第197話 新商展とカイナ5


 ポーションの作製自体はすでに慣れたものだ。

 それは自分にとって数少ない見せ場であると同時に死活問題でもあるのを自覚しているからである。真面目に取り組んだ結果自然と慣れてしまった。

 テーブルの上の本を横に避け、必要な道具をカバンから出し、手馴れた動作で作製を開始。

 もちろんここは飲食店なので《生活の風ライフウィンド》で臭いを外に逃がすことを忘れない。


 そして若干の時間を使い無事ポーションが完成した。


「これが普通のポーションね。んで今から作るのが……」

「ヤマルさん、これうちに卸してください!」


 説明を続けようとしたところでがっしりと両肩をカイナに掴まれた。危うくポーションを落としかけたことに内心ひやりと感じてしまう。

 いきなり危ないじゃないか、と注意しようとしたその言葉が寸でのところで止まった。

 なんかカイナの目がさっきと違う気がする。もしマンガ表記ならお金や金のインゴットの絵が描かれてそうな目だ。


「売りますよ僕が責任を持って!」

「いやこれやると他から目を付けられかねないから……」

「大丈夫ですって出所は黙っておきますから何なら専属契約とかも――」

「はいカイナさんストーップ」


 ぺし、とコロナのチョップがカイナの頭に刺さりようやく動きが止まる。

 正気に戻ったカイナは『失礼しました』とやや気恥ずかしそうに謝り手を離してくれた。


「まぁ俺だけしかやれないやり方だからね、これ。そう言うのは商売としては破綻するから止めた方が良いよ」

「うーん……そうですね。残念ですが……」


 すごく惜しそうな感じだがこればかりは諦めてもらうしかない。

 特定の個人だけしか作れないのは商売としては成り立たない。今回の場合、自分がいなくなった時点で即終了だ。

 例えばこれが自分だけが現在使える技術みたいなのなら、他の人に教えたり権利を譲ったりと後に続けることも出来る。

 しかし《生活魔法》を使っての時間短縮方法は現在自分しか出来ないのだ。やり方を教えたところでどうにもならない。


「少し話が逸れたけどこれが普通のポーションね。このままだとエルフィが言ってた傷を治す以上の効果が出ちゃうからこれを薄めるよ」

「薄めるって、出来るの?」

「まぁ普通なら使えない上に売り物にもならなくなるけどね」


 実際ポーション作製をローズマリーに習ってすぐの頃、練習で作った物の中には失敗作もあった。

 濃度が濃すぎて怪我は治るけど死ぬほど痛いポーションや、逆に薄すぎて効能が下がっているやつだ。

 今回は意図的に後者を作製する。


「作り方は二通り。一つ目はこの完成したポーションの濃度を薄める。基本的に適性値の濃度を下げるから水を増やすことで従来のポーションよりも一回で大量に作る事が出来るよ。欠点はポーション一本分の価値を無くしてまで作りたいかってところかな」


 制作方法は自体は従来の作り方に水を増やして魔力と混ぜるだけ。

 手間は無いが分量が増えたことで作り方に少し変化が出るかもしれない。


「もう一つは?」

「こっちは従来通り作ってもらう。ただし……」


 と、先程ポーションを作るのに使って出涸らしになった薬草だったものを皆に見せる。


「これを使ってね。この状態だとポーションは作れないけど、別に効能が全部無くなった訳じゃないよ。単にポーションに届く効能が無いだけで、それ以下なら使えるはずだよ」

「はず……ってことは試しては無いんですよね?」

「そうだね。こんなことすると紛い物のポーション作ってるって思われそうだし。利点は原価が全くいらないって部分だね。欠点は最終的に商品にした場合、薬師さんに利益がどれだけ入るか不明で造ってもらえない事があることかな」


