第193話 新商展とカイナ1
それは冒険者ギルドを出てすぐのことだった。
「ヤマルさん、ヤマルさん」
「ん?」
どこからともなく自分の名前を呼ぶ男性の声。何か聞き覚えがあるような無いような……。
どこだろうと周囲を見渡すと、丁度ギルドの建屋の角に隠れるように一人の青年がこちらを手招きしていた。
「ヤマル、あれって……」
「うん。カイナさんだよね」
見覚えがある青年の名前はカイナ。
以前彼の商業ギルド試験の事で仕事をした元依頼人である。
あれからとんと姿を見かけなかったが、ここに居ると言うことは今でも王都で暮らしているんだろう。
「久しぶりですね。こんなところでどうしたの?」
軽く手を挙げつつカイナの方へ近づくと、あちらも久方振りの再開に笑みを浮べ挨拶を返してくれた。
「お久しぶりです。その節ではお世話になりました」
「ううん、依頼だったし気にしないで。それで王都に居るって事は試験は……?」
「はい! あの後無事合格しました。今はとある商店で働かせてもらっています」
「わぁ、おめでとうございます!」
コロナの言葉に物凄く照れた笑顔でありがとうと言うカイナの姿が何とも微笑ましい。
しかし何故彼はこんなところにいるのだろう。
「それで今日はどうしたの。自分達を呼んだってことは何か話しでも?」
「あ、はい。ちょっとお願いと言いますか、また依頼したいなぁと思いまして……」
しかしそう言う彼の口調はどこか歯切れが悪い。
そもそも指名依頼なら受付で出せばこちらに話が飛んでくるはずだ。にも拘らず彼はまるで出待ちをしていたかのように外で自分達を呼んだ。
何か問題でもあったのだろうか。
「とりあえずどこか落ち着ける場所行こっか。話はそこで」
「あ、はい」
流石にこんな場所で長々と話をするわけにはいかなかったので、カイナを連れ近くのお店へと向かうことにした。
冒険者ギルドから歩くこと数分。
大通りから一本外れた位置にある飲食店へと入り、店員の人にお願いして個室を用意してもらう。
お昼にはまだ早い為それぞれ飲み物を注文し、品物が出てきたところで話を切り出す。
が、その前に……。
「カイナさん、話の前にまずは紹介するね。どうにも気になってるみたいだし」
「あ、いえ……」
ギルド前で呼ばれたときも、ここに来る間も、そして個室の丸テーブルを囲んだときも彼がエルフィリアをちらちら見ていたのは分かっていた。
それに元々この中で面識が無いのは彼女だけである。なのではじめに互いに自己紹介してもらうことにする。
「彼女は少し前に自分達のパーティーに加わった子です。エルフィ、こちらは自分らの元依頼者の人だよ」
「始めまして、カイナです。すいません、街で噂は聞いてはいたんですが本人が目の前にいると思ったらつい……」
「あ、その……大丈夫ですよ。えと、エルフィリア=アールヴです。よろしくお願いしますね」
ペコリとエルフィリアが頭を下げると、カイナも慌てて頭を下げる。
「見ての通り彼女はエルフだけど、こちらとしては普通に接してもらえると助かるかな」
「分かりました。こちらも気に触ってしまう事があれば遠慮なく言ってください」
とりあえずこれでお互いの顔合わせは完了だ。
カイナの憂いが無くなったところで早速本題に入らせてもらう。
「それで依頼って今回はどんなの? そもそも前みたいに指定してくれれば別に外で待つ必要も無かったんじゃ……」
「あー、実はヤマルさん達がギルド内に入って行くのは見たんですが、中を覗いたら忙しそうでしたので入りづらくて……。えぇと、それで依頼なんですが、以前のようにとある事で協力していただけないかなぁと思いまして」
そして彼が何故自分達を頼ってやって来たのかをぽつりぽつりと話していく。
それは自分らがカイナのギルド試験の依頼を達成した少し後の事。
彼は何とか商業ギルドの試験を合格し、無事ギルド員の認定をもらった。
だがここは人王国の首都。人も店も多く、そのせいか地価が非常に高い。
とてもではないが店を構える程の資金は持っておらず、ならばと自分を売り込みある商店で働くことになった。
最初は中々王都のやり方に馴染めなかったものの、徐々に仕事も覚えどうにかやっていけそうと思ったそんなある日のことだ。
