第169話 エンドーヴル領・外周


 王都を出て丁度七日目。

 順調過ぎると言って良いほどの道程で目的地であるエンドーヴル領へと辿り着いた。

 と言ってもまだまだ街は先。

 日本みたいに県境の看板が立ってるわけでは無いので、『大よそここの場所はこの領地』ぐらいの感覚しかない。


「緑が多い領地だね」

「結構農業とかが盛んらしいよ」


 カーゴを引きつつ隣を歩くコロナ、御者台に乗るエルフィリアにレーヌやレディーヤから仕入れた情報を話していく。

 肥沃な大地に恵まれたこの地は農業や畜産業が盛んであり、小さい領地ながら領民の生活は結構安定している。

 周囲には森や山からなる恵み、川の恵みもあり食べることには困らないそうだ。


 では何故この領地が小さいかと言うとやはり魔物の影響が大きい。

 肥沃な大地の森や山の恩恵を受けるのは何も人間だけではない。野生の動物や魔物なども恵みを求め住処にしたりしている。

 領地が維持できる大きさと産業のバランスの結果今の大きさになったそうだ。

 ……正確にはその森も山も領地なのでもっと大きいのだが、中々開拓が出来ず入るには危険な為人が生活出来る範囲と言う意味で領地が狭いと見られていると言うのが正しいらしい。


