第171話 アポイントメント


 翌日。

 今朝は普段よりゆっくりとした時間を取ることにした。

 いつものコロナとエルフィリアと一緒にやる早朝ランニングも今日はお休み。

 普段より少しだけ遅く起き、急ぐことなく朝食を取り、ちょっとだけ贅沢な時間の使い方だ。


 もちろんこれにも理由はある。

 まずエンドーヴルまでの旅路を無事終えたことが一つ。

 昨日までは移動のため朝早く出たり一日中歩いたりと基本動きっぱなしだったので、本日は休養日に当てたいと思ったのだ。

 また昨夜どんちゃん騒ぎをしたのも理由の一つである。

 他にも単純な理由だが、早朝に領主の下に行っても迷惑になるので遠慮したのもある。

 もちろんこれらは皆と話し合った結果だ。


 そして予定の時間になったので全員で宿を出て領主の屋敷へと向かう。

 各店舗は丁度店を開いたところだが、動きの早い冒険者や農家の人の姿は見受けられない。

 ちょっとだけ人通りが少なくなった道を全員で歩き、街の奥の方へ歩いていく。


 領主の屋敷の場所は昨日冒険者ギルドの職員の人に聞いておいた。

 街の奥の方にある少し小高い丘の上。見晴らしの良い場所に建てられた屋敷がこの街の領主の住まいなんだそうだ。

 王城ほどではないにしろ大きな三階建ての屋敷は街からでも十分に見えるため迷うことなく歩いて行ける。

 そして緩やかな上り坂を歩きもう少しで門が見えそうと言ったところで視線の先には別の物が見えた。

 丁度屋敷の門から伸びるような形で人が列を成している。

 メンバーを見ても自分の様に平民っぽい人から商人のような人、中にはばればれな変装で来た貴族の人等様々であり、中々バラエティに富んだ面々だった。


「なんだ、あの列?」

「ほら、昨日職員さんが言ってたやつじゃないかな。何か人に会いたくないから門前払いしているとか」


 本当に必要な人は通しているんだろうが、それでも大半の人は追い返されているのだろう。

 その証拠とばかりに丁度商人風の人とすれ違った。とても残念そうに肩を落とし来た道を戻っていく。


「領主様って忙しいのでしょうか……?」

「暇では無いと思うけど……でもこの人数はちょっと多すぎかもね」


 もしこの待機列全員と会ったとしたら多分日が暮れてしまう。

 それに貴族の人、特に領主ともなればスケジュールもちゃんとあるだろうし、仮に突発の来客を迎えれたとしても精々一組か二組ぐらいだろう。

 もちろん権力的に上の人が来ればこの限りでは無さそうだが……。


「ヤマル、待つのか?」

「まぁ大人しく待とう。ここで順番抜いても絶対碌なことにならないし」

「仕方ねぇか……。こういう時間もったいない気がするんだがなぁ」


 とは言えこればかりはどうしようもない。

 列の最後尾にいるのは行商人か何かの荷馬車。その後ろに邪魔にならぬよう大人しく並び待つことにする。


 そして待つことおおよそ一時間。

 同じ待ち時間中の周囲の人と話したり、コロナにポチの散歩をお願いしたりと適当に時間を潰しているとようやく門番の声が聞こえる位置まで前に進んだ。

 耳を澄ませば聞こえるのは男性の声。

 片方の男性が懇願するように何かを頼むも、もう片方の男性が頑なにこれを拒否。

 そんなやり取りが何度か続いたかと思うと、懇願していた方の男性が悪態をつきその場を後にして行った。

 すれ違う際にその顔を盗み見るも、明らかにご機嫌斜めな表情である。

 それからも似たようなやり取りが続き、入れ替わり立ち代わり人が変わるもその門は開かれることは決してなかった。

 列の横から少し顔を出し門を見たが、鉄格子状の丈夫そうな門だった。

 隙間から見える敷地内の景色は庭だろうか。草木が生い茂り、緑に溢れたとても手入れが整った庭である。

 やっぱりこういう領地を統治しているだけあり緑が好きな人なのかなぁと思いつつ再び大人しく待つことにした。


 そして自分達の前の人――行商人のおじさんの番になり、彼が領主への面会の挑戦を開始する。

