第202話 ブレイヴ=ブレイバー


『我こそは勇者! 勇者ブレイヴ=ブレイバーだ!!』


 どうしよう、変な人に目を付けられてしまった。

 そもそも俺の知ってる勇者は我なんて言わないしあんな高いところで高笑いもしない。

 それこそ強くて優しいセーヴァの様な人こそ、自分の中の勇者らしい勇者のイメージである。


「……逃げるか」

『異議無し!』


 ドルンの提案に全員が即答する。

 あの位置からではこちらに来るまで相応に時間は掛かるだろう。

 ならば下手に絡まれる前にとっととこの場から立ち去るのみだ。

 ……それに周囲の反応を見ると助けてくれそうにないし。


「いいか、あいつが姿を消したらすぐに――」

『とぅっ!!』


 だがあの勇者と言った男はあろうことか屋上から勢い良く飛び出した。

 あんな身投げのようなシーンなど一度も見た事が無いため思わず体が固まってしまう。

 だが彼は落下しながらも空中で体を回転させていた。まるで特撮映画のワンシーンのような光景だ。

 そして最短距離を最速で突っ切った男は華麗に地面に降り立ちーー


「ぐおぁっ?!」


 ……訂正。

 破砕音とあまり人が出してはいけない何かが潰れた様な音を響かせ地面に激突した。

 回転していたせいで受け身もままならなかったのか、これなら身投げの方がよっぽどダメージは少ないとすら思える。

 濛々と立ち込める砂埃のせいで件の男性の姿は見えない。

 だがこの砂埃が晴れた後、目の前に潰れた魔族の死体とか本気で遠慮したい。

 こんな自殺現場に立ち会うためにわざわざ魔国にやってきたわけではないのだ。

 つまりこの後やることはもはや一つ。


「逃げるよ!」


 即撤退。

 自分達は何も見なかったし誰とも関わらなかった。

 後は魔国が勝手に煮るなり焼くなり好きに処分してくれるだろう。

 大通りを魔王城方面に向けて全員が走り出したその時だった。


「ははは、どこへ行くと言うのだね」

「うわっ!?」


 いつの間にか潰れてたはずの男がまるで待ち構えたかのごとく目の前に立っていた。

 駆け出す体に急ブレーキをかけ、思わず落下した現場に顔を向けるもそこには誰もいない。

 だが少なくとも地面が陥没した後はくっきり残っており、今起こった出来事が幻で無い事を証明している。


「困った人がいればそこに勇者が駆けつける! 基本だろう?」


 いや、困った人はあんただよ。と思わず声が出そうになるのをぐっと堪える。

 しかしこの自称勇者、本当になんともなかったのか。

 確かに落ちたはずなのだが傷一つ……ではないか。なんか服やマントが擦り切れほこりを被っているのでダメージ自体はあったのだろう。

 ただ本体が何とも無いと言わんばかりに平然としてるのは釈然としない。

 普通あの高さからあの勢いで落ちたら死ぬ。なのに目の前の男は平然としている。

 種族特性みたいなものかもしれないが、貧弱な自分からすればずるいと思わざるを得なかった。


「どうした少年。遠慮なく言うが良いぞ」

「いや、俺一応二十五なんですけど……」

「そうか? いやそれはすまなかった。まぁ小粋な勇者ジョークとして流してくれたまえ」

「は、はぁ……」


 何だよ勇者ジョークって……。

 出会って数分でしかないのにもう心が疲れてきた。もしかして今日一日中この男に付き纏われるのではないかと言う予感が鎌首をもたげる。


(しっかしまぁ……)