 基本失敗品だし機材さえあれば片手間で作れなくもない。

 ただそこまでしてこれを作るぐらいであれば、他の薬を作った方がどう考えても儲かる。


「結局お金の話が問題になっちゃうんだね」

「まぁ利益出さないと商売として成り立たないからなぁ……」


 商売として切っては離せぬお金の問題。

 それがこの弱ポーション(仮称)の一番の欠点だ。利益が出しづらそうなのは新商品としては致命的だろう。

 逆にそこを克服すれば良い線行くとは思う。欲しがる人は多分いるはずだ。


「ヤマルさん。その……これお値段いくらにするのは決まっているのでしょうか……」

「うーん……いくら、って明確な数字は今は出せないけど……」

「売るとしても値段は結構低めにしないとダメでしょうね。日用雑貨の消耗品と見るなら、一般家庭でも問題なく手に届く範囲が無難かと思います」


 自分の代わりにカイナが正確に答えてくれた。

 さすが本筋の商人である。自分が言うよりも本職である彼が答えたことで、回答に説得力が増していた。


「……やっぱりヤマルが作るのが一番なんじゃ」

「一番だね。諸々考えなければだけど……」


 はぁ、とコロナと一緒のタイミングで肩を落とすあたり付き合いが長くなってきたなぁと感じる。

 ともあれ何とかしないとなぁ、と思っていると、カイナが何やら口元に手を当てながら何かを考え込んでいた。


「……カイナさん?」

「いえ、その……作ると手間掛かっちゃうんですよね」

「まぁ普通の薬師さんだとそうなるね」

「となると……」


 そう呟くとまた手を口に当て考え込み始めてしまった。

 どうしたの、と聞こうとするも、喉からでかかったその言葉を寸前で止める。

 こういう時は考えが纏まるまで待ったほうが良い。

 コロナとエルフィリアにも彼に話しかけないように、静かにとジェスチャーを送る。

 そしてしばらくしてから考えが纏まったのであろう。カイナが『いけるかも……!』と顔を上げた。


「ヤマルさん、値段ですが何とかなるかもしれません」

「さすが本職の商人。何か良い方法思いついたみたいだね」


 こちらの言葉ににっと笑いややしたり顔をするカイナだったが、良いアイデアを思いついた時は得てしてこういった表情をしてしまうものだ。

 どんなアイデアなのか聞いてみると、彼がその方法を嬉しそうに教えてくれる。


「いえ、単純に失敗したポーションを買い取るんですよ。薄い濃度の失敗作のでしたら引き取って欲しいって言う薬師さんいるでしょうから」

「……失敗作って捨てない?」

「まぁ今は無いかもですけど、もし失敗作買うといったら安く売ってくれると思うんですよね。捨ててたやつがお金になるわけですし」


 確かに彼の言う通り失敗品を買い取ってくれるなら開発者側としてはありがたいだろう。

 何せ少しとは言え捨てていたであろう物に値がついているのだから多分売ってくれるはず。

 ……ただ。


「正直物凄く良いアイデアだけどいくつか懸念点が」

「あるの? 私は良い方法だと思ったけど……」

「うん。まずもし儲けれると薬師さんが知ったら値段吊り上げそうだなぁと言う点。あと失敗作は好きで作ってるわけじゃないだろうから、買取が安定できないんじゃないかって点。最後にこのアイデアと商品を丸ごとそっくり真似される可能性があるって点かな。とは言えどれも可能性だから欠点じゃないけど……」


 カイナのアイデアはとても良いのだが、この方法はそれこそカイナ以外でも誰でもやれてしまう。

 それこそ他のライバル店だって真似て出す可能性は否めないのだ。

 問題点を挙げると再び考え込むカイナだったが、先程よりは速い時間で答えを導き出す。


「本採用になったときはギルドに声をかけて正式な契約として買い取らせてもらうのはどうでしょうか。あちらとしては資金が入るわけですし、失敗作をギルドに卸して他に売るのを禁止にすれば真似も防げるかもしれません。供給は……そうですね。最初に纏まった数があれば毎日消費するものでもないでしょうからなんとかなりそうな気はしますが……」

「なるほど。ギルド伝いってのもあるんだね」


 確かにギルドから手を打ってもらうのはありだ。

 一応商業ギルド員ではあるがほぼなんちゃって状態の自分とは違い、カイナはちゃんと商人として働いている人間である。

 もし正式に店舗に出すのであればそれこそ店主のダイネスが話を付けにいくだろう。


「とは言ったものの新商展までに数をそろえないといけないのも事実です。そこで僕からヤマルさんへ一つ依頼をお願いしたいことがあります。新商展までにその弱ポーション作っていただけませんか?」

「あの、さっきも言ったけど自分が作ると色々と問題が……。それにその口ぶりだとこれに商品が決定したような感じだけどいいの?」

「はい、準備も色々ありますし今回はこれでいきます。後ヤマルさんに作っていただくのは今回限りで、別途代金も支払います」


 これ以上支払われてもと返すも、カイナはどうしても今回は受け取った上で作って欲しいと言う。

 ただ単に作ってもらうから支払う代金ではない。

 ちゃんと予算の中から出すし、金額は本来用意する薬師に払う額だと言う。

 今は具体的な金額は出せないもののちゃんと何人かの薬師に聞き見積もりは取って来るから、彼らの代役で今回だけ作って欲しいとのことだった。


「かなり変則的ですが擬似的に作ってもらった体を取ります。ヤマルさんには仕事を増やしてしまいますがお願いします」


 流石にこう筋道を通されては断わりづらい。

 頭の中で大丈夫だろうかと考え、かなりグレーゾーン気味な気はするがなんとかいけると判断を下す。


「分かりました。じゃあ作る数を後で教えてもらってもいいかな?」

「はい、今から方々を回って見積もりを取ってきますからそこから逆算します。その間、ヤマルさん達にはすみませんが別の仕事お願いします」

「それは構わないよ。新商展用の仕事なら契約範囲内だし」


 つまりこれから手分けして仕事をするわけか。

 カイナが見積もりを取りに行っている間に自分達がやる仕事。

 ポーション作製は数が決まってからだから後として、他にやることと言うと……。


「作った物を入れる容器を何か探してきて欲しいんです。出来れば大量に用意できそうな物を。あとこちらと同じ様に見積もり取ってきてください」

「容器ね、了解。何か指定する条件とかある? 材質とか値段とか」

「デザイン含めてその辺はお任せします。あ、出来ればデザインはコロナさんかエルフィリアさんに選んでいただきたいですね。お客さんは女性の方が多いので……」

「分かりました!」

「あ、が、頑張ります……!」


 二人とも任された仕事に対してはやる気十分と言った所でとても頼もしい。

 デザインに関しては自分も自信が無いので彼女達に任せてもらえるならとてもありがたかった。

 自分だとどうしても地味で無難な物になりそうなのが目に見えているからだ。


「やる事が決まって急に忙しくなりましたが、こうして皆さんに協力してもらえていると成功するような気がします」

「あはは、ありがと。こっちも成功させるよう精一杯やるよ」

「えぇ。新商展まで頑張っていきましょう!」


 今朝の困り顔で来たカイナはどこへやら。

 今の彼はやるべきことを見つけ、前に進むべくやる気に満ち溢れたとても良い表情をしていたのだった。


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