第175話 デッドリーベア


「皆さん、大丈夫でしょうか……」

「うーん。まぁ俺達じゃ探索しようがないし、信じるしかないね」


 あれから場所は変わり、今とある山の麓にやってきている。

 街からそこまで離れていない木々が生い茂る山。

 ここに来たのは集合場所、つまり被害者の家から伸びる血痕がここまで来ていたためだ。

 恐らく家畜を仕留め、運ぶ際についた血だろう。

 そして目の前に見える山は魔物のテリトリーでもあるため、山の麓にて陣地を形成することになった。


 そして自分達はその陣地の防衛役である。

 土地勘が無いため山に入るのは地元の冒険者に任せるということと、自分達が守る分探索に人が割けることからこの様な役割になった。


「でもここを守るのも立派な勤めだからな」


 後ろの方では形成した陣地でラウザが色々と指示を出している。

 本来なら街で指示を出すところなのだろうが、公的依頼ミッションを発令した責任があると言うことで前線までやってきていた。

 更に街の人がポーションなどの医薬品や食料をこの場に集めている。

 今は探索し始めてまだ時間が経ってないが、何かあればすぐにここで補給や治療が出来る手はずになっていた。


「コロ、デッドリーベアのこと教えてもらって良い?」

「うん」


 既に何度か戦っているコロナにその魔物について教えてもらう。

 デッドリーベアは名前の通り熊の魔物。ただし体長は二メートルを超える巨大な体躯をしている。

 魔物だけあり驚異的な身体能力、特にパワーが高いらしく、不用意に近づくのは得策ではないそうだ。

 また毛皮も相応に硬いが、こちらは通常の武器でも斬れなくは無いとのこと。

 だがデッドリーベアで一番気をつけるのが、通常の熊よりも発達した腕だと言う。


「手の甲から肘辺りまでの腕の外側部分は硬化皮膚って言われててすごい硬い部位なの。並みの金属武器を弾くぐらいに硬いからそこは気をつけなきゃダメかな」


 言わば天然の手甲だ。

 更にその指先から生える爪は持ち前のパワーもあり非常に危険。下手をすれば防具ごと体を持ってかれかねないらしい。


「コロナさん。その……対処法は?」

「一番速いのは開けた場所で魔法かな。遠距離攻撃は持ってないし。私なら気付かれないよう近づくか待ち伏せして一気に首を撥ねるけど」


 その言葉に首を撥ねられた熊を想像して若干引いてしまう。

 だがこういう風に言ってくれるのは頼もしくもあった。……うん、でもあんまり首が飛ぶシーンは見たくはないところだ。


「魔法なぁ……ヤマルのは攻撃向きじゃねーもんなぁ」

「聞いてる分だと多分効きそうにないかなぁ。エルフィは攻撃魔法は?」

「使えますけど撃ってみないとなんともですね。山や森の中ですと木が遮蔽物になっちゃいますし……」

「山ん中で戦うのは得策じゃないってことか。となるとやはり予定通りおびき寄せる方法が一番ってことか」


 ざっくりとした方針ではあるが、発見次第他の冒険者らに伝わるように各パーティーには笛を貸し出されている。

 それを合図に平地、つまりこの付近までおびき寄せ叩くと言うのが大筋な作戦なのだが……。


「……そう言えば見つけた人がここまでちゃんとおびき寄せれるのかな?」

「やり方次第だけど、デッドリーベアって突進力がかなりあるから……。ただ小回り効かないから狙うならそこ――」


 ピィーーーー!!、と周囲に響き渡る笛の音。

 出たかと一気に緊張感が高まり音の発信源に目を向けると同時、山の中腹ほどに砂煙が巻き上がっていた。

 更にその周囲の木々が倒れ破砕音がここまで聞こえてくる。


「うわぁ……本当にパワーあるんだね……」


 視線の先で広がる破壊の嵐にげんなりするしかない。

 そしてなぎその嵐は徐々に下へ下へと山を駆け下りてくる。作戦は成功したようだがあれと相対するとかもう逃げたい気持ちが……。


「ん? エルフィリア、どした。ビビッててもあっちは来るぞ」

「う、いえ、その……笛吹いてた人が最初吹き飛ばされてたんですが……」

