第172話 ラウザ=エンドーヴル


 イーゼルに案内された自分達は領主の屋敷へと招かれる。

 玄関が開けられると急な来客にも関わらず数名のメイドが並び頭を下げ出迎えてくれた。先ほどイーゼルを呼びに行った少女も一緒に並んでいる。


「何かありましたらこの者達に申し付け下さい。ではこちらへ」


 中に入るとさすが領主の屋敷と言わんばかりの豪華さだ。

 広い屋敷にも関わらず隅々まで清掃が行き届いており、廊下に飾られた絵画や壷が一般庶民とは違うと言うことをまざまざと教えてくれる。

 更に窓から見える庭園はそれが一枚の風景画になりそうな景色だ。遠くの方で庭師らしき人が黙々と手入れをしているのが見えた。

 でも小市民としては一歩踏み出すたびに足裏に感じる柔らかな絨毯の感触が正直落ち着かない。いや、感触はいいんだけど足裏の土とかちゃんと落としたか着いてないかとか心配になってくる。

 そんな庶民的感想を抱きながらイーゼルが応接室へと案内してくれた。

 一歩部屋の中に入った瞬間、嫌な汗が背中を伝う。

 ヤバい、これ応接室じゃなくて貴賓室だ。

 良く分からないが素人目でもどれもが高い物だと分かるぐらい妙なオーラを放っている調度品の数々。

 そんな室内の様子にコロナは少し困った様子ながらも中に入り、ドルンは普段見れないものに興味津々な様子。あの調子では鑑定を始めるんじゃないかと心配になってくる。

 そしてエルフィリアにいたっては自分と感性が似ているのか完全に及び腰だ。今後ろから驚かしたら気絶してしまうかもしれない。


 貴族は下に見られない様見栄を張るのは仕方ないと言うのは分かる。だがせめてその相手は間違えないでいただきたい。

 正直王城のレーヌの応接室での茶会の方がまだ落ち着く。あそこの家具も高いんだろうけど、THE・高額品みたいなオーラを出さない物が多かったし。


「こちらでお寛ぎになってお待ち下さい。何かありましたらそちらのベルを鳴らせば使用人が伺いに参ります」


 それでは、とイーゼルは頭を下げると音も無くドアを閉め部屋から去っていった。

 そして取り残される四人。大きなソファーに廊下では飾れないほどの大きな絵画。

 あの熊の剥製は近くの狩ってきたのだろうか。こんなのと相対したくない。


「領主様ってすごいんだね……」

「ね。ほんとにまぁ……」


 何がすごいってこれだけの物を見せているのに成金根性丸出しのような雰囲気が全く無いのがすごい。

 配置とか考えたのはイーゼルさんだろうか。上品に纏め上げられてる室内の調度品類に目を奪われそうになるが、とりあえずソファーに座る。

 ……もちろん端っこにだ。


「で、君達は何してるのかな?」


 久しぶりのふかふかなクッションを感じているとエルフィリアが左隣に、コロナが右隣に座ってきた。

 ちなみに端っこだったのにコロナが無理矢理体をねじ込んだことで少し内側に移動させられた。

 尚このソファーはかなり大きめの物である。だがそこに座っているはずの三人が端っこに固まっているため、何故か三分の一しか使用していない妙な配置になっていた。


「何してんだ?」

「いや、真ん中落ち着かなくて……」

「同じく……」「私もです……」


 呆れ顔のドルンが対面のソファーの真ん中に豪快に飛び乗り一人独占状態を満喫し始める。

 正直あのように寛げるドルンが羨ましい。


「と言うか、端っこならまだ余ってるでしょ?」


 反対側の端は空いているし、まだ誰も座ってないソファーが丸々余ってる。

 わざわざ自分の隣に座る理由なんて何もない。

 そう思い遠回しに離れてと言ったのだが、残念な事に彼女達には伝わらなかったようだ。


「この部屋で一番落ち着くのここだし……」

「何か安心感ありますよね。実家の様な感じでしょうか……」


 つまるところ豪奢な部屋で一番見慣れてる平凡な自分の側が一番良いと言うことらしい。

