第178話 荒療治


 デッドリーベアが前線の冒険者らの元に吹き飛ばされた隙に自分は陣地まで運ばれた。

 運んでくれたのはラウザが連れて来た医療班。

 天幕も無い平原の中心で布を敷いただけの地面に今自分は横たわっている。


「ヤマルっ、大丈夫?!」

「ヤマルさぁん……」


 すぐ側でコロナとエルフィリアが心配そうにこちらを見下ろしている。

 そんな彼女達も見れば体のそこかしこに擦り傷や打ち身などの細かい傷があった。

 その後ろではポチもこちらを心配そうに様子を伺っていた。


「あー……一応生きてるから……」


 力なく左腕を動かそうしたところで激痛が走る。

 涙目になりつつ首を少しだけ動かし左腕を見ようとしたところで医療班のおばちゃんに頭を押さえられ強引に寝かされた。

 まるで怪我の度合いを見せないようにと言った感じだ。


「お兄さん、大丈夫?」

「……超痛い、気持ち悪い、吐きそう」

「それだけ言えれば大丈夫そうね」


 頑張れ男の子、とおばちゃんが付け加えると彼女は若い医療班員に向けてきぱきと指示を出し始める。


「ほらほら、心配するのは後におし。あっちじゃまだ戦ってるんだから、あんたたちもとっとと怪我を治すんだよ」


 そう言うとおばちゃんは箱からポーションを取り出し二人に渡す。

 どうやらそれで自分で治せということらしい。それで良いのか医療班、と思ったが存外に兵士や冒険者も入れ替わり立ち代わり治療してはまた戦いに向かっていく。

 彼らが手伝うのは重傷者や自分で治療できない者達だけだった。手が足りないのだろう。


「あ、それとこれ。でっかいワンちゃんも一緒に治してあげて頂戴。……農家の皆に感謝するんだよ」


 そう言うと追加とばかりにポチの前にポーションが三本置かれる。

 それはこちらに自分達が戻って来た直後のこと。

 農家の人が数名走ってきたかと思ったら、ふらつくポチに向かい一直線に駆け寄ってきた。

 もはや安全ではなくなったこんな危ない場所に来るなんて、と最初は兵士に止められたものの彼らの理由を聞いては少しの間だけ許可が下りる。

 彼らは畜産農家の人だった。医療班では人間ではないポチの怪我の診断が出来ないだろうとやってきてくれたのだ。

 その後彼らはポチの体を手分けして診断し、大事がない事と怪我の程度を医療班に告げすぐさま戻っていく。

 去っていくときに親指を立て笑顔を見せてくれたのは印象深かった。


「さて、お兄さん。まずコレ噛んでね」


 そうこうしている内に自分の治療の順番が回ってきたらしい。

 おばちゃんが折りたたまれた清潔な布を口元に持ってきたのでそれを咥えるも、もっとしっかり噛んでと言われた為がっちりと噛み直した。

 その間にも自分の左腕の防具が外され服が裂かれていく。

 少し動いただけで激痛が走る腕。そして近くに置かれたL字型の板を見ては、あぁやっぱり腕が折れたか……と心の中で泣き言を溢す。

 むしろあれで骨折だけで済んでるのだから御の字なのだが、痛いものは痛いし怪我はしたくなかったなぁと思うのはしょうがないことだろう。


「あ、お嬢ちゃん達。怪我治ったんならちょっと手伝って頂戴」


 結構軽いノリで治療し終えたコロナとエルフィリアを呼び寄せるおばちゃん。

 どうやらポチもポーションを使ってもらったらしく、今はしっかりと大地に四本の足で立っている。


「このお兄さんを押さえててくれないかい?」


 その言葉にえ、え、と困惑する自分とエルフィリアだが、コロナはまるでやっぱりと言う様にどこか諦めた表情を見せていた。

 それこそ今から何が起こるのか知っているかのようである。


「……ちょっと不本意だけどエルさんはこういう感じに」

