第192話 ドルンの準備と懐かしき依頼


「魔国に行くのか?」

「えぇ。それでギルドで何か把握してる情報とかあればそれを教えて欲しいと思いまして」

「そりゃ構わんぞ。ちなみにどこまでなら知っているんだ?」


 とりあえず昨日コロナとドルンから教えてもらった部分を職員へと伝える。

 大体の事を教えたところで、職員は少し思案した後こちらが欲しそうな情報を教えてくれた。


「まず気をつけることは魔国での道中でマガビトには注意しておけってことだな」

「マガビト?」


 聞いた事もない単語だ。

 彼が注意喚起をするのだからあまり良くない類の話なんだろう。


「マガビトってのは魔国に点在する少数民族でな。独自の文化を持ってるんだが、こちらと会話が出来ないからたまに襲われたりすることもあるんだ」

「あ、小鬼ゴブリンとか豚人オークとかの事?」

「そうだ」


 コロナの口からなにやら聞きなれた単語が飛び出してきた。

 ゴブリンやオークと言ったらあれだよな。色んなマンガとかゲームでお馴染みのやつ。


「めちゃくちゃ好戦的って訳でもないんだが、自分らのテリトリーに入ったものを廃する習性がある。たまに商隊が襲われたりすることもあるんだ」

「あの、魔物……ではないんですよね?」

「そうだなぁ。ついでにその辺のことも話しておくか」


 いいか、と前置きをしカウンターに肩肘をつく体勢で職員は話を続ける。


「そもそも俺やヤマルみたいな人間、嬢ちゃんらのような獣人・亜人らと魔国に住む魔族やマガビトは決定的に違う部分がある。誰か分かるか?」

「あぁ、知ってるぞ。魔族は確か体に魔石があるんだろ?」

「え、そうなの?!」


 ドルンの言葉に驚き思わず声をあげてしまう。

 魔石と言えば魔物の体内にある魔力の核のようなもの。これを使い魔道具など様々な物を動かすのに使うため冒険者らの飯の種でもある物だ。

 そんな物が魔族の体の中にあるなんて……。


「あぁ。同様にマガビトにも魔石はある。魔族やマガビトが魔物に近しい種族、なんて言うやつもいるが大体はこのせいだな。んで次はこの三種族の違いだ」


 同じ魔石を体内に宿すが、その性質は異なる。

 まず魔族は他の種族と会話が可能であり、また文化や技術等それらと遜色無いほどに発達している。姿も独特な物が体についているものの、一目で人と分かるのが魔族だ。

 マガビトは人間や獣人と亜人、更には同じ国に居る魔族とですら会話は出来ない。ただし彼らは彼らで独特の文化を形成し、専用の言葉を使っている形跡があると確認されている。

 とは言え知性や知識は劣るため、街道などで走る商隊や冒険者らを襲うことも稀にあるらしい。

 魔物はもはや言うまでもないので割愛された。

 こうして聞くとマガビトは魔族と魔物の間に位置するような種族なんじゃないかと言う感想が出てくる。


「俺が知ってるのは大体この辺りか。一応あっちにもギルドはあるから着いたら寄ってみるといいぞ。ここよりも現地の方が色んな話を聞けるだろうからな」

「分かりました、そうしてみます」


 ありがとうございました、と全員で職員に礼を言い一度カウンターから離れる。

 ギルド内にある空いてるテーブルの下まで再び戻り、皆で今後について改めて話し合うことにした。


「えーと、話を統合すると……とりあえず魔族の人は好戦的な種族ではなく自分達に対しても普通に接しそうってことで良いんだよね?」

「うん、そうだね」

「で、道中は普段の魔物だけではなくマガビトらにも気をつけるってことか。知性はそこそこあるみたいだから向こう刺激しなけりゃ基本放置ってことだね」

「そうですね。襲ってきたらどうしようもないですけど……」

「その辺は索敵の感度上げるしかないかなぁ。魔国の領内に入ったらポチは道中は大きくなって貰った方が良いかもしれないね」

「わふ!」


 自分の魔法とコロナとポチの気配察知にエルフィリアの目。

 常時全て使えるわけではないが、それでも警戒自体は普段以上に怠らない方がいいだろう。


「後はいつも通りの遠出の準備だね。食料品とかは……魔国への主要街道通るなら大きい道だろうし、道すがら買っていってもいいかもね。王都で買っても日持ちするの限られてるし。それから……」

