第170話 エンドーヴル領・内周
エンドーヴルの街は牧歌的とでも言えばいいのだろうか。
内側の門を潜り街に入ると王都と同じぐらいの道幅があるメインストリート。
その通りには様々な商店や食堂などが立ち並び、ここだけ見ればなるほど、領地の中心の街と言える。
だがその店舗の隙間から見える向こう側はこの通りとは違い家屋や店舗がまばらであった。
だが寂れていると言う訳ではなく、単に使用している土地が広いといった感じだ。
向こう側の通りもそれなりに大きい。町全体が余裕を持った作りになっている。
お陰でカーゴを引いていても対面から来る馬車や人とも余裕を持ってすれ違うことが出来た。
まぁただ……。
「人の視線慣れないなぁ」
誰に言うでもなく一人ごちる。
毎度のことだが道行く人、すれ違う人がこちらを必ずと言っていいほど見るのだ。
利便性の代償は物珍しさによる希少性。見てくれだけでも良いから車輪を着けるべきかと考えるも、そうすると今度は地面にカーゴが降ろせなくなる。
ならば引くのを自分等ではなく馬でもと思うが、残念ながら馬を扱えるメンバーがいない点、買うにも維持にも世話にも費用がかかる点から辞めている。
そもそも自分達が馬車が使えないからカーゴにしているのに、そんなことをしては本末転倒だ。
「ヤマル本当に目立つの嫌がるよね?」
「人前に出るの苦手なんだよ……」
とは言え結局カーゴの利便性には変えられない訳で。
いや、実際ここまですごい便利だった。試しに一回野宿もやってみたが見張りを二人外に、中で二人寝かせれるのは本当に大きかった。
カーゴを降ろしておけば背中側から襲われる心配も一気に減る。
もちろん油断しないよう注意は払ったものの、獣亜連合国から帰って来るときに比べれば遥かにマシだった。
「まぁ慣れるしかないか……」
王都では良くも悪くも目立つようになってたものの、周囲の人も最近は慣れてくれた為そこまで視線を気にすることも無くなっていた。
しかし今回の様に旅の道中では住人らが慣れる前に移動するためそうもいかない。なので結局の所、自分がその視線に慣れるのが一番早い。
ただ早いのは分かってはいるんだけど……まぁこの辺は自分の性格に寄るところもあるので気長に行くしかない。
「それで領主様の所に行くんだっけ?」
「うん。と言っても明日以降だけどね。今日はもう遅いし」
まだ日が沈むまで時間はあるが、それでもこの時間帯でいきなり訊ねても会えはしない。
明日の朝にでも伺って向こうの都合をまず聞かなくてはならないだろう。
「場合によっては少しこの街に滞在するかもね。だから今日は冒険者ギルドに顔出して少し話でも聞いておこうかと思ってるよ」
何にせよまずは情報収集だ。
そこまで大きな街ではないので一般的な情報は集めやすい方だと思う。
……あと晩御飯のオススメを聞いておかないとコロナやエルフィリアの機嫌が若干悪くなりそうだし。
「とりあえずまずは宿。そしてギルド行ってその足で晩御飯ってところかな」
そして久方振りにカバンから取り出すのは王都の女将さんが教えてくれた宿リスト。
もちろんこの街の宿も網羅されている。多分、いや、間違いなく女将さんのそっくりさんが出てくるだろうがそれはいつものことだ。
「ま、急ぎの依頼でもないしのんびり行こう」
そう言ってカーゴを片手で引きつつ、宿の方へと歩を進めていった。
◇
宿に行くと予想通り出迎えてきたのは女将さんの親戚のそっくりさんだった。
彼女にも何故かカーゴのことは伝わっていたらしく、裏手の馬車置き場の方へ置くように指示される。
この街では馬車を使う人が多い為、各宿には馬車置き場や馬房が完備されているところが多いそうだ。
その後部屋を取り、冒険者ギルドの場所を女将さんから教えてもらい現在無事到着した所である。
「やっぱり冒険者ギルドって大通りにあるんですね」
「王都や他の街でも大体そうだもんね。人が集まるから自然と立地条件いい場所が回されるんじゃないかな」
一応公的機関だし、と付け加え改めてエンドーヴルの冒険者ギルドの外観を見る。
と言っても王都や他の都市と比べ別段変わった部分は無い。
多分国の方で外観に規定があるのだろう。流石に全く同じ建物と言う訳ではないが、掲げる看板や建物の色など一目で『冒険者ギルド』と分かるようになっている。
「んじゃ入るよ」
王都基準で考えるなら、もう少ししたら冒険者が帰ってくる時間だ。
混み合う前に到着報告と情報収集だけは手早く済ませたい。
ドアを開け中に入るとやはり作りはどこの冒険者ギルドとも位置が同じだった。
正確にはカウンターの位置や依頼板など、室内配置がほぼ一緒と言うのが適切である。
「こんにちわ、よろしいですか?」
