第177話 退避戦


 本能が叫ぶ。――自身の前に立ちはだかる人を屠れと。

 魂が疼く。――自身を受け入れなかった地を滅ぼせと。

 心が吠える。――自身を陥れた奴等に復讐をと。


 重なりあった魂がそれぞれ自己主張し合い、それが肉体に顕著に現れる。

 まともに動かぬ体。それでも尚生き残らせたのは有り体に言えばスペックの高さに他ならなかった。

 そんなバラバラな魂が何の因果かとある地で見事に合致する。


 それは人がいる地だった。

 それは自身を受け入れなかった地だった。

 それは自分を陥れた人間がいる地だった。


 かくして三人か、三体か……もはやそれすら定義することも叶わない魔物が一体佇んでいた。

 腹を満たし、どの様に蹂躙するか考えていた。

 だが昨夜襲った牛を取り返しに来たのか人間がやってきた。

 人が、かの地の人が、自身を陥れた人が向こうからやってきたのだ。 

 ならば戦わねばならない。


 魂の赴くままに。



 ◇



「――――」


 視界の先で広がる光景が信じれなかった。

 今まで見せてなかった大跳躍。そこからヤマル達を強襲し、あろう事か裏拳で三人を薙ぎ払った。

 いきなりの事で止める間も無かった。でもそんな事など理由にならない。

 護衛としてこの場にいるのに、その対象を護れなかった。

 あの時、何故斬るのを躊躇ってしまったのか。

 後悔と懺悔の念が全身を駆け巡り力が抜けていく感覚がした。

 だがそれも刹那のことだった。


 ダンッ!とヤマル達が地面に叩きつけられる音が聞こえ、考えるより先に体が動いた。


「ああああぁぁぁ!!」


 地を蹴り魔法を使い今までで一番の加速が発揮される。

 だが《身体向上》で上げた体ですら《天駆てんく》の衝撃で軋みを上げる。

 普段は体に負担が掛からないよう抑えていたが、そんなことなど瑣末なことだった。


「コ――」


 ドルンが何か言い掛けたがそれを無視し冒険者らを飛び越え一直線にデッドリーベアに向かう。

 あちらもこちらに気付いたらしい。

 まるでカウンターとばかりにこちらの剣戟に合わせ左腕を振るう。


「ううぅ……!!」


 漆黒のダマスカスソードと豪腕が交差。ガキンと金属音に似た音を響かせ剣が止まり体が空中で静止する。

 硬化皮膚に防がれた剣。質量差で一度は押し返された体。

 しかしその程度で今だけは引きたく無かった。


「邪魔を……」


 パンッ! パンッ!!と足裏から幾度と無く《天駆》の乾いた破裂音が響き渡る。

 本来その名の通り空を駆ける為の魔法はこの様に力押しをするための物じゃない。

 一つ鳴る度に足に衝撃が走り体が悲鳴を上げる。


 ――構うものか。


 限界喪失リミットオフ

 本能的に掛かるストッパーが外れ、力の天秤がこちらへと傾いた。


「邪魔を……しないでーーーー!!」


 デッドリーベアの腕を裂きその奥へと体が抜ける。

 そのまま地面に突っ込みながらも体を回転させて即座に体勢を立て直す。

 背後を振り向くとそこにはこちらの剣を受け止めた左腕が先端から三分の一ほどばっさりと無くなっているデッドリーベアの姿があった。

 まるで人間の様に鮮血を噴出す左腕を押さえのた打ち回っている。


 とどめを、と言う考えが頭を過ぎるも即座に救助をと言う考えに上書きされる。

 辺りを見回し地面に横たわる三つの体。その内の一番大きな体のポチがよろよろと何とか立ち上がっているのが見えた。


「ヤマル! ポチちゃん! エルさん!!」


 こちらの声に反応したのか、続いてエルフィリアがゆっくりと上体を起こす。

 だがそれと同時に彼女の体からヤマルの左腕がするりと力無く滑り落ちるのが見えた。

 慌てて駆け出すも、その瞬間足に痛みが走る。

 だが顔をしかめながらも痛みを強引に押し込み三人の下へ駆け寄った。


「ヤマルさん! あ、コロナさん……ヤマルさんが……私、庇っ……!」


 今にも泣き出しそうな顔で見上げてくるエルフィリアの顔も擦り傷だらけでとても痛々しい。

 だがそんな彼女のすぐ横、地面に力無く横たわるヤマルは頭から血を流しその顔を赤く染め、左腕は肘から先が明らかに変な方向へと曲がっていた。


「ヤマル!!」


 こちらの呼び掛けに対し呻き声を上げながらもうっすらと目を開けてくれたことに心の底から安堵する。

 その様子にエルフィリアが彼の胸に顔を埋め今度こそ泣き出してしまった。

 ポチもヤマルが生きていたことにほっとするも、その場でへたり込んでしまう。

 そんな最中、こちらに近づく複数の足音。

 見るとラウザが兵士らを連れてこの場にやってきていた。

 

