第198話 新商展とカイナ6


 あれから数日経ちあっという間に新商展の当日。

 ダイネス商店の店舗前には長机が四つ置かれていた。

 このテーブルの上でカイナ含め店員それぞれが自分らが持ち寄った新商品を売っていくらしい。


「さてと、こんなところかな」


 その机の一つを使用し、何とか開店前に設営を無事終える事が出来た。

 テーブルの上には作ってきた弱ポーション――今回の為に一応『リトルポーション』と名前を付けた――が置かれている。

 置かれているのだが……。


「何か随分と可愛らしい感じに……」

「まぁ、ちょっとこれは俺も想定外だったかな」


 前以てどの様な感じに売るのかは店主に聞いていたので、見映えを良くするために色々と工夫をした。

 リトルポーションを入れるかごに宿の女将さんから借りたチェック柄のテーブルクロス。

 更には値札や各種飾り付け等。

 これらをコロナとエルフィリアに任せた結果、彼女らが思う可愛らしいものに仕上がったのだ。

 特にエルフィリアは絵心もあったらしい。デフォルメされた人がこの商品の説明をする絵なんて感心するほどである。

 そんな彼女の絵はテーブルの一角の上に板に貼られた状態で飾られている。

 サイズ的にはA4を少し大きくした程度のポップが机のサイズと合って良い味を出していた。


「何というか、小物店みたいになっちゃいましたね。女の子向けの」

「まぁ俺達がやるよりはずっとマシだよ。立ってる店員が男だけなのはまぁシュールとは思うけどさ」


 そう、今この場にいるのは自分とカイナの男二人。

 コロナとエルフィリアには別の仕事を頼んだためこの場にはいなかった。


「……やっぱりどちらかを接客させた方が良かったのではないでしょうか。見栄えもいいでしょうし」

「うーん、客層が男メインだったらそうするんだけどね……」


 残念ながらこのお店の客層は主に奥様方だ。

 あの二人の見た目なら男女問わず受けはいいだろうけど、今回はそこまで集客能力は望めないと思って他の仕事を頼んだ。


「それにここに四人はちょっと狭いからね」

「まぁそうですけど……」

「そもそも二手に分けたとき、自分の代わりにコロかエルフィがここにいたとしてカイナさん落ち着ける?」

「う、それは……」


 こちらの問い掛けに思わずカイナの言葉が詰まる。

 ここ数日、基本的に彼が話すのは主に自分だった。別にコロナ達を嫌っているわけではないのだが、どうしても彼女らを前にするとやや緊張してしまうらしい。

 一応皆で集まった時は大丈夫なのだが……。


「あ、それにしてもこの容器良い感じに用意できましたね!」

(あ、誤魔化した)