 耳を澄まし内容を盗み聞くと、良い商品が手に入ったのでお目通りできないかと言った会話が聞こえてきた。

 だがやはり門番はそれを一蹴。その様な商売の話は一切断わっているとばっさりと両断していく。

 しかしそんなことで引き下がるようでは商人なんてやってられられないのだろう。

 尚も食い下がりどの様な商品なのか、他にもこんな物がある、大富豪の人と口利きが出来るなど自分に会う利点を猛プッシュしていく。

 だがそれでもやはりダメであった。門番の人は顔色一つ変えることなく拒否を示すと、ようやくと言った感じで前の人が引き返していく。

 そして門番の人の視線がこちらに向けられると、ほんの少しではあるがどこか驚いた表情を見せた。

 まぁ獣人亜人のこのパーティーの面々を見ればそれも無理ないこと。

 いつものことだと割り切っては門番の方へ歩いていく。

 そして手早く用件を告げようとしたところで先に口を開いたのは門番の方だった。


「帰れ」

「何か早くないですか!?」


 有無を言わさぬ帰れコールに思わずつっこみを入れてしまう。

 まさか昨日思ってた用件すら言わせて貰えないパターンをいの一番に食らうなんて思ってなかったし……。


「大方女王陛下の出身を聞きやってきた冒険者だろう? 物珍しい者を連れて来たようだが、お前のような者はすでにごまんと見てきた。早々に立ち去れ」


 どうやらレーヌ絡みですでに自分達のような冒険者らが何人も来たようだ。

 門番の表情はまたか、と言わんばかりに冷めた目でこちらを見ている。

 そして今まで追い返された冒険者の人達も似たり寄ったりだったのかもしれない。


 しかしここで分かりましたと引き下がってはレーヌの預かった手紙を渡せなくなる。

 彼女に任せてと言った以上大人しく帰るなんて選択肢は無い。

 だがそもそも自分の様な見ず知らずの人間がいきなり領主に会わせてくれと言った所で許可が下りるはずもない。

 だからレーヌにアドバイスされた方法を取ってみることにした。

 

「いえ、自分達が会いたいのは領主様ではなく執事のイーゼル様です。依頼人の方から手紙を預かってまして、イーゼル様に直接渡すよう頼まれているんです」


 口調を対外用に変え、そう言ってカバンから未開封の手紙を一つ取り出す。

 これは誰よりも先にまず執事のイーゼルに渡せと厳命された手紙だ。

 イーゼルは領主の執事の名でこの屋敷の使用人らのまとめ役でもある。その彼にこの手紙を読んでもらえれば分かってもらえるだろうとのことだった。


「イーゼル様にか? その手紙、私の方で代わりに渡すのでは駄目なのか?」

「えぇ、依頼人の方に必ず直接手渡しでと厳命されています。自分達が中に入るのが駄目でしたら、お手数ですがイーゼル様を呼んでいただいてもよろしいでしょうか」


 あくまで目的は領主ではなく使用人であること。

 そしてこれは仕事であり、依頼人によって厳命されていること。

 更に敷地内に入ることを目的としていないことを門番へプッシュしていく。


「……分かった、少し待ってくれ。おい、誰かいるか?!」


 その甲斐もあってか門前払いだけは避けられたようだ。

 最初の関門を突破したことに内心胸を撫で下ろす。

 そして門番が門の中に向かって叫ぶと、敷地内からレーヌと同い年ぐらいのメイドの女の子が姿を現した。

 栗色の髪を三つ編みで二つ結びにした、そばかすが特徴の女の子。

 何の御用でしょうかと聞く彼女に対し、門番は手早くイーゼルを呼んでくるよう指示を送る。

 

「では済まないがそちらで待っていてもらえるか?」

「分かりました」


 列から離れ、指示された場所へと移動する。丁度列に並ぶ人々とは道を挟む様な形だ。

 追い返されることなかった為か並ぶ人達の視線が一斉にこちらに集まる。

 どんな手段を使ったのだろう?

 もしかして偉い人の集まりなのでは?

 やはり一目で分かる珍しさが良かったか?

