第194話 新商展とカイナ2


「情報を集めることと……」

「商品の方向性を決める、ですか?」


 こちらの言葉を反芻するコロナとエルフィリアに対し首を縦に振る。

 いまいち良く分かっていない二人とは対照的に、本職であるカイナは自分が言いたい事を理解しているようで補足説明をしてくれた。


「ヤマルさんが言ったのは大まかに言えば進むべき方向を決めようって事なんですよ。『新しい商品』と言っても現在何も決まってません。ですのでそれを用意するための話し合いですね」

「特に俺らは新商展の事どころか基本的な情報ですら完全に抜け落ちている状態だからね。まずはその辺りを補完するところからかな」


 現在分かっているのは、まずゴールとして新商展と言う催し事で店舗に無い新しい商品を用意する事。

 そして決められた予算があり、掛かった費用はその中に納める事。

 最後に新商展の結果次第では店舗で本当に新商品として扱ってくれる事。しかも自分の名前付きでだ。


「もちろん情報も何でもかんでもって訳にもいかないから、まずは確実に必要な情報から集めるところからだね」

「必要な情報って……例えば?」

「とりあえず俺達にまず必要な情報はカイナさんの勤め先の店舗の名前と場所でしょ」

「あ……」


 そう、依頼自体は受けたが現状それすら知らないのだ。

 名前も場所も、そもそもどんな物を売っているのかも分からない。

 新商品と言うことは店舗で販売している物は除外しなければならないのでリストが欲しいところである。


「まぁこの辺のは普通にカイナさんに聞けばすぐに分かるけどね。後でお店にも行ってみよう。現地で仕入れたい情報は山ほどあるし」

「それも新商品を用意するために必要な事なんですよね?」

「そうだよ。……あー、そう言えばエルフの村にはお店は無かったんだったね。エルフィには色々不思議に思えるかもしれない部分沢山あるかもしれないけど、何か疑問に思ったらすぐに言ってね」

「あの、いいんですか? 沢山聞いてしまいそうなんですけど……」

「情報は共有しないと色々齟齬が生まれちゃうからね。自分の世か、じゃなくて地元で働いていたときはホウレンソウ……報告、連絡、相談の三つがとても大事って教えられたからね」


 そして俺の場合遅いといって怒られるまでがセットだった。

 あんまり良い思い出が無い会社だったが、そこで学んだ事がこんなところで役立つと思わなかった。

 人生どうなるか本当に分からないものである。


「ヤマル、ちなみに現地で仕入れたい情報ってどんなのがあるの?」

「そうだね。やっぱりまずは店舗で売ってる物がどんな物でいくらなのか。あとは客層調べたいなぁ、出来れば性別と年齢。既婚未婚やお客の増減する時間に、立地条件とか。近場に他の店舗あればちょっとみておきたい……何?」


 気付けば三人が驚いたような呆けたような、それでいて変なものを見るような視線を自分に送っていた。


「いえ、そこまで調べる人あまり居ませんよ……」

「こっちだとそうなのかな。まぁ地元方式だからね。それに使える資産減ったけど人は増えてるんだし、手間掛けて良いの出来るならそうするべきだと思うよ」


 潤沢な資金があればトライアンドエラーや複数作ることも視野に入るが、今のカイナの状態なら可能な限り失敗や無駄を減らしたい。

 まぁ自分で彼の首を絞める形にしてしまったのがそもそもの原因ではあるのだが……。


「ヤマルさん、もう一つの商品の方向性と言うのは……」

「まぁそこはカイナさんが決めるべきところだよ。もちろん、自分達も協力はするけどね」

「と言うと……まずは開発か、仕入れかですね」

「どっちも厳しそうだけどね。一長一短だし……」


 コロナとエルフィリアにもこの辺は少し踏み込んで説明をしておく。

 開発は文字通り新しい商品の開発だ。

 作ろうと思っているものが他で売ってないか等調べる必要はあるものの、出すものは総じて文字通りの新商品となる。

 欠点はその商品を形にするまでに試行錯誤する時間や予算がかかることだろう。

 ただし一度開発しそれが売れればその利益は計り知れないものがある。

 なにせそうなれば製造過程など知っているのは自分達だけだ。ほぼ独占的な売り方をする事が可能になる。


 一方仕入れはそのまま他の商人や開発者などから目新しい物を仕入れることだ。

 物自体を見つける事が出来れば後は交渉を行うだけ。完成品を扱うのだから、開発と違い物が出来るまでの時間も予算も必要が無い。

 これは商人として在るべき形の儲け方だ。

 デメリットは仕入れだからこそ物を独占する事が出来ない。極端な話、こちらで売れたのを見て他店が真似をするなんてこともありえる。

 また遠くの場所からの仕入れともなれば輸送費だって嵩んでしまう。しかも道中で何かトラブルがあれば物が手元に届かなくなり信用問題に関わる。

 ……むしろそれ以前にそんな目新しい物を都合よく持っていたり開発したりする人がそもそも居ないのが仕入れの難点だ。

 いや普通の仕入れなら良いのだが、今回は新商展用の新商品と言う制限がある。

 よしんばそのような都合の良いものを持ってる人がいたとして、果たしてカイナのような一介の商人が見つける事が出来るだろうか。

 彼の能力の信用度ではない。仮にその様な物を持ってる人が居れば、間違いなく大口の商人の所へ売り込みに行くだろう。

 目端の利く商人なら情報を得た段階で自ら先に動くかもしれない。

 それらをすり抜け一介の商人の下にやってきた新商品が、果たしてちゃんと商品になりえる物なのか。


「つまりどっちも物を用意するまでが大変ってことだね。資金や期間、あとは良いアイデアと協力してくれそうな職人さんがいるなら開発を。商人としての伝手や目利きが効くなら仕入れをってところかな」