「医療班は彼らを後ろまで運んでください! 残りは僕と一緒に退避までの時間を稼ぎます!」


 腰に梳いたロングソードを抜剣しまるでこちらの壁になるように彼の護衛であろう兵士が盾を構える。

 だが――。


「ぐぅるああぁぁぁぁ!!」


 一度こちらを見たデッドリーベアが何故か怒り狂ったかのように再び咆哮を上げると身を屈めた。

 あれは先程同様の跳躍からの強襲。自分だけならまだしもヤマル達はまだ動けずラウザ達も無事では済まされない。

 ドルンや冒険者らもこちらに走ってきているがとても間に合いそうに無いかった。

 飛んで迎え撃つしか、と軋みをあげる体に鞭を打ち剣を構えようとしたところで落下予測値点に複数の人物が前に出る。


「盾、構え!」


 それはラウザと彼の護衛の兵。

 凛とした声で命令を下すと数名にまで減ったにも関わらず彼らは一糸乱れぬ対応で盾を掲げる。

 どう考えてもあの攻撃を正面で受け止めるつもりだ。

 無茶だ、と声を出そうとするが彼らの背中を見て何も言えなくなってしまう。

 それは彼らが背負う使命、矜持。そして何より背にいる主とその命令を守らんとする強い意思。

 文字通り、死んでも彼らは動かないだろう。


「大丈夫だ、我らは死ぬつもりなどない」


 一番中央で大盾を構える隊長がまるでこちらの心を見透かしたように言う。


「そもそも死ぬつもりならラウザ様をここには近づけさせん」


 そう、彼らのすぐ後ろ、自身の目の前には彼ら同様に剣を掲げる領主代行。

 現在この地のトップが最前線に出る必要性など全く無い。むしろ彼らほどの臣下なら汚名を浴びようとも殴ってでも下げるはずだ。

 では何故彼が一緒に前に出たのか。

 その答えは直後明らかになる。


「《魔法の盾マジックシールド》!」


 ラウザによって紡がれた詠唱と共に防御魔法が発動した。

 魔法の光がラウザと兵に付与された直後、巨体が腕を振り下ろし兵士らの盾に着弾する。

 防御魔法を掛けているにも関わらず、複数人で盾を構えているのも歯牙にも掛けないと言わんばかりに正面から叩き潰してきた。

 だが。


「ぐおぉぉぉ!!」

「踏ん張れ! ラウザ様が見ているんだぞ!」


 耐える。

 正面からあの巨体の攻撃を受けようとも、膝を屈しそうになろうとも歯を食いしばって耐えていた。

 ビシリと盾にヒビが入り悲鳴をあげようとも、彼らはその一撃を見事に耐え切った。

 中央のデッドリーベアの顔に驚愕の色が浮かんだのはきっと気のせいじゃないだろう。

 だが最も接近したことで左肩から生える獣人の顔と目が合う。

 それはこちらを一瞥し、そして倒れるヤマルを見ると勝ち誇ったかのように笑みを浮べていた。

 本体とは別の意識があるのかもしれない。

 この顔を見て躊躇ったせいでヤマル達は……。


「ッ!」


 ぎゅっと握った剣の柄を構え突撃したい気持ちに駆られたその時だった。


「クク……寄越……せ……!」

「無様な姿に成り下がったものですね。人の輪から外れ畜生以下に堕ちましたか」


 右肩の良く知らない男の顔がラウザを見ては口を歪め喋りだす。

 そしてその顔に向け侮蔑めいた口調でラウザが答えた。どうやら見知った人物のようだが、今は誰か問う暇は無さそうだ。


「レーヌを……国を、俺が、俺の……!」


 グググ、とまるで男の意思に比例するかのようにデッドリーベアの攻撃が重くなる。

 震える腕と足で何とか踏ん張っているものの、徐々に劣勢へと追いやられ始めていた。


「残念ながら君に義妹をやる道理は無いですね。そしてそれ以上に義妹レーヌが頂くこの国を欲しがるなど万死に値します」


 すぅ、と言葉を一区切りしラウザは息を吸うと思いの丈をぶつける様に吼えた。


「総員、この愚か者に屈するな! 押し返せ!!」

「「おおおおぉぉぉぉ!!」」


 ギシ、バキ、と盾が本格的に砕け始めるのも関わらず兵士らが徐々に均衡まで押し返す。

 だがまだ足りない。

 いや、受け止め、屈することなく、元に戻っただけでも賞賛に値する程だ。これ以上は――。


(あれは……)


