第187話 閑話・『風の軌跡』座談会~異性からの迫られ方・エルフィの場合~
それは夜のこと。
ドルンが晩酌に付き合えということで全員が自分の部屋に集まっていた。
だが残念なことにこのパーティーで酒を嗜むのはドルンのみ。
自分は飲めなくは無いが味が好きではなく、コロナとエルフィリアは弱いのかあっさりと酔ってしまい色々とはっちゃけた状態になってしまう。
ポチは言うまでも無く論外である。飲ませたことは無いが、人間換算だとしても多分まだまだ子どもの部類のはずだ。とても飲ませれるような歳ではない。
そう言った訳で普段は付き合う時は代わりに女性二人がおつまみを作ってくれるのだが、今日はそれ以外にも何か面白い話は無いかと言うことになった。
だが残念なことにここのメンバーはほぼ四六時中一緒の事が多い。
別行動しても大体夜には顔を合わせているので、仮に面白い事が起こったとしてもすぐに発覚してしまう。
どうしたものかと悩んでいるとドルンがこんなことを言い出した。
「つーかヤマルは二人のどっちかとくっつかねぇのか?」
「「ぶふっ!?」」
その言葉に果実水を飲んでいたコロナとエルフィリアが揃って口の中の物を噴出してしまう。
そして同じ様に二人とも飲み物が気管にでも入ったか激しくむせ始めた。
しばらくは治りそうに無かったので代わりに自分がテーブルの上に撒かれた果実水の残骸を拭くことにする。
「けほっ! えほっ……! ドルンさん、なんでそんな話に……」
「いや、何となくそう思っただけだぞ。別に仲が悪いわけでもないのに着かず離れずだろ? そんならいっそのとこくっついた方が早くねぇか?」
「けほ……いえ、あの、ドルンさん……。そう言うのはもっとこう……」
顔を真っ赤にした二人がドルンに問いかけるも、当の本人は何言ってるんだろうと言った感じであまり要領を得ていなさそうだ。
この辺は種族の差なのか、単に歳の差か……。あぁ、年齢だけならエルフィリアが一番上なので、精神的な年齢としてだ。
そもそも以前少しだけ話したことはあるが、自分が誰かとくっつく事は無いだろう。
「ヤマルはどうなんだ? 俺から見てもこいつらは申し分ないと思うが」
「前に……えーと、確かシンディが来た時にもちらっと言ったけど、自分は誰かとくっつくことはないよ。そもそも自分の世界に帰るつもりなんだし……」
「あー、そいやそうだったな。でもその間だけでも良いんじゃないのか?」
「流石にいなくなること前程で付き合うのは無責任すぎるしね。そりゃ二人が良い子なのは分かってるけど、やっぱりそう言うのは……ね?」
第一何かの拍子で子どもが出来てしまったらどう責任を取れというのか。
妻子捨てることが確定の旦那とかどう考えてもクズでしかない。
責任が取れない以上、自分がこの世界の人と付き合うなんてことはまず無いだろう。
「……一応聞いておくが別に男が好きってわけじゃないよな?」
「無い無い、俺は至ってノーマルだってば。そりゃ同性の方が気が楽な時はあるけど、付き合うのなら普通に女の子だよ」
まぁそもそも自分が女の子と付き合えるか怪しい気はする。
コロナやレーヌは好意的に見てもらえてるけど、恋愛感情があるかどうか……微妙そうだ。
エルフィリアは多分無い……かな? 時々何か怪しい視線は感じるけど……。
大体自分に明確に異性としての好意を向けてくれる稀有な存在なんているかすら……あ、フレデリカはその稀有な存在だったか。
でもあの子はまだまだ子どもだし、もう数年したら普通に同世代のもっと良い男の子に恋焦がれると思う。
そう言えばまだ謹慎しているのだろうか。
あの行動力なら謹慎解けたらここに来そうな気はするけど……まぁ来たら来たでちょっと対応に困るかもしれない。
「そっ、そーゆードルンさんはどーなんですか?! 確か奥さんいましたよね! 私馴れ初めとか聞きたいなー?!」
まるで自身に向けられた話題を返すかのように大きい声でコロナがドルンへと問いかける。
ドルンはこのパーティーで唯一の既婚者だ。ドワーフの村で奥さんとは何度か顔を合わせている。
「うちの母ちゃんとのか? つっても残念だがそんなもんねーぞ?」
