第181話 責任の取り方
「うわ……」
戦闘が終わりポチとエルフィリアを連れデッドリーベアのところまでやってきた。
多数の武器がその身を貫き地面に縫い付けられている。
武蔵坊弁慶ももしかしたら最後はこんな感じだったのだろうか、と思えるような光景。
ただあちらと違うのは立ったまま亡くなった弁慶に対し、こちらは寝転んだまままだ生きていると言うこと。
現在も杭とロープを使い、更に押さえつける為の作業を冒険者らが続けている。
「飛ばされた時は余裕ありませんでしたけど、こうして見ると大きいですね……」
「ほんと、よく俺ら無事だったよね……」
実際はエルフィリアを庇ったため左腕が折れたが、この太い腕で攻撃されて骨折で済んだと思えば運が良かったのだと思えてくる。
と言うかこいつの腕、俺の胴より明らかに太い。
こんな腕を振り回し爪で薙いでくるような相手に正面切って戦えるここの冒険者の凄さを改めて感じてしまう。
やはりにわか冒険者の自分とは腕も場数も何もかもが違うようだ。
「エルフィ。悪いんだけどカバンからスマホ取ってくれる?」
「あ、はい。分かりました」
彼女にスマホを取ってもらい、代わりに銃剣を渡してはそのまま持ってもらう。
小間使いみたいな事をさせて申し訳ないと思いながらもスマホを起動し、まずはカメラでデッドリーベアを様々な角度から撮っていく。
シャッター音を聞いた周りの皆から珍しい物を見るような目を向けられつつ、一通り撮り終えると次は動画モードに切り替えた。
あんまりこの様なのは撮りたくは無いが、王都に戻ったときに色々説明しないといけないのは目に見えている。その際に画像があるとないとでは説得力が全く違ってくる。
それに……『トライデント』にも連絡はしなければならない。こんなやつだが、あいつの最後がどうだったかぐらいはきちんと伝えなければ駄目だろう。
そう、最後である。
罪人の捕縛ならいざしらず、この様な魔物に成り果てた者を生かすのは難しいのは自分でも感じている。
理性があればまたましも、もはやここにいるのは形だけの残滓に近い。
家畜を襲い、人を殺めかけ、仇なす存在となった魔物の末路など決まっているのだ。
「若様、こっちです」
そんな風に記録を録っていると、戦っていた冒険者の一人が若様ことラウザを呼びよせる。
兵士に囲まれた彼がやってきては周囲もさらに警戒の体勢をとった。
「皆さん、こちらの希望を叶えて頂きありがとうございます」
「まぁ若様の頼みだからな。正直無理と思ってたが、そこの兄ちゃんらも協力してくれたお陰でなんとかなった」
その言葉にラウザがこちらに向け軽く一礼したので、それを見てこちらも一礼を返す。
「皆さんには無理を言った代わりに今回の
「おっしゃ!!」
「さすが若様!」
その言葉に回りの冒険者らは歓喜し、ラウザを称える声が響き渡る。
そして彼らが一頻り騒いだのを見計らいラウザが軽く手をあげると、その喧騒も次第に納まっていった。
「では最後の仕上げに入ります。皆さんは魔物が暴れださぬよう警戒をお願いします」
全員の顔が引き締まり、頷きを以って了解の意を返す。
デッドリーベアが暴れださぬよう警戒しながら、ラウザはレイサンの頭へと歩み寄る。
対するレイサンと言えば魔法を使われないよう今も首にはきつくボーラが巻かれていた。
あれだけきつく巻かれてたら息が出来ないものだが、他の頭があるためか痛みはあれど息苦しさは感じてない様子だ。
「もはや交わす言葉も不要ですね。名も知らぬ者に狩られるぐらいなら、せめて僕の手で討ってあげましょう」
「……ぁ、っ……」
漏れ聞こえる声から何を言おうとしているのか分からない。
ただその顔は暗く、だが薄ら笑みを浮かべていた。
これから殺されると言うのに……いや、これから殺されるからこそ、相手に嫌な印象を与えてやろうと言わんばかりの顔だ。
「レイサン=ドラムス。我が領地に害を与え民と財を奪い傷つけたその暴挙、エンドーヴル領主代行ラウザ=エンドーヴルがその罪を裁く!」
強い口調でレイサンの名と罪状を告げるとラウザは腰に佩いた長剣を抜き放つ。