 言いたいことは分かったけどこの状態は逆に自分が落ち着かない。

 せめてポチを愛でて気をまぎらわそうとしたが、いつの間かソファー前のテーブルの下のスペースに潜り込んでうつ伏せで寝そべっていた。

 部屋の絨毯が気持ちいいのか、一匹だけ完全にリラックスモードである。

 むしろこの中で一番寛いでるかもしれない。


 結局二人に挟まれたまま所在なさげに座っていたのだが、しばらくしてお茶とお菓子を持ってきたメイドさんに物凄く変なものを見るような視線を受けたことで全員大人しく座り直すことになった。

 物凄く居心地が悪くなるも、運ばれてきたお茶とお菓子は美味でなんとかテンションを持ち直す。


 そして程良く部屋にも慣れてきた頃、入り口のドアがノックされた。

 自分含め全員が慌てて姿勢を正す。流石にドルンもここではちゃんと大人の対応を取ってくれていた。

 入り口のドアに目を向けると、入ってきたのはエンドーヴル領主……ではなく自分よりも少し若い青年だった。

 歳は大体二十歳ぐらいだろうか。短く切りそろえた緑色の髪と同色の瞳。

 温和と言う言葉がぴったりな雰囲気を纏う青年と言うのが第一印象である。

 だが鈍い自分でも分かる。この人は多分領主の息子、つまりレーヌのお義兄さんだ。

 証拠とばかりに優しそうな雰囲気を出しながらも、どこか芯の入ったカリスマ性みたいな物を感じる。

 多分これが上に立つ者として生まれ鍛えられ正しく成長した人物の姿なんだろう。


 その青年と一緒に入ってきたのは執事のイーゼル。そして護衛と思しき屈強な男性が三名。


「あ、お前は誘拐犯!?」


 だが次の瞬間、その三名の内の一番若そうな人物がこちらを見るや否やいきなり指を差しそう叫んだ。

 しかし即座に隣にいた中年男性が若い男性の頭を引っぱたき物理的に黙らせる。


「誘拐犯……?」


 あまりよろしくない単語に青年やイーゼルから物凄く不審な視線を向けられてしまった。

 どうしようかと頭の中で言い訳を探していたがそれも束の間のこと。


「坊ちゃん。以前報告したお嬢様が逃げたときの……」

「あぁ……」


 中年の男性がそう言うと納得してくれたらしく厳しい視線が和らぐ。

 どうやらあの時の報告はちゃんとこちらにもあがっていたようだ。

 改めて叩かれた頭を擦る若い男性を見るも、あの時居た人かどうか思い出せない。

 何せかなりドタバタしてた上に、何人も同じ服装の人がいたし。

 ……変な思い出ではあるがレーヌと出会った時の懐かしい出来事だ。


「ん。改めてエンドーヴルへようこそ。僕が現在領主代理をしていますラウザ=エンドーヴルです」


 よろしく、とにこやかな笑顔を浮べるラウザ。

 セーヴァと同じベクトルでのイケメンさんの爽やかな笑顔だ。正直同じ男としてこれはズルいと思ってしまいそうになる。


「始めまして。『風の軌跡』のリーダーをしています古門 野丸です。そしてこちらが自分のパーティーメンバーの……」

「コロナ=マードックです」

「ドルンだ」

「エルフィリア=アールヴと申します」


 全員で立ち上がりそれぞれ自己紹介をしてはラウザに一礼。

 そして彼に促され再び座るとラウザも空いてる場所に腰を下ろした。

 やば、上座とかあるんじゃ……と内心どっと冷や汗が流れるが、特に誰も気にした様子は無い。

 一応注意されたら即座に謝る準備と心構えだけはしておく。


「いや、しかし国外の方をこの様な間近で見るのは初めてですよ。お嬢様方は見目麗しく、そちらのドワーフの方も勇猛そうで羨ましい限りです」

「あ、ありがとうございます……」


 社交辞令と分かっていても仲間が褒められるのはやっぱり嬉しい。

 現に皆もどこか気恥ずかしそうながらも悪い気はしていない様子だ。


「わざわざ足を運んでいただいたところ申し訳ないのですが両親は現在別件で領外にいます。僕が現在代理として統治していますが何分まだまだ若輩の身。慣れぬ政務で四苦八苦の毎日ですよ」