「なるほど……」


 商売の概念があまりないエルフィリアが自分とカイナの説明に感心した様な声を漏らす。

 その横では購買層の視点しか無かったコロナも、商売ってそうなってたんだ……と小さく呟いていた。


「後は……短期的な物か長期的な物かどちらにするってところかな?」

「そうですね。でも新商展の開催期間は三日ですし、在庫が余っても困りますから短期的に売った方が良いと思います。それにただでさえ初期費用が少ないですから、売れ残りは間違いなく致命傷になって勝てなくなってしまいます」


 確かにカイナの言うとおりだ。

 同じものを用意しても数の差で他の同僚には敵わない。

 まぁ新商品と言っても採用されるか不明な物だ。短期的に売り払って店主のGOサインが出たらまたやるのが無難だろう。


「ヤマルさん、カイナさん。短期的と長期的って具体的にどう違うんですか?」

「ん? あー……そうだなぁ」

「そのままですよ、エルフィリアさん。一気に売り切ってしまうのが短期的、継続的に売り続けるのが長期的ですね」

「例えば流行り物の服とかは短期的だね。流行ブームが過ぎると途端に売れなくなるし。長期的なのだと生活必需品とかかな。爆発的に売れることは無いんだけど、継続的に売れるやつ」

「長い目で見るなら継続的の方なんですけど、そう言った物は大体もう世に出回っているんですよね」

「便利だけど問題点があって普及に至らない物なんかもそうだよね。魔道具なんか値段高くて手が出せないし」


 折角冷蔵庫とか水道とかあるのにコストの高さと言う問題が重く圧し掛かっている。

 まぁその辺のは技術が進めば自ずと安くなるだろう。

 それはさておき……。


「とりあえず今のところは短期的に売れる物って方向だね。……そう言えば売り方にも何か決まりあるの?」

「いえ。他の人の迷惑になったり妨害したりとかで無ければ特にはありませんね」

「なら売り方も一緒に考えよっか。短期的ならやり方色々あるし」

「色々って……ヤマルさん、やはり商売の経験が……」

「無い無い。人の見様見真似でしかないから」


 苦笑しつつ手を横に振りそれはないとカイナに返す。

 今ひとつ納得はしていなさそうな様子だが、本当に無いのだからどうにもならない。

 それに彼が訝しげな表情をしているのも、日本で見聞きした物を売る方法がこの世界では新鮮に見えてるせいかもしれない。


「ヤマル、ちなみにどんな方法があるの?」

「そうだね……。売り物と客層にも寄るけど、基本的には相手の購買意欲を刺激したりする方法かな」


 じゃあちょっと問題ね、と言いながら足元に置いたカバンの中から薬草を一枚取り出す。

 これ自体はポーション用の予備として持ち歩いてる何の変哲も無いただの薬草だ。


「例えばここにポーションの材料の薬草ある。ちょっとお金が入用になってこれをポーションにしてなるべく確実に売りたい。でも効能は他の店で売ってるポーションと同じになるだろう。とりあえず売る場所は考慮しないとして、どうやったら売れると思う?」

