第196話 新商展とカイナ4


「それでは第二回作戦会議を始める」

「あ、ヤマルさん。口元にパンの欠片ついてますよ」

「……始めるよ」


 エルフィリアに口元の汚れを指摘され、それをハンカチで拭いつつコホンと咳払いを一つ。

 ちょっとノリで言っただけなのにどうしてこうも自分は締まらないのだろうか。

 トホホ、と心の中で落胆をしながらカバンからメモ帳代わりの本を取り出しテーブルの上に置く。


 あれからカイナ案内の下、彼の行きつけの食堂へとやってきた。

 主にここは彼らのような王都で働く人、日本で言えばサラリーマンの様な人らが集まるお店なのだそうだ。

 早くて安く、しかも量もそれなりにあると主に男性客には好評のお店。

 ただコロナとエルフィリアがいるのにそう言う店で良いのだろうかとも思ったが、彼女らはむしろ普段来れない店のためかとても興味津々だった。

 珍しい若い女性客に気付いた店員や客がこちらを見るも、全員休憩時間を無駄にしたくないのか即座に昼食を再開していったのが印象深かった。


 その後カイナお勧めである日替わりランチに舌鼓を打ち、全員が食べ終わったのを見計らい声をかけ、そして盛大に滑った次第である。


「とりあえず自分が店主さんと話したことと、二人が調べた情報の共有からだね。カイナさんは店のこと一番知ってるし、何か補足点あればすぐに言ってね」

「分かりました」


 カイナが頷いたのを確認し、まずはコロナ達の調べた事を教えてもらう。

 なお店の事自体はカイナに聞けばすぐ分かるので、彼女らに求めるのは客として、そして女性として感じたことの意見だ。


「入ってすぐ思ったのは店内がきれいかなって思ったよ。清潔感があるお店でちゃんと掃除が行き届いてるなって」

「私は歩くスペースが広かったのが嬉しかったです。その、狭いところは好きですけど、やっぱりすれ違うときにあまり接触はしたくないので……」


 ふむふむ、と頷きながら彼女らの感想をメモに残す。

 確かに二人の言うとおり店内は汚れは無かったし、棚と棚の間のスペースも十二分に余裕を持ったレイアウトだった。

 自分はあまり店内を見ることは出来なかったが、その分二人がしっかりと見てくれていたようでほっとする。


「商品は主に生活雑貨や日用品だったね。食器やロウソク、あとエプロンとか多少なら着る物もあったよ。大きいのなら薪割り用の鉈とかもね」

「ただ、その……あまりデザイン性を重視したものは少なかった気がします」

「そうですね。店長の方針で基本的に売ってる物はハズレが無いのが特徴ですね。少数なら仕入れるときもありますけど、よく言えば落ち着いている、悪く言えば地味なデザインと言った所でしょうか」