 なんて言葉が聞こえてきそうな、そんな視線だった。

 もちろんこれは単なる自分の思い込みでしかないのだが、あながち間違ってはいないと思う。


 そして再び待つことしばし。

 自分らの後ろに並んでた何組かが玉砕したのを見送っていると、敷地内からメイドを伴った一人の老執事がこちらに向かい歩いてきた。

 歳は五十か六十ぐらいだろうか。だが年齢とは裏腹にその目はまだまだ現役そのものと言わんばかりに力強さに満ちている。

 体格は痩躯ではあるが身長は自分より少し高め、目算だが百八十センチと言ったところ。

 そして何より特徴的なのが鼻の下にある立派なカイゼル髭。顎鬚は無く、髪と同様茶色のカイゼル髭はかなり丁寧に手入れをした様子が伺えるほど綺麗に整えられていた。

 彼は門を開けこちらの目の前にやってくると丁寧に一礼をする。流れるような自然な所作に思わず礼を返すのを忘れてしまうほどだった。


「お待たせいたしました。当屋敷の執事を勤めておりますイーゼルです」

「あ、その、ご丁寧にありがとうございます! 『風の軌跡』の古門 野丸と言います」


 取り繕うよう慌ててこちらも礼を返すと、後ろのコロナ達もこちらに合わせ頭を下げてくれた。


「それで本日は私めに手紙を持ってきて頂けたと伺いましたが……」

「あ、はい。こちらがその手紙になります」


 再びカバンにしまってたイーゼル宛の手紙を取り出し彼に差し出す。

 少しだけ受け取ることを逡巡した様子のイーゼルだったが、こちらの手紙を受け取るとまずは開封せずに表と裏を交互に見る。

 すると裏側の封蝋をまじまじと見ては一度こちらへと視線を送ってきた。

 なんというか、とても鋭い。少し怖いぐらいだ。


「フルカド様、でございましたか。依頼人の方のお名前を教えていただいてもよろしいですか?」

「……ちょっとここでは話し辛い、ですかね。依頼人の方から直接受け取ってますので名前は知ってますけど」


 流石にこんな人が沢山いるところでレーヌの名前は出したくない。

 少しはぐらかす様に答えたものの、イーゼルは誰からなのか分かってくれただろうか。


「この手紙、この場で読んでもよろしいので?」

「多分大丈夫かと、その辺りについては何も聞いていませんので。あ、でも依頼人の方から手紙を渡した後はイーゼル様の指示に従うようにと言われています」

「ふむ……とにかく中を拝見させていただきます」


 そう言うと彼は手紙の封を切り、中に入れられていた本紙を取り出し内容を改めていく。

 ちなみにあの手紙に何が書かれているのかは自分は知らされていない。

 ただ渡した手紙とは別のイーゼル宛の手紙はまだ持っている。なので恐らくあの手紙は彼個人宛ではなく、執事としてのイーゼル宛の手紙なんだろう。

 そして彼は手紙の内容を目で二度ほど追う。一度目は要点だけを抽出するかのように早く、二度目は更に吟味するようにゆっくりと。

 しっかりと読み終えたイーゼルは手紙を丁寧に折りたたみ懐にしまうと、何故かこちらに背を向け門の方へと歩き出してしまった。

 何か変なことでも書かれていたのだろうか、と一抹の不安を覚えるも、彼はゆっくりと門を開き再びこちらへと向き直る。


「『風の軌跡』の皆様、詳しいお話は中で伺いましょう。どうぞこちらへ」

「ちょ?! イーゼル様、いいんですか!」


 その言葉に真っ先に反応したのは来客を追い返していた門番だった。

 鉄面皮と思えるほどに表情を動かさず対応していた彼でも、流石にイーゼルの行動は想定外だったようだ。


「構いません。何かあれば全て私が責任を負いましょう」

「イーゼル様がそう言うのであれば……」


 さすが屋敷の使用人のまとめ役なだけはある。門番もイーゼルにそう言われてはこれ以上何も言うことは出来ず、再び列の処理へと戻っていった。


「では皆様、こちらへどうぞ」


 改めてイーゼルに迎え入れられるように促されてはついて行くしかない。

 それに頼まれたことは全員分の手紙を渡すことだ。上手くいけば今日中に領主含め無事渡し終えれるかも知れない。

 屋敷に向かい歩き出すこちらに対し物凄い鋭い視線を感じつつも、自分達は無事領主の屋敷へと入る事が出来たのだった。

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