 テーブルの上に並べられたリトルポーションを一つ手に取りそれをこちらに突き出してきた。

 この容器を用意したのもコロナら女性ペアだ。

 正確に言えば若手の木工職人達に依頼して量産してもらった。

 彼女らはデザインを重視したがっていたが、残念ながら予算と時間の都合でかなり量産向きの簡略化されたデザインになっている。

 一言で言えば木のカップをダウンサイズさせたような感じだ。大きさだけなら日本の調味料の瓶ぐらいしかない。

 フタはコルクで代用。ワインの瓶にコルクがあったのを見ていたのでそれを流用した。

 結果若手の格安労働力で何とか今日の分の数は確保できている。明日明後日の分は後で納品に来てくれる予定となっていた。


「やっぱ女の子のお願いは効果が絶大だったのかな?」

「それもあるかもしれませんが、僕のような若手は中々金銭が絡む仕事はさせてもらえませんからね。自分の物が世に出る機会と言うもの自体がありがたいんですよ」

「そいえば職人の親方さんも同じ様なこと言ってたってコロ達から聞いたな。普段はどうしても誰かの手伝いになるから、実践に飢えてるって話だったし」


 ただそれが簡易的なデザインの量産品だったのはやや申し訳なかったものの、『同じ物を大量に作る』のはそれはそれで技術がいるらしく逆に燃える人もいたそうだ。


「ま、とりあえずやるだけはやったし回せる手は全部打った。後は実際始めてから――」

「そろそろ始めるぞ!」


 丁度その時ダイネスが店から出てきて開始の合図を出す。

 それを聞いたカイナら若手商人四人の顔が一斉に引き締まった。


「さぁ道行く方々。我がダイネス商店の若手が提供する新たなる商品、その目でとくとご覧あれ!!」



 ◇



「盛況ですね」

「そうだね」

「……先輩らが、ですが」

「まぁ予想通りだね」


 新商展の開催が宣言され大よそ三十分。

 同時にダイネス商店も開店したため、現在はこの時間に来る常連と丁度道を通りがかった人が足を運んできてくれていた。

 ただし寄ってくれるのは他の同僚のテーブルである。

 彼らが何を売り出すかは見ても無いし聞いてもいない。多分知ると色々気になってしまいそうなので、こちらの情報はなるべく仕入れない方向で行くことにした。

 本来ライバルであれば相手の情報は入手するべきなのだろうが、残念ながら知ったところで臨機応変に対応できるほどこちらに余裕が無いのも理由の一つだ。

 用意するだけで予算ギリギリ。これでも切り詰めたり値切ったりと色々努力して何とか出展まで漕ぎつけた。

 横目でちらりと見るも、何やら自分ではよくわからないものが色々と鎮座しているのが見える。

 そしてそれらのどれもが見た目が明るく目立つものばかりだ。

 対するこちらはコロナらのお陰でテーブル周りは中々可愛らしいのだが、本命の商品は木の容器でありどうしても地味さが拭えない。


「もっと予算あればサクラとか用意出来たんだけどなぁ」

「そこまでしますか……」

「実際どれだけ良い商品でも手に取ってもらわないと始まらないからね。まぁそれにこの状況は何となく予想してたし」

「さっきも言ってましたね。どうして分かったんですか?」


 カイナはさも自分が当然のように分かったと思っていそうな言い方だが、実際は分かったというよりこうなるんじゃないかなと予測立ててただけである。

 根拠はあるが確実にこうなると思っていたわけではない、と前置きした上で彼に理由を説明した。


「まぁ他の所は過去に何回かやって実際に本採用にもなった実績があるからね。対してカイナさんは一番の新人だし、前回かなり惨敗してるって話だからさ。安心と信用の差が出ちゃってるんじゃないかなって」


 堅実なダイネス商店の若手の新商品。

 よっぽど変な物は出さないだろうと客側も分かっているだろうが、それでも新商品と言うものは博打性がある物でもある。

 誰だって外れを引いてお金を無駄にすることは避けたいだろう。


「とは言うもののこのままじゃ誰も寄らないってイメージが付きかねないし、そろそろてこ入れをしよっか。ポチ、ちょっといい?」

「わん!」


 テーブルの下に隠れていたポチを呼び、予め作っておいた物を首にぶら下げる。

 それは紐の付いた小さな板だ。その板には『小さな傷を治します』とだけ書かれている。


「その辺歩いて興味持ってくれた人をここまで案内してくれるかな。もちろん無理強いさせたり人の邪魔にはならないようにね」

「わふっ!」


 任せろと言わんばかりに一鳴きすると、ポチは目の前の通りへと歩き出していく。

 傍から見れば子犬が看板をぶら下げて歩いている何とも微笑ましい光景だ。早速買い物に来た奥様方の何人かがポチの方へと視線を送っている。


「女性はいくつになっても可愛いものが好きだからね。特に子犬みたいに小さいのなんて大体の人には受けるはずだしさ」

「でもこれ使えるのヤマルさんだけですよね……。普通あそこまで言うこと聞かせられませんよ」

「まぁまぁ、ポチも含めうちのメンバーだから今はカイナさんの雇われワンコだよ。使えるものは何でも使わないとね。それにそろそろ援軍も来るだろうし」

「援軍……あぁ、そう言えば売り子さんを一人雇ったって言ってましたね。よくそんな予算ありましたね?」


 そう、カイナには事前に報告はしていたが今日の午前中だけ売り子を一人雇っておいた。

 もちろん今回の予算内に収まる形にはしたが、カイナも普段の仕事などが忙しいこともあり詳細は伝えてなかったような気がする。


「予算と言うより現物支給かな。リトルポーションをいくつかその人に渡したのよ。すごく気に入ってくれたみたいでね」

「へぇ、そうだったんですね。それで誰が……」

「えーと……あ、来た来た」


 丁度通りの奥の方からこちらに小走りで向かってくる人が見えた。

 カイナにあの人だと伝えると、彼は目を擦り二度見した上で『あの人?』と怪訝な表情に変わる。

 そうこうしている内に現れたのはややふくよかな中年の女性だ。


「ヤマルちゃん、遅くなってごめんなさいね!」

「いえいえ、今日は手伝っていただきありがとうございます」

「いいのよぉ。ヤマルちゃんには前に色々やってもらったし、それに今回はもう物を貰っちゃってるからね。あ、あれ使ってみたけどすごい良かったわよ! 商品化したら定期的に買いに来るからね。何せ――」


