第180話 トラウマ


(まったく、ヤマルってばデリカシー無いんだから……!)


 思わず盛大に引っ叩いてしまったものの、正直あれは無いんじゃないかと憤りを隠せない。

 視線を落とせばその叩く原因となった自分のスカート。ただし今はそれを少し掴んで持ち上げながらある物を運んでいる。

 それはヤマルが《生活の氷ライフアイス》で作ったリンゴサイズ程の氷の玉だ。

 それも持てるだけ持ってきたため全部で二十個程もあり、すでにスカートは溶け掛かった氷の玉のせいで結構濡れている。

 彼がスカートを持ち上げろと言ったのもこれを運ぶためだった。

 自分が穿いているのはロングスカートなので、多少持ち上げたところで良くて膝が見える程度。下着を覗き見られる心配は無い。

 一応彼を擁護するならこれを運ぶための袋か何かを探していたとのこと。

 しかし旅先用の荷物はカーゴの中。

 ヤマルが普段から持ち歩いてるカバンも色んな物が入っており詰め替えに時間がかかるため最終的に自分のスカートをかご代わりにすることになった。

 確かに彼がやろうとしてることに対しての手段がこうなるのは今なら分かるし仕方ないのも理解している。

 しているのだが……あれはやっぱりもう少し言い方というものが無かったのか。

 何より女の子に対してあんなこと言ったのに当の本人がケロっとしてたのが物凄く腹だたしい。

 まるで自分の事を女の子と見ていないのでは無いか。昔の初々しい反応をしていたヤマルはどこへ行ってしまったのか。

 もしかしたらエルフィリアが入ったことで女性としての見られ方が相対的に減ってしまったのではないかと勘ぐってしまう。


(そりゃエルさんは美人だしおっぱい大きいしスタイル良いしおっぱい大きいし庇護欲掻き立てられそうな性格だしおっぱい大きいし……)


 あ、なんか無性にムカムカしてきた。

 これは一度彼とじっくり話し合うべきかもしれない。


(でもまずはこっちを終わらせないとね)


 彼への尋問……もとい詰問は全てを終えてからゆっくり行うことにしよう。

 とにもかくにも、まずは彼の考えた事を試さなければならない。

 やることは至ってシンプルだ。この今まで運んでいる氷の玉を相手に投げつける。


「効果の程は……見てからだっけ」


 とりあえずは投擲の射程範囲内まで無事到達。

 スカートに乗せてた氷の玉を全部地面へと転がすように置いていく。


「うぅ、冷たい……」


 冷水で濡れたスカートが太ももに張り付いてすごく冷える。

 後でヤマルに責任持って乾かしてもらおう。この氷から溶けた水ならヤマルの魔法ですぐ乾くし。


 そして地面に転がった氷の玉を一つ拾い上げ今尚戦っている前線を見据える。

 自分が抜けた穴を埋めるようにドルンが最前衛としてデッドリーベアの猛攻を耐えていた。

 彼に攻撃が向いているうちに他の冒険者達が果敢に攻めるも、やはり決定打に欠けるようだ。

 視線を手元に落としすぐに投げるため氷の玉をぎゅっと握りしめる。

 さっきヤマルがせっせと作ってた氷の玉。


「…………」


 うぅん、やっぱりさっきのこと思い出すとまだムカムカしてしまう。

 私怨とは分かってても目の前にいるのは魔物。この怒りをぶつけるには最適に思えてきてしまう。

 ……どうせあちらに向け投げることは決まっているし。


「ヤマルの……」


 握り締めた氷の玉を大きく振りかぶり――


「ヤマルの……バカーーーー!!」


 怒りをぶつけるように全力を以てあの魔物めがけ投擲した。



 ◇



 時間はほんの少しだけ遡り、コロナがこちらから離れすぐの頃。


「コロナさん、お冠でしたね」

「はい……」

「でも私もあの言い方はちょっとって思いますけど……」

「はい、反省してます……」


 自分もいくら慌ててたからってあの言い方は流石に無いと思う。

 そりゃ誰が聞いたってあれではコロナに叩かれても俺が悪いと言うだろう。


「……ところで頬大丈夫ですか?」

「痛いけど自戒も込めてそのままにするよ……。銃剣持ってるから手も塞がってるしね」


 思いっきりひっぱたかれた頬は現在大きく腫れ上がっている。正直左側の視界があまりよろしくない。

 打たれた自分が言うのもアレだが見事な平手打ちだった。手首のスナップを利かせた、所謂『会心の一撃』と呼ばれるやつかもしれない。

 手甲つけてるせいか冗談抜きで意識刈り取られかけたし……。

 誤解だったものの以前も叩かれたことあったし、最近のコロナは少し遠慮が無くなって来た気がする。


(まぁもう数ヶ月以上も一緒だしそれが普通なのかな)