 それでも奇抜なものをあまり置かないことが功を奏しているらしく、他の店との差別化はできているらしい。

 目新しい物は無いが、確実に値段相応の物を買いたいのなら間違いなくダイネス商店だと言われるぐらい周りからの信用は高いそうだ。


「あれ? でもカイナさんって新しい事をって最初会った時に言ってたのに、勤め先は逆な感じだよね?」

「もちろん新しいことへの挑戦は大事だと思ってますよ。でも新しいことだけで生きていけないのは分かってますから」


 ちゃんと足場を固めた上で、その上で更に先を行くべく新しいことに挑戦する。

 それが出来ているのが今の店主であるダイネスであり、固めるまでしかできていないのが自分の父親だとカイナは熱弁した。


「今のお店に決めたのも新商展の話を聞いたからです。このお店なら自分のやりたかった事が出来る。力を出し切れる、と。まぁそれで前回の結果は散々だったわけですが……」

「仕方ないよ、失敗は付きものだしさ」


 その上でこちらに協力を求めたのは成長の証だと思う。

 それに彼の性格だとこちらに話を持ってくるまでに一人で何とかしようとしたはずだ。

 商業ギルド試験の依頼の際も、まず自分で試した上でこちらに話を持ってきていたのを覚えている。


「んじゃ俺の方からも皆に情報を話すね。店主さんから色々面白い話聞けたし」

「そうなんですか? 店長、あまり一人に有利になるような話はしない人だと思いましたが……」

「あぁ、別にアドバイス貰ったわけじゃないよ。ただ知りたかった情報集めていったら面白い結果になってたなぁと思って」


 そう言いながら先程テーブルの上に置いた本のあるページを見開き状態で皆に見せる。

 ここには店主から聞いた話をざっくりとまとめた事を書いた。

 内容は主に過去の新商展の話だ。


「とりあえず店主さんと何を話し合ったかからだね」


 まず店主と最初に話したのは自分達がカイナの手伝いをする事が問題ないと言うことをプッシュした。

 彼も最初はあまり良い顔をしなかったが、予算の出所が新商展の費用であり物を売る為の出費であることを説明し何とか納得してもらった。

 そして自分が彼の協力者であることを分かって貰えた上で、店主にある事をお願いしたのだ。


 それが情報の開示。

 もちろん帳簿など金額が書かれてるようなことはいくらなんでも教えてもらえないし、それを見せてくれなど口が裂けても言えない。

 自分が欲しがった情報は過去五回分の新商展の情報だ。

 こちらでもお金が動いている為具体的な金額はNGであったものの、それ以外の事はある程度教えてもらう事が出来た。


 今回教えてもらったのは次の通り。

 まず過去五回分の新商展で一体どのような商品が出たのか。

 そして新商展ごとに最も売り上げが多かった商品の順位と純利益が多かった商品の順位。

 もちろんここでも金額は聞かない。あくまで順位だけだ。

 そしてその中でどれが新商展の後に正式に商品化されたのか。また店舗に置かれた新商品はどれぐらいの期間店舗の棚に置かれていたか。


 それらの情報をまとめたのがこの本のページである。


「店主さんの話を聞いていく内に午前中に話したことで少し路線変更した方がいいかも、って思えてくる部分があってさ。ちょっとそれをカイナさんと相談したいんだ」

「と言いますと?」

「このページ見て貰うと分かるんだけど、確かに売り上げが多かった商品とかは店舗に並べてもらってるんだけど、どれも長続きしてないのよね。逆にこっちの新商展のこの商品。当日の売り上げは程ほどだけどお店に置いてもらった期間は長い」

「……確かに」

「"新商品"って名目だから販売当日とかは目新しさで買ってくれる人が多いかもしれないけど、多分商品のリピーターが少なかったんじゃないかなぁ。一度買ったら不要になる、もしくは暫く買い替える必要が無い物とかね」


 特にダイネス商店の品物の殆どが定期的に買い替えが必要な日用雑貨が殆どだ。

 嗜好品など目新しい商品は確かに売れてはいるものの、定期的に買ってくれる人がいないのだろう。


「そこで今後俺達がどう動くかの為にカイナさんに決めてもらいたい事が一つ。午前中言ったような短期的な商品は主にこう言った趣向品が多い。多分これでやれば上手くいけば他の人とやり合える程度には売り上げを伸ばすことは……まぁ可能かもしれない」


