第179話 合成獣


 レイサン=ドラムス。

 それがもうひとつの頭の名前らしい。

 そして自分はこの名前に聞き覚えがある。以前の救世主会議にて聞いたセーヴァらが捕まえ、そして逃げられたという貴族の名前だ。

 姿絵も見せてもらったが、やっぱり絵と本人では色々差異があるため気付かなかった。

 ……むしろ魔物の一部になってるなんて誰も思わないだろう。


(しっかし……アレがそうなのか)


 自分がこの世界に呼ばれるために色々やらかしてくれた元凶。

 そしてレーヌの元婚約者。

 ラウザの先日の反応から察するに彼はレーヌを溺愛している。その相手があれでは嫌な顔の一つもしたくなるのは無理もない事。

 事実、現在のラウザは優しそうな先日と違い忌々しそうに魔物を見つめている。


「手ひどくやられましたね。大丈夫ですか?」


 だがそれも少しの間だけだった。

 柔和な表情を浮かべるとこちらの左腕を見ては怪我の程度を聞いて来る。


「まぁ見ての通りボッキリやられちゃったみたいです」

「あー……それはそれは。僕も以前落馬した際に足をやったのですが、あの治療痛いんですよね」

「正直痛すぎてどんな治療されたか分かんなかったんですけど……」


 あの時はエルフィリアの胸で視界が覆われてたから周囲見えなかったし、と心の中で付け加える。


「骨折の治療は始めてですか? 基本的にはまず骨の部位を正常の位置に戻して、それから中級ハイポーションでくっつけます。その後は普通のポーションを沁みこませた包帯を巻いてゆっくり残りを回復させていく感じですね」


 つまり骨自体はもうくっついて治っていると言う事になる。

 ……え、異世界治療すごすぎない? この調子だと最上位のポーションだと切断されても治るとか言い出しそうだ。

 とは言うものの左腕はまだ痛い。この痛みを時間を掛けて治しているのが今の自分の状態なんだろう。


「ところで、あのもう片方の獣人の頭の方ですが……」

「……そうですね。知っている顔です」


 こちらの答えにやっぱり、とラウザが小さく呟く。

 態々レイサンの事を教えてくれたのも、あの頭の件に関してこちらの情報を引き出しやすくするためだろう。


「あいつと会ったのは獣亜連合国に行った時ですね」


 とは言え隠し立てするような話ではない。

 まだ戦闘中なので当時の事を概要だけ掻い摘んでラウザへと説目する。

 それを聞き現在繰り広げている戦いを見つめる彼は何か考えているようだった。


「……所々剣術っぽい動きしているのはそのせいでしょうか?」

「確信はないですが多分、としか。でも獣人はあんな魔法使えませんよ。そっちは……」

「多分レイサンでしょうね。……人と獣と魔が合わさった個体など、文献にしか出てこない合成獣キメラとでも言うのですか」


 この世界にも合成獣と言う概念はあるらしい。

 自分が知ってる合成獣とはまた違うのだろうが、それでも別の生き物を合わせるという部分に関しては共通のようだ。

 更にラウザはレイサンの魔法について……と言うより貴族の戦い方について少し教えてくれた。

 家の方針で左右されるものの、魔法に関しては大体どの貴族も少しは使えるらしい。

 貴族全般に魔法適正があるわけではなく、単に魔法書を買うだけで覚えれる魔法はお手軽な戦力アップとして割と一般的なんだそうだ。

 とは言え本職ほど魔法を鍛えている貴族は少数のため、覚えている魔法も大体は基本的な魔法が多いらしい。

 レイサンもその例に洩れず魔法自体はそれなりに覚えていそうとのことだ。


「それにあの様子。自我があるか不明ですが、少なくとも完全にこちらの事を忘れたわけでもないでしょう」

「魔法や剣術とか使ってるから、ですか?」

「それもありますが自分に向かってレイサンは喋りました。とても会話とは言えないものでしたが、根底にある欲に塗れたような、そんな言葉でした」


 あんな姿になっても自我があるとすれば結構酷な気がする。

 経緯は不明だがあのような姿になってでもやりたい何かがあったのだろうか。

 ……色々思うことはあるが、仮にそうだとしてもあの様子ではもはや助けることも聞き出すこともほぼ不可能だと言うのだけは分かる。


「……また行くんですよね」

「えぇ、出来る事があるのに見てるだけで済ませるわけにはいきませんし。それにラウザ様との会話で少し思いついたこともあります。もし以前の状態をそのまま引き継いでいるとするなら……」