「……マジか?」


 コクコクと首を縦に振り肯定をするエルフィリア。その表情は恐怖に染まっており決して嘘では無いと物語っている。

 そうか、人って飛ぶのか。

 あと気のせいじゃなければあの山に生えてる木って結構高さあるんだけど、それでも見えるぐらいまで飛んだのか。


「……帰ろっか」

「いやいやいや、ダメでしょ!」

「分かってるよ……言ってみただけ。どっちにしても公的依頼ミッションだから逃げたり断わったらペナ重たいって話しだし……」


 はぁ、とため息一つ溢し気持ちを切り替える。

 肩に担いだ銃剣を展開。マガジンを差し込みいつでも撃てるようにすれば準備完了だ。


「気合入れていきますか」


 銃剣を肩に担ぎ気分だけは某洋画の傭兵に。

 正直こうでもしないと気持ちが萎えて逃げたくなってくる。


「おぉ、あの兄ちゃんあんなでけぇ武器を片手で軽々と持ってるぞ」

「こりゃきっと有名な冒険者だったんだな。人は見かけに寄らんと言うのは本当だな」


 だがそんな気持ちとは裏腹に、後ろから聞こえる街人の声と期待の視線。

 自分で墓穴を掘り退路を断った瞬間を初めて感じる羽目になった。


「頑張ろうね、救世主様?」

「うぃっす……」

「ヤマルもコロナもバカやってる時間は終わりだ。来るぞ!」


 ドルンが声を張り上げると丁度山から冒険者が二人飛び出してきたところだった。

 彼らは慌てたまま全力で進行方向をこちらに切り返し猛然と走ってくる。

 直後、破壊の化身たるデッドリーベアが木を根元から吹き飛ばしその姿を現した。


「でけぇぞ! 気合入れろ!!」


 自分らと同じく防衛班に回ってた冒険者の一人が声を荒げる。

 追い掛け回されている冒険者と比べてもその大きさは歴然。

 コロナの話では二メートルを超えると言う話だったが、視線の先にいるデッドリーベアはそれを有に越え目算三メートル以上の体長があった。

 体の高さはそのまま肉体の体積に直結。明らかに人の身ではどうにもならないほどに膨れ上がった筋肉、そしてそれに比例するかのように丸太を髣髴される腕。

 勝てるのか、と体が硬直仕掛けたその時、槌を握り締めたドルンが檄を飛ばす。


「コロナ、俺らが前に出るぞ! エルフィリア、魔法を寄越せ!!」

「うん! ヤマル!」

「ッ! よし、行って!!」


 ここで二人を腐らせるより前に出したほうが良いと判断。

 ドルンの提案に乗り二人はそのまま前に出てもらうことにする。

 人より身体能力が高い亜人と獣人だ。直接相対するのであればあの二人の力は絶対に必要になる。


「《ガイアプロテクション》」


 エルフィリアの魔法で淡い橙色の光が全員に纏わりつき溶ける様に消えていく。

 それを確認した二人は一目散にデッドリーベアの方へと向かっていった。


「ヤマルさん……!」

「うん、俺たちも援護しに前に出るよ。ポチ」

「わう!!」


 こちらの言わんとしている事が分かってくれているようで戦狼状態へとポチが変化する。

 そして背にエルフィリアと共に乗れば、まずはポチを少し横に移動させ銃剣をデッドリーベアの方へ向けた。


(まずは牽制射、当たれば儲けもの……!)


 何せいまだ冒険者の二人は逃げ切れていない。

 彼らを逃がすためにも挨拶代わりと言う様に、デッドリーベアに向け引き金を引いた。



 ◇



 ヒュン、と後ろから風を切る音が聞こえ、直後ヤマルが放った矢がデッドリーベアの頭を掠める。

 ううん、正確には避けられた。間違いなく当たるコースだったのに、体を屈めることでデッドリーベアは矢を見事に避けきった。

 ただしその為動きに制限がかかり足が止まる。その隙に追いかけられていた冒険者の二人が離脱に成功した。


「!」


 直後、デッドリーベアに十数本の矢が襲い掛かった。

 発射地点は恐らく後ろの本陣付近と山中から少々。ラウザの兵士隊と冒険者の弓使いが射ってくれたんだろう。

 だけど……。


「ッガアアアアアアァ!!」

(浅い)