 何か手は、と思ったところで視界にある物が映る。

 ヤマルのすぐ側に転がる彼の武器。それはまるで自分を使えとばかりに埋め込まれた精霊石が淡く煌めいていた。


「――ッ!」


 即座に銃剣に手を伸ばしそれを拾い上げる。

 この武器はヤマル用に調整はされているが、別に彼じゃなければ使えない訳ではない。

 自分でもドルンでもエルフィリアでも、それこそトリガーさえ引ければポチだって使える。

 そしてこれの使い方はヤマルから聞き及んでいた。


(光っているって事は……)


 魔力の充填が済んでいること。

 この状態で発動するのは一撃の貫通力と速度が速い溜め撃ちと、矢を全部消費して撃ち出すやつだ。

 だけど今回はもう一つの方を使うことにした。 

 マガジンを乱暴に抜き取り地面に転がすと兵士らの後ろに移動しその隙間に銃剣を差し込む。

 銃剣の穂先はデッドリーベアの胴体、それも目と鼻の先の至近距離だ。

 右腕は兵士らが防ぎ、左腕は自分が斬り飛ばしたためこれを防ぐものは何も無い。


「撃ちます!!」


 何を、と誰も言わず、代わりに兵士が少し腰を落とし衝撃に備える体勢を取る。

 それに気付いた右肩の顔が魔法の詠唱を開始するが遅すぎた。

 躊躇無くトリガーを引くと銃口から風の塊が吐き出される。

 風の砲撃はデッドリーベアの胴体を捉え、その巨体を真後ろへ弾き飛ばした。

 三メートルを超える巨体が地面に対し水平に吹き飛ぶなど誰が予想できようか。

 その光景にぎょっと皆が驚く中、待っていたとばかりに武器を構え終えていた。


「むううぅぅおおおおっせええええい!!」


 それは他の冒険者に混じって戦ってた銃剣の製作者であるドルン。

 手足を投げ出すようにコの字上に吹き飛んでいくデッドリーベア目掛け、カウンターとばかりにフルスイングをする。

 腰を捻り、大地を足で穿ち、武器にかかるあらゆる力を加えた渾身の一撃。

 ヤマルが起きていたらまるで野球のフルスイングだと言わんばかりの一撃はデッドリーベアの背骨を的確に捉えた。


 衝撃インパクト


 背から腹へ特大の衝撃が貫通し、デッドリーベアの体勢がコの字から海老反りに変わる。

 肉を穿ち骨を砕き内臓を破壊する一撃。

 だが飛ばされるデッドリーベアの質量はドルンの許容量を容易く越え、完全に破壊しきる前に戦槌が手から弾き飛ばされていた。

 武器と同じ様にドルンも弾かれ地面に転がり、攻撃を受けたデッドリーベアは回転をしながら地面に叩きつけられる。


「足を狙ええええええ!!」


 即座に起き上がったドルンが叫ぶと、一連の様子を見ていた冒険者らがはっとし行動に移った。

 あの跳躍は本気でまずいと分かっているのだろう。

 だからこの千載一遇のチャンスに足を狙う。

 残念ながら彼らの武器ではダメージはあれど致命傷を与えるまでには至ってないのはこれまでの戦いで分かっていた。

 現状まともにダメージを与えれたのは自分の剣とドルンの戦槌、そしてヤマルの銃剣だけ。

 どれもドルンが作製した武器だ。

 普通の魔物なら問題なくとも今回の規格外の魔物では力不足だったらしい。

 つまり……あれを仕留めるなら自分達が絶対に出なければならない。

 銃剣をエルフィリアに預け、自身も戦線に加わろうとしたところでラウザから待ったがかかる。


「今の内に負傷者を下げてください! それと君も一緒に来てください」

「え、でも……」

「体にダメージが残ってるんでしょう? あれを倒すのなら君達の力が絶対に必要になります。万全を期すため一旦一緒に下がってください」


 どうやら気付かれていたらしい。

 それにヤマルやエルフィリア、ポチの怪我の具合も気にかかる。


「……分かりました」


 剣を納め頷くとラウザはニコリと笑みを浮かべ後退準備に取り掛かり始める。

 そして彼の指揮の下、誰一人欠けることなく後方の陣地へと撤退に成功したのだった。


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