第195話 新商展とカイナ3


 カイナが勤める店の名はダイネス商店。文字通り店主であるダイネスが開いたお店である。

 主な商品は一般家庭向けの日用品や生活雑貨類。

 店員の構成は店主のダイネスを頭として奥さんと十代の娘さん。そしてカイナのような商人が本人含めて四人の合計七名でお店を切り盛りしている。

 そんなダイネス商店は王都の中でも大通りに面した位置に店があると言う立地条件の良さも売りだ。

 正確には街の正門から王城に続くメインストリートの大通りではなく、そこから横へと伸びる大通りの中の一つに面しているが正しいか。

 ともあれ比較的住宅街に近いことも恵まれ、新商展を開催しカイナら四人に予算を振ることが出来るなど店自体は順調に営業を続けている。


 そんなダイネス商店の前までカイナに案内されてやってきた。

 道中冒険者ギルドに寄りつつ、彼にはざっくりとお店の事を教えてもらいながら必要な情報はメモを残すことを忘れない。

 現在の時間はお昼時の少し前。そのせいか大通りであっても人はそこまで多くは無い。

 だが新商展の時はきっと様々な人が見に来るのだそうだ。


「こちらが自分の勤め先のダイネス商店です。今はお客さんは少ない時間帯ですね」


 店の前に立ちその外観を見る。

 木造二階建てのそのお店は一階が商店スペースで二階が居住スペースになっていた。

 建屋自体の大きさも結構広く、日本のコンビニぐらいのスペースがありそうである。

 色合い自体は周囲の建物とあわせ焦げ茶系の落ち着いた色合いではあるものの、入り口の上部に立て付けられている店名が書かれた大きな看板がその存在感を余すことなく表していた。