『カイナ以外は知っているだろうが来月は"新商展"をやる。各自準備を怠らないように。カイナは後で俺んところに来い、何をするか説明をするからな』
「……新商展?」
「はい。今働いてる商店独自の催し事で、僕の様な店で働いている商人が新製品を発表する場ですね」
彼の説明によると、商人の顔はやはり自分の店を持つ事。店舗名に自身の名前を入れる商人はごまんといる。
しかしカイナの様にギルド員でありながら独立できない商人は多い。特に若い人はその傾向にある。
そこで彼の勤め先の店主が店に勤めてる若い人の才覚を発掘し、市井の人達に彼らの顔を売り覚えてもらおうと企画したのが新商展だ。
数ヶ月に一度行われるこの催し事は対外的に見れば店を盛り上げるためであるが、内部としては店員同士による商売バトルである。
それも先輩後輩が同じ条件で戦うのだから完全な実力勝負だ。
それに上手くいけば自分の名前付きで店舗で売り出して貰えることもあるらしく、皆この新商展にはかなり力を入れているらしい。
そしてそのルールは至って単純だった。
まず店側から予算を同額渡すので、それを元手に店舗で売っていないものを用意する。それは開発しても良いし仕入れでも構わない。
そして用意した物を新商展の場で発表と販売を行うのだ。場所は店舗の外で出店形式で行うらしい。
「あー、つまり自分達に依頼したいことってのは……」
「はい、その新商品を一緒に考えて欲しいんです。……実は前回の新商展は散々でして、実力の差を見せつけられたと言いますか……」
「あれ、でもカイナさんって確か前に新しい物!って感じで実家からこちらに来たんですよね? それを試さなかったんですか?」
コロナの素朴な疑問にカイナが痛いとこを突かれたとばかりに言葉を詰まらせる。
多分前回は色々考えて試して、結果駄目だったんだろうと言うことは彼の態度で何となく察する事が出来た。
「ヤマルさん、どうします……?」
「ん~……」
折角頼ってくれたのだから協力はしてあげたい。
ただここで雇われても大丈夫なのだろうか。商業ギルド試験のときもそうだったが、直接手を貸すことはしなかった。
そもそも新商展は全員横並び条件がウリだ。そこで雇われとは言え第三者の自分らが関わるのは……。
「ヤマルさん、お願いしますっ!!」
テーブルに両手をつき必死に頭を下げるカイナ。
コロナとエルフィリアも何とかしてあげれない?と言いたげな目をこちらに送っていた。
「……分かりました。三つ程条件を飲んでくれれば協力するよ」
何とか抜け道のような物は無いかと思考を巡らせた結果、かなり強引かもしれないが一つの考えが浮かぶ。
これならカイナに自分達が協力しても言い訳が立つはずだ。……多分。
「本当ですか?! それでその条件と言うのは……」
「まず最初の条件……と言うより確認なんだけど、本当に自分達で良いの? 商売のことあまり知らない素人より、同じ同業者の方に相談とか手伝いをしてもらうってことも出来たかと思うんだけど」
「そうですね、それも考えました。ですが同じ商人ですとアイデアが盗まれる可能性もあります。それに同じ店の皆は今回はライバルなので助けてもらえそうな相手が居ないのですよ」
なるほど、それで何でも屋でもある冒険者、それも顔見知りの自分を頼ってきたわけか。
一つ目の回答に納得しつつ、次の条件を提示する。
「次に二つ目だけど、今回のお話を依頼としてちゃんと冒険者ギルドを通して出して欲しいかな」
「あ、でもヤマルは今日Cランクに上がったから依頼料が前回よりも増えてると思いますよ」
「うぐ……おめでたいのに素直に喜べない……」
まぁ一日早ければ依頼料がもう少し減ったと思えば彼の言葉も仕方ないが、こればかりはどうしようもないため諦めてもらおう。
「そして最後の条件。その依頼する代金を新商展の予算から出してほしい」
「……え、予算からですか? 自腹ではなく?」
「うん、予算から。自分のお金を一切使っちゃダメ」
「予算から出すとなると新商展用の商品に影響が出てしまいますが……」
「それでもダメ。そうでない場合残念だけど受けれないかなぁ」
「むむ……少し考えさせてください」
