第188話 閑話・『風の軌跡』座談会~異性からの迫られ方・コロナの場合~
「んじゃ次はコロナの番だな」
「えぇ!? 何で私も?!」
「いや、どうせなら全員分見たいじゃねぇか」
なぁ?とまるでこちらに同意を促すかのように問いかけられる。
そしてその言葉に触発されるようユラリと立ち上がると、隣には同じ様にゆっくりと立つエルフィリアの姿があった。
「や、ヤマル? それにエルさんもちょっと落ち着いて……」
「大丈夫大丈夫、どうせ一回も二回も変わらないよ……」
「私もコロナさんが羞恥で顔を染める所を見てみたいです……」
二人して怪しいオーラを出しながら、まるでゾンビの如くコロナへとにじり寄っていく。
歴戦の猛者であるコロナもこちらを見て何か感じ取るものがあったのだろう。引きつった笑みを顔に貼り付けたまま一歩、また一歩と後ろへと下がっていった。
「や、あの、待って……!」
「コロ……」
「コロナさぁん……」
今にも逃げ出そうとコロナが踵を返そうとしたその時。いつの間にか彼女の後ろに立っていたドルンが彼女の肩を掴むようにしてそれを妨害する。
まるで錆び付いたブリキのオモチャのように顔を後ろに向けると、ドルンはそんなコロナの顔を見てゆっくりと首を横に振った。
「まぁ観念するんだな」
「ドルンさんのせいでしょーー!!」
悲痛なコロナの叫び声が部屋にこだまするも、その声を聞き入れる人は誰もいなかった。
◇
「う~……何でこんなことに……」
結局逃げ切れないと悟ったコロナは部屋の椅子に大人しく座っている。
死なば諸共のノリでやったが、結局これは自分の黒歴史がもう一個追加されるだけではないか。
いやでもどうせなら皆で苦労を分かち合いたいが……。
「んでヤマルよ。コロナをどういう手で落とすんだ?」
「そんな人を軽薄そうな男みたいに言わないでよ……」
「でもコロナさんが弱そうなやつとなると……どうなるんでしょう?」
「お前のように分かりやすい感じでもないしな」
ドルンにそう言われると先程の事を思い出したのか、エルフィリアの顔が一気に赤く染まる。
あの前髪に隠れた目はきっと非難めいた視線をドルンに送っていることだろう。
「あの、ヤマルもお手柔らかにね? エルさんの時の様な感じじゃなくて良いからね?」
「コロナさんも酷くないですか?!」
「あー、多分アレみたいにはならないよ」
「アレって! ヤマルさん、アレってー!!」
よっぽど自分がやられた手法がショックだったのか、エルフィリアにしては珍しく大声を上げこちらの肩を掴み揺さぶってくる。
そんな彼女を宥めすかしながらもコロナに対してはどうしようかと思案する。
(ん~……まぁ方向性は何となくは分かるんだよね)
エルフィリアが押しに弱いように、コロナにも似たようなものがあるのはこれまでの付き合いから何となく分かっている。
いや、弱いと言う言い方は適切では無いかもしれない。
どちらかと言えば憧れや希望に近しいものだろう。
ならばそれに従おうと決めるも、残念ながらちゃんと行おうとするならば現状ではあるものが足りなかった。
(う~ん……小道具欲しくなるところだけど……)
流石にこの場でのフリのためだけに用意するのは考え物だ。
持ち物の中に何か類似品か代用品になりそうな物がないか思い出そうとするも、残念ながら特に何も無いと言う結論に達する。
(まぁ無い物ねだりしても仕方無いし、後はその場の雰囲気で押し切る方向で行きますか。はぁ……何でこんなことに……)
心の中でトホホと肩を落とすも、エルフィリアの時と同様に再度気持ちを切り替える。
今回は俺様キャラを作ることもないし、あんな壁ドンみたいな特殊プレイをすることもない。
それを考えれば幾分かはマシだろう。
「んー、じゃぁやるよ」
「おー、やれやれ!」
やんややんやと先程の様に囃し立てるドルンにちょっとだけ恨みがましい視線を送り、その後コロナへと向き直る。
彼女の表情は今から何をされるのだろうと物凄く不安な面持ちだった。
……いやまぁ巻き込んだ手前何も言えないけど、自分はそこまで変なことするように見えるだろうか。
(さっきのが強烈過ぎたかなぁ……?)