 改めて目の前の男性を観察する。

 腰まで届きそうな白い長髪に白い肌。だがその白さ故か真紅の瞳が一段と際立って映えている。

 自分よりも十数センチは高い身長に痩躯の体。しかし細身と言うよりは無駄な肉を削ぎ引き締めた肉体だと言うのが服の上からも分かりそうな体つきだ。

 顔つきもセーヴァの様に優しい感じと言うよりもっと鋭さを感じる。目も吊り目気味だし、何より頬に走る謎の赤い紋様があるせいか余計に圧を感じてしまうのだろう。

 ただこうして黙ってみていればかっこいい顔つきではあるのだ。このマジメな顔つきなら以前自分がやった壁ドンが絶対似合う部類の人だ。


 だがやはり人と言うより魔族と思わせるのが彼の耳と額の宝石のような物の存在だろう。

 エルフィリアのような尖った耳に、まるで直に埋め込まれたような赤い宝石。

 魔族には魔石があると言うが、もしかしてあれが彼の魔石だろうか。そうだとしたら結構邪魔な位置にあるように思える。


 そんな彼の服は上下黒に赤マントと中々……個性的と言えばいいだろうか。

 当人の肌と髪を含めると黒と白と赤のトリコロールカラー。派手ではあるがそれぞれの自己主張が激しくてチグハグ感がどうしても否めなかった。


「ん、どうした? 勇者に憧れの目を向けたくなるのは分かるが、我とて少々恥ずかしい気持ちはあるぞ」


 どうしよう、何か無性にグーパンをしたくなってしまった。

 もちろん自分がやったら手痛いしっぺ返し食らうのは目に見えてるし、そもそも効くかどうかすら怪しいのは分かっている。

 それでもなんかこう、本能がそうしろと指令を送ってくるのだ。多分理屈じゃないんだろう。


「さて、確か困ったと言ったのは君だな。この勇者、そう、ゆ・う・しゃ、ブレイヴがその困り事を解決しようじゃないか!」


 絶賛目の前の人物の対処に困っています、と言えればどれだけ良い事か。

 しかしどういう方法を使ったかは知らないが、この人は何故か自分が困ったと呟いたことを知っている。

 それもほぼ確信してるように自信たっぷりにだ。

 もうここは困ったことを解消してもらい早々お帰り頂く方が一番だろうと判断した。


「実は傭兵ギルドの場所が分からないんです。知っていませんか?」

「なんだ、そんなことか! 良いだろう、この勇者ブレイヴ=ブレイバーが案内しようではないか!」


 マントを翻し高らかに笑いながら傭兵ギルドがあると思しき方向に歩いていくブレイヴ。

 いっそ反対側に向かってダッシュするかと言う考えが過ぎるも、最初に回りこまれたことを思い出し大人しく着いて行くことにした。

 そして彼の後を着いて歩くこと数分。同じ大通りにあったらしく、無事傭兵ギルドへと到着する。

 行くまでにまた何かやらかすんじゃないかとビクビクしていたが、どうやらその考えは杞憂に終わった。


「ここが傭兵ギルドだ!」


 両手を広げ高らかに宣言するブレイヴは物凄く得意気な笑みを浮べていた。

 そして仕事をやりきった満足顔でもある。


「案内ありがとうございました。助かりました」

「何、困っている人を助けるのは勇者の務めだ。また困ったことがあればいつでも呼ぶが良い」

「そうですね、その時はお願いします」


 心にも無い事を言いながら日本の社交辞令のすごさを改めて実感する。

 まさかこんなところで役に立つ日が来るとは思わなかった。

 そんなこちらの心情など知るはずも無いブレイヴは、礼を言われたことに満足したのか再び高笑いをしつつ去っていった。


「……ヤマル、よくやった」

「まぁあの手の人は満足したら帰ってくれる事が多いからね。……とりあえずあの言葉はここじゃ禁句ね」


 恐らくブレイヴが来るトリガーは『困った』と言う言葉だろう。

 この言葉を発した後に彼は現れたし、その後も何度も困った人を助けると口にしていたので間違いないはずだ。

 ドルンとエルフィリアがうん、と頷き互いに了解を示す中、コロナだけが頬に人差し指を当てつつこちらにある質問を投げかけてきた。

 それが再び彼を呼ぶことになるとも知らずに……。