どうぞ、と彼に返し考える時間を与えると、今度はコロナとエルフィリアが何故予算から出させるのか尋ねて来た。
その質問内容にカイナも気になっているようで、一旦こちらの会話に耳を傾ける。
「理由としては自分達が手伝っても何も問題無い、って土壌作る為だね」
「土壌……ですか?」
「うん。例えばカイナさんが自腹で雇ったり、もしくはタダで手伝ってくれる人が居たらどうなると思う?」
「どうって……えーっと……」
「あぁ、そう言うことですか」
早くもカイナは自分が言いたい事が分かったようだ。
何故そんな話を持ち出したのか答えが分かったためか、先程より幾分かスッキリした顔をしている。
「つまりそれがまかり通ると、僕の同僚達も同じ事をしても何も言えなくなります。下手をしたら個人の交友関係や財産で圧倒的な差がスタート時点で出来てしまうわけですね」
「そういうこと。店主さんは予算内で商品を用意しろって言ってるけど、逆に言えば商品を用意するためなら予算内なら何をしても良いとも取れるんだよ」
「それなら予算内で雇い入れる分には経費として割り切れますね」
「しかも今ならCランク冒険者一人雇うことで、もれなくこちらの見目麗しきご令嬢の方々とおまけにマスコットが付いて来る! ってのはまぁ半分冗談だけど、実際お買い得だと思うよ。何せ仕事を自分達に割り振ることすら可能なんだし」
新商展の開催までまだ多少日にちはあるそうだが、その間全ての時間をカイナが使えるわけではない。
彼だって日々の生活があるし、その店舗で雇われている身だ。
だが自分達を雇うことで、彼が仕事をしている間でも新商展用の作業を代わりにすることが可能となる。
他にも当日に売り子をしたり手伝うことで接客だってスムーズになるだろう。
もちろんカイナが言うように雇う費用が掛かるため新商展用の予算が削られる。
人手を増やしても肝心要の商品が用意する余力が無ければ本末転倒なので、そこの判断は彼に一任するしかない。
「……何かヤマルさんの方が商売するのに向いてませんか?」
「まさか。基本あまり表に出るの苦手だし、やるとしても裏方に回ってる方が落ち着くし。さっきのノリだってこんな場所でこのメンバーじゃなきゃ無理だからね」
もしカイナと同じ立場になったら、自分ならきっと
人前に出ることに慣れ、声が良く通り、喋りの本職である吟遊詩人なら自分以上に上手く物を売ってくれるはずだ。
その間に自分は裏手であれこれやってる方が絶対に良い。
「そうなんですか? 結構慣れてるような印象ありましたが……」
「気のせいだよ。それでどうする? 自分を雇うとしたら多分これぐらいかかると思うけど……」
あくまで予想ですが、と前置きした上で先に掛かりそうな費用だけ教えておく。
指名依頼で金額が更に上がりそうではあるが、街中での危険の無い仕事のため費用が下がり、実際のところは普通のランク相応ぐらいだろう。
「確かに厳しいかもですが……。分かりました、今回もお願いします」
「了解。雇われたからには全力を尽くすからね」
正式な契約は冒険者ギルドでだが、とりあえずこの場で協力することを約束し互いに握手を交わす。
しかしここからが大変だろう。何せやることは山積みだ。
商売素人の自分がすぐ思いつくだけでもいくつか出てきたのだから、実際はもっとやることは増えていきそうである。
「ヤマルさん、早速ですが何から手を付けましょうか」
「……え、自分が決めて良いの?」
「商人としての視点以外でどうやるのか少し見てみたいのですよ。お願いできますか」
「まぁそう言うことなら……。あ、明らかにおかしい場合はすぐに言ってね」
カイナにフォローを頼みつつ、まず最初にやるべき事を考えると即座に二つの事が頭に浮かんだ。
出だしとしては多分これで合ってるだろう。もし変だったらカイナがすぐに教えてくれるはずだ。
「やりたい事は二つ。『情報を集める』と『商品の方向性を決める』……かな。とにかく手伝おうにも情報が丸っきり足りないし、進む方向を決めるためにもまずは皆で話し合いだね」
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