 後は領地としての立地の悪さだろう。

 土地はいいのだが運送手段が十二分に発達していないこの世界では折角のこの地の強みでもある食べ物の輸送には色々と制限がかかる。

 地産地消していると言えば聞こえはいいが、残念ながら他の領地へ届けれる物の種類が少ないのだ。

 王都から七日とそこまで遠い位置では無いものの、奥まった場所のため主要街道から外れていることが拍車をかけている。

 とは言え品質が高く量は豊富にあるため、日持ちのするものに関しては結構売れているらしい。


 その結果、『領地として現状を維持しておけば少なくとも民が飢える事も無く生きていける』と言う評価に落ち着いている。

 開拓には危険が伴い、リスクを侵してまでやる必要が無いため現状維持が正解の地。

 ただそれは他の領地からすれば毒にも薬にもならない地域なので下手なちょっかいを受けることも無く、平和に統治できているとも言える。


「って感じかなぁ。俺の主観も少し入ってるけど」

「えーっと……つまり?」

「まぁ領内は安定しているってことだよ。食うに困らない領地ってのは強いからね」


 ただし現状では発展もあまり望めそうに無い、と心の中で付け加えておく。

 まぁ領内が安定してるので悪い事では無いが、下手をすると時流に乗り遅れたりもするのが気になるところだ。

 ……そういえば昔依頼受けた商業ギルドのときの依頼人思い出すな。

 確かカイナさんだったか。安定志向の父親と何か新しいことをしようとして反発したって話だった。

 この領地もその内そう言う話が出るときが来るのかもしれない。


「ヤマル?」

「ん、何でもないよ。それに個人的には少し楽しみなんだよね」

「と言いますと?」


 後ろから掛かるエルフィリアの声。

 下手に振り向くとカーゴが大回転しかねないので首を少しだけ傾けたまま質問に答える。


「農業や畜産業が盛んってことは食材が良いってことだからね。美味しいものがあるんじゃないかってちょっと期待してるんだ」


 旅の醍醐味は現地の特産品をその地で食べることだと思っている。

 もちろんそうじゃないという人もいるだろうが、自分は旅をする時はそれを重視する。日本でもそうだった。

 現地で育て、現地の人によって作られる、現地の食べ物。

 まぁ口に合うかどうかは別の話だが、当たったときは眼から鱗が出るほどに美味いものだ。

 そして二人にも自分の言っている意味は十分伝わったらしい。

 多分何かとても美味しそうな想像をしてそうな顔をしている。


「ね、ね! 何食べたら良いかな?!」

「コロ、気が早いって。まぁ折角だし美味しい物食べたいのは俺も一緒だしさ。現地の人に聞いたら良いと思うよ」

「あ、そうだね! 私達よりずっと知ってるもんね!」

「でもどの方に聞きましょうか。美味しい物と言っても色々ありますし……」


 誰に聞くか、かぁ。

 無難な線だと宿の人とか……あ、ギルドあればそっちの人に聞いていいかもしれない。

 でも情報が偏っちゃいそうだなぁ。

 公平にこの領地のことを見れて尚且つ良く知ってる人となると……。


 ……あ、いた。それもおあつらえ向きに丁度良い人が。


「良い人を思いついたよ。多分ハズレな事は言わないはず」

「そんな方が? ヤマルさんのお知り合いですか?」


 違うよー、と苦笑しつ肩から提げている自分のカバンを軽く叩く。


「領主様。丁度会いに行く訳だし適任だと思うんだよね」



 ◇



「あれがエンドーヴルか。エルフィが言ってた通り城壁じゃなくて石垣に近いね」


 昼休憩を挟み更に動くこと数時間。

 スマホで時間を確認すると午後三時に無事エンドーヴルの街が見える場所までやってきた。

 相変わらずエルフィリアの目は良く見えるらしく、何も見えない段階から王都のような城壁ではなく石垣みたいな物が見えると言っていたのだ。

 もしかしてエルフが森に居るのって森の中からでも外が見えるんじゃないかと思えてくる。

 とりあえずエルフィリアにはドルンへの連絡と街での滞在準備のためカーゴに戻ってもらった。

 しかし……。


「でも門は普通だね」

「むしろアレは門の意味を成してるのだろうか……」


 コロナが言うように門は確かに普通だ。

 王都ほど大きく立派ではないものの、街門としてはなんら遜色ない。

 問題はその門から街を囲うように伸びているのが壁ではなく石垣な点である。

 大人どころかこの世界の身体水準なら子どもでもよじ登れそうなぐらいの高さしかない。

 俺? 出来ると思うけど失敗したら心が折れそうなのでやりたくない。


「あれじゃ魔物とか入られそうだけど……」

「でも今日は全然見かけないよね。街に近づくほど気配すら消えていったし」


 そうなんだよなぁ。

 気配は俺には分からないが魔法での索敵に魔物が全くと言っていいほど引っかからなかった。

 もっとここから離れた場所だとこちらの様子を窺うような魔物はいたが、街に近づけば近づくほど数を減らしている。

 魔物も馬鹿じゃないから人間の世界に不用意に近づきはしない。だから街に近いほど見かけなくなるのは普通なのだが、ここでは見かけなくなる段階が異常なまでに早かった。


「まぁ安全なのは良い事だよ」


 気にはなるものの安全ならばその恩恵は甘んじて享受しよう。

 そしてカーゴを引き歩くことしばし。街門までやってくると見張りの兵士に止められた。


「……何だこれは?」


 この旅で何度目かの同じ質問。

 こればかりは仕方ないとは言え同じ事を毎回聞かれるとどうしても億劫な気分になってくる。

 まぁ自分だって何も知らない状態でこれを見たら間違いなく同じ事言うので文句は言えないのだが。


「大きいですが魔道具みたいなものですよ。馬車みたいなものと思っていただければ……」