「いえ、その若さで領主様の名代を成されるのは立派だと思います」


 おべっかではなくかなり本音である。自分が二十歳ぐらいの頃なんて大学とバイトに明け暮れていた。

 同い年の時に統治しろとか言われても絶対に無理だし、今でもそんなことはまず出来ないだろう。


(後は……)


 貴族は確か言葉に別の意味合いを含ませることもある、だったか。

 さっきのラウザの言葉だと『忙しいから要件は手短に頼みたい』あたりと推測する。


「それでは早速ですが本題に入らせていただきます」


 どうやら正解だったらしい。

 まぁ慣れぬ政務中に予想外の来客。この地を預かるものとしてはあまり時間はかけれないのだろう。


「イーゼルから聞きましたが手紙を預かっているとか。それは誰からでしょうか」

「……レーヌ様からです」


 少し思案した後、女王様ではなく依頼人でもある彼女の名前を出す。こうすることで遠回しに個人的な依頼だと言うことを彼に伝えるためだ。

 そして何の用件か教えてもらっていなかったのか、後ろの若い兵士はこちらの言葉に思わずと言った様子で驚いてしまっていた。

 しかし隣にいる男性に小突かれると再び直立不動の姿勢に戻った。


「そうですか、義妹いもうとからですか」

「はい。中々手紙が出せず心痛まれてたようでした」


 あちらも女王陛下ではなく義妹と言ったので多分分かって貰えたはずだ。

 意図が伝わったことに内心安堵しつつ、彼の言葉に耳を傾ける。


「それで今回貴方が持ってきてくださったんですね。義妹とは先の一件で顔見知りに、かつ冒険者として行動が自由だから選ばれたと言った所でしょうか」

「ご慧眼、恐れ入ります」


 聡い青年だなぁ。貴族の英才教育受けてると皆こんな感じになるのだろうか。

 ……いや、それはないか。変な三男のせいでこの世界に来てしまったわけだし。

 きっと彼の才覚と努力の賜物だろう。


「それでその手紙は?」

「はい、こちらに」


 ラウザに尋ねられ、横に置いておいたカバンを膝の上に置く。中に丁寧に入れておいた手紙を取り出そうとしたところでふとある考えが頭を過ぎった。

 果たしてこのまま彼に手紙を渡しても良いのだろうか、と。


「どうかしましたか? まさか何か条件をつけるとかですか?」

「あぁ、いえ。渡すこと自体は良いんですが、ちょっと一点ほど気になる事が……」


 どうもカバンに手を入れた状態で動きが止まっていたようだ。

 少し不審な様子だったかもしれないが、どうしても気になったことが頭を離れない。

 手紙を渡すのが今回の仕事なのだから、彼宛のレーヌからの手紙を渡す事自体はなんら問題は無い。

 ただ……。


「すいません。貴族社会に疎くよろしければお教え願いたいのですが、この手紙をラウザ様に先に渡してもよろしいのでしょうか?」

「と言いますと?」

「はい。今回レーヌ様より様々な方宛の手紙を預かっています。領主様はもちろん、奥様、ラウザ様、それに使用人の方々にもです。自分としては渡すことに問題は無いのですが、ご不在とはいえ領主様に先に渡すのが筋ではないか、と思った次第です」


