分かっているのはこちらとしては少し安心する。
何せ『魔王=悪』と決め付けて戦いを挑むような事が無いからだ。
まぁ色々と目立つ人だし、魔国の上の人もこの人がどの様な感じの人なのか分かっているから放置しているのかもしれない。
そうでなければとっくにしょっ引かれていることだろう。
「ん、来たか」
そんな話が一段落したところでブレイヴが何かに気づいたかのように部屋の入り口に視線を向ける。
皆もそれに釣られそちらに視線を向けると、まるでタイミングを計ったかのようにドアがノックされた。
「待っていたぞ、入りたまえ」
何でノック前に気づいたんだろうこの人……。そして勇者と言うか相変わらず王族のような言い方だ。
そんなつっこみを心の中に留めているとドアが開かれ件の人物が姿を現した。
フード付きローブで全体が覆われているので顔は良く分からないがそこまで大きい人ではない。エルフィリアと大体同じぐらいの身長だろうか。
一体どんな人が、と身構えているとその人はローブを仰々しく剥ぎ取りその全貌を表す。
「きっ、来てやったわよ! こんなところまで呼んで私に一体何の用!?」
ローブの下から現れたのは一目で絶世の美女と言って差し支えないほどの美貌を持った魔族の女性だった。
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