 この年頃の人が話始めたら止まらないのはどこの世界でも一緒なのだろうか。

 こちらに会話する隙を与えないぐらい商品をべた褒めしてくれる女性だったが、このままでは仕事にならないので強引に話をとめることにする。


「すいません、色々褒めて頂いてとても嬉しいのですがそろそろ仕事の方を……」

「あらやだ、ごめんね。それじゃ早速……あ、奥さん!」


 誰か知り合いでも見つけたのかバタバタとまるで台風の様に現れては客の方へと駆け寄って行ってしまった。

 相変わらずだなぁと苦笑する自分とは対照的に、カイナは女性に気圧されて何を言って良いか分からないと言った様子である。


「えと、今の人は……?」

「カイナさんは見たこと無いかな。通り沿いにお肉屋さんあるでしょ、そこの奥さんだよ。以前こっちの仕事で店内清掃とか色々やったときに気に入られちゃって、今回お願いしたらすぐ了解してくれたんだ」

「あの……こう言っては何ですが何故あの人なのでしょうか。売り子でしたら、その……」


 用意した自分に遠慮してか、続く言葉が中々出てこない様子。

 まぁ売り子は普通なら若くて可愛い子だろう。今回の客層であればカッコイイ男性もありかもしれない。


「まぁ売り子って体でお手伝いお願いしたけど、やってもらうことは別だからね」

「そうなんですか?」

「うん。ほら、もう実践してる。やっぱり顔が広い人だから仕事早いなぁ」

「……あの、僕には井戸端会議を始めたようにしか見えないんですが」


 カイナの指摘通り、肉屋の奥さんは他の奥様方を交え井戸端会議を始めてしまっていた。

 会話の内容は聞き取れないが、雰囲気から察するに結構顔見知りの人は多そうである。


「あの人にやってもらってるのは宣伝だよ。前に手荒れ気にしてたからね。それが治ったんだから、誰かに方法広めたくなるもんでしょ」

「まぁ、確かにそうですね」

「赤の他人の俺らよりも顔見知りなら聞いてもらいやすいし、それに同じ症状の人なら多分欲しがってくれるはずだよ。そしてここで聞いた話は多分余所でも広めてくれる。数人でもいいから買ってもらえれば効果はすぐに出る物だし、そしたら噂は一気に広まりそうだしね」


 日本の宣伝方法ならテレビ等のメディア、SNS、後は新聞の広告チラシなどがメインだがこの世界にはどれもない。

 そこで一番効率の良い宣伝方法は何か、と考えた結果思いついたのが奥様ネットワークだ。

 得てして人は良い情報などあれば他人に話したくなる生物である。

 後は一人が話をすれば、それを聞いた他の人が勝手に広めてくれるはずだ。それにこの手法とダイネス商店の客層がマッチするのが実に良い。


「この方法は即効性が無いから今日はあまりお客さん来ないかもね。後は宣伝効果次第かなぁ。コロ達も頑張ってくれているだろうし」

「確か向こうの大通りでやってくれてるんでしたっけ」

「うん。なるべくリトルポーション使いそうな人をターゲットに試供品渡すように言っておいたからね」


 コロナ達に頼んだ仕事は宣伝と商品の知名度をあげること。

 今売ってる商品より更に小型のやつを試供品として彼女達には持たせてある。

 主に主婦や若手料理人など、手荒れがしやすい環境の人や小さな傷を負いやすそうな人を狙ってアピールしてきて欲しいと頼んでおいた。

 もちろん宣伝する場所はギルドに許可をちゃんと取ったし、周囲にもちゃんと前以てお願いしに行ったから多分文句は言われないだろう。


「でもただでさえ多めに用意できなかったのに更に削っても良かったんでしょうか」

「どうだろ。今回は知名度上げる為だから必要経費だと個人的には思ってるけど」

「聞いた時はなるほどと思いましたし許可は出しましたけど、効果が出ないかもと思うと不安になりますね」

「まぁそれもきっと商売なんだよっとと、いらっしゃいませ!」


 そうこうしている内に肉屋の奥さんと話をしていた数名と、ポチの後を歩く親子がこちらへとやってきた。

 どちらにせよまずはこれを売らないと話にならない。

 二人して最初の客へ対応すべく、まずは目の前の事に集中することにした。


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