第176話 デッドリーベア?


「嘘でしょ?!」


 コロナらの更に後方にいたから全体像が良く分かった。

 敵が魔法を使った。

 言葉に出すだけならまだ違和感はない。だがその敵が魔物であれば話は全く変わってくる。

 そもそも魔法を使うには一定の知性が必要なはずだ。とてもじゃないがあのデッドリーベアが知性を持っているなんて思えない。

 そんな事を考えているうちに《ファイアボール》が間合いを詰めようとしていた冒険者らに殺到。

 そして着弾と共に当たった場所が魔法の炎で燃え広がる。


「ッ……!」


 衝撃波と熱風が少し離れた場所であるここまで届いた。

 目を細めそれらに耐えつつ皆は無事かと着弾箇所を見る。

 誰にも当たらず地面に当たったのが二箇所。

 冒険者らの前に立ちはだかるように前に出でて防護を固めた兵士の盾に二箇所。

 そして……。


「ぐあああぁぁ!!」


 叫び声が上がるその先には腕が燃えている一人の冒険者。

 手を必死に振っているがその程度で火は消えず半ばパニック状態で地面を転げ回る。


「《生活の水ライフウォーター》!!」 


 ポチの《魔法増幅ブーステッドマジック》も使い威力最大。

 まるで放水のように大量の水がその冒険者に直撃する。そして水の勢いに押されそのままに地面に転がる冒険者だったが何とか火は消えたようだった。


「おい、そいつ下がらせろ!」


 それを見た近くにいた熟練冒険者がそう叫ぶと、怪我をした冒険者の仲間が慌てて彼を引きずって戦場から離脱していく。


「魔法は我々に任せてください!」


 驚く冒険者らよりも先に立ち直ったのは一緒にいたラウザの兵士隊だ。

 彼らは自らの務めを果たそうと前に出て盾を構える。

 それを見て一昨日の屋敷にてラウザと共に来た護衛の兵士らの言葉を思い出す。

 ちょっと話す機会があり普段どのような訓練をしているかと聞いた時の事だ。

 彼ら兵士は様々な攻撃から民を守る為日々訓練をしている。その中には魔物はもちろん、対人――場合によっては魔術師とも相対できるように鍛えられているらしい。

 今回の魔法でも即座に前に出れたのはその訓練の賜物だろう。

 対して冒険者が一番多く戦っているのは魔物である。

 そして国同士の戦争がしばらく起きていない現在において、魔法を撃たれた事のある冒険者などどれ程いようか。

 その経験の差が如実に現れた光景だった。


「ッ! まだくるぞ!!」


 そうこうしている内に再びデッドリーベアの周囲に何かが浮かび上がってくる。

 あれは……水?


(火系以外もいけるのか……!)


 即座に銃剣のコッキングレバーを引き精霊石に魔力を充填。

 前に出てる面々も相手が何をしようとしてきたのか今度は分かっているようで、先ほどとは違い全員が攻撃に備える。

 徐々に魔法の輪郭が現れ、水が集まり玉の様な物へと形成されていく。

 だがそれよりも先にこちらの魔力充填が終わった。


(行け……!!)