 もし、マッドが以前あったときの状態に近しいままあのような姿になったとするのであれば。

 上手くいけばコロナ達に有利に運べる事ができるかもしれない。

 上手くいかなくてもそのまま戦えばいいだけだ。


「すいません、冒険者の方への負担になるかもしれませんが一つよろしいでしょうか?」

「……? 自分の一存じゃ決めれないので確約は出来ません。可能であれば、になりますが……」

「はい、それは分かっています」


 なんだろう。

 改めて彼から要請されるようなことなんて何かあっただろうか。


「あのデッドリーベアですが、レイサンの方を仕留めるのは自分に任せて頂けませんか」


 ラウザの要請に対し少なからず驚きはある。

 少なくともラウザは手柄が欲しい、なんてことを言うような人物で無いのは少し会っただけでも分かる程だ。

 そもそも手柄が欲しいのであればデッドリーベアの最後のトドメは自分がと言うはず。

 しかし本体ではなくレイサンのトドメと言い切った。何かしら彼に対し嫌な感情を持っているのは先程の表情から見ても明らかだが、上に立つものとして自己の感情を優先するとは思えない。


「理由をお伺いしても?」

「もちろんレーヌに手を出そうとしたあの豚に天誅を……と言うのは冗談です。まぁ婚約決まったときなど思うところが無かったわけでは無いですが……」


 苦笑しつつもラウザが言う理由は次の通りだ。

 まず有り体に言ってしまえば『貴族に手を出した』と言われない様にする為の処置。

 公的依頼ミッションによって集められたとは言え、冒険者があのデッドリーベアを討伐した場合ドラムス家からどんなことを言われるか分かったものではない。

 彼の予想では流石にレイサンはともかくドラムス家はそのようなことはしないとは思うものの、貴族は体面や名分を気にする。

 その点、少なくともラウザであれば同じ貴族として領民に手を出されたと言う大義名分があるのだ。

 まぁあの魔物がレイサンと認定されるかは微妙なところではあるが、念には念を入れてのことだそうだ。


「ですのでレイサンは自分が討ちます。もちろんあの個体が強力なのは重々承知していますので、死者を出さぬよう可能な限りでと言うことでお願いします」

「分かりました。可能であれば動きを封じるように働きかけておきますね」


 では、と軽く礼をしポチとエルフィリアを連れ前線へと歩を進める。

 左腕が使えずどうにもバランスが取りづらい中、陣地より少し離れた場所までやってくると隣を歩くエルフィリアが声をかけてきた。


「ヤマルさん。どうするんですか?」

「確か地元の冒険者を纏めている人がいたよね。ラウザさんの要請や情報を広げるならあの人伝いでお願いしようかと思ってるよ」


 気付いている人もいるかもしれないが魔法をとめるなら右肩のレイサン、武術全般の動きを止めるなら左肩のマッド。

 動き自体は本体とマッドがリンクしてレイサンが要所要所で魔法を撃ってると言った感じだろうか。

 どの部分がどの機能を有しているかはっきりすれば、前で戦ってる人達もやりやすくなるかもしれない。


「後は上手くいけばになるけど、あの魔物の動きを制限できるかもしれない」

「そうなんですか?」

「うん。まぁ確証は持てないから本当に上手くいったらだけどね。まずはあの人とコロを呼ばないと」


 とりあえず銃剣の射程内まで近づき前方の戦闘を注視しつつ暫く待機する。

 左手の怪我で騎乗が出来なくなったためポチには乗らず、何かあれば自分を咥えて引きずってでも逃げるように指示を出した。

 そして前線へ戻ろうとする冒険者を一人捕まえ、目的の二人をこちらまで呼んできてもらう。