自分でも実際にやるとは思っても見なかったし。と言うかあれをやる人間が本当にいるのだろうか。
もしあんな壁ドンを素でやれる人間がいたらある意味尊敬してしまうかもしれない。
「ヤマル?」
「あぁ、ごめんごめん」
ちょっと意識がそれた。
ふぅ、と一息吐いて再びコロナへと向き直る。
「あ、ヤマル。私も何か移動したりするほうがいいのかな……?」
「ううん、コロはそのまま座っててくれれば大丈夫だよ」
「そ、そう? ならそうしてるね……」
どうにも落ち着かない様子のコロナ。
このままだと彼女の精神衛生上あまりよくなさそうなので手早く済ませることにする。
「では改めて……」
コホン、と咳払い一つをして気持ちを切り替える。
そんなこちらの様子を未だ不安そうにしている彼女の前に立つ。ただしエルフィリアの時と違い密着はせず、普通に話すときぐらいに距離を置いた。
普段と同じ距離感に少しだけ小首をかしげるコロナだったが、そんな彼女の前で片膝を着き右手を伸ばす。
(うぅ、エルフィのときとは別ベクトルで恥ずかしい……)
今回選んだイメージとしては一昔前のベタベタな少女マンガのワンシーン。
これに決めたのはコロナは女の子扱いに憧れてる節があるからだ。
別に女の子扱いをしていないつもりはないのだが、度々自分に守られたい様な事を言っていたり、守られる立場であるレーヌを羨んでいたりしているのを何度か見ている。
だからコロナにはとことん女の子が憧れそうなことをすることにした。
……なお感性が違った場合は異世界だからとごまかすつもりである。
「コロ」
「はっ、はい!」
まるで面接を受ける人のように背筋を伸ばし佇まいを整えるコロナ。
普段と違う口調からどれだけ緊張しているかが窺える。
そんな彼女に向け極力真剣な表情をしたまま言葉を続けた。
「ずっと前から、一人の女の子としてコロの事が好きでした。結婚を前程に俺と付き合ってください」
「けっ――!?」
こちらの言ったことにコロナは驚き思わず口許を押さえながら勢いよく立ち上がった。
その反動で座っていた椅子が後ろに転がり倒れこむも、あまりのショックのせいか当の本人は気付きもしない。
そしてその横ではドルンが何やら楽しそうに感嘆の声を漏らし、エルフィリアはコロナ同様に口許を押さえ驚きを露にしていた。
「……どうかコロの答えを聞かせて下さい」
「え、ぅ、ぁ……」
顔を真っ赤にし言葉が中々出てこない様子のコロナ。
まぁ自分がやったのは文字通り告白のシーンだ。
それも『一人の女の子として』と言う部分を強調し、更にコロナが憧れそうな『結婚』を前提としての告白シーン。
欲を言えば小道具として婚約指輪が欲しかったけど、流石にそんなもの持ってるわけがないのでそこは諦めることにした。
そもそもこの世界に婚約指輪のシステムがあるかすら分からない。多分何かしらあるだろうけど今知らないなら意味は無い。
「えぅ、う……」
しかし羞恥に顔を赤くし表情がコロコロ変化するコロナはとても可愛らしい。
なんと言うか、ポチとは少し違う方向性の小動物的な可愛さである。
そしてこの様子だと誰がどう見ても効果覿面なのは明らかだった。これならドルンも納得してくれることだろう。
正直こっちもそろそろ真顔でいられるのも限界だ。すでに顔の表情筋がヒクつき始めて維持ができなくなってきている。
むしろエルフィリアの時とは別な意味で顔が赤くなりそうだった。
「とまぁ、コロを相手にするならこんな所で――」
「…………きゅぅ」
「ちょ、コロ!?」
自身の顔の変化をごまかすように切り上げようと声を出した瞬間、ポフンと何かが噴出すような幻聴が聞こえコロナが目を回しこちらへと倒れてきた。
反射的に前に出ては伸ばしていた手でその小柄な体を受け止める。
「コロ、大丈夫!?」
「うぁ~……」
「こりゃダメだな、完全にノビてるぞ」
どうやら色々と感情が回った結果、脳の処理能力とキャパシティを超えてしまったようだ。
赤い顔も羞恥による赤さではなく、どちらかと言えば熱暴走してるような赤みである。
「確かに落とせって言ったが、ちょっと思ってたのと落とし方違うな」
「いや、俺だってここまで真に受けるとか思ってなかったんだって!」
再度コロナに呼びかけるもうわごとのように小さく何かを言うだけで目を覚ます兆候が全く無い。
「ドルン、流石にもうお開きでいいよね?」
流石にコロナがこの状態ではドルンの晩酌の付き合いは無理だ。