そして部下にレイサンの顔を横に向けさせると、剣を逆手に持ち躊躇うこと無くこめかみに突き立てた。
血飛沫が舞い頭蓋骨が貫かれる嫌な音。その直後レイサンの頭が力無く地面に横たわる。
人……と言って良いかは分からないが、明確に人が殺される瞬間を初めて目の当たりにし、胃の方から何かこみ上げてくるものがあった。
吐きそうになるのを堪え視線を横に向けると、デッドリーベアの本体がのた打ち回っているのが見える。
だが残念なことにもはや起き上がることもままならぬほどに押さえられている為脅威にはなりえそうにない。
「本来は首を落とし国元に戻して弔うべきでしょうが、この様な状態ではそれもままなりませんからね。……皆さん、恐らくこれは後日王都に運ぶ事になると思います。なのでなるべく原型を留める形でお願いします」
その言葉に誰も彼もがやっぱりそうか、と言った表情をしている。
この様な規格外の魔物を従来通りに解体は出来ないだろう。
しかるべき場所で調査されるのは目に見えている。
むしろこんな人間の顔がついた魔物をばらすなんて誰もしたくないため、安堵の表情を浮かべるものすらいた程だ。
「……じゃぁ次は俺の番かな。エルフィ、武器返してくれる?」
「え、あの……はい」
スマホをポケットにしまい何か言いたそうなエルフィリアから銃剣を返してもらう。
マガジンはいつの間にか取れていたので、こちらに来る前に彼女に代わりに予備のを挿し込んで貰った。トリガーを引けばすぐにでも攻撃が出来る状態だ。
「…………」
「殺ス……! 貴様ハ、殺ス殺ス殺ス!!」
近づきマッドを見下ろすも牙を剥き射殺さんばかりの目で怨嗟の声を出すだけ。
こちらを認識はしているようだがとても話が出来る状態には見えなかった。
「……おい、兄ちゃん。そいつやるのか?」
「そう……ですね。気乗りはしませんが自分が責任持ってやります」
冒険者のリーダー格の男性の問いかけにそう答え銃剣の穂先をマッドの頭へ向ける。
流石にこの至近距離で動かぬ相手なら外すことは無い。一撃で脳天を貫き命を奪い去れるはずだ。
「ヤマル、待って!!」
するとそれまで少し離れていたコロナが慌ててこちらに駆け寄ってきた。
彼女は隣まで来るとこちらの持っていた銃剣を握りその角度を横へと逸らす。
「ダメだよ、ヤマルがこんなことしちゃ……」
「でもこれは他の人にやらせるわけにはいかないよ。コロなんか特にそうじゃないか」
正直自分だってこんなことはしたくない。
でも昔一緒のクランにいたコロナには絶対こんなことはさせれない。
他の冒険者らに任せることも出来なくは無いが、マッドがこうなった原因の一端はきっと自分にもあるのだろう。
目の前の憎悪に満ちたマッドの顔がそれを物語っている。
「でも……」
「こいつには責任を取ってもらう。そして俺も責任を負う。それだけだよ。……ドルン!」
「おぅ。コロナ、行くぞ」
「あ、ちょっと! ドルンさん、離して!!」
流石のコロナと言えど純粋な力ではドルンに及ばない。
彼に腕を捕まれ、そのまま半強制的にこの場から連行されていった。離れた先でもこちらに戻ろうとじたばたともがいているのが見て取れる。
「ポチとエルフィも離れて。見ててあんまり気持ちの良いものでもないしね」
「その……はい」
「わふ……」
二人ともあまり納得していないようだったが、こちらの言葉に従いコロナ達の方に向かっていった。
残ったのは自分だけ。再び銃剣の穂先をマッドの頭へと向け直す。
「……お前がどうしてそうなったか色々聞きたいところだけど、もう無理なんだよな?」
「殺ス殺ス殺ス殺ス……!」
壊れた音楽プレーヤーのようにもはや殺すの三文字を繰り返すだけのマッド。
会話もままならぬその姿に怒りよりも憐憫を感じてしまう。
「コロにもさっき言ったけど、お前には責任を取ってもらう。もはや危険生物となったからには放ってはおけないからね。だけどお前がそうなった理由の一端が俺にあるなら、その責任は俺も負ってやるよ」
全く、本当にどうしてこうなった。
一体どこで対応を間違えたのか。
裁判時に完膚なきまでに叩きのめしたときか?