「んじゃまずは視察と行きますか。一応店主さんにも挨拶と顔合わせはしておきたいし」

「あ、はい……」

「……? カイナさん、どうしたんです?」


 いざお店に入ろうとしたところでどこか及び腰になっているカイナを不審に思ったコロナが声をかける。

 問いかけられたカイナと言えば少し戸惑いつつもその理由を話してくれた。


「いえ。今日非番なんですが、皆が働いているときに休日の自分が顔を出すのが躊躇われると言いますか……」

「あー……確かにその気持ちは分かるかも。別に悪い事してるわけじゃないんだけど、何か居心地の悪さと言うか罪悪感と言うか、そんなの感じちゃうんだよね」


 自分も休みの日に休日出勤の同僚と会ったときの気まずさはものすごいものがあった。

 それが嫌で誰とも出くわさないであろう温泉旅館へ行ったら、二度と会えなくなるかもしれない状況に陥るあたり自分の運の悪さが垣間見える。


「ま、とりあえず入ろ」


 未だ及び腰のカイナを後ろから押しつつ店内へと入る。

 目の前の大通り同様人が少ない時間帯なのだろう。店内には客が誰もいなかった。

 そんな中、棚の側で作業用エプロンをつけた男性が一人黙々と商品の整理を行っている。

 やや恰幅の良い体型の彼が店長のダイネスなのだろう。白髪のためか、聞いていた年齢よりも若干上に見える。

 ダイネスは誰かが店に入ってきたことに気付いたようで作業を止めこちらへと向き直った。


「お、いらっしゃ……って、カイナじゃないか。どうした、今日は休みだろ?」

「店長、実はちょっとお話がありまして……」


 チラリとカイナがこちらに視線を送ってきたので彼とバトンタッチ。

 カイナの横に並び立ち、店主のダイネスに向かってぺこりと頭を下げる。後ろにいたコロナとエルフィリアも慌ててこちらまでやってきては自分に倣って頭を下げた。


「カイナ、この人達は……あぁ、あれか! 噂の獣人とエルフの女の子連れた冒険者だろ?」

「あ、はい。実は以前お世話になったんですが、今回その伝手でちょっとお手伝いをお願いしまして……」


 お手伝いの言葉にダイネスの目が若干鋭さを増す。

 その視線にカイナが一歩後ろに引くも、その横で自分はどんな噂なんだろうとそちらの事ばかりが気になっていた。

 しかし噂になるほどならカイナも知っているだろうと思い直し、とりあえずは当初の目的を果たすことにする。


「はじめまして。今回カイナさんに新商展での協力を依頼されました『風の軌跡』の古門 野丸です」


 そして後ろにいる他のメンバーも彼に紹介をする。

 やはりここでも物珍しさが先立ったのかダイネスも二人を値踏みするような視線を送っていたものの、すぐにそれを止めてくれた。


「失礼。ここの商店主のダイネスだ。それで協力って話だが、あんたらはうちの新商展ってのが何なのかは知ってるんだよな?」

「えぇ。大体の概要はカイナさんより伺っています。今日はその件で店主であるダイネスさんにいくつかお話を聞かせていただきたいと思いまして」


 ほう、と小さくダイネスが声を漏らすと、先程の視線も幾分か和らぐのが見て取れた。

 しかし隣にいるカイナはダイネスが怖いのか若干萎縮してしまっている。

 まぁ上司と面と向かって話すのは緊張するものだし、ここは彼の代わりに自分が話を進めておくことにした。


「まぁここで話す内容でもないな。全員は無理だから……フルカドさんだったか、あんただけ一緒に来てもらえるか?」

「分かりました。でもカイナさんはよろしいのですか?」

「あぁ、カイナには俺の代わりに店番させる。人が少ない時間帯だが店内空けさせるわけにもいかないんでな。カイナ、そう言うわけだからお前戻るまで店番しとけ。どうせあいつらも少ししたら帰って来るからそれまででいいぞ」

「あ、はい!」


 出来ればカイナも同席して欲しかったんだが流石に店を閉める訳にも行かず彼の言うとおりにする。

 ちなみに後でカイナから聞いた話だが、どうやらこの時間帯が一番客足が遠のくらしくその間は従業員が休憩を取るらしい。

 店主に店番させていいのかとも思ったが、逆に客が少ない今の方が楽が出来るとのことだった。


「じゃあ店主さんと話してくるから、二人はどんな品物が売ってるか調べておいてね」

「はーい」

「分かりました」


 コロナとエルフィリアには今の内に商品調査の指示を出しておく。

 そして自分は店主の後を追い、店の奥へと一人向かっていった。



 ◇



「エルさん、このお皿模様が綺麗だよ」

「あ、本当……。こっちのガラス製のグラスも素敵ですね」


 店長に店番を頼まれ既に慣れた店内で商品整理を開始する。

 ただ普段と違うのはこの場に飛び切り可愛い女の子がいることだった。それも二人もだ。

 大体このお店に居る常連はどちらかと言えばおば……んっん! 家を預かる奥様方である。

 今彼女らが見ている物も確かに見た目は綺麗ではあるが、品揃えなどで言えばもっとそれ専門で扱っている店もある。

 若い女の子は大体そちらの方に行くため、彼女等のような子が同じ空間にいるのが不思議で、そしてどうにも落ち着かない。


(ヤマルさんはよくずっと一緒にいられるよなぁ……)