「はーい、どこのパーティーか……な?」
話しかけるとカウンターで書類仕事をしていた若い女性職員がこちらを見て動きを止める。
いや、後ろの面々を見て少々面食らっているのが正確か。
そんな彼女には悪いが申請はさっさと終えたいので用件だけは端的に告げることにした。
「王都から来たので所在登録に来ました。お願いできますか」
「あ、はい。ではこちらの紙に……」
若干呆けてそうでもやることをちゃんとするのは体に染み付いた仕事の経験の賜物なのかもしれない。
受け取った紙に自分のランクとパーティー名を記入しそのまま職員へと返す。
「これでよろしいですか?」
「え、あ、はい。『風の軌跡』さんですね。……なんか、すごい組み合わせですね」
「よく言われます」
苦笑しつつ女性職員と他愛の無い話を交わしていると周囲の反応が耳に届く。
まぁこれもいつものこと。数日中には他の同業者も慣れてくれるだろう。
その数日で自分達が居なくなる可能性が高いけど……。
「あ、あの……後ろにいる方ってもしかしてエルフですか……?」
「えぇ、そうですよ」
「ッ!? あ、その……不躾ですが握手をお願いしても……!」
「……じゃぁいくつかの情報と交換でどうです?」
こちらの提案に二つ返事で職員は了解すると、後ろに控えてたエルフィリアを呼ぶ。
彼女に事情を説明し職員と握手を交わさせると、女性職員は感極まったのかぷるぷると体が小刻みに震えていた。
「なんでアイツだけなんだ?」
「まぁまぁ……」
後ろの方でどこか面白くなさげな口調で愚痴を漏らすドルンをコロナが宥める。
その後、エルフィリアの手助けもあって女性職員に聞きたかった情報をスムーズに教えてもらう事が出来た。
大体の事を聞き終えたところでこの街の冒険者らが帰ってきたので、彼らと入れ替わるようにギルドを後にすることにした。
受付の職員に礼を言い、彼女から聞いたお勧めの食堂へと向かうことにする。
すれ違う冒険者らの視線を感じつつ外に出るともう日が落ちかけている時間帯になっていた。
「酒飲むには良い時間だな。今日はいいんだろ?」
「明日に残さなきゃ……ってドワーフに聞くだけ野暮か」
「まぁな!」
さーって、飲むぞー!と物凄くテンションの高いドルン。
流石に移動時に酒は少量で控えてもらっていたので、そろそろガス抜きをしないと不満が溜まってしまう。
後ろを歩くコロナとエルフィリアもご飯を楽しみにしているし、今日は多少ハメを外しても良いだろう。
そして視線を少しだけ上に向け、頭の上でいつも通り鎮座しているポチにも食事の希望を聞いてみる。
「ポチは何食べたい?」
「わん!」
『肉』と即答された。
ポチもカーゴ引きを随分手伝ってくれた。むしろ距離を考えるなら一番の功労者である。
「じゃぁ今日は美味しいお肉食べないとね」
「わっふ!!」
見えないが後頭部付近で物凄くポチの尻尾が動いてるのが分かった。
これでもかと言うぐらいブォンブォンと左右に振られる音がしているからだ。
だがポチさんよ。嬉しいのは分かるが涎を垂らすのは止めて頂きたい。
何か生暖かいものが額に掛かって非常によろしくない事になっている。
お店に入る前に《
◇
「依頼自体はまだだけど、無事エンドーヴルに到着したってことで……乾杯!」
『
「わふっ!!」
カン、コンと木製カップを合わせ皆で最初の一杯を飲み干す。
なおこの中でお酒を飲んでいるのはドルンだけ。酒癖が悪い女性陣と一応保護者枠である自分は大人しく果実水だ。
「ぷっはー! ここの酒美味いな。お、ワインも中々……」
既にいくつか用意してもらってたお酒をどんどん胃袋に納めていくドルン。
まるで酒が水の様にあっという間にテーブルの上から消えていく。
「ヤマル! このシチュー美味しいよ!!」
「このサラダも新鮮で美味しいですね。やっぱり農地が近いからなんでしょうか……?」
コロナとエルフィリアもそれぞれの好物に舌鼓を打っているところだ。
やっぱり農作物が良い街だけあり、料理のレベルも結構高いんだろう。
自分もお腹は十分に空いていたのでコロナに薦められたシチューを手に取り一口食べる。
……なるほど、確かに皆が手放しで褒める程だ。
やっぱり何より食材の美味しさが特に際立つ。
その為最低限の塩等だけで十分料理として成り立っている。むしろこの料理は調味料をふんだんに使ったらダメなタイプだ。
「美味しいな……予想以上だよ」
「ね、ね? 美味しいよね!」
まるで自分が作ったかのように同意を求めてくるコロナ。
だが彼女が言うように本当に美味いのでそれに同意するよう頷くと、物凄く満足した笑みでそうでしょうそうでしょうと相槌を打ってくる。
そしてコロナが再び食事に向かいこちらから視線を外したのを見計らって足元にいるポチの様子を窺う。