それとも店でこいつにボコボコにされたときか?
しかし考えても答えは出てこない。仮に出てきたとしても、もはやどうにもなる状態でもない。
(……引き金が重い)
軽く扱いやすいのがこの武器の特徴なのに、今に限って引き金が物凄く硬く感じる。
こいつには殴られ、殺されかけ、謂れなき罪を被されかけた。
どう考えてもまともな間柄ではないはずなのに、それでも重く感じるのはこんな相手に対してでも命を感じてしまうからだろうか。
はぁ、と心の中に溜まった色々な感情を外に出すよう大きく息を吐く。
(重いのは当然。そして自分は責任を負うと言ったしその気持ちに嘘は無い)
今日と言う日を忘れないことを心に深く刻み込む。
そして自分の意思と責任の下、色々な迷いを振り切るよう思い切り引き金を引いた。
◇
マッドを撃った後、色んな事が一度に起こり振り回されるようにその日は過ぎていった。
まずコロナ達が駆け寄ってきて色んな事を言われたと思う。
多分大丈夫だったとかその辺だったと思うが、正直あまり覚えていない。
彼女らに半ばもみくちゃにされている間、デッドリーベア本体は地元の冒険者が片を付けた。
その後は確か宿に帰って休もうとしたところでラウザに呼び止められた。
あのデッドリーベアの死体の腐敗を防ぐような魔法は無いかと言う相談だった。もちろん聞かれたのはエルフィリアだ。
しかしその手の魔法は無いとエルフィリアに言われ残念そうにしていたラウザに自分から声をかけた。
何かあれが入る箱の様な物が用意できれば氷付けにすることが出来るがそれでも良いかと。
その言葉にラウザは二つ返事を以て返し、彼の指示の元しばらくして巨大な木箱が運ばれてきた。
一体どこから、と思ったものの、どうやら余っている農業用の馬車の荷台を拝借してきたらしい。
その中に《
その後は血抜き処理をしたデッドリーベアを中に入れ、水を入れては凍らせるの繰り返し。
箱の上限ギリギリまでその作業を繰り返すと、デッドリーベアの氷漬けの完成だ。
後は王都に運びきるまでは毎日氷の張りなおしを行う。
これは今回の
そして全てが終わり今度こそ宿に戻ろうとしたところで更にイベントに出くわしてしまう。
街の外の方から隊列を成した馬車が見えたかと思うと、なんとこちらに近づいてきたのだ。
流石にこのあたりは馬車が乗り入れれるほど地面が整っているわけではないため、もっとも近いところで馬車が止まり中から高貴そうな人が降りてくる。
黒を基調とした貴族服とでも言えばいいのだろうか。
大よそこの場に不釣合いな五十歳ぐらいの男性。
緑色の髪をオールバックに整えた男性は、顔に歳相応の皺があるものの大人の色気をかもし出してそうなナイスミドルと形容できる人だった。
そしてその隣には銀髪を纏め上げたドレス風の服装の女性。
歳は男性と違いまだまだ若い。女性の年齢を伺うのは失礼かもしれないが、パッと見で三十前後といった所。
一体誰だろうと思っていると、隣にいたラウザが誰よりも先に前に出て二人を出迎える。
あまりにも見覚えが無いため近くにいた人を捕まえ誰なのか聞いたところ、何とここの領主夫妻――つまりラウザの父とレーヌの母だった。
確かに言われて見れば二人の面影がそれぞれの子どもに出ているような気がする。
そう言えば帰ってくるのは今日だった。確か夫妻の帰宅日程を先日ラウザに言われたことを思い出す。
本来のここに来た目的も少し忘れかけていたが、領主一家と使用人に手紙を渡すのが当初の目的だ。
夫妻と話しているラウザにタイミングを見計らいその事を訊ねるも、流石に今回の事後処理や今後の対応、引継ぎなどやるべき事が山ほどある為、時間が空くまで少し待って欲しいとのお達しを受けることとなる。
その後も自分でしかやれない事を色々とこなし、気付けば時刻は日も暮れ夜へ。
色々と――本当に色々あった一日がようやく終わろうとしていた。
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