「ふぇ!? え、うぅ……はい……」


 コロナに何かを耳打ちされたエルフィリアが驚き顔を赤らめるも、そのまま自分の頭上付近に座り込んではこちらの頭を持ち上げ空いた隙間に足を滑り込ませる。

 そのまま頭が降ろされると後頭部に直に感じる柔らかい太腿の感触とエルフィリアの体温。どう考えても膝枕の体勢だ。


「……え、ちょ、何?」

「動かない!」

「はいっっ?!」


 おばちゃんに怒られると体が硬直したかのように微動だにしなくなる。

 コロナといい一体何が……と思っていると今度はその本人が自分のお腹に跨ぐよう座ってきた。


「あの、コロナさん……?」

「ヤマル、少しだけ我慢してね」


 それだけ言うとコロナは自分の両足をこちらの足と絡めがっちりとホールド。更には両手を伸ばしては自分の肩を完全に押さえつける。

 彼女自身は軽いもののがっちりと足が固定され肩を押さえつけられては身動きが取れなくなってしまった。

 そしてコロナが目配せするとエルフィリアが覆いかぶさるように体を折り曲げ自分の頭を固定する。


「ん~~!!」


 エルフィリアの豊満な胸に押しつぶされ、自分の顔の形状に合わせ彼女の胸が変形する。

 隙間無く密着されたことで鼻も口も塞がれた形になってしまい、離してとばかりに声にならない声をあげるも彼女は頑なにこれを拒否。

 何でこうなっているのか訳も分からず前後の柔らかい感触に戸惑っていると不意に医療班のおばちゃんの声が聞こえた。


「いくよ!」


 何が、と言う疑問を投げかける暇も無く、グキリと骨折した肘が捻られる。


「――――――ッッ!!!!」


 天国から一気に地獄へ逆落とし。

 激痛は一瞬で左腕から脳に到達し全身を駆け抜け、あまりの衝撃に意識が飛びそうになりながらも体はしっかりと拒絶反応を起こす。

 跳ねそうになる体をコロナとエルフィリアに強引に押し留められ、痛みを紛らわせるかのように口元の布を思いっきり噛み締めた。

 だが尚も地獄は続く。

 おばちゃんはそのまま伸びた腕を今度はほぼ直角に曲げた。

 襲い来る激痛の第二波に逃げることも動くことも、それこそ頭を振ることすら出来ない。

 止め具になったコロナと緩衝材になったエルフィリアの前では痛みの嵐を過ぎ去るのを待つしかなかった。


 そしてようやく激痛が徐々に引いていく。いや、単に痛みに慣れただけかもしれない。

 一分か数十秒か、はたまたもっとか分からない。

 まるで永遠と続くんじゃないかと錯覚しそうなぐらい痛みを耐え切った後に残ったのは脱力感だけだった。


「はい、終わったよ」


 やっと終わったと言う感想しか出てこない。

 まるで長距離走が終わったかの様な気持ちだった。

 途中から痛みのせいか記憶が飛び飛びだが終わったの一言に安堵の気持ちしか湧いてこない。


「ぷはっ!」


 エルフィリアが体を上げたことで漸く呼吸が出来るようになる。

 大量の汗を流しながら咥えた布を落としたことも構わず体中に酸素を送る。

 その間にコロナが自分から降り体の拘束が解かれるものの全く動く気分にはなれなかった。


「気分はどうだい?」

「泣きそう……」


 未だ膝枕されている状態ではあるがそれに対し恥ずかしさを感じる等の余裕など全く無かった。

 肩で息を切らし左腕からの鈍痛を耐えているとふいにこちらの額にエルフィリアの手が置かれる。


「エルフィ?」

「あ、いえ、その……こうした方がいいのかなぁ、なんて……」


 彼女の顔の方を見上げるも残念ながら天然の遮蔽物で全く見えない。

 ただ声色から何となくわたわたしてそうだなと思っていると、ふいに気が抜けたのか瞼がゆっくり降り意識が……。


(いやいやいや、寝ちゃダメでしょ!)