「ポチは……聞くまでも無いか」
欠食児童さながらに足元で肉厚のステーキを齧り付くポチ。何も言わずともその所作でどう感じているかありありと表現してくれていた。
これは食事の邪魔したら不機嫌になりそうなのでしばらくは大人しく食べさせておこう。
全部食べきるかある程度お腹が膨れたら向こうから何かしらアクションがあるだろうし。
(俺も食べよっと)
このままだと全て食われかねないので自分も食事に取り掛かることにする。
パンにサラダ、ポチが食べているような厚焼きの肉から搾りたての果実水までがどれも美味い。
なんかこう、自然の恵みを本当に貰っていると言う気になってくる味だった。
そして皆で上機嫌のまま食事を続けることしばし。
多少お腹も膨れペースも落ち……もといドルンの酒のペース以外が少し落ちたところで、話は今日冒険者ギルドで職員に教えてもらった内容へと移る。
「で、職員さんが言うにはこの街のギルドは三つ。『冒険者ギルド』と『商業ギルド』、後は『鍛冶ギルド』だって」
彼女が言うにはこの街のギルドはこの三つだけなんだそうだ。
傭兵ギルドが無いのはここが隅の領地であり、護衛としてやってきた傭兵らはそのまま同じ馬車で戻っていく。
またこの辺りの戦闘は専ら自然の中での魔物討伐のため冒険者らの方が適任となってるのも理由の一つだ。
結果傭兵ギルドに所属する人はここよりももっと人の出入りが激しい街でのほうが活躍の機会があるため、この街では残念なことに建てられることは無かった。
魔術師ギルドも似たようなものである。
人口がそこまで多くないため、ギルドとしての機能がこの街では活かし切れない。
一応商業ギルドと提携してそちらで魔道具の販売は行っているとの事。
鍛冶ギルドがあるのは冒険者用の武具もだが、それ以上にこの地では農具に力を入れている。
農民が多い為自然と道具も多くなり、結果鍛冶ギルドの職人は無くてはならない存在となっていた。
結果エンドーヴル領は必要なギルドだけ絞ったために数は少ないものの、現状では特に問題無く回っている為不満は出ていないらしい。
「まぁ商業ギルドや鍛冶ギルドの情報は直に行って話聞かないとこれ以上はないかな」
「ヤマル、冒険者ギルドはどんな感じなの?」
「確か依頼の殆どは魔物討伐関係だね。農地とかが広いから人手が足りなかったりする時は割とあるみたい。冒険者自体は俺達みたいにやってくる人は少なくて殆どが定住組らしいよ。だから見かけない冒険者がいればすぐに分かるって言ってた」
「じゃぁ私達の事も……?」
「多分話としては出回ってそうだね」
王都みたいに冒険者が多く、人の出入りが激しい場所とは真逆な状態。
悪く言えば自分達は余所者だ。もし仕事をここでするならその辺りは少し考慮しておいた方が波風立てなくて済む様になるかもしれない。
長くここにいる人が多いってことは閉鎖的なコミュニティになってるかもしれないし、その辺が分かるまでは下手なことはしないよう大人しくしておいた方が無難だろう。
「んでもそこまで関わることは無さそうなんだろ?」
「まぁね。一応こっちの仕事が終われば滞在理由消えるし、もし受けるとしても滞在費稼げるぐらいで良い訳だもんね」
もしかしたら警戒されるかも知れないが、何もしなければ向こうも何もしてこないはずだ。
後は当たり障りない対応をすれば問題は無いはず。
幸い王都での《
「では一番良いのはやっぱり領主様にすぐ会える事……ですか?」
「うん。ただ……ちょっと問題あるらしくってね……」
流石にいきなり押しかけて領主に会えるなんて思ってはいない。
面会の約束、先方の都合などちゃんとあちらに合わせた手法は取らなきゃならないのは、この世界の世情に疎い自分でも知っている。
領主に会うための手法などもレーヌやレディーヤに教えてもらったのでそれ自体は問題ないのだが……。
「『領主の屋敷には近づかないほうがいい』って釘刺されてるんだよね。どうもしばらく一見の人は絶対に会わないとか言って門前払いしてるらしくって……」
その為現状では領主の屋敷に行った所で最悪用件すら言わせてもらえない可能性がある。
「まぁともあれまずは行ってみないとなんともだからね。不安材料はあるけど気にしても仕方ないよ。ほら、今は食べよ食べよ!」
とりあえず問題は明日へ持ち越し。今は楽しい時間を過ごすよう意識を料理の方へと向け直す。
それにこう言う交渉ごとはリーダーである自分の役目だ。
とにかく明日、何とかしてアポを取ると心に決めつつ、今はこの楽しい時間を十二分に堪能することにした。
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