「えぇ……」
「そんな不満そうな顔されてもな。俺とあいつは幼馴染みでな。基本昔から一緒にいたからそのまま自然にだったな」
ドルンの奥さんの事を頭の中で思い出す。
一言で表すなら肝っ玉母ちゃんと言った人だった。
ドワーフの種族体型でずんぐりむっくりなせいか輪をかけてそのイメージが強い。
ドルンと一緒にいるときは熟年夫婦と言うより無二の相棒って感じだったのは、彼が言うように付き合いの長さなんだろう。
ちなみに夫婦仲は良好。ドルンがつけている髭のリボンも、以前奥さんのプレゼントだと自慢していた。
「だからそのまま付き合いの延長って感じだから、お前さんらが望んでるような甘酸っぱい思い出とかはねぇぞ?」
「ぶぅ……」
「でもドルンさんならそのような感じが似合いそうですね。職人気質ですし……」
まぁ確かにドルンに一番合いそうな感じではある。
こんな厳つい彼が顔を緩め砂糖吐きそうな甘い内容を語られても反応に困ってしまうだろう。
「似合いそうって言えばヤマルなんかはグイグイ来る女に弱そうなイメージあるな」
「「あー……」」
「皆酷くない?!」
何か満場一致で納得されてしまった。
そんなに押しの強い女性に弱そうに見えたのか。
……いや、まぁあんまし否定は出来ないけど。正直どう接していいのかよく分からないし。
「でもヤマルって押しの強い人相手だとあまり強く出れなかったよね。マルティナさんとかスーリさんとかルーシュさんとか」
「うぐ……」
「あ、でもヤマルさんらしいって言いますか……」
「そう言うエルフィだって押しに弱そうじゃんか……」
「「確かに」」
「そ、そんなことないですよ!!」
だがコロナもドルンも完全に疑いの眼差しでエルフィリアを見ていた。
多分俺も二人と似たような顔をしているんだろう。
「ヤマル、試しにあいつに迫ってみてくれ」
「なんでさ?!」
「いやぁ、あのエルフが本当に弱くないってか試してもらいてぇなぁと。後はたまにはおもしれぇの見たいなぁってとこだ」
「えぇ……」
そんな無茶苦茶な。
「ほれ、いつもお前の武器のメンテとかしてんだし労ってくれよ。お、どうせならお前の世界での何か面白い女の落とし方とか無いのか?」
「ドルン、酔ってるでしょ……」
「ばっか、ドワーフがこの程度で酔うかよ。ほれ、ほれ」
早くしろとせっつくドルンに困りどうしたもんかとエルフィリアの方を見るも、彼女も頬を染め困り果てている様子だった。
じゃぁコロナに助け舟を出してもらおうとそちらを見ると、意外なことに興味あるような顔をしている。
「……え、コロ止めてくれないの?」
「え、あ、えーと……ちょっとヤマルの世界の異性の落とし方に興味があると言うか……」
自分から視線を逸らし申し訳なさそうにしながらも、コロナはチラチラとこちらを窺っている。
どうしよう、彼女だけは自分の味方だと思ってたのに……。
そしてこのパーティーにおいて割と発言力の高い二人が見たいと言い出したらもう止め様がない。
やるしかないか、と諦め半分で内心ため息を吐き、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「じゃぁまぁ……エルフィ、ちょっとだけ協力してくれる?」
「あ、はい……。その、お手柔らかに……」
「まぁフリだからね? 大体俺だってそんなことしたことないし……。あ、一応言っておくけど知識だけで本当にやったこと無いからね?」
「おぅ、分かったからまずは見せてくれよ」
見るほうは気楽で良いなぁ。
とりあえず何をしようか。一応マンガや小説で出てきそうなシーンでエルフィリアが弱そうなのと言えば……。
……あれか。いや、でも……うぅん……。
「ヤマル、どうしたの? 何も無かったとか?」
「いや、あるにはあったんだけど……やるの滅茶苦茶恥ずかしいんだけど……」
「ほぅ、そりゃ楽しみだな」
まじでやるのか、あれ……。
……仕方ないか。まぁフリなんだし腹を括ってとっとと済ませた方がいいかもしれない。
「じゃぁエルフィ、悪いんだけど部屋の端っこに行って壁を背に立ってくれる?」
「あ、はい。……こうですか?」