 他の三人の実力が分からず、どのような商品を出すか不明なので正直何とも言えない。

 資金が少ない以上、一つあたりの単価を上げ原価をギリギリまで詰めて漸くトントンに届くか否かぐらいの可能性だってある。


「もう一つは新商展での勝負は捨てる。その代わり今後店舗で売ってもらえれるような物を目指す。その為にこっちは長期的に売れ続けれそうな物を考える必要があるけどね」


 そう、新商展の一位にならずとも店主の匙加減で本採用されることもある。

 実際一度の新商展から複数採用されたこともあれば、一位差し置いてその地位を得た商品もあるのだ。

 無論売り上げなどが高い方が店主への覚えは確実に良くなる。それにじわ売れタイプの長期的な商品は三日間と言う開催期間の制約をもろに受けてしまうのだ。

 しかしダイネス商店の本筋は日用雑貨。つまり何度も足を運んで買う品が多い。

 新商展で売れなくても、店主が可能性を見出すならこちらも十分ありうる。


「これはどっちが良いかってよりはカイナさんの目指す方向がどっちかってとこだね。自分の思い描く商人像で決めて良いと思うよ」

「僕の商人像……」


 こちらの言葉に少し俯き加減気味にカイナは考え込み始める。

 彼が最終的にどちらの判断を下すかは分からないが、例えどのような結果になろうと依頼人の要望に沿うように協力するだけだ。

 そして待つことしばし、カイナが俯いていた顔を上げた。どうやらどうするか決めたようだ。


「……そうですね、今回は商品化を目指す方向でいきます。出来れば新商展でも勝ちたかったですが……」

「両立は次回以降だね。今回の新商展はその下地と思っておけばいいよ」

「でも諦めるつもりはありませんからね。用意した物は全て売り切るぐらいには頑張りますよ」


 商人としての気概を見せるかのように両手をぐっと握り込み、カイナは気合いの入った顔をこちらに見せてくれた。

 今回はどちらか選ばせてしまう形になったが、次回からは更にもう一歩先に進んだ手を考えてくれそうな予感をさせる顔だった。


「ヤマル、結局どういう形になったの?」

「そうだね、カイナさんが今決めたように長期的に買ってもらえそうな商品に変更するよ」

「えっと……と言うことは……」

「はい。新商品はそれを念頭にしますのでダイネス商店うちで売っててもおかしくないような物になりますね」

「となると日用品、もしくはその関連の商品か……」

「ヤマル、何かどんどん難易度上がってない……?」

「新しい事を始めたり物を用意するってそんなもんだよ」


 苦笑しつつコロナにそう返すも、確かに難易度が上がっているのは確かなこと。

 新しい商品から新しい日用品関連の商品になったのだから無理もない。


「でも用意する物の方向性はこれで決まりました。間違いなく一歩一歩前進していますよ」

「中々茨の道だけどね。まぁどこを進んでもそれは一緒か」


 こちらの言葉の意味が皆分かっているのだろう。何とも言えないような苦笑を全員が漏らす。


「さて、それじゃ肝心要の"新商品"を何にしようか考えよう」


 だがそれも問題の新商品の話題を出すまでのことだ。

 今まではふわっとしたイメージに向け進むだけだったが、今回はそのイメージを形にしなくてはならない。

 そして今回の一番の壁は日用品関係だと言う事だ。

 皆が日ごろから使いそうな、それでいて定期的に買ってもらえそうなものを考えなくてはならない。


「……こうして考えると何も出てこないね」

「まぁ普段使えそうな物って大体出尽くしてるからね。そんなのあれば他の人がとっくにやってるだろうし」


 予想はしていたが中々ハードルが高い。皆うんうん唸るだけで明確なアイデアが出せる人が誰もいなくなってしまった。

 やや重苦しい空気にこれはいけないなと思っていると、カイナも同じ気持ちなのか困ったようにこちらを見てくる。


「……いきなり物をポン、と出そうとしたのが間違いか。少し遠回りしよう」

「と言いますと?」

「売れる新商品ってのは要するに未だ世に出てなくて皆が欲しがってる物、ってことだよね」

「そうですね。早々アイデアが出るものでは無いのは分かってますが……」

「うん、だからこうしよう。『こんなのあったら便利だな』って物を考えるんだ」


 新商品のアイデアなんて昔からこの考えに尽きる。

