第203話 魔宝石
「二日続けて困ることは中々無いぞ。さては相当な苦労人だな?」
「えぇ、まぁ……」
翌日、結局良い手が思い付かずブレイヴを呼ぶことにした。
彼の独特なトークに晒されるのは自分だけで良いと皆には伝えたものの、一人にするのは憚れると言うことで皆で会うことになった。
ただ宿の中では止めて欲しいと女将さんに言われたため、こうして表に出た上で呼んだ次第だ。
「それで今回はどのような困り事かね? 我に何でも言うが良いぞ」
「実はちょっと魔族でもあるブレイヴさんに相談がありまして」
「ほう?」
その瞬間、彼の目がまるで肉食獣のような鋭さになったような気がした。
だがそれもまるで気のせいであるかのように、次の瞬間には仰々しく両手を広げいつも通りの彼になっていた。
「数ある魔族の同胞の中から我を選ぶその選定眼! 良い、良いぞ! 何でも答えようではないか!」
「は、はぁ……でもちょっとデリケートなお話なのでここで今すぐは……」
「ふむ、ならば我の馴染みの店がある。そこへ行くとしよう、着いて来たまえ」
「え、あの……!」
もはや決定とばかりに歩き出すブレイヴ。その後を慌てて着いていくととある一軒の飲食店に辿り着いた。
大通りから何本も路地を曲がり、一人ではもはや辿り着けそうに無い裏通り。
まるで日本の忘れられた雑居ビルが立ち並んでいるような、そんな寂れた建屋の一室にそのお店はあった。
「……あの、ここですか?」
「うむ。密談ならば相応に場所に気を配らねばなるまい」
言わんとしている事は分からないでもないが、こんな怪しい場所まで来る必要はあったのだろうか。
コロナもドルンも自分と同じ様に怪しいと感じているのか、普段よりピリピリ気を張っている気がする。
「先も言ったが我の馴染みの店だ。そう緊張せずとも良い」
そのブレイヴの馴染みの店だから余計に気を張らざるを得ないのを彼は分かって無いのだろう。
どうしよう、勇者にやられるべき悪の組織のお店とかだったら洒落にならない。
普通なら悪は悪でも不良の溜まり場のようなイメージをするものなのだが、この人の馴染みともなればどの様な突拍子も無いメンバーが出てくるか想像もつかなかった。
「まぁまずは入りたまえ。マスター、奥の個室が空いてたら借り受けるぞ」
「いらっしゃい。また珍しい人が来たもんだね。急にどうしたんだい?」
「なに、相談事をされたものでな」
先に中に入ったブレイヴが目の前で誰かと話をしている。
恐らくお店のマスターだろう。だがその会話のやり取りに少し拍子抜けしてしまう。
普通だ。本当に馴染みのある店の客の会話だ。
しかし緊張はまだ解かずに店の中に入ると、そこには自分の予想から大きく離れた風景が広がっていた。
お店としては恐らく喫茶店の類だろう。
カウンター席とテーブル席が少し。全てが埋まったとしても十人ちょっとぐらいしか入らないようなこじんまりとしたお店だ。
店内はこの様な場所にあるせいか日の光が届かずやや薄暗い。しかし魔道灯と思しき淡い光が客席やカウンターを照らしており、とてもお洒落な雰囲気を演出している。
そんな店内に唯一、カウンターの内側にいるのが人で言うと初老を過ぎたぐらいの魔族の男性だった。
白髪混じりの焦げ茶色の髪をオールバックにまとめ、顔に皺が刻まれた痩躯のナイスミドルの男性。
目に見える位置に彼の魔石は見当たらないが、ブレイヴの様に長い耳が彼を魔族と教えてくれている。
そしてその様なマスターだからこそ、客も似たような人達が集まるのだろう。
数人程店内にいたが、どの人もすでに一線を引いたかのような年齢の男性達だった。店内の明るさの都合上顔ははっきりと見えないものの、どの人も品性があるような雰囲気を感じる。
「へぇ、珍しいこともあるもんだね。奥は空いてるから好きに使って良いよ」
「うむ、助かる。皆、こっちだ」
ブレイヴに呼ばれ自分以外の面々も次々にお店の中に入ってくる。