 引き金を推しっぱなしにして残った矢のフルオート射撃。

 魔法の詠唱中ではあの巨大な体もただのでかい的となる。

 吸い込まれるように矢が次々とデッドリーベアに殺到。向こうも気付くがもう遅い。

 最初の矢が左肩と腹部に一本ずつ、更に硬化皮膚に一本浅いながらも突き刺さった。

 だがその後の残りの矢は全て

 外したではない、避けられた。

 デッドリーベアは矢の射線から飛びのき残りの全てを回避したのだ。


 そして更に驚愕すべき出来事は続く。

 デッドリーベアの視線が攻撃をしたこちらに向けられると同時。まるで突きつけるようにその右腕がこちらに向けられ、完成した魔法が全て放たれる。

 出来上がったのは水の玉、その数三つ。


「並行詠しょ……」

「《スパイラルウォーター》」


 魔法が中断も霧散もせず、本体が動いたにもかかわらず魔法は健在。

 撃った矢のお返しとばかりに水の玉から圧縮された水が螺旋を描きがこちらに向け一直線に放たれる。


「【大地の精霊さん、力を貸してください。強固な壁を今ここに】……《ガイアウォール》!」


 だが着弾直前にエルフィリアの魔法が発動。

 目の前の地面が盛り上がりポチを含む自分達を守る様に壁が形成された。

 直後、その壁に相手の魔法が着弾したような音が響き渡る。壁はヒビすら入ることなく健在であり、向こうの魔法を止めたことを示していた。


「エルフィ!」

「大丈夫です、完全に止めました!」


 エルフィリアが魔法を解除し土の壁が地面に戻ると、そこにはデッドリーベアに向かう冒険者達の姿が目に飛び込んできた。

 こちらに魔法が飛んだ隙に一斉に距離を詰め、各々の武器を手に立ち向かう。


「お前ら、外のモンばかりに良いカッコさせんじゃねぇぞ!」


 男達が咆哮を挙げデッドリーベアに殺到する。

 その中からまず抜け出したのはコロナだ。彼女が先陣を切り再び肉薄する。

 迎え撃つデッドリーベアがアッパー気味に腕を振るうが、小柄なコロナは体勢を更に低くしこれを回避。

 そのままデッドリーベアの横を抜け様に剣を横薙ぎに振るい、敵の左足から鮮血が舞った。

 後ろに回ったコロナはそのまま反転し斬りかかるも、相手もそれが分かってたのか体を軸にしてまるで独楽のように回転し腕を振るう。

 たまらずコロナも急停止。魔物の腕が彼女の目の前を掠め再び相対する形になった。

 だがコロナと相対したことでがら空きのその背中に冒険者達の武器が次々に突き刺さった。


「くっそ! 硬すぎんぞ!!」

「怯むな!! 攻撃は通ってるんだ、続ければその内倒せうぉ!?」


 再び回転し振るわれた腕が冒険者を襲うが、彼らの攻撃がそこまで深手を与えていなかったのが逆に功を奏し回避に成功。

 バランスを崩し転がる冒険者を庇うよう別の冒険者が切りかかり、その隙にコロナが死角より背中を袈裟斬りにする。

 即席の連携だがやはり人数の差は偉大であり、戦いの中にその結果が顕著に出てきていた。


「……大丈夫そう、です?」

「そうだね。でも油断しないようこっちも最後まで気を張っておかないとね」


 後ろのエルフィリアの声に頷きで答えつつ空になったマガジンを取り替える。

 現状前衛組による乱戦状態では後衛組は援護をすることが出来ない。味方に攻撃や魔法が当たってしまう恐れがある。

 ゲームとかなら不思議な力でフレンドリーファイアは無効化されたりするのだが、実戦だと本当に難しいと痛感する。


「もしあれが逃げたら狙撃するよ。エルフィも手伝って」

「あ、はい!」


 普通のエルフみたいな弓の名手なら前衛の攻撃の合間を縫い援護することも可能なんだろう。しかしそれが出来ず見ているだけの自分がもどかしい。

 だからせめて出来ることが何時来ても良いように準備は怠らない。

 逃げた際の追撃となれば超射程を誇る銃剣こいつの出番だ。当たるかは……まぁその時にならないと分からないけど、何もしないわけにもいかない。

 再びコッキングレバーを引き魔力を充填したところで戦線にも変化が訪れる。


「ウオオオオオオォォォ!!」


 身を幾度と無く刻まれたデッドリーベアがその怒りを表すかのような《咆哮ハウル》。

 ポチも使うそれらは敵対するものの体を一時的に硬直させる魔物の武器の一つだ。


「ふっ!!」

「むんッ!!」


 だけど戦い慣れている面々は即座に気合でそれを弾き飛ばす。

 見たところ解除に成功したのはコロナとドルンに他冒険者数名。動ける戦力が一気に三割ほどまで落ち込むが構わず彼らは戦闘を続行。