 ほぼ毎日顔を合わせ、一緒に色んな仕事をしたし旅もした。

 自分とここまで一緒にいた子なんて今までの人生でいなかった。

 手をあげるのが良いか悪いかはさておき、遠慮が無くなっているのはそれだけ心を許してくれているんだろう。


「そう言えば、えーと……なんでしたっけ。さっきヤマルさんが話してた動物の名前のような……」

「トラウマ?」

「あ、はい。それです。それで何とかなるんですか?」

「マッド相手ならまぁワンチャンあればいいかなぁ、ぐらいかな」


 彼女らに話した今回思いついた手。

 それはコロナに渡した氷の玉を使ってデッドリーベアの動きを制限することができないかと思ったのだ。

 マッドは以前自分の魔法で口の中をボロボロにされた。

 そして裁判の時、半ば脅しに近いものではあったものの氷を出しただけで彼は恐怖に顔を歪ませた。

 つまるところ氷に対しトラウマを植えつけたのではないか、と考えた次第である。


「要するに心に傷を負った物だったり人だったりを見ることで一種の恐慌状態に陥らせる事が出来るかもしれないって思ったの。気を散らせれるだけでも結構有利になりそうだしね」


 それにやるのは氷を投げるだけ。

 失敗しても特に損害は無いのも今回の利点である。


「あ、ヤマルさん。コロナさんが投げるみたいですよ」

「じゃぁエルフィはデッドリーベアの反応見ててくれる? 効いてるかどうかはちゃんと確認しておきた――」


『ヤマルの……バカーーーー!!』


 こちらの会話を遮るかのように前方から自分を罵倒する叫び声が聞こえた。

 声の主が誰なのか分かってるだけに何とも言えない気持ちになってくる。


「…………」

「……あ、あの。ヤマルさん……?」

「あー……うん、大丈夫。大丈夫だから……」


 嘘である。正直なところ、結構心にグサグサと来ている。

 あそこまでコロナを怒らせたのは初めてかもしれない。

 ……どうしよう。謝罪は改めてするとしても、何か他に……。


(いや、これは俺が招いたこと。ご機嫌取りに走っちゃダメだよね)


 何かお詫びの品を、と思ったところでその考えを振り払う。

 物よりもまずは誠意。そう言うのは許してもらった後でするものだろう。

 しかし口は災いの元とはよく言ったものだとこれ以上ないぐらい噛み締めている。

 今後はこういうことに関しては本当に気をつけないと……人間と一緒と考えるならコロナは多感なお年頃なんだし。


「あ、ほらヤマルさん! 何か魔物が怯んでますよ!」


 そんな風にちょっと落ち込んでいると、まるでこちらを元気付けようとばかりにエルフィリアがコロナの成果を教えてくれた。

 自分の目では細かい部分は分からないものの、彼女が言うにはコロナが投げた氷の玉はデッドリーベアには当たらず大きく逸れたらしい。

 だがそれを見たデッドリーベア……と言うよりマッドは驚き、一瞬ではあったものの確かに体を硬直させ動きを止めたそうだ。


「そっかそっか、正直ちょっと安心したよ」


 これで何もありませんでしたじゃ殴られ損である。いやまぁ自分の自業自得ではあるんだけど。


「さて、んじゃ氷の玉を量産しますか。あれが援護に有効と分かれば皆使ってくれるし」

「でも動き止ったの本当に少しだけでしたよ。あれだけじゃ……」


 確かにエルフィリアの報告では動きが止まったのは一瞬とのこと。

 だが見ただけで一瞬でも動きが止まったのであれば個人的には上出来の部類だ。

 何せ視界に捉えただけで動きが止まる。

 しかもコロナの話からすれば頭三つで情報は共有しているらしく、どこに投げても大体は視界に入ってしまうだろう。マッドの動体視力もあるなら尚のことだ。

 それにもう一つ、あの氷の玉には一工夫してある。


「大丈夫だって。コロ達ならあれを使ってきっと何とかしてくれるさ」



 ◇



(本当にヤマルの言うとおりになった……)


 投げた氷の玉をマッドが視界に捉えた直後、確かにデッドリーベアは一瞬体を硬直させた。

 本当に僅かな隙。だがそれは前線で戦っている冒険者達も確実に感じ取れただろう。

 試しに二個目、三個目の氷の玉を投げるも、どれも視界に入るたびに明らかに動きが鈍くなる。


「おい!」

「はい!」


 そして先程ヤマルと話してたリーダー格の人がこちらに声をかける。

 詳細な言葉は何も話していないものの、その目はもっと動きを止めろと語っている。


(なら……)


 更に地面から左右の手に一つずつ氷の玉を掴み取る。

 この氷の玉はヤマルによって一工夫と言わんばかりに手が加えられている。

 彼が言うには相手のとらうま?を刺激して動きを止める。そしてそれを刺激するにはそれにより近い物が効果的らしい。

 本来ならヤマルが前線に出て魔法で氷を爆発させるのが一番なのだが、残念ながらあの怪我では――例え怪我が無かったとしても前線に出すことは出来なかった。

 そんな彼がこの氷の玉に施した一つの魔法。


(まずは山なりに……!)


