第173話 戦闘農民族


 この世界に来て色々分かった事がある。

 日本あちらと同じものあれば違うものもあると言うこと。

 例えば同じ食べ物があったり動物がいる一方で、魔物だったり魔法だったり日本にはないものがある。


 その一方で同じものでも世界が違うことで全く異なる状態になったものもある。

 日本の常識やイメージがあるためどうしてもそちらに引っ張られてしまい、そのせいか目の前にいる人達がそれと同一に思う事ができない。


「おぅ、兄ちゃん。どしたい?」

「……いえ。畑の耕し作業終わりました」

「おー、もうか? 今日はわりぃなぁ。うちのかーちゃんが腰やっちまってよ。人足りなかったんだわ」


 ニカっと白い歯を輝かせとても良い笑顔を浮かべる角刈りの初老の男性。

 本日の依頼人でもあるエンドーヴルの農家の人だ。

 だがその肉体は自分が知っている農家の人とは程遠い。

 日本の農家の人のイメージと言えば、おじいちゃんやおばあちゃんが腰を曲げたりしながら畑作業をしたり、トラクターを使ったりするイメージだろう。

 高齢も相成って肉体的に弱っているイメージがある(実際はその辺の人よりは動けるのだろうけど)。

 だがこの世界の農家の人はそんな事は全く無い。と言うか別な意味で農家っぽくない。

 極限までに絞られた肉体。無駄な肉は削ぎ、まるで筋肉だけで構成されているんじゃないかと錯覚しそうだ。

 大地から加護を受けていそうな力強ささえ感じるほどである。

 正直今着ている服を迷彩服に替えたら、間違いなく戦場の凄腕傭兵だ。何か体に傷跡がいくつもあるし……。


 ラウザとの面会の翌日。

 領主が戻ってくるまでの間エンドーヴルに滞在することになった。

 昨日イーゼルからはこちらの都合で待たせるので滞在費を出すと言ってくれたのだが、その辺りはレーヌから貰える為二重請求になると言うことで丁重に断わった。

 自分としては普通の行為だったのだが、向こうからしたら冒険者にしては割と律儀な人だと思われたらしい。

 ともあれ何かあれば遠慮なく言って欲しいとイーゼルから言われその日の面会は終了。


 そして本日、ただ待つだけでは時間が勿体無い為依頼を受けることにした。

 ここの冒険者らが一通り依頼を受け終わった後に余っていた依頼を受注。内容はここの農家のお手伝いだ。

 冒険者の手も借りたいぐらいのおじいさん達なのかな、と思いつつ指定の場所に行くと現れたのが先の初老の男性。

 彼の風体に圧倒されつつも言われた仕事をこなしつつ現在にいたる、と言う訳である。


「しっかし魔法ってのは便利だな。他の冒険者らに頼んだ時はそんなの無かったぞ?」

「人によって様々ですからね。そこはそれぞれの持ち味かと」


 頼まれた仕事に対し『風の軌跡』の面々で出来そうなことをそれぞれ分担。

 まず田畑を耕す作業に関しては自分になった。

 当たり前と言えば当たり前な話だが、最初に鍬を渡された時は男性に『こいつで大丈夫か?』みたいな目をされた。

 だがそこは馬鹿正直に鍬で掘る必要もなし。

 彼の目の前で《生活の土ライフアース》を使って見せたところ、これで良いと許可が下りた。

 細かい部分はあちらがちゃんとやるので、素人冒険者はとにかく耕しまくれと。

 結果、この魔法はようやく本来の用途で日の目を浴びることになる。


 なお自分が畑を耕している間コロナはポチと一緒に放牧等の手伝い。主に飼っている動物の移動や周囲の見張りを行っていた。

 ドルンは彼らの農具の調査やメンテナンス。流石に修理ともなれば鍛冶ギルドに持っていかなければならない為、あくまで長く保たせるための処置と修理買い替えが必要な物の仕分けだ。