突如現れた異国の客である自分達に店内の人からの視線が集まるも、特に誰も何か言ってくることは無かった。
いや、店のマスターだけが『ほー』と何やら感心したような声をあげている。
「珍しいことがあるかと思ったら珍しいお客さんだったわけだね。人間に獣人にドワーフに……へぇ、エルフか。それにそっちの子は魔物だね」
「え、分かるんですか?」
「そりゃ僕達は魔族だからね。魔石の反応ぐらいすぐに感じ取れるよ」
すごい、ポチまで即座に看破された。
何がすごいって一目で分かるのもだけど、魔物と分かった上で何も気にした様子が無いのがまたすごい。
人王国だったら大体驚かれるので、逆に何とも思われない態度がすごい新鮮に思えてくる。
「ま、ごゆっくり。注文は後で聞きに行くからね」
「あ、はい。ありがとうございます」
物腰柔らかなマスターに見送られ、店内を横切るようにして奥の個室へと向かう。
中に入るとやや大きな丸テーブルに椅子が八つ置いてあるだけのシンプルな部屋だった。
この部屋も魔道灯に照らされ、周囲の壁には絵画などが飾りつけられている。
ただ出入り口一個しかないなぁ、と思ってしまうのはまだ自分が警戒しているからかもしれない。
「どうした? 好きなところに座って良いぞ」
先に入っていたブレイヴは当たり前のように部屋の一番奥に陣取っていた。
まるでいつもそこに座っていますと言わんばかりの自然体だ。
疑っていたわけじゃないが本当にここの顔なじみなんだろう。
とりあえず自分はブレイヴの対面、つまり入り口から一番近い位置に腰掛けた。
そして自分から見て右手側にエルフィリアとコロナが、左手側にポチとドルンがそれぞれ座る。
「さて、ここから腹を割って話せるだろう。それでそのデリケートな話とは何だね?」
こちらを真っ直ぐ見据えるブレイヴの目は真剣そのものだ。
おかしいな、昨日の衝撃……笑撃?的な登場シーンをしでかした人物と本当に一緒の人なんだろうか。
しかしその疑問に明確な答えなど出るはずもなし。
一旦その疑問は横に置き、代わりにドルンやコロナの方を見るとそれぞれは話して良いと目くばせしてきた。
二人に軽く頷き示し合わせたところで本題に入るとする。
「実は自分達がここに来たのは魔宝石を手に入れる為なんです」
「……ほぉ。念の為に聞くが、魔宝石がどの様な物なのかは知っているのだな?」
やはり魔族である彼には魔宝石がどのような物かは分かっているようだ。
頷きで肯定を示すと、何やら思案でもするように、ブレイヴはゆっくりと体を椅子の背もたれに預ける。
「ふざけるな、と普通の魔族なら言うかもしれんな。そうでなくともあまり良い顔はするまいて」
「まぁそうでしょうね……」
「だが我は勇者でもある。勇者とは困っている者を見捨てず手を差し伸べる者だ。真っ当な手段であるのであれば、我も力になろう」
……やばい、ブレイヴがちょっとかっこよく見えてしまった。
実際見た目も言ってることもかっこいいのだから不思議でないのだが、やはり第一印象は大事なんだと痛感する。
「ありがとうございます」
「何、礼などいらぬ。我は見返りを求めてやっているわけではないのでな」
「それでもですよ。でもただで相談に乗ってもらうのも悪いので、やはり何かしらお返しはしたいです」
「気にせずともよいのだが……そうだな。一つあるがこちらは後にしよう。さて、諸君らは魔宝石についてどこまで知っているのかね」
「えぇと……」
人王国で色々調べた魔宝石に関する知識を彼へと伝える。
一通り話し終えたところでブレイヴは『なるほどな』と呟くと、まずは魔宝石とは何かと言うことから語り出した。
「そもそも魔宝石とは諸君らが言うように魔力の高い者が持つ魔石だな。我のコレも魔宝石だ」
これ、とトントンと自らの額にある赤い魔石を軽く叩くブレイヴ。
やはりあれは彼の魔石だったようだ。
しかしそうなると少し気になる点が出てくる。自分の知っている魔宝石と彼の魔宝石では決定的に違う部分が一つあった。