「浮いているが?」

「そう言うものですからそうとしか……」


 魔道具も色々と種類があり全てを把握してる人物なんてそれこそマルティナとかマギアの校長先生あたりぐらいだろう。

 一般の兵士の人には『そう言うものだからそうとしか言えない』と言えば大体雰囲気で納得してくれる。


「中を改めさせて貰うが良いか?」

「えぇ、ちょっと待ってくださいね」


 カーゴに手を向けコンソールを出すと兵士が急に出てきた光の板に驚き一歩後ずさる。

 これも最近見慣れた光景なので気にせず一旦カーゴを降ろし左側のドアをゆっくりと開けた。


「どうぞ」

「あ、あぁ……」


 若干おっかなびっくり気味に兵士が開いたドアからカーゴの中を覗く。

 中にはドルンとエルフィとポチがいるぐらいで変な事は特にしていないはずだ。

 もしかしたらドルンが何かメンテしてたら器具の事を聞かれるかもしれないがその程度だろう。

 そして十秒ぐらい中を覗いていた兵士がようやく動きこちらへと戻ってきた。


「特に変なもの積んで無かったですよね?」

「……あー、まぁ、そう……だな? うん、大丈夫だろう」


 中にいるドワーフとエルフに脳のキャパでも超えたのか自信なさげに頷く兵士。

 単純に判断し切れなくなったためか問題ないと思い込むようにしただけかもしれない。


「……んっん! 身分証明書はあるか?」

「冒険者ギルドのカードで良ければ。他のメンバーも出せますけど」

「いや、お前だけで良い。……よし、入ってもいいぞ」


 一旦ギルドカードを兵士に渡し了解を取っては中に入る準備だ。

 預けたカードを受け取りドアを閉じ再びカーゴを浮かせ、兵士に一礼しては門を潜り中へと入った。


「……まぁそうなるよね」

「コロを表に立たせて緩和してもらえるかなと少しは期待したんだけどなぁ」


 獣人を隣にいさせることで中にいるドワーフやエルフのショックを緩和しようと思ったが上手くいなかったようだ。

 これで通算四度目の敗北である。


「もういっその事全員表出た状態で良いんじゃないかな」

「帰りはそうするのも手かな……」


 でも正直なところあまり全員で外を歩きたくないんだよなぁ。

 カーゴ使ってる意味合いが無くなるし……。いや、荷運びだけでも十分の意味はあるんだが、交代で休憩できる旨味がない。

 どうしたもんかと悩んでいると、そんな悩みを吹き飛ばすかのように後ろからエルフィリアの声がする。


「ヤマルさん、牛さんがたくさんいますよ!」


 多分窓から顔を出しているのだろう。

 彼女が言うように門を潜った先は牧場かと思うぐらい左右に放牧された動物たちがいた。

 門を潜ったことでこの街の大よその造りが分かってくる。

 

「しかし門を潜っても街まで少しあるとは……」

「珍しい形だよね」


 エンドーヴルは多分上から見たら二重丸みたいな形なんだろう。

 外側の丸が先ほどの門と外周部分の石垣、内側の丸が視線の先にある第二の門と内周の石垣だ。

 今自分達が歩いている外周円の内側の地域は牧場地帯になっており、前方に見える内側の内周円の中に街がある。

 

「外側で放牧とか危なくないかな……」

「でも内側にすると街が矢面になるよ?」

「と言うかこの形状ならやっぱ壁にした方がいいと思うんだけど……」


 王都の城壁に比べ開放感はあるが安全面がかなりおざなりだ。

 いや、この辺の周囲に魔物がいないからこそこの形状なのかもしれないが……うぅん。


「それよりも前から気になってるんだけど……」

「ん?」


 なんだろう、コロナが改めて尋ねてくるなんて珍しいな。


「なんでカーゴを引く役目をヤマルとドルンさんとポチちゃんにしたの?」

「……あー」


 そう、元々パーティー全員で交代でカーゴを引く話になっていた。

 ちなみに別にコロナやエルフィリアがカーゴを引けなくなった訳じゃない。

 現に今自分が普通に引いて歩いてるぐらいだ。体力の差で速度や距離に違いは出るが彼女達が引いたところで大して変わらない。

 にも関わらず二人にカーゴを引かせるのは初日で止めさせる事にした。

 何故引かせるメンバーを絞ったかと言うと……。


「コロとエルフィにカーゴ引かせると絵面が、ね……」


 使用者である自分達はカーゴがどういう物なのか分かってはいる。

 ただ何も知らない人から見ると、女の子に荷台引かせてるようにしか見えないのだ。

 その状態で御者台で座ろうものなら周りからどう見られるかなんて考えるまでもない。

 もちろん緊急時には彼女らもカーゴを運ぶ事になっているが、平時は周囲警戒の方へ役割を割り振ることにした。


「そんなに気にしなくてもいいと思うけど」

「気にするって。王都でやったら間違い無く《鬼畜》の二つ名がつく自信があるよ……」


 そしてきっとその日中にある事ない事が一気に出回ることは想像に難くない。

 後ろ指差され石を投げられる日々、そして信用を無くしたため仕事も回ってこず……。


「……うっわ、予想以上に最悪だ」


 あながち間違って無さそうなのが妙な現実味を帯びさせてくる。

 想像上の未来予想図にげんなりしていると、コロナがまぁまぁと苦笑しつつ街の方を指差す。


「ほらほら、もうすぐ街で美味しいご飯食べれるんだから頑張ろ!」

「……そうだね。気分切り替えて何食べるか考えよっか」

「うん! 何がいいかなぁ、お肉? お野菜? でもフルーツあるなら甘味も……」


 まだまだ食べ盛りなお年頃の少女は今日の晩御飯に色々思いを馳せる。

 そんな上機嫌なコロナを見ては自然と笑みを溢しつつ、一路街へと歩みを進めていくのだった。


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