 そしてエルフィリアは彼らの家で家事の手伝いをしている。

 腰をやってしまった奥さんの手伝いとして色々と家の仕事を行っているそうだ。

 後で聞いた話だがうちの仲間はそれはそれは有能だったらしく、評判はかなり上々。

 コロナとエルフィリアに至っては孫の嫁にどうかとも言われたらしい。もちろん冗談だとは思うが、そう言われる位に高評価だったんだろう。


 そんなこんなで当初の仕事の目的を午前中だけで半分以上終えることが出来た。

 流石にコロナの方は作業を早めることは出来ないので主に進んだのは自分の方。細かい部分は素人にはさせれないので、午後はコロナ達の方の手伝いへとまわされることになった。

 そして何事も無くお昼休憩の時間。

 昼は何も用意していなかったので街の食堂でも行こうとしたが、依頼人の好意で昼食に同伴させてもらうことになった。

 なったのだが……。


「はー……すごいですね。さすが農業が盛んな地域ですね」


 場所は自分達がエンドーヴルに入った外門と内門の丁度中間辺り。

 そこから牧場地帯に少し行ったところに農家共用の休憩所がある。

 木で作った頑丈そうな椅子やテーブル、雨よけ用の屋根があるだけの簡素な休憩所なのだが、この場にすでに三十人以上が詰め掛けていた。

 依頼人夫妻のような初老に指しかかったぐらいの人ばかりと思いきや、自分と同い年ぐらいの人、働き盛りの三~四十台の人など年齢は多彩。

 やはりこの世界では農業は当たり前の職業であり、日本であるような跡継ぎ問題とは無縁なんだなぁと思わせてくる光景だ。


「いや、流石にこれは俺も滅多に見ねぇぞ」

「そうなんですか?」

「あぁ。いや、同業者は確かにこれかもう少しいるがここまで同時に集まるのは珍しいな」


 珍しいこともあるもんだなぁ。

 しかしここまで人が一杯だと座る場所が……。


「お、やっと来たか! おい、こっちだこっち!」

「ホントに別嬪さんだなぁ。嬢ちゃん、うちのせがれの嫁に来んか!?」

「おい、ありゃうちの孫が相応しいわい!」


 一斉に向けられる視線。

 何が、と思い依頼人を見るも自分は知らないと首を振るばかり。

 じゃぁ他に誰が、とコロナ達の方を見るとゆっくりと歩いてた奥さんがごめんとジェスチャーをしていた。

 どうやら午前中に自分達のことを話していたらしく、それが奥様ネットワークで一気に広がったらしい。

 そして一目見ようと皆が押しかけてきた結果こうなったようだ。


「ドワーフの旦那、後でうちの鎌見てくれんか? 壊れちゃいないんだが何か違和感感じるんだ」

「あぁ? 依頼外だからそーゆーのは……「うちは酒造もやっとるぞ」よしきた!!」


 酒の言葉にあっさりと陥落するドルン。

 と言うかこっちの依頼が最優先なのだが……。

 恐る恐る依頼人の方を見るとドルン側も農具チェックやメンテはほぼ終わっていたらしく大丈夫との事。

 それに農家はお互いに協力することは良くあるらしい。結果、午後ドルンは必要な農家へ貸し出しとなった。

 そしてあれよあれよと言う間に用意されてた中央部分のスペースへと誘導され騒がしい昼食が開始される。

 ……一人を除いて。


(か、肩身が狭い……)


 周囲の農家の男性は皆体つきが良い。

 女性もとても健康的であり密集したこのスペースでは右に左にと圧がすごく、おしくら饅頭状態とまではいかなくても両隣から押される形となった。

 ちなみに両隣はコロナやエルフィリアではなく別の農家の人。彼女らは呼ばれるがままあっちこっちに移動し、そこで手製の料理を振舞われている。

 騒がしい中耳を澄ますと、家で作られた農作物で作った料理はこれだけ美味しいとプッシュしているようだ。

 コロナはコロナで女将さんのところで仕事をした成果が出ているのか、割と慣れた手つきで対応している。

 エルフィリアはコロナほどでは無い物の、オドオドしているのが初々しいと思われているのか周囲からはかなりの歓迎ムードだ。

 じゃぁポチとご飯を、と思うもポチはポチでやはり女性陣に人気である。

 特に午前中コロナと一緒に上手く動物を誘導するのを見ていたらしく、畜産農家からこんな子が欲しいと言われているようだ。


 そんな中、集団の中央に文字通り埋もれ一人ぽつんと食事をする事になる。

 うん、ご飯は美味しいけどやっぱり肩身が狭い。


(でもまぁ……)