「ちなみに魔族の全員が魔宝石と言うわけでは無いぞ。特に魔力が高い者の魔石がこの様になるのだ。つまり我は優秀ってことだな、何せ勇者であるからな!」
「は、はぁ……。でも自分の知っている魔宝石って基本もっと丸い物のはずなんですけど……」
うはははは!と高笑いしだすブレイヴの言葉を遮り先ほどから気になっていた疑問を飛ばす。
摂政らに見せてもらったレプリカは球体だった。実際ドルンに作ってもらった台座も丸い物を置くような形状をしている。
しかしブレイヴの魔宝石は球状には程遠い。正六角形の上部分を細めた、角ばった水滴や涙のような形をしている。
「それは結晶化しているからだな。魔宝石は基本持ち主の資質にあわせ変化・変色を起こす。持ち主が死んだり離されたりすると球状の透明色になるのだ」
「そうだったんですか」
「うむ、これで一つ賢くなったな? ともあれ魔族にとって魔石、魔宝石は魔力の源でもある。これが無くなると死ぬわけではないが魔法が使えなくなるばかりか、生活に支障をきたすレベルで体に影響が出るのだ」
「それじゃ、魔族の方から譲り受けたりするのは難しそうですね」
「うむ」
確かにそんな大事なものを手に入れに来た、なんて言ったら魔族の人は誰だって良い顔はしない。
彼が最初に言ったように『ふざけるな』と言われても不思議では無いだろう。
その点、こちらの話を理知的に聞いた上でちゃんと答えてくれたブレイヴはかなり出来た魔族なのかもしれない。
薄々感じてはいたがやはりここでも難しいか、と思っていたらおずおずと言った感じでエルフィリアが手を挙げる。
「あの、よろしいでしょうか……」
「いいぞ、何かね」
「その、魔族の方に頼むのは難しいのは分かりました。それで、えっと……例えば寿命とかで亡くなった方からはだめなんでしょうか?」
生きている魔族から手に入れるのは難しい。ならば亡くなってから結晶化したものを頂くのならどうだろうか。
彼女の言う言葉を端的に言うとこうなる。
確かにこの方法なら魔族の人に直接迷惑を掛ける訳ではない。だが残念なことにブレイヴの反応は今ひとつ芳しく無かった。
「ふむ、そうだな……だめでは無いだろうがやはり難しいと言っておこう」
「そうなんですか?」
「諸君らからすれば魔宝石は物に過ぎないだろうが、我らからすれば体の一部だ。例えば親しい間柄の知人、友人、家族の誰かが亡くなった時に『心臓下さい』などと言われ渡す人はそうそういまい」
彼の回答にエルフィリアが俯きごめんなさいとしょげてしまう。
確かに言われたように自分からすれば魔宝石は物とでしか見れなかった。
無機物だし見た目は完全に石、更に言えば魔物から魔石を取って生計を立てている立場でもあるからだ。
しかし彼ら視点からすればこれは体の一部だ。臓腑に近いかもしれないぐらい大事なものである。
いくら死んだ後とは言え、そんな大事な人の体の一部を渡す人など滅多に居ないだろう。
しかしこれまでの召喚石にはこの魔宝石が使われている。
その滅多に居ない人を見つけて交渉でもしたのだろうか。国宝クラスの物なのだから自分らと違って資金は潤沢にあるだろうし……。
「そう思いつめるものでは無いぞ。手が無い訳では無いのだからな」
「何か良い方法が?」
即座に問い返すも、その『お、聞きたい? 聞きたい? 仕方ないなぁ』みたいなしたり顔は止めて欲しい。
折角彼の評価が良い方向で変わりかけているのに何故こうも悪い方へ軌道修正するのだろうか。
「見たところ諸君らは冒険者であろう? ならばやることは決まっている」
「……あの、まさか」
何か嫌な予感がする。
こういう悪い予感は得てして当たるものだし、それにこの世界に来てから幾度と無く感じたものでもあった。
「魔宝石を持つ魔物を退治する。これしかあるまい」
冒険者らしくな、とにやりと笑みを浮べるブレイヴに、心の中で『やっぱりか……』盛大に肩を落とすしかなかった。
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