 しかしデッドリーベアは続けざまに腕を振るい、更にはいつの間にか出した《ファイアボール》がコロナ達の頭上から降り注ぐ。

 近接戦をこなしつつ魔法の並行詠唱を使うなどやはり傍から見たら異常でしかない。

 だが臆することなくコロナが飛び上がり上段から剣を振り下ろしたところで――その動きが何故か止まった。

 何か信じられないものでも見たかのように体が硬直し、そのまま何を思ったのか距離を取るように後ろに飛びずさる。


「何してんだ、コロナ!!」


 ドルンの檄が飛ぶもコロナは何故か前に出ることが出来ないでいた。

 一体彼女に何があったんだろうと訝しんでいると、不意にこちらの服を掴むエルフィリアの力が強くなる。

 どうしたの、と言う間もなく彼女の異常に気づく。

 まるで何かあてられたかのようにその体が小刻みに震えていた。


「エルフィ?」

「や、ヤマルさん……あれ、肩のとこ……」


 搾り出すような震える声でそう言うと彼女は再び黙ってしまった。

 イワンのところで互いに鍛えられただけあり敵意や殺意などにはお互い耐性が出来たはずだし、その結果が出ているのもこの目で見ている。

 にも拘らずこの震え。一体彼女は……いや、コロナも何を見たのか。

 少し離れているここからでは自分の視力では細かい部分まで把握できない。

 だが注視すると確かにエルフィリアが言うようにデッドリーベアの両肩の部分が変化しているのが分かった。

 肩と首の間辺りだろうか。何かこぶのような突起があり、しかもそれが徐々に盛り上がっているようにも見える。

 デッドリーベア本体の頭と合わせると、まるで肩から上が『山』の字をそのまま模ったような外観になっていた。

 ただでさえ通常より大きく並行詠唱の魔法を使うと言うトンデモ個体なのにまだ何かあると言うのか。


 一層の注意が必要、と思ったところで突如デッドリーベアが忽然と姿を消す。

 いや、姿を消したではなく視界から消えたが正しい。

 デッドリーベアが低い体勢を取ったかと思った次の瞬間、ありえない脚力であの巨体が宙に跳んだ。

 そして消えたデッドリーベアを追うように視線を上に向けると、そこには前線の冒険者らを飛び越え右腕を振りかざしこちらに向け一直線に落下してくる姿が映る。

 まずい、と声を発するよりも先に反応したのはポチだった。あらん限りの力で即座にその場から飛びのく。

 その急制動に首輪を掴む腕が抜けそうになるも本能的に死を直感して何とかそれを踏みとどまった。

 直後。

 上からの落下に従来のパワーが重なり、先程まで自分達が居た場所が爆ぜる。

 撒き散らされた地面の破片と砂煙、そして爆ぜた際の衝撃波によりポチの首輪から手が離されてしまう。

 更に宙に退避していたため、放たれた衝撃波を踏みとどまる事も出来ず強制的にポチから振り落とされてしまった。

 視界が反転しどちらが地面か分からぬ中、目の前には自分と同じ様に吹き飛ばされたエルフィリアの姿。

 特に何か考えた訳でもない。咄嗟に空いた左腕を伸ばし彼女を掴んでは抱き寄せる。

 すぐに来るであろう地面への衝撃に備えようと歯を食い縛り――それよりも早く砂煙を裂いて視界に凶悪な腕が迫ってきた。

 まるで引き延ばされた時間のようにスローモーションで世界が映る。

 意識だけがはっきりとしている中、裏拳を繰り出すかのように迫る腕。

 硬化皮膚で体がひしゃげないか、爪じゃ無くて良かった、などと考えが巡る中、裂かれた砂煙から現れたものにコロナとエルフィリアが戸惑う理由が判明する。


 それは凶悪な顔だった。しかもそれがも映る。

 一つは先程から見ているデッドリーベア。

 怒りに歪めた表情はもはや殺意の塊でしかなく、人を殺すことに何ら躊躇い等ないと言わんばかりの眼光である。

 そのデッドリーベアの右肩に人間の男の頭がまるで生えるように盛り上がってきていた。

 少々小太りな輪郭と紫色の髪。

 怒りよりも暗い憎しみを宿した目は、まるで世界を呪わんとばかりの濁りきった色をしている。

 そして最後、左肩に浮かぶ顔に驚愕をする。

 忘れもしない獣寄りの犬系獣人の顔。だが何故こいつが、こんな状態でここに……!


「マッ――」


 マッド!と叫ぼうとしたところでデッドリーベアの腕が直撃する。

 左腕から聞いた事のない音が脳内に響き渡ると同時に激痛が走り、そのまま意識を強制的に断ち切られた。



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