 これなら自分が帰った後でも皆は食べていくのに困ることは無さそうだなぁ、と少し安心する。

 コロナとドルンは手に職業あるからともかく、エルフィリアやポチは旅を終えた後少し不安だった。

 特にポチは野生に返す訳にもいかず、何かしら出来る仕事をと思っていた。

 だが今の様子を見る限り農家は確かにありかもしれない。

 ここに来たのはレーヌの仕事のためだったが、これについては予想外の収穫だった。


(後は……)


 コロナらが猛プッシュされているその横。彼女達にデレた顔をしている男に対し物凄く冷ややかな視線を送っている農家の女性陣。

 いや、正確には未婚の女性だろう。

 農家をしているのは何も男性だけではない。この世界では当たり前のように彼女達のような女性もいる。

 そんなところにぽっと出の子が来たらあまり良い顔はしないだろう。

 ただその負の感情の矛先が男性に向いているのは不幸中の幸いだろう。

 ……あ、親父さんの一人が娘さんに耳引っ張られた。

 怒られた親父さんが娘に頭を下げ、周囲が笑いはやし立てる。

 ここの人達は本当に仲が良いんだと言う雰囲気が満ちており、心が温かくなってくる光景だった。


 だがそれも次の瞬間までのこと。


「おぉーーい!!」


 遠くから一人の農夫がこちらに向かって走ってきた。

 肩で息を切らせ近くまで来ると農夫は走ってきた方を指差す。


「ハチんとこの豚がやられた!」


 その言葉を聞いた瞬間、先ほどまで馬鹿騒ぎしていた男性陣が一斉に立ち上がる。

 そしてそれが当たり前であるかのように皆駆け出して行った。


「……え、ぇ?」

「さーって、あたしらも動くよ」

「全く、お昼ぐらいもっとゆっくり食べたいのにねぇ」


 やれやれといった感じで動き出す残された女性陣。

 訳が分からず目を瞬かせていると、依頼人の奥さんがこちらへやってくる。


「そう言えば王都から来たって言ってたわね。ならこれも初めてかしらね」

「あ、はい……。その、何が……?」

「魔物に家畜がやられたのよ。突発で申し訳ないんだけど、これも仕事の内ってことでうちの人を手伝ってもらえないかしら」

「そりゃまぁ、今日は一日手伝いって事になってますけど……何を?」


 あまり良い予感はしないものの一応奥さんに内容を伺う。

 すると奥さんはちょっと同情めいた視線を送りつつこう告げた。


狩りハンティングよ」



 ◇



 依頼人の向かった先へ着くと、そこには先ほどいた男性らが集まっていた。

 ただし先ほどまでは和気藹々とした雰囲気は微塵も無い。

 その雰囲気は今から戦争でも行うんじゃないと言わんばかりに圧を放っている。

 手に持った鉈や鍬が彼らが何とか農夫である事を証明しようとしているも、傍から見たら完全に一線を引いた歴戦の傭兵のようだ。

 正直農夫の肩書きやめてまたぎと名乗った方がしっくりきそうである。


「野郎共、準備は出来たか!!」

『おおぉぉ!!』


 大地を揺るがすかのような野太い声。

 どう考えても今から攻め入る戦士の雄叫びにしか聞こえない。農夫要素がどんどん消えていく気がするのは気のせいじゃないだろう。


「ヤマルさん……。あの、もしかして私達もあの中に……」

「……かなぁ」


 正直入りたくない。

 いや、魔物との戦闘に関してはしたことないわけじゃないし協力自体は全然構わない。

 ただのあの人らとのテンションの落差と言うかノリと言うか、どうにもついていけそうにない。


「おぅ、兄ちゃん達も来たか」

「冒険者が今日居てくれて助かったぜ。何しろ手はいくらあっても足りねぇかんな」


 あぁ、やっぱり狩りへの参加は確定のようだ。

 げんなりしてる半面、頭では仕方ないと分かっている。