 イーゼルに最初に渡した手紙はこの場を設けてもらうための言わば指示書に近い。

 だから彼に渡した手紙は流石にカウントはしない。

 しかしもしここで屋敷に居る対象の人に手紙を渡せば、後日帰って来る領主が一番最後となってしまう。

 それはまずくないか、と思ったため彼の手紙を渡すのを止めてしまったのだ。


「なるほど、確かに父より先には問題があるかもしれませんね。ですが現在代行とは言えこの領地のトップは僕になります。もしかしたら義妹の手紙に何か書かれているかもしれません。差し当たり自分の手紙だけでも先行で頂けないでしょうか」

「ラウザ様がそうお決めになられたのであれば、自分としては断わる理由は何もありません」


 とりあえず先に彼の分だけ渡す事が決まった。

 こうやって多人数、特にイーゼルの前で言質を取っていれば流石に自分が領主に何か言われることはないだろう。

 そしてカバンの中からラウザ宛の手紙だけ取り出し彼へと渡す。これで一人、依頼達成だ。 

 ちなみに残りの手紙に関しては自分が預かる事になった。

 領主へ渡した後、きちんと全員に配って欲しいとのことだ。


「ありがとうございます。それでは大変申し訳ないのですがまだ政務が残っておりますので……」

「いえ、急であったにも関わらずありがとうございました」

「こちらこそ、義妹からの手紙を持ってきて頂きありがとうございます。それと父ですが恐らく明後日には戻ると思います。面会できるのは更に翌日になると思いますので、三日後の今日と同じぐらいの時間でよろしいでしょうか」

「分かりました。お手数おかけしますがよろしくお願いします」


 ペコリと再度頭を下げ改めて礼を述べる。

 これで次回はあの門で待たされることは無い。ラウザからの正式な許可なら堂々と中に入れてもらえるだろう。


「短い時間ですみませんが僕はこれで。三日後までには時間空けておきますので色々聞かせてください」

「えぇ、何なりと」


 ラウザが立ち上がりこちらに手を差し出してきたので、自分も慌てて立ちその手を握り返す。

 本当に好青年だなぁ、神様ちょっと不公平すぎやしませんか。

 そもそもレーヌが自分に懐いてるのってお兄ちゃん子だからではないかと思ってしまう。

 こんなハイスペックお兄様いたらそりゃ兄に対して飢えるのも仕方が無いかもしれない。

 ただそれの代替品が自分でいいのだろうか。正直目の前の青年に勝てる要素が何一つないんだけど……。


「それでは失礼します。僕は一人で戻れるから皆は彼らの相手をしてあげてください」


 それだけ言うと足早にラウザは部屋を出て行ってしまった。

 本当に忙しいんだろう。あの性格なら執務を少しぐらい後回しにしても来客の方を優先しそうな気も――


『っったぁーーーー! YES! ひゃっふーー!!』


 ドアの向こうからつい先ほどまで聞いていた声が室内まで届く。

 更になにやら飛び跳ねているような音。……廊下で恐らく考えてるような光景になってるんだろうが、先ほど目の前にいた人と同一人物とはとても思えない。

 それだけレーヌからの手紙が嬉しかったのだろう。色々と感情が洩れ出てしまったようだ。

 ただしそのお陰で室内の空気が物凄く何とも言えない気まずい感じになっている。

 何か見てはいけないものを見てしまったかのような……。

 とりあえず自分は空気を読める日本人なので何も聞かなかったことにする。

 あれに対し何か言ったところで何の得もないし、そもそもラウザが義妹の手紙握り締めはしゃいでたなんて誰も信じそうに無い。


「お茶のおかわりはいかがですか?」

「えぇ、頂きます」


 とりあえず真っ先に空気を読んだ自分とイーゼルがこの場の空気を動かそうと再びお茶へと向き直る。

 効果があったかはさておき、そのまま二周目のティータイムへと突入。

 普段食べられないお菓子に舌鼓を打ちつつ、その日はイーゼルや護衛の人らとの友好を深めることにしたのだった。

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