こちらの言うことに従いちゃんと動いてくれるエルフィリアを見ていると健気さで泣けてきそうだ。
果たして今から彼女はどんな顔をするんだろう。
そもそもこの世界の住人の感性だとあれはいいのかどうかすら分からない。
……まぁ受けが悪くてもそんなもんだと割り切ることにしよう。発案者自分じゃないし。
「んじゃエルフィみたいな女の子が弱そうな迫り方のシーンしまーす」
「おー、やれやれー!」
「ヤマル、エルさん、頑張って!」
本当に見てる側は気楽で羨ましい。
さて、気持ち切り替えて気合を入れよう。でないと恥ずかしさでまともに出来そうにないし……。
ふぅ、と息を一度吐き、エルフィリアの正面に立つ。
丁度自分がエルフィリアを隠している格好になっていたので、ドルン達が椅子ごと横に移動しているのが音でわかった。
「あ、あの、ヤマルさん……ちょっと近いような……ひっ?!」
ダン! とエルフィリアの顔の横を通り過ぎるように右手を壁に強く叩きつける。
いわゆる壁ドンと言うヤツだ。多分やり方は間違ってないはず。
いきなりの事に驚きエルフィリアは体を少し竦めてしまっていた。
「えと、あの……」
良く分からない様子でこちらを見上げる彼女に対し少しだけ顔を近づける。
……うぅ、顔が近い。なんか良い匂いするし現実に引き戻されそうだ。
だが今はダメと心の中で首を振る。
今の自分は俺様系男子だ。イメージしろ、自分が思うそう言う男を。
真逆の性格な同性になりきれるか怪しいところではあるが、始めてしまった以上後は突っ走るだけである。
「エルフィ」
「はっ、はひ!?」
更にもう少しだけ顔を近づけ名前を呼ぶと、エルフィリアが途端に挙動不審になる。
前髪で目は見えないが、多分今物凄い勢いで上下左右に動いていそうだ。
すると先にあちらの方が限界が来たらしく、空いた左の方から逃げようと動き始める。
だが先に左腕を差し込んで進路を妨害した。
本当なら右手の様にもっと強くするんだろうが、残念ながらまだコロナ達が目を光らせているので控えめにしておく。
そんな逃げ道を塞がれたエルフィリアは自分の両腕に囲まれ更に慌てだす。
「えとあのその、ヤマルさんもういいんじゃないかなって私思ったり……」
「エルフィ、こっちを見て」
「いえあの……」
「見るんだ」
少し強めの語気で言うと震えながらもこちらの顔を見つめ返してくる。
彼女の目が見えなくて本当に助かったかもしれない。とてもじゃないがこんな至近距離で女の子と見つめ合うとか自分には絶対無理だ。
その間にも後ろの二人がなにやら感心したかのような声を漏らしているのが聞こえる。
コロナに至ってはわぁ、とか、おぉ、とか感嘆詞しか聞こえてこない。
「……なぁ、俺のものになれよ」
「ふぇっ!? え、あの……」
「答えは『はい』か『分かりました』だ。それで返事は?」
「いえ、その、えと……」
「……」
「だから……私は、あぅ……ヤマルさんの……」
「…………」
「は、はひ……」
ぷしー、と音が聞こえそうなぐらい顔を真っ赤するエルフィリア。そして彼女は精神の限界が超えたのかその場にへたり込んでしまった。
それを見てはこちらもしゃがみ込み、そして同じ様に床にへたり込みがっくりと肩を落とす。
「うぅぅあぁぁ……恥ずかしすぎて死にそう……」
間違いなく人生の黒歴史が誕生したシーンだ。
あまりの羞恥に顔を両手で覆い、もやは誰の顔も見ることが出来ない。
「はっはっは! いやー、すげぇもん見せてもらったわ! 異世界ってのは本当に面白いことあるもんだなぁ、初めて見たぞ!」
「もぅそれ以上言わないで……」
「エルさん、大丈夫? と言うより完全にフリなの忘れて流されてなかった?」
「うぅ、それは……でもあんなのずるいですよぅ……」
結局やった側がやられた側を盛大に巻き込んで自爆した形になったものの、とりあえずドルンは満足してくれた。
そしてこの後被害者がコロナへと変わっていくのだが、この時はそうなるとはドルン以外知る由もない事だった。
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