第182話 今日を振り返って


(……眠れない)


 色々あって疲れているはずなのに全然眠気がやってこない。

 灯りも消してベッドに横になって目も瞑ってるのにどうしても今日の事が頭に浮かんできてしまう。

 日中は目まぐるしく色々な事に追われていたため何かを考える余裕など無かったのだが、こうして一人落ち着いた時間が来ると否が応でも色々と考えてしまう。


(とりあえず王都に帰ってからも大変そうだなぁ……)


 デッドリーベアの氷漬け処理の後の事を思い出す。

 あの後スマホを使いメムに連絡を取った。もちろん今回の話、特にレイサンの件でだ。

 救世主組を呼ぶ原因を作ったレイサンは呼び出された彼らによって捕縛されるに至った。

 王都に連行された後はどの様なことになっていたのかは知らないものの、捕まっていたレイサンはいつの間にか牢から逃げ忽然と姿を消していた。

 今も王都では彼の行方を追っていたはずである。

 その為にメム経由で事情を知ってそうな人を呼んでもらった。どの辺りまでこの件に対して知ってる人がいるか分からなかったので、対象は摂政、セーヴァ、スヴェルク、サイファスを選んだ。

 切迫した口調で緊急案件と言った所でメムは察してくれたらしく、誰も彼もが忙しいと思われる中折り返しの連絡が来るまで一時間も掛からなかった。本当に良く出来たロボットである。

 そしてどの様な手段を用いたのか不明だが全員がメムの前に集まってくれた。その事に少々驚きながらも今回の件については包み隠さず全員へ打ち明けた。

 もちろんこの会話については通信機能が無いこの世界においては非公式であり、後日エンドーヴル家より正式な報告が上がると付け加えておいた。


 ともあれ行方知れずだった者が発見されたこと自体は喜ばしいことだったが、それがあのような姿で更に討たれた後と言うのはあまり良くない話だ。

 これについてはラウザの指摘通り、彼が討った事が一番形としては良かったらしい。

 その点だけは不幸中の幸いとも言え、機転を利かせたラウザには摂政も感謝してくれていた。


 後は摂政に頼み、獣亜連合国のクラン『トライデント』にマッドの件について一筆したためてもらう約束を取り付ける。

 レイサンと同じ様な姿になっていた獣人が顔見知りであり、どこの誰かが分かっており、しかも下手すれば拘留中だった人物である。

 国元に戻すにしてもこちらで何かするにしても、あちらには一報を入れておいた方がいいだろう。

 向こうには自分の名前を出せば大体分かってくれることも伝えておいた。


 そして王都に戻ってから今日の詳細についての報告会が開催される事が決まる。

 エンドーヴル家を交えた公式な場と、自分含め異世界人組の非公式の二回行うことが決まった。

 後者は異世界人らが関わっている以上仕方のない事だろう。

 ちなみに自分は実際に対応した冒険者としては前者の会議に、色々込み入った事情を知ってる異世界人の一人として後者の会議にと両方出るようにと要請された。

 自分でも色々と話すべきと思っていたので、この件については二つ返事で了承をする。


(写真や動画撮っておいて良かったかも)


 色々喋るよりも実際の光景を見てもらって、その上で補足説明をする方が個人的に楽が出来るし皆も分かってくれるはずだ。

 こういうときこの世界にスマホを持ち込めたことは幸運だと思う。

 帰りのカーゴの中でレポート書いてもいいかもしれない。王都まで時間は結構あるし、草案程度なら多分作れるだろう。


(後は……あぁ、そいえばコロナ達が謝りに来た時はびっくりしたなぁ)


 夕食も済みドルンと一緒に武具のことについて話していたときの事だ。

 今回のことで左腕の防具を中心に色々と破損をしてしまったので修理とメンテのために打ち合わせをしていると、ポチを抱えたコロナとエルフィリアが部屋にやってきた。

 なにやら神妙な面持ちだったのでどうしたのかと聞いたところ、いきなり三人とも自分に対し謝りだした。

 彼女らが謝るようなことをした覚えが無く、何か自分が知らないところで事件に巻き込まれたかと心配するもどうやら杞憂だったようで胸を撫で下ろす。

 そして彼女達に詳しく話を聞いたところ、どうも全員デッドリーベア戦での戦いのことを謝りたいとの事だった。


 コロナは護衛なのに守りきれず怪我をさせてしまったことで。

 エルフィリアは彼女を庇ったがために怪我をさせてしまったことで。

 ポチも距離を置けず怪我をさせてしまったことで。

 要約すると『ヤマルが怪我を負ったのは自分のせい』と思い込んでるらしい。だから揃って謝りに来たのだそうだ。


(全然コロナ達のせいじゃなかったのにね)