 飛びそうになる意識を強引に手繰り寄せる。

 流石にまだ皆が戦っていてしかも戦場がそこまで離れてないここで寝るわけにはいかない。

 今でも前線にドルンや冒険者らが戦っている。寝るのはあれを倒してからだ。


「エルフィ、ちょっと起きるの手伝って」


 彼女に手伝ってもらい、痛む腕に顔をしかめながら何とか仰向け状態から胡坐をかく体勢へと持ってくる。

 そして辺りを見渡すとやはり未だに戦ってる皆の姿が見えた。


「ドルンさん達がさっき足重点的に攻撃して機動力削いだみたい。もうあの跳躍は大丈夫だと思うよ」

「そっか。でも魔法には気をつけなきゃね」


 ここに向かうまでの戦況をコロナが教えてくれる。

 足への攻撃が成功したことであの跳躍の危険性がぐっと減ったのはもちろんありがたいが、それ以上に逃げられる可能性も減ったのは大きい。

 皆で協力して徐々にではあるがあのデッドリーベアを追い詰めていると言う実感が湧いてくる。


 だがそう易々といかないのがあの特殊な個体だ。


「おおあぁぁーーーー?!」


 何かの打撃音と共に戦っていた冒険者が宙に舞うのが見えた。

 先程の自分もあんな感じだったのだろう。本当に良く骨折で済んだと思えてくる。

 だがそれよりも……。


「……木?」


 足を封じられ、片腕だけで粘ってきたデッドリーベアだがここに来て更に新しい行動に出る。

 その右腕にはいつの間にか木が握られていた。


「あの魔物、持ち方変ですよ……」


 そして更に目の良いエルフィリアが変な持ち方をしていると告げる。

 普通に抱えるような持ち方ではなく、木の幹に腕を突き刺しそれを握り締めるように振るっているそうだ。

 戦いの趨勢がここに来て徐々に押し返される。

 デッドリーベアが振るう木は先程吹き飛ばしたものを拾ったか、もしくは山か森辺りから拝借してきたものだろう。

 攻撃力として見るならあの豪腕や爪で直接叩く方が強い。

 だが片腕が使用不能にされたことで左側に弱点を抱えてしまった現状を鑑みてか、あの魔物は威力よりも射程を取った。

 だがあの動きはまるで……。


「剣術……だよね」

「……うん」


 流派は分からないが少なくとも手当たり次第振り回すような動きではなかった。

 明らかにあれは剣を振るうための技術。

 その剣術がデッドリーベアの身体能力とあの長射程で振るわれる。

 ダメージは今までよりはマシだろうが、あくまでマシ程度にすぎない。

 あの木が振るわれるたび、一度に複数の前衛が纏めて吹き飛ばされる。

 前衛が引いたのを見て矢が放たれるものの、豪腕から繰り出される斬撃で生じた風圧がそれらを全て叩き落した。


「コロ、加勢してあげて」

「え、でも……」

「あれを倒さなきゃジリ貧なのは俺よりコロの方が分かってるはずでしょ? まぁ、大丈夫とは言えないけどこっちはこっちで何とかするからさ」


 ね?と言うとコロナは俯き、しかしそれが間違った選択では無いと納得したのか首を一度縦に振る。


「……ん、分かった。ヤマル達にもう怪我させないようにすぐに倒してくるね!」

「無茶はダメだからね。コロがいなくなったら俺を守る人いなくなっちゃうんだから」


 確実にねと念押ししてはコロナを見送る。

 立ち上がり駆け出した彼女はあっという間に小さくなっていった。そして代わりとばかりに担がれた冒険者らがここへとやってくる。


「さてと、俺達も手伝わないとね」


 すぐ側に置かれていた銃剣を手に取り、杖代わりにしてはゆっくりと立ち上がる。

 途中少しふらついてしまったものの、慌てて立ち上がったエルフィリアが支えてくれたお陰で事無きを得た。


「ヤマルさん、その怪我で無理はダメですよ……」


 エルフィリアの視線の先には応急処置された自分の左腕。

 日本と違いこの世界にはギプスは無い。湿った包帯の上にさらに包帯で左腕がL字状で固定され、それを首から下げた三角巾支える。

 パッと見は日本の治療とあまり変わらない感じだ。


「大丈夫……とは言えないけど、コロやドルンが戦っているのに見てるだけなのもね。それに銃剣こいつなら片手でも使えるし」

「それは……そうですけど……」

「まぁ無理や無茶はしないよ。それに今は撃ってもあまり効果無さそうだからね」


 あんな太い幹の武器を振るわれたら貫通できるか微妙なラインだ。

 それに今はコロナがあの木をガンガン削りにいっている。

 大きくとも所詮は木。しっかりドルンによって鍛え上げられたあのダマスカスソードがその辺に生えている自然の武器に負けるはずが無い。

 枝を切り、幹を削り、デッドリーベアの武器が物凄い速さで形を整えられていく。


 そんな戦いの様子を注視していると、支えてくれていたエルフィリアの手に力が入る。

 どうしたの?と問うように彼女の方を見ると、少しくらい表情をして俯いてしまった。

 そして喉の奥から搾り出すようにか細い声で問うてくる。


「あの、左側の頭……マッドさんですよね」

「だろうね。……なんでこんなとこにいるんだよ、あいつ」


 獣亜連合国の一件で現在は牢屋暮らしだったはずだ。

 それに何かあれば『トライデント』の皆があいつを追いかける。彼らから逃げるのは困難なはずなのに、何故見つからず逃げ切れ、あまつさえ国境越えを果たしあのような姿へと堕ちてしまったのか。

 向こうでもはた迷惑でしかなかった犬型獣人が、本当に相容れぬものとして襲い掛かってきている。

 あのデッドリーベアの戦い方が妙に人間臭く思えるのも、ひとえにマッドの知識や経験からだろう。

 現状剣の様に振るってるのもそのためだ。

 と言うことは魔法を使ってたのはあの右側の知らない男の特性となるが、本当にあれは誰なのだろうか。


「レイサン=ドラムス。別の領主の三男ですよ」


 まるでこちらの考えてることを見透かしたかのように与えられる回答。

 その言葉に振り向くと、そこには忌々しいものでも見るかのようにラウザが魔物の方を見つめていたのだった。


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