「あー、ちょっと良いか?」


 皆で話し合っているとドルンが控えめに手を挙げる。彼にしては珍しい所作に思わず全員の目がドルンへと向けられる。


「ヤマルには前に軽く話したんだが、俺の盾を修理したいって言ったよな」

「あ、うん。それで何か手を加えたいみたいな話もしてたよね」


 丁度コロナとエルフィリアに対して色々はっちゃけてしまった後の話だ。

 ドルンと二人、彼の晩酌に付き合いながらどの様なものを作ろうとしているのか色々と話し合った。


「いざ魔国へ行こうとしているところ悪いんだが、盾の修繕と改修の為にまとまった時間が欲しい。あと金」

「最後にしれっとお金って言ってくれたけど、やっぱ時間も費用も掛かりそう?」

「そうだな。また長旅になるだろうし代用品じゃなくしっかりしたの作っておきたい。その為にしばらくはそっちに集中してぇんだ」


 ちなみにどれほど掛かるか費用の概算を聞いたところ、目が飛び出る……わけではないがやはり相応の金額を要求された。

 実際の所はドルン自身が作るので一番掛かりそうな人件費が無いのだが、それでも材料や新技術の導入や調整などでどうしても掛かってしまうらしい。


「金に関しては徐々にだが俺も工面するようにする。自分のやつだから流石に全て出してもらうわけにはいかねぇからな。ただ差し当たって今回の纏まった金を頼みたい」

「そうだね……俺としても前線で体を張るドルンの防具は重要だし、設備も整ってる王都に居る間に作れるなら作っちゃっても良いと思う。皆は?」

「うん。ドルンさんには色々とやってもらってるし、全然問題無いと思うよ」

「ドルンさんが前に出れないと私やヤマルさんも困りますし……」

「と言うわけで全会一致で承認されました。ドルン、遠慮なく良いの作っちゃって」


 親指を立て任せたと合図を送ると、ドルンも任せろとばかりに自分の胸板をドンと叩いてみせる。

 正確にはパーティー資金は自分の許可だけでいいのだが、皆の意見も聞けたほうが彼も踏ん切りがつきやすいだろう。

 反対意見出たら出たで問題の抽出にも使えるし。


「それでドルンはどこで作るの? やっぱ鍛冶ギルドの貸し工房?」

「いや、実はもうその辺は話はついててな。ここで商売やってる人間と少し懇意になった伝手で、そいつの工房の一角を貸してもらえる事になった」


 御代はドワーフの鍛冶を生で見学できると言った所か。

 また職人のいる工房を選んだのも、ドルンが今回の作るものに対し補佐をする鍛冶師が欲しかったと言う理由もあったそうだ。

 物が物だけに一人でやるよりは複数の手が欲しいらしい。

 そのドルンの申し出に職人らも二つ返事で了承し、現在は今か今かと待ち望んでいる程にテンションが上がっているとのこと。


「ドルンさん。その盾を作るのにどれ位時間が掛かりそうですか?」

「そうだな……なるべく早く仕上げたいところだが何せ物が物だ。最低でも十日、場合によってはもう少し掛かる可能性もある」

「ドルンにしては結構時間掛かるんだね」

「まぁ言っちゃ悪いがヤマルの銃剣そいつ作ったときみたいに周りに俺と同じドワーフが殆どいねぇからなぁ。人間の腕が悪いとは言わねぇが、そこはしょうがねぇ部分だ」


 まぁ慣れない工房に補佐が他種族なら仕方のない事か。

 それに工房自体が人間用に誂えているのだ。身長の低いドワーフが使うのであれば、質を求めるとどうしても他にしわ寄せがいってしまうのだろう。


「だから基本はほぼ工房に篭りっきりになるな。終わり次第連絡か合流はするが、その間は俺抜きで頼む」

「了解。んじゃ旅の準備は……ドルン合流後に合わせようか。それまでこっちはこっちでやれることやってみるよ」

「おう。んじゃ悪いが俺は早速行くことにするわ。なるべく早く終わっておきたいのは俺も一緒だしな」


 善は急げとばかりに席を立つドルンにパーティー資金から必要なお金を渡しその姿を見送る。

 なんとも慌しい感じではあるが、ドルンはドルンで新しい盾を作るのが楽しみで仕方ないのが何となく分かった。

 何せ最近はまともな鍛冶仕事は一切やっていない。

 工房が無かったのも理由の一つだが、これまで様々な製作に携わっていたのにそれが環境のせいでピタリと止まってしまったのだ。