「ヤマル、あの言葉って『困った』って事であってる?」

「ばっ……?!」

「フハハハハ!! お困りかね諸君!!」


 先ほどと違い即座に登場するブレイヴ。

 再び面倒な事が起こりそうな予感がしたため、今度は鍛冶ギルドまでの道を尋ねとっとと帰ってもらう事にしたのだった。



 ◇



「あー、それは災難だったねぇ」


 その日の夜。

 今日の出来事を女将さんに話すとやや同情した面持ちで彼の事を教えてくれた。

 ブレイヴは一応この国では勇者として皆から見られているらしい。

 ただ公的に認められた訳ではなく、勇者を自称してから結構な月日が流れている為もはやそう言う認識が出来上がってしまっているようだ。

 また尊大な言葉遣いと突飛な行動を除けば少なくとも困った人を助けるという言葉に嘘偽りは無く、今日みたいな道案内から近くの魔物討伐など幅広くこき使われ……もとい人助けをしているらしい。


「しかしなんでまた勇者なんだ? 魔国なら目指すのは魔王じゃねぇのか?」

「さぁねぇ。気になったんなら当人に聞けば教えてくれると思うよ。呼び出すならすぐだろうしさ」


 まるでベルで使用人を呼ぶかのごとくの利便性だ。

 一体どうやって言葉を聞き分けているのだろうか。何か特別な手法で街中の声を聞き分けているのだとしたら、うっかり秘密を漏らすようなことは出来そうにないので注意が必要である。


「しかし今日一日回ったがここも中々見所があって楽しいな」

「そう言えば鍛冶ギルドで随分話し込んでたね」

「あぁ。この地域でしか取れない鉱石とかあってな。輸送費がバカにならねぇから中々村じゃ見かけねぇんだけどここにはわんさかある。何とかしてそれ使ってみてぇとこだな」

傭兵ギルドこっちも強そうな人が多かったよ。ランクを見ても全体的に低いランクがあまりいなくて殆どの魔族の人はC~B辺りに集中してるみたい」


 ドルンとコロナが交互にそれぞれのギルドの内情について教えてくれる。

 ドルンについては空いてる時間なら折角だしその鉱石の加工をやってきて良いと許可は降ろしておいた。

 流石にいきなり当日に言われたら困るので、その際は前以てちゃんと言ってもらうように彼には念を押しておく。


「冒険者ギルドは見ての通りだったからなぁ。今回はすぐ出てきちゃったけど、土地柄討伐依頼が多そうだよね」

「魔術師ギルドは行けませんでしたね……」

「まぁこの国には無いからね。仕方ないよ」


 魔族の魔法は基本人間よりも高く、そして自分専用の魔法ばかりだ。

 そのため魔法を覚えるための魔術師ギルドは不要だし、魔道具が必要な場面も殆ど無い。

 こちらの販売については商業ギルドに卸し代理で売ってもらっているとのことだった。


「で、肝心の魔宝石はどうすんだ?」

「この辺はちょっとデリケートな問題だからね。魔族の誰かに少し相談したいところなんだけど……」


 今回の魔宝石に関してはこちらに来る前にどのような物かは聞き及んでいる。

 そしてそれが何故レア素材に指定しているのかも調べはついていた。

 何せ前回の魔煌石の時は事前に聞いていれば危ない目に遭わずに済んだのだ。

 ただ後はどうやってそれを手に入れるかだが、現状そこで問題が発生している。


「もういっその事アイツ呼ぶか? 一応、まぁあいつが手助けしてくれる環境にはなってるだろ」

「それも手か。不本意だけど……」


 困ったの一言で駆けつけ、用事が終われば割とあっさりと去るブレイヴは現状最善手に見えるのだから恐ろしい。

 だがそれは最終手段と言うことで一旦保留扱いとする事に決める。


「魔宝石……魔石の中でも特に上質な物の総称だよな。例えばとか、だったか」


 過去に何個か用意されているみたいなので方法が無いわけではないとは思う。

 だがドルンの言葉に改めて入手方法をどうしたものかと考えるも、結局良い手が浮かぶことはなかった。

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