 仕事と言う部分もあるが、こと冒険者が魔物の討伐に参加しないわけにもいかないだろう。

 腹を括るってやるしかないかと気持ちを切り替えようとしたとき、とりわけ若い男性らがこちらに向かい笑顔で手を振ってきた。


「コロナちゃん、エルフィリアちゃん。俺らの活躍見ていてくれよな!」

「はっ、俺の方がすぐ仕留めて見せらぁ!」

「バカ言ってねぇでいつも通りやれ。後ろにいてもらえるとはいえ抜けられるのは恥だぞ」


 ……ん? 何か話が思っていたのと微妙に違うような……。


「兄ちゃんらはここで待機だ。俺らが取りこぼしたやつらが出てきたらそんときは仕留めてくれ。森や山へは俺達が入るからな」


 さも当たり前と言う様に依頼人の男性がそう告げる。

 え、あなた方冒険者でも傭兵でもなく農家の人ですよね。田畑弄ったり畜産してたりする人らですよね。

 少なくとも戦闘のプロではないはず。それならば……あまり振って欲しくは無いが前に出るのは自分達が良いのでは無いか。

 だがその事を話すと全員にきょとんとした顔をされ、次の瞬間全員が大笑いをする。


「はっはっは! 無ぇ無ぇ、俺らの飼ってるのがやられたんだ。落とし前つけるのは俺たちの仕事ってもんだ」

「それに兄ちゃんらは王都から来たんだろ? 地元のあいつらならともかく、この辺の山も森も良く知らないんじゃねーか?」

「その点俺たちなら入り慣れてるからな。だったら自分達で入ってとっとと仕留めた方が良いってわけさ」


 言ってることは確かにあってるのだが、何だろうこの釈然としない気持ちは。

 だがこの感情も全てが終わった後に依頼人が教えてくれたことで一応納得するに至る。

 彼ら農家に取って作物や家畜がやられることはもちろん駄目なことなのだが、それについて野生の動物や魔物に対して憎しみなどは抱かないらしい。

 生きる者にとって食べることは絶対必須。事実こちらも森や山など彼らのテリトリーに入って食物を採るのだから、そこに怒るのは筋違いなんだそうだ。

 しかし何もしないのであれば二度三度、今後延々と襲われ荒らされる事になるのは目に見えている。

 だから格付けをする。自然の摂理に従い、弱肉強食と言う絶対ルールの名の下に、自分らの物に手を出したらどうなるかと魂の髄まで教え込む。

 もちろんあちらも引けない、だがこちらも引けない。

 その結果幾度と無く魔物との戦いを繰り広げ、生き残った猛者達が目の前にいる農夫たちだ。

 おかげで街の周囲の壁が石垣で低いので済んでるのもこれで格付けが済んでいるからである。

 今回の様に被害が出ることはあるものの、都度対応していった結果街の周囲からは魔物たちを遠ざけることに成功したんだそうだ。

 話を聞き終えた後『どこの戦闘農民族だよ』と内心ツッコミ入れたのは言うまでもない。


「っしゃ、行くぞ!!」

『おぉ!!』


 そんな未来が待ってるとは知らず、各々が獲物を持った農夫らをその場で見送る。

 大丈夫かな、と普通なら思うところだが、その背中の頼もしさから大丈夫だろうと言う半ば確信めいた予想しか浮かばなかった。


 そして結果は予想通り。

 遠くの方から男達の雄叫びと何かの獣っぽいものの悲鳴がこだまし、生々しい惨劇映像が頭を過ぎる。

 日が落ちる前どころかものの二時間足らずで彼らは満足げな笑みを浮かべ、今回の首謀者である魔物を数体抱え戻ってきた。

 全員が一仕事終えたと清々しい顔をしていたが、いかつい男たちが魔物の返り血を浴び、農具から滴り落ちる血を見ては犯罪臭しかしない構図である。

 その姿にドン引きしつつも何とか作り笑いの仮面を被り彼らを出迎えるのだった。


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