 本人としてもそうなることは分かっていただろうけど、生活サイクルが変わると存外にストレスは溜まっていくのは身を持って知っている。

 なら今の内に好きにやってもらい発散させてしまうのが一番だろう。


「行っちゃいましたね」

「まぁドルンはうちのパーティーの壁だからね。現状壁に穴空いてるようなもんだし、修理は必須だよ」

「それでとりあえずどうするの? 依頼板のところにでも行く?」


 コロナの言葉に頷き、全員で依頼板の場所まで移動する。

 魔国の説明を受けたり内々で話し合っているうちに受注のピークは過ぎており、今日の分の依頼は殆ど捌ききった感じだった。

 残っているのは費用対効果が合わないなど不人気な依頼と、明らかに上位の冒険者が受けるであろう魔物の討伐依頼などである。


「流石にこの時間帯だと全然無いね」

「また明日改めて来る?」

「そうだね。もみくちゃにされそうだけど、やっぱりどんな依頼があるのかは把握しておきたいし……」


 朝のあの通勤ラッシュ時さながらの人の波に入るかと思うとげんなりするが、これもリーダーの勤めと腹を括ることにする。

 そんな明日の未来予想図にテンションが下がっていると、いつの間にか男性職員がこちらの隣までやってきていた。

 そして徐に彼は一枚の依頼書をこちらへと見せてくる。


「Cランク上がりたてだが、何か受けるもの決まってなかったらこいつ受注してくれねぇか?」

「どんな依頼? ……あー」


 依頼内容を見てこれか、と思わず声が漏れる。

 コロナやエルフィリアも興味深そうにこちらを見ていたので、彼女らに依頼書を渡し再び男性職員へと向き直った。


「懐かしいと思ってねぇか?」

「そうですね。でも……『風の軌跡うち』と組みたいって人出てきますかね」


 先程見た依頼書の内容は初めてラムダン以外の『風の爪』と出会った高ランクと低ランクによる合同依頼だ。

 今回めでたくCランクへと昇格したので、『風の軌跡』もCランクパーティーへと認定されるに至った。

 その為この依頼は指導側としてやってみてくれないかと言うギルドからの提案になる。


「でも正直俺が教えれることなんて無いんじゃないですかね」


 真っ当な手段じゃなくかなり変則的な形でランクアップしている。

 冒険者としての身体の強さも、それこそDランクどころかEやFの人にだって負けるぐらいだ。

 そんな人材に教えてもらうようなことは無いし、教えたところで向こうもいい気はしないだろう。

 だが予想外にも職員の見立てでは自分らと組みたいと思うパーティーはいるんじゃないかと告げられる。


「知らんのか、お前ら結構人気あるんだぞ。むしろ向こうから声掛けてくれるんじゃないか?」

「……それの人気って絶対自分以外の人気ですよね。それはそれで集まる人らがコロ達目当てで来そうで怖いんですが……」


 ミーハー根性丸出しで近づかれてもきっと碌なことにならない。

 特にコロナとエルフィリアはその見た目から多くの男性冒険者からも人気があるのは自分の耳に入っているし、ポチはポチで女性のハートをがっちり掴んでいる。

 そんな人らとパーティーを組んで、果たしてちゃんと依頼がこなせるのだろうかと言う不安がどうしても付き纏うのだ。


「まぁギルドとしては参加はして欲しいが、基本自主参加だからな。もし誰か組む相手が決まってこの依頼を受けるんならまた教えてくれ」


 それじゃあな、と手を振り男性職員はカウンターの方へと戻っていった。

 残された三人で依頼書を見ながら、改めてどうするか話し合う。


「ヤマル、それでどうするの?」

「うーん……受けるにしても誰と組むか、だよね。なるべく見知ったパーティーにしたいところだけど……」


 だが自分が知っているパーティーなんて『風の爪』か『フォーカラー』ぐらいでしかない。

 他にも顔を知っている冒険者らはいるが、殆ど係わり合いになった事が無いのでこちらと組むには少し勇気がいる。


「まぁこの依頼は組む相手が見つかったらってことでいこう」


 とりあえず自分らから探す必要も無しと判断を下す。

 借りてた合同依頼の依頼書は職員に返し、今日のところは冒険者ギルドを後にすることにした。

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