酔いつぶれたのであればそのまま寝かせておくこともあるが、この状態では普通にベッドに運んだ方がいいだろう。
「ま、しゃーねぇか。あぁ、ヤマルはもちっと付き合え」
「? まぁいいけど……。エルフィ、コロを部屋に運ぶからちょっと手伝ってくれる?」
「あ、はい!」
完全にグロッキー状態のコロナを掬い上げるように両手で抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこの形だ。
本当なら背負いたいところだけど、部屋も隣と近い上にエルフィリアが手伝ってくれるのでこのまま運ぶ事にする。
「ヤマルさん、大丈夫ですか?」
「うん、コロは軽いから俺でも余裕だよ。さ、行こう」
軽くコロナを抱きかかえ直すが言葉通り本当にこの子は軽い。
以前チカクノ遺跡で彼女を肩車した時の事を思い出す。あの時は武具込みの重さだったので少しふら付いてしまった。
それぐらいの重量をこの体に普段から身に着け、誰よりも先に前に出てくれてることに改めて感謝の念が湧き出てくる。
「ヤマルさん?」
「あ、ごめんごめん」
部屋のドアを開け待っていたエルフィリアに謝りつつ、一度コロナを寝かせに自室を後にした。
◇
「戻ったよ」
「おぅ」
コロナを寝かせエルフィリアと廊下で別れ部屋に戻ると、ドルンは一人でチビリチビリと飲んでいた。
彼の対面の席に座り、先程まで飲んでいた自分の飲み物を一口程飲み込む。
「で、俺を呼んだのって単に相手が欲しいだけ……ってわけでもないよね」
「お。察しが良くなってきたじゃないか」
「そりゃまぁドルンともそれなりに一緒にいるわけだしさ」
考えてる事が全部分かるわけではないが、最近では今回の様に何となく用事がある様な雰囲気は察する事ができる様になってきている。
「ほれ、こないだのエンドーヴルでの戦いで俺の盾とか壊れただろ。折角王都に戻ってきたわけだし魔国行く前に修理がてら何かしら手を加えようと思ってな」
「それで俺の世界の知識が欲しい、と? と言っても知ってる分はそれなりに話したけど……」
旅の道中は結構時間がある。
その間にもドルンからの質問には極力答えた。
最初は実際にある武器などの話だったが、最近では逆にゲームやアニメなどの空想の産物の話がメインになっている。
単純に自分が銃等の技術的な仕組みが殆ど理解していなかったのもあるが、それ以上に突飛的なアイデアから成される摩訶不思議トンデモ空想武具の方が色々と刺激されるらしい。
それらを話す度にドルンから感心したような声が漏れたのは一度や二度ではなかった。
もちろんそれらの話を元に実際に何かを作り出されたことはまだ無い。ただ機会があればやってみたいと言っていたが……。
……つまりその機会が来たと言うことなのだろうか。
「いや、実はもう草案はあるんだ。設計図はこれからだが、何か思うところがあれば遠慮なく言って欲しい」
「ん、了解。それで今回作りたいと思っているのはドルンの盾だけ?」
「そうだな、優先度はまず俺の盾だ。時間と材料があればちっとコロナの防具にも手を加えたいと思ってる」
「コロの防具に?」
ドルンの盾はほぼ全壊してるので新調するのは分かる。
ただコロナの防具は傷はあるがまだ取り替えるような時期ではないのは彼女からも聞いているし、リーダーとして定期連絡の際に目の前の本人からも報告は受けていた。
そもそもコロナの防具は彼女自身が以前から使っている代物だ。それを手を加えるとなると素材を変えるとか、もしくは自分の防具のように少し装甲を追加するとかだろうか。
それについての疑問を口にするとドルンは違うとばかりに手を横に振る。
「防具に手を加えるとは言ったが、実際は攻撃寄りの改造だからな。具体的に言うとだ……」
そうしてドルンからその改造案とその経緯を教えてもらう。
話を聞くとなるほど、確かにこれは攻撃寄りの改造案だった。しかもこれは……。
「確かにこれならドルンだったら一度作ってるものだしいけそうだけど……」
「良いと思うか?」
「うん。これならコロの戦術広がりそうで良いと思う。まぁただ手を着ける前に当人に話はしておかないとね」
「だな。んじゃ次は俺の方だが……」
こうしてドルンの晩酌に付き合いながらも彼のアイデアに対し意見を交わす。
そして深夜と言えるほどの時間になるまで男二人でじっくりと話し合いを続けるのだった。
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