 なるべく滞空時間が長くなるようにデッドリーベアの頭上目掛け氷の玉を山なりに投げる。

 そして素早く左手に持った氷の玉を右手に持ち替え第二投。

 狙いはデッドリーベア……ではなく、先程自分が投げた氷の玉。

 落下してきた一投目の氷の玉に、二投目の玉が一直線に向かい見事に命中。

 そして次の瞬間。


 バアァァンッッ!!


 直撃した二つの玉が木っ端微塵に砕け散ると同時、まるで破裂したかのような音が辺りに響き渡る。

 そう。ヤマルは爆発音の代わりになるよう《生活の音ライフサウンド》を氷の玉にかけていた。

 そしてこれらが砕け散ったときの音を爆発音に見立てようとして音量は可能な限り大きくしたらしい。

 他にも砕けやすいようにしていたそうだが、何せ試すことも出来ないぶっつけ本番。

 結果は上手くいきその効果は絶大だった。

 冒険者一同も急な破砕音に驚き発生源の方を見ていたが、それ以上にデッドリーベアがそちらを向き何かに怯えるように体を震わせていた。


「ぼさっとすんなああ!!」


 そんな好機を逃がすまいとリーダー格の冒険者が激と同時に手に持ったある武器を投擲する。

 それは石を紐の両端に結び付けたボーラと呼ばれる武器。

 勢いよく投げられたボーラは右肩の貴族の首に巻きつきそのまま首を絞めていく。

 そしてそれは魔法による脅威が無くなったことを意味していた。


「おおおおおおおお!!」


 更にその隙をつき盾を構え耐えていたドルンが一転攻勢。

 デッドリーベアの股下に槌を差し込むとそのまま時計回りに駆け出した。

 長物の戦槌は魔物の足を引っ掛け、その身を倒さんとバランスを崩しだす。だが正気に戻ったデッドリーベアは右手でドルンを叩き潰そうと腕を振り上げるも、再び起こった破砕音に動きを止めた。

 今度の音の発信源は魔物の背。先程自分が最初に投げ地面に転がった氷の玉を、他の冒険者がその背に向けて投げつけたらしい。

 流石に二度目の硬直ともなればその後の行動は早かった。

 我先にと駆け出し、デッドリーベアに襲い掛かる。

 だが彼らよりも先に《天駆てんく》を使用し鞘から剣を抜き放ちながら急接近。

 狙いはもちろん残った右腕ただ一つ。


「どぅるりゃあああああああ!!!!」


 ドルンが叫び声を上げ駆け抜けるとバランスを崩したデッドリーベアが尻餅をつくように倒れこむ。

 そして魔物が混乱から立ち直る前に上から魔物を強襲。《天駆》を活用し魔物の右腕を貫き、更にそのままの勢いで剣は地面に突き刺さる。

 その痛みに叫び声を上げ、暴れようとするも氷の玉を使った破砕音が援護とばかりに次々に届く。

 それは地面から、あるいは空中で。

 他の冒険者らの手によって投げられては砕かれ、音の爆鎖による封殺劇。

 その間にも手に獲物を持った冒険者らが殺到、次々にデッドリーベアの体と足に己が武器をつき立てる。

 しかし彼らの武器では精々体の途中まで刺すのが限界だった。自分のように地面に縫い付けるようなことは誰も出来ずにいる。


「っせい!!」


 だがそれすら織り込み済みとばかりにドルンが槌を振り上げ突き立った武器の柄を穿つ。

 ドワーフの腕力によって止まっていた武器は体を貫通し、さらに地面へと突き立った。

 更に近くの武器に対し同じ様に地面へと縫いつけ、物理的に動きを封じていく。


「ハンマー持ってるやつは手伝え! 多少雑でも構わん!!」


 ドルンの指示で打撃武器を持った面々が同じ様に武器を穿ちデッドリーベアを地面に縫い付けていく。

 尚も暴れ起き上がろうとするデッドリーベアだったが、周囲の破砕音がそれを許さなかった。



 そしてほぼ一分後。

 冒険者や兵士全員の協力により、無理と思われていたこのデッドリーベアの捕獲に成功するのだった。

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