 ずっと一緒にいるため慣れてしまったのだろうか。

 それでも彼女達は人間ではない獣人と亜人、それもとても珍しいエルフの女の子だ。

 しかし彼は特に気にすることも無く、まるで同族に話しかけるように至って普通に話している。

 今の時世他国の人がいることはやや珍しいものの、別に迫害などがあるわけではない。だがどうしても人と違うと思うと気後れしてしまうのは自分だけだろうか。


「カイナさん、ちょっと良いですかー?」

「あ、はい!」


 しかし当人達も特に気にする素振りは全くと言っていい程に無い。

 なんだか自分の考えがバカらしく思えてきそうだった。

 そんな彼女達に呼ばれそちらへ向かうと、どうやら手に取っていた商品がどの様なものか教えて欲しいとのことだった。

 二人にその商品の説明をすると次は別の商品、その次にまた別の商品と矢継ぎ早に質問が飛んできた。

 どうやら彼女達は言われた通り、お店にどの様な物があるか調べているのだろう。

 今はお客さんがいない上、これは自分のためでもある。

 なので客が来るまでは付きっ切りで対応することにした。

 そして色々と説明することしばし。店の奥から複数の足音が聞こえてきた。


「てんちょー、戻りましおわっ!?」


 奥から現れたのは同僚である先輩三人。

 普段から見慣れた顔だが、こちらを見て驚く顔は初めて見るため中々新鮮だった。


「あれ、カイナ? なんでここにいるんだよ。お前今日非番だろ?」

「つーかその子達って……」


 驚く先輩達だったものの、隣にいる女性二人に目をやってはその動きが止まる。

 そしてちょっと待ってろとだけこちらに告げてはそそくさと店の奥へ引っ込んでいった。

 だがそれも束の間のこと。物の数分もしないうちに先輩達は先程と同じように奥から戻ってくる。……物凄く身なりを整えた姿でだ。


「待たせたな、カイナ」

「店長がいないってことはお前が代わりにやってたんだろ? 後は俺達が引き継ぐからお前はもう行っても良いぞ」

「あぁ、彼女らの案内は俺に任せておけ」


 最後の言葉に思わず『あ』と声を出してしまうがもう遅い。

 抜け駆けしようとした一人を阻止すべく、残り二人が協力してその人を店番へと追い込もうとしていた。

 誰が案内役を買い誰が店番役をするか。

 言葉は交わさなかったものの彼らの考えは一緒だったようで、三者三様に頷くとまるで示しあったかのようにじゃんけんが開催される。

 物凄く気合の入ったじゃんけんをすること数回。漸く店番役が決まったようで、押し付けられた一人が床に這い蹲るようにとても悔しがっていた。

 その横では勝ち抜けた二人がハイタッチを交わし、どちらがどっちの女の子案内役になるかとても嬉しそうに相談しあっている。


 そんな天国と地獄が目の前で展開されるのも束の間のこと。

 先輩らが色々と盛り上がっている間に話が終わったらしく、店の奥から店長らが戻ってきた。


「おう、戻った……何やってんだ?」

「さぁ」


 本当は知っているが巻き込まれたくないのであえて知らないフリをした。

 店長が後頭部を掻きながら先輩らの方へと向かっていくのを見送ると、入れ替わる様にヤマルがこちらへとやってくる。


「ただいま。店番させちゃってごめんね」

「いえ、大丈夫ですよ。短い時間ですし慣れてますから。……それで、お話はどうなりました?」


 こちらの問いかけにヤマルは笑みを浮かべ親指だけ立てた右こぶしをこちらに見せる。

 どうやらこの様子だと話し合いは恙無つつがなく終わったようだ。


「俺達が手伝う許可もばっちり取れたし、欲しかった情報も結構教えてもらったよ。内容を皆にも話しておきたいんだけど……」

「あ、それではお昼ご飯食べながらでどうでしょうか。今日は僕が皆さんの分をご馳走しちゃいますよ」


 いいの?と心配そうにする彼だったが問題は無い。

 確かに契約した間柄だったが、彼にはすでに自分の代わりに店長に話をつけたりと色々やってくれている。

 そもそも依頼自体無理言って聞いてもらった節さえあるのだ。少しぐらい彼らのためにお金を使ってもバチは当たらないだろう。


「えぇ。自分達の行きつけのお店がありますので、そこへ行きましょう」


 お言葉に甘えてご馳走になりますと言い頭を下げるヤマルを何とか推し留め、彼と一緒に女性二人の方へと向かう。

 ナンパ寸前に店長に見つかりどやされている先輩らの横をすり抜けながら、まだ商品を持ってあれこれ調査している二人に声をかける。

 彼が彼女達に今からご飯を食べに行くことを伝えてもらっている間にこちらも店長へと挨拶を済ませ、普段自分が食事をしているお店へと向かうことにした。


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