 楽したい、あったらいいな。そんな怠惰な願望を具現化し続けてきたのが現代技術である。

 ……まぁ怠惰な願望の件は自分がそう思ってるだけで、実際世の天才達はそんなこと考えていないのだろうけど。


「ヤマルさん、それってどんな物でもいいんですか?」

「うん。エルフィも料理する子だし、そういう日常的なときにこんなのあったらなぁってのあれば言ってね」

「そうですね……」


 んー、と口に指を当て考える仕草が何とも艶かしい。

 これを天然でやってのけるからこの子は侮れないのだ。もう少し自分が見目麗しいと言う事を自覚して欲しいところである。


「カーゴが量産されたら間違いなく飛ぶように売れるよね。ヤマル、もう無いのかな?」

「無いんじゃないかなぁ。あんなの量産したらそりゃ皆喜ぶだろうけど……」

「ヤマルさん、かーごって何ですか?」

「あぁ、うちで使ってる馬車の荷台のような物だよ。結構便利なんだけど台数用意できないからなぁ」


 よしんば用意できても民衆が買う日常品では無いので却下だろう。

 いや、あれ量産したら間違いなく一財産築ける。

 地下に眠っているものが壊れているものばかりなのが本当に惜しい。


「ヤマルさんは何かありそうですか?」

「そうだね……。日用品とは違うけど、例えば防災グッズとかどうかな。ほら、前の地震のときに色々被害出たでしょ。例えば落下物から頭を守るものとか、棚が倒れないようにする追加の支柱とかさ」

「良いですね、それ。確かにそういうのでしたらうちで置いても違和感無さそうですし」

「でも地震あれから殆ど無いよね」

「いえ、最初に比べれば小さいですが何回かありましたよ?」

「あー……じゃぁ俺達が獣亜連合国行ってる時かな。あっちじゃ全然揺れなかったから気づけなかったんだね」


 とりあえず防災グッズは一旦候補として保留。

 アイデアと物は悪くは無いのだが、日常的に買い換えるような物では無いためもう少し色々考えることにする。

 しかしそうなるとどうしたものか。

 日本だと確かに色々な物がある。その中には便利かつこの世界に無い物だってあるし、いくつかはすでに思いついている。

 だがこの世界で再現出来るかと言われたら首を傾げざるを得ない。

 後に続く物を考えるのであれば、この世界の技術で用意できるものでなくてはならないのだ。


「うーん……後は何かあったかなぁ……」

「あ、ヤマルさん! ありましたよ、欲しいなって思えるやつ!」


 何かを思いついたのか、両手を合わせとても嬉しそうな笑顔を見せるエルフィリア。

 あまり今回の話に参加出来てなかった反動だろうか、普段よりもテンションが高めである。


「あのですね、食器洗ってるときに水で手が割れちゃう事がありまして……。何かそう言うときに使えそうなのないかなって思った事があります」

「え、怪我ならポーション使っても良いんだよ?」

「ヤマル、最近感覚麻痺してるみたいだけどポーションってそこそこ値段するよ。しかもそんな小さな傷に使うものじゃないよ……」


 半ば呆れ顔でコロナに突っ込まれた。

 確かに薬草一枚でポーション三つを割と短時間で作れる関係上、自分の中ではもはやお手軽傷薬と言う感覚でしかない。

 そもそも本来ポーションはもっと重度の怪我に使用するものだ。昔ポチの母親に腕に噛み付かれ怪我をしたときもポーションであっという間に治ったのを思い出す。

 エルフィリアが言った手荒れはもちろんのこと、この世界では子どもが転んだ擦り傷ですらそんなことには使用しないらしい。


「じゃぁ一般家庭に怪我をしたときの物は何もないの?」

「そうですね。多分包帯と清潔な水の為に浄化石はありそうですが、それ以外はあまり聞いた事がないです」

「ふぅん」


 消毒液も無いのか。絆創膏は無いと思っていたがこの話は少し意外だ。

 ポーションがあるのだからもっとそちらの方で医療が進んでいたと思っていたが、逆にあるからこそ程度の低い怪我は見向きされなかったのかもしれない。


「でもそれ良い考えかもしれないね。今からちょっと作ってみようか」

『……え?』


 驚く三人を余所にそのアイデアを形にすべく、足元のカバンをテーブルの上に乗せ準備を始めることにした。

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