 威力は決して弱くは無い。命中率も練度が高いのか殆どの矢がデッドリーベアに命中している。

 でも届かない。

 硬化皮膚部分に当たった矢は弾かれるように落とされ、体に当たった矢も刺さるまでには至らなかった。

 皮膚か毛か、はたまた両方か。

 通常よりも大きい体躯。それだけ生き延びたと言うことは強さも相応なんだと思う。

 何度か倒した相手から、一度も戦ったことの無い敵に思考を切り替える。


「お、おい!!」


 逃げてきた冒険者の横をすり抜けデッドリーベアに肉薄する。


「《身体向上》」


 鞘から黒い刀身の剣を抜き魔法で自身の肉体を強化。

 まずは剣を後ろに構え横薙ぎに一閃。

 普通の魔物なら剣の威力も相成って両断する剣戟も、デッドリーベアは左腕の硬化皮膚の部分で受け止める。

 まるで金属防具に当てたかのような感触と接触音。だけどまるっきり効いていない訳じゃない。

 刀身は硬化皮膚の部分を少し裂き、そこから赤い血が滴り落ちのが見えた。


「グルアァァッッ!!」

「ッ!」


 だがそこで上からの強襲。

 デッドリーベアの振り上げられた右腕がこちらを叩き潰さんとばかりに振り下ろされる。

 それをバックステップで回避すると同時、地面に腕が着弾する。その威力は地を穿ち砂煙が巻き起こる程だった。


「《天駆てんく》!」


 パンッ!と乾いた音と共にすぐさま跳躍。

 魔法の補助もありデッドリーベアの真上に瞬時に到達できた。巻き上がる砂煙中の巨大な影、そこに屠るべき敵の存在をありありと映してくれる。

 狙いは頭部。首を撥ねるべく大上段の構えから《天駆》を使って急降下を開始。

 そのまま頭部があると思しき部分目掛け剣を振り下ろし――甲高い金属音が響き全力の斬撃が止められた。


「嘘……」


 止められた事にも驚いたが、それ以上の光景が目の前に広がっている。

 あろう事かデッドリーベアはその手を交差させ、両手の硬化皮膚を重ね合わせて完全に止めて見せていた。

 こんなのまるで人の様な動き……。


「ガァッ!!」

「しまっ……」


 空中で受け止められたと言うことは完全に勢いを殺されたということ。

 デッドリーベアとこちらの体格差は大人と子どもよりも大きい。交差させた腕を力任せにそのまま跳ね上げられては、剣を持ったこちらの腕もその動きに従うよう跳ね上げられる。

 ギラリと獲物を見るその目は慈悲は無い。狩るか狩られるかの自然の摂理を模ったかのようなするどい目。

 まるで時間が引き延ばされたかのような感覚の中、デッドリーベアの爪がこちらに向かい――。


「上ばっか見てんじゃねぇよ、デカブツ」


 唸る豪腕一閃。

 デッドリーベアの足元まで到着したドルンが両手に持った槌をあらん限りの力で振りぬく。

 ドルンの武器は戦槌と言う種類で、本人の身長ほどの柄の長さに先端に取り付けられた金属製の槌頭が特徴。

 彼の腕力と遠心力、そして柄のしなりを加えた力を一点に集中させた攻撃は、対象を文字通り粉砕させる。

 こちらの方に注視していたため足元が疎かになっていたデッドリーベアの胴体に、その戦槌が見事に突き刺さった。


「ゴ、ガ……」


 砂煙が晴れるとそこには口から体液を吐き出し体勢が前のめりになるデッドリーベア。

 だがまだ倒れない、目が死んでいない。

 しかしこれはチャンスでもあった。空中で体を捻り体勢を整えて地面に着地。

 そのまま追撃を、と思ったところで眼前にドルンの背中が迫ってくる。

 反射的に横に飛びのくとそこには右腕を強引に振りぬいたデッドリーベアがこちらを睨んでいた。


「とっと……! ったく、馬鹿力が。盾が歪んだじゃねぇか」


 後ろを少しだけ見るとたたらを踏みながらも倒れることは回避したドルンの姿があった。

 直撃は免れたようでほっとするも、ドワーフの力を持ってしても体格や体重差はどうにもならないらしい。

 最初の斬り合いが終わり次の動きが掴めぬままにらみ合ってると周囲に他の冒険者や兵士達が集まってきた。

 まだこの場には全員が集まってないけど、徐々にその数は増えていく。


「はっ、どした熊公。怖気づいたか?」

「でかいだけで勝てるほど世の中甘くは無いぞ」


 集まった冒険者が挑発する様に気勢を上げ、ジリ、ジリと一歩、また一歩とゆっくりと間合いを詰めていく。

 そしてこの場にいる誰もがこの後デッドリーベアとどう戦うか弁えていた。

 結局のところどれだけ敵が強力でも相手は一体であり手は二本しかない。

 対してこちらの人数は既に十を超えている。ともなれば有効な手段は自ずと導き出される。

 誰かがあの攻撃を止め、その隙に誰かが仕留める。

 問題はその攻撃を止める役として誰が行くか、と言う話しだが、まるで示し合わせたかのように周囲の視線が自分とドルンに集まった。

 先の戦いで自分達の実力が見えたからだと思う。

 足に力を込め、飛び出そうとしたまさにそのときだった。


「ガアアアアッ!!」


 デッドリーベアが咆哮と共に大きく後ろに飛びずさる。

 すぐさま追撃しようとしたその時、何か違和感を感じた。ゾクリとした嫌な感覚。

 理屈ではない。本能が何か大事な物を見落としているかのように感情を揺さぶってくる。

 そもそもこの魔物は何かおかしい。

 体躯の大きさだけではない。所々で洗練されたかのような動きをする。

 今の動きも、先の斬撃を受け止められた時も……。


「……?」


 ふと、自分の耳が何か聞きなれない音を捉えた。

 いや、音というよりは人の声。掠れたかのような小さな声だが確かに何か喋っているかのような声が聞き取れた。

 


「行くぞぉ!」

「待って!!」


 デッドリーベアが離れたことで追撃を開始しようとする周囲に咄嗟に静止を掛けるも間に合わず、無慈悲にそれは発動される。


「【……撃て】」


 デッドリーベアの周囲に突如と現れる五つの火の玉。

 それ自体は見たことあるものだったが、それを魔物が使うなんて話はこの場にいる誰一人聞いた事がない。

 そのありえない光景に全員の反応が一瞬遅れる。


「魔法だと!?」

「《ファイアボール》」


 そして放たれた火の魔法が冒険者らを迎え撃った。

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