 前線維持の都合上先に来たのは地元の冒険者らを纏めている男性だ。

 自分よりも一回り以上、下手したら二回り位年上にも関わらずあの熊と戦える古強者である。

 その彼にラウザからの要請、並びに推測だが魔法の対処法を伝える。

 俄かには信じれ無さそうだが目の前にある三つ首の魔物と言う事実が彼の頭の中から否定材料を奪っていった。

 とりあえず首の正体、とくに右肩の方に頭を抱えつつ彼は戦場へと戻っていく。


 そして彼と入れ替わるようにコロナが向かってきた。

 剣を抜いたままデッドリーベアの方を注意しつつ飛ぶようにこちらへとやってくる。


「ヤマル、どうしたの?」

「ちょっとコロにお願いしたいことあってさ。自分じゃこれ以上は近づけないし。後は情報共有ってところかな」


 まずはコロナに先程ラウザと話した内容を伝える。

 しかしレイサンを討つ役目を彼にしたいと申し出ると難しい顔をされた。


「やっぱり難しそう?」

「うん。戦ってて思ったけど、やっぱり頭に対しては中々ガードが硬くて……」


 腕や胴体はデッドリーベアのタフネスや防御に阻まれ決定打には至っていない。

 現状ダメージは徐々に与えているものの、こちらの被害も多く下手をすれば先に治療薬が切れるかもしれない。

 ならば弱点と思しき頭部を、と思うが、三メートル以上の体長では攻撃が届く相手がほぼいないので難航しているのだそうだ。

 コロナの《天駆てんく》なら余裕で届くのだが、向こうも脅威足りえるのが彼女だけと分かっている為何が何でも阻止してくる。


「と言うかコロの動きを追えてるの?」

「うん。多分だけど顔の数の分だけ視界が広いって言えばいいのかな。後はマッド……さんの動体視力とかありそう。もしかしたら私と同じ《身体強化》使ってるかも」

「ありえそうだなぁ。いくらなんでもタフすぎ硬すぎ強すぎの三重苦だし……」


 元来のスペックの高さに魔法の強化とか本気で勘弁して欲しい。


「だから手加減したり戦闘力だけ奪うのは難しいよ。それこそ何か手段が無いと……」

「うん。そこでちょっと試したいことあってさ。それをコロにお願いしたいんだけど」


 そして自分の考えている手をコロナとエルフィリアへと説明する。

 話し終えた二人の表情は半信半疑といったところだろうか。自分もこの手が上手くいくかは微妙なラインと思っているので、彼女らの反応は当然と言えよう。


「どうかな?」

「試すだけなら大丈夫だと思う。上手くいけば儲けものだけど……射程外じゃないの?」

「そこはちょっと工夫してそれっぽく見せるつもりだよ」


 出来ないことを出来たように誤魔化す。

 手持ちの手札を上手く組み合わせそれっぽく見せる。

 今までもそうしてきたし今後もそうなるだろう。出来ることなんて限られているのだから。


「とりあえず数は今から用意するから……」


 と、そこまで言って気付く。

 ここまで来ておいてある物が足りない。周囲を見渡すも陣地は随分離れてしまったし取りに戻るにも時間を食ってしまう。

 何か代用品が無いかと周囲を見回すも残念ながら何も無い。

 仲間が持っていないかとポチを見て、エルフィリアを見て、最後にコロナを見るもやはり望むものは何も……。

 ……いや、あった。大きさも丁度良さそうな代用品になりそうな物が。


「ヤマル?」

「……コロ、悪いんだけどその穿いてるスカート持ち上げてくれる?」


 直後、目の前の少女に思いっきり頬を引っ叩かれてしまうのだった。

 

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