 そのときの事を思い出して少し笑みがこぼれる。

 これは彼女達にも言ったことだが、まずコロナが前で戦ってくれてたから後ろの自分達まで攻撃が殆ど来なかった。あの跳躍は初見だったし防ぎようがないだろう。

 そもそも前に出るよう言ったのは他ならぬ自分である。なのでコロナの責任では全くないはずだ。

 ……まぁ当人はそれでもマッドへの攻撃を躊躇ったために怪我させてしまったと責任を感じてた。


 エルフィリアにいたっては庇ったのは咄嗟のことだったからこれも彼女のせいではない。

 むしろあの状況なら自分で無くても皆同じ行動をとっただろう。

 それに彼女が防御魔法を掛けてくれたからこそ、死にかねない攻撃が骨折ぐらいで済んだと見ていいはずだ。

 だからエルフィリアに感謝こそすれど、謝罪を貰うような立場では断じて無い。


 ポチだって同じだ。

 攻撃を避けられなかったと言うが、そもそもポチがいなければ自分なんか跳躍からの初撃でペシャンコである。

 ポチが一撃目をかわしてくれたから、全員怪我で済んだのだ。

 これもエルフィリア同様に感謝の案件であり、謝られるようなことではない。


 つまるところ彼女たちが責任を感じることは何一つ無い。むしろ自分の方から守ってくれてありがとうと言うべきところだと皆に告げた。


 もちろんこれはドルンにも言える。

 左腕の部分は壊れてしまったものの、この防具もドルンが補修や改修をして手を加えたおかげで守ってくれた部分もあるだろう。

 それに彼もコロナ同様前線に出ずっぱりだった。むしろ壁役としてコロナ以上にデッドリーベアと戦っていた。

 部屋の壁に立てかけられたドルンの二枚の盾は敵の猛攻に耐え抜いたものの、表面はベコベコに凹み爪跡やらで深く傷ついている。

 むしろこの状態でよく盾としての機能を失わずに済んでいる事が驚きだ。

 盾の硬度も十分あるのだろうが、それ以上に壊れない作り方をしているのだろうと素人目ながらも感じてしまう程だ。


 その後はコロナらも交えての装備の話となった。

 コロナ自身は攻撃をほぼ食らってなかったとは言うものの、やはりあの手の強敵後は一度しっかり見たいと言うのはドルンの言葉。

 鍛冶師としては十全に力を出せるよう働きかけるものの、それが叶わぬのならせめてどこが悪いのか使い手と一緒に情報を共有したいそうだ。

 何せ壊れた武器を使わせるほど恐ろしいものは無い。

 明らかに折れてるなどはまだマシな方で、一見なんともない武器が実際はいつ壊れるか分からない物だったなんて全く以て笑えない。

 出先で一振りしただけで壊れたなんてそれこそ死活問題だろう。

 そう言うわけで明日のドルンの予定は三人の武具の補修と診断、及びメンテに決まった。

 ちなみにエルフィリアとポチの装備はドルンでは魔術要素が多すぎて手が出せないため、自分でやって欲しいとの事だった。


(明日、明日かぁ……)


 本来なら手紙を領主に渡す予定だったが後日に回ったので丸々一日空いている。

 流石に自分もこの怪我では仕事は出来ない。そもそも装備がメンテナンスでは怪我が無くても無理だった。

 公的依頼ミッションの報酬を貰って……それからはまぁ自由時間にでもしよう。

 どうせやることないし、昼寝もたまには……。


(昼寝……出来るかなぁ)