「え、えーと……」

「あぁ、別に明確な答えは無いよ。こうするといいんじゃないかなって方法を言ってくれればいいから」


 困惑しつつもポーションを眺めながらコロナがうんうんと唸りだす。

 頭の中ではきっと脳みそをフル回転させて色々と考えているのだろう。


「……ヤマルさん、もしかしてポーションを作ることができるんですか」

「うん。お陰で店舗で買う必要が無くなって費用浮いてるよ。必需品なのにどうしてもそれなりに値段するし」

「良いですね。ヤマルさんも冒険者やめてそちらで食べていくのもありなのでは?」

「……まぁ色々あるんですよ」


 流石に定住するつもりが無いとは言いづらい。

 最初の頃は普通の仕事で召喚石の材料を買おうとしていた時期もあったが、今思えば無謀だった気がしないでもない。

 もう冒険者家業で色々出来るようになってしまったため、多分最後までこれで行くつもりだ。


「さてさて、何か思いついた?」

「そうですね……僕なら買取のお店に持ち込みますね。多少足元見られるかもしれませんが確実に売れますし」

「うーん、私はヤマルが前にやってた雨の日限定みたいに値段を下げるぐらいしか思いつかないかなぁ。エルさんは?」

「うぅ……ちょっと上手く思いつかないです……。あの、ヤマルさんだったらどうするんです?」

「俺? んー……後先考えなくていいなら、そうだなぁ……」


 結構エグい手だが一応あるにはある。

 本当にパーティー資金が尽きてどうしようもならなくなった時に、どうにかしてお金を手に入れる方法は無いかと考えていた手の内の一つだ。


「エルフィ、ちょっとこれ持って」

「あ、はい」


 薬草をカバンにしまい、代わりに二本のポーションを取り出しエルフィリアへと渡す。

 更にカバンからメモ帳代わりの本も取り出しサラサラとペンを走らせた。

 ……うん、自分でやっててあれだが中々狡っからい事書いてるなと思う。

 若干書いた内容に引きながらもそのページを両開きにした状態にしエルフィリアの前に置いた。

 彼女には背表紙しか見えてないだろうが、この置き方ならコロナとカイナに見えるはずだ。

 何を書いたんだろうと興味ありげにそれを二人は読み始めるが、その顔が徐々に顰め面へと変貌していく。

 そんな二人の表情の変化を見たエルフィリアがどんなこと書いてるのだろうかと上から覗き込むようにしてその文章を読んだ。


「えーと、『エルフの手搾りポーション。限定二個、本日限り』……。あの、これって……」

「ヤマルさん、流石にこれは……」

「これで売るのは流石に酷くない? 私でもこれはちょっとって思うんだけど……」

「まぁ言いたい事は俺も分かってるって。でも極端な例だけど購買意欲はかなり高くなるよ」


 カイナは自分の言いたい事は分かってそうなので、あんまり良い顔していない女性二人に説明していく。

 もちろん決して疚しい気持ちがあったわけではないとしっかりと念押しをしてだ。


「まずエルフの作ったポーションって言葉で特別感を出す。現状こんなこと出来るのうちだけだからね」

「でも私、ポーション作れませんけど……」

「今回は例だからそこは流して。と言うかエルフィなら作れるはずだから、興味あれば今度教えるよ」


 しかしエルフィリアがポーション作ったらどうなるんだろう。効能変わったりするんだろうか。

 ……そもそも人間以外でポーション作れるのかすら知らない。

 っと、思考がちょっと逸れた。これは後で考えよう。


「まぁまずは他では作れないポーションってことで特別感と他のポーションとの差別化を図るってとこだね」

「ヤマル、でも手搾りって流石に何と言うか……無くても良かったんじゃ……」

「まぁ無くてもいいんだろうけど、あると間違いなく売れるでしょ。特にポーションの購買層なんて女っ気が少ない冒険者とか傭兵だよ。そんな男所帯だったら間違いなく食いつくよ」


 そしてポーションを誰が使うかと言う購買層を意識した売り文句を一つつけた。

 第一普段王都うちの冒険者らがどんな感じなのかはコロナも大体分かっているはずだ。

 だからそんな『男ってバカなんだね』な目で自分を見ないで欲しい。


「あの、この限定二個とか本日限りって書いたのも……」

「うん。限定二個でポーションがこの数しかないって希少性を出して、本日限りなのもこれを逃せばもう入手手段が無いって思わせるためだよ。……だから何でそんな引いた目で見るかなぁ」


 彼ら三人の目を一言で表すなら『そこまでするか』であろう。

 しかしモラル的な部分で否定はされても、誰もこれは売れないと言わないあたり彼らも売れるとは思っているようだ。


「後は……」

「まだあるの……?」

「そんなげんなりした目をしないで欲しいんだけど……。まぁ販売形式をオークションにすれば値段つり上がりそうだよね。上手く行けば好事家が出てくるかもしれないし、研究機関の目に止まれば個人じゃどうにもならない額とかもいけるかも……?」

「ヤマルさん。商人としてはすごい有効とは思いますが人としてかなりエグい部分ですよ、それ……」

「もっとエグくするなら売り方を一本ごとにすればいいかもね。一本目が買えなかった人が値段見て二本目をつり上げてくれるだろうし。あー、でもそれならおまけつけるのもありかな。エルフィとの握手権とか」

「ヤマル、良く分かったからもうその辺で……」

「そう?」


 流石にもうお腹一杯だと言いたげだったのでこの辺で話を切り上げることにする。

 まぁ今言ったことは法は犯してないだろうから罰せられることはないだろう。

 ただやったら間違いなく目を付けられる。

 こんなあこぎな商売なんて同じ商人らが許すはずはない。彼らの情報網や横の繋がりなら話の広がる速度も尋常じゃないのは想像に難くないからだ。


「まぁこんな感じに売り方一つでも色々やり方はあるってことで。もちろん商品が魅力的な売り物であることが一番だけど、手にとって貰わないことには始まらないからね」


 他には売り子をコロナとエルフィリアにすれば更に確率はあがるはずだ。

 その辺は以前の女将さんの手伝いで二人が駆り出されたときのことで証明されている。二人が売り子として出るだけで集客率は間違いなくあがるだろう。


 だがその事を説明しようにも二人の脳内規定値がパンク寸前だったため仕方なく諦めることにする。

 そしてこれ以上の詰め込みは困難と判断を下し、少し外を歩きがてらカイナの勤め先の店舗へ行こうと提案を出したのだった。

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