 時間的な意味合いではなくそもそも寝られるのか、と言う点で不安を覚える。

 そもそももうとっくに寝て無くてはいけない時間なのにやはり全然眠くならない。不眠症になってしまったのでは無いかと不安になるほどだ。

 やっぱりマッドを撃ったのが一番の原因だろう。あいつの最後は今も脳裏に焼きついてる。

 元同クランでもあるコロナにさせたくなかったのと、マッドがあのようになった原因の一端が自分にあると思い最終的には自分が手を汚すことにした。

 ……だけど今だから分かる。

 コロナには元メンバーだからやらせたくないと言ったが、そもそも自分は現『トライデント』にそれをやらせようとしていた。

 今自分が感じてるこんな気持ちを……いや、仲間内と言うことならそれ以上のことをやらせようとしていたと言うことになる。

 もちろん本気で殺し殺される関係になるとは思ってなかった。あれ自体はマッドに対する抑止力になると思ってのことだった。

 でも契約をした以上そうなることになる可能性は十分あったはずだ。


(結局考えが全然足りてなかったよなぁ、あの時はマッドをボコボコにしてやろうって気概だけで動いてたもんだし……。これも自分に対する罰みたいなもんと思えば納得の形ではあるよな……)


 自分の現状を鑑みては思わず自嘲気味な笑みがこぼれてしまう。

 自業自得と言わんばかりの状態では無いか。意識してなかったとは言え人に押し付けてた物を自分で処理したようなものである。

 そして考えが落ち着いたところでやはり眠気のねの字すらないことに嘆息も漏らす。


(……ダメだ。レポートでも書こうかな)


 寝られないなら別のことをしようと思うのは日本人のもったいない精神だろうか。

 上体を起こすと布団の上で寝ていたポチが目を覚ましたので、そのまま寝てて良いよと抱き上げては再度元の位置へと戻す。

 ポチも今日は眠いのか大あくび一つ出すと再び体を丸め寝入ってしまった。

 普段は何とも思わないその光景も今日に限っては少々羨ましく感じてしまう。

 そのままポチを起こさぬよう自分に《生活の音ライフサウンド》をかけ無音状態にしてからベッドを降り、《生活の電ライフボルト》を使い暗い室内の中レポートに必要な道具をカバンから取り出してテーブルの上に置く。

 後はポチに背を向けるように椅子に座り、体の前に小さめの《生活の光ライフライト》で明かりを作ればとりあえず睡眠の邪魔をせず作業が出来る……はずだ。

 まぁ若干明るいのには目を瞑ってもらうことにする。寝てるから多分大丈夫なはずだし。


(ん~……)


 書き出しはどうしようか。

 レポートだし日記みたいに時系列順ではなく、まず事実から書いてそこから詳細が良いだろうか。

 とりあえず今日の事を思い出して――やはり何とも言えない気持ちになりながらもとりあえず筆を進めることにする。

 やっぱり今は何か作業している方が良い。あれこれ色んな事を考えずに済む。

 問題を先送りにしてる気もするけど、時間が解決すると言うこともあるし……。


 とりあえずあれこれ考えてしまいそうな思考を追い出すよう、一心不乱にレポートを書くようにした。



 ◇



「…………」

「…………」

「あ、あの、大丈夫ですか……?」


 翌朝。

 朝食の時間になったので食堂に集まったところ、エルフィリアに第一声でそんなことを言われた。


「あー……まぁ、ちょっと眠れなくて……」


 結局レポート草案を纏めていたら気付いたら朝になっていた。

 大丈夫と言いがたいのは自分でも分かっていたので、正直に寝ていないことを皆に打ち明ける。

 嘘をついても多分ここのメンバーにはすぐに看破されるだろう。それぐらいの期間は一緒にいるわけだし。

 そして現在、自分の隣で目に隈を作って明らかに調子がよろしくない少女が一人。


「私も……」


 恐らく自分もこんな感じの顔になってるんだろうなぁと思えてしまうコロナの表情。

 彼女もどうやら寝付けなかったらしい。

 やはりマッドに対し思うものがあったのだろう。

 でもコロナの現在の状態を見てるとあの時手を下したのが自分で良かったと少し安心してしまう。

 もしコロナにやらせてたら今より酷いことになってたかもしれない。


「……まぁ今日は二人とも休んでおけ。用事があれば俺が代わりにしておいてやる。エルフィリアはヤマル達と一緒にいてやれ。流石にこんな状態の二人から目を離すのは心配だからな」

「うぅ……ごめん」

「気にするな。パーティーなんてそんなものだろ」


 なぁ?とドルンが同意を促すようにエルフィリアに目線を配ると、彼女もコクコクと首を縦に振る。



 結局この日は倦怠感と寝られない眠気に苛まれ、まともに動くこともままならないまま一日が過ぎていった。



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