第160話 聖女と女子会1
「友達が欲しいんです……」
それが偽らざる彼女の望みだった。
ここは王都の神殿内にある懺悔室。壁一枚隔て向かい合った状態で、今自分はセレスと対面している。
「えーと……」
彼女の望みに少なからず動揺する。
何故こうなったかと言うとお城で救世主会議があった後、セレスに少し相談したい事があると言われたからだ。
そこで翌日、彼女の空き時間に合わせ神殿まで足を運び現在に至る。
最初は神殿内の彼女に宛がわれた部屋でと言う話だったものの、彼女を警護する騎士らによって仕切りがあり声が漏れないこの懺悔室での相談となった。
修道服を着ている彼女がもちろん懺悔を聞く側の席に座っているのだが、今回相談を受けているのはこちらである。
「その、やっぱり変ですよね……」
「あ、いや。セレスって周囲から愛されるタイプだし意外すぎたって言うか……」
見た目も可愛く性格も温和で優しい彼女。
周囲の評価も上々で神殿内での彼女の影響力は計り知れない。
もちろんそんなセレスが慕われてないはずは無く、孤児院の子ども達を筆頭に常に周囲には誰かがいる。それも殆どが笑顔だ。
まさに聖女を地で行くそんな彼女の悩みが友達が欲しいなんて誰も分からないだろう。
「でもセレスの周りって人たくさんいるよね。いつもの護衛の女騎士さんとか」
「えぇ、皆さんには大変良くしてもらってます。してもらってるんですが……」
ポツリポツリ話す彼女の言葉をまとめるとこうだ。
自分が言ったように周囲に人は沢山いるし色々してもらえるものの、回復魔法をはじめとしたこの世界に無い癒しの力によって現在半ば信仰の対象にすらなりかけているらしい。
慕ってくれるのはもちろん嬉しいのだが、そのせいか対等である友人と言える人が全くいなくなってしまった。
現在自分と対等に話せそうな人は救世主組ぐらいしかおらず、その中でもこの世界の人と一番係わり合いが多そうな自分に白羽の矢が立ったそうだ。
ちなみに後で護衛の女騎士から聞いた話なのだが、このセレスの相談に乗る相手も彼女の希望に加え周囲が検討に検討を重ねた結果らしい。
実際自分でなくても同じ召喚された人物で相談をするのに適任そうな人物は何人もいる。
しかしまず歳が離れすぎているローズマリー、セレブリア、スヴェルクが除外され、続いて相談されることに向いて無さそうなサイファスとリディが外された。
残ったメンバーの中でセーヴァは周囲が二人きりにさせるのは色々危ないと判断し、ラットは女性がらみでいまひとつ信用できない、ルーシュは最近仕事の都合で夜型になってしまっており時間が合わないという理由で却下された。
そして最終的には何かあっても周囲がすぐに対処できるであろう自分になったらしい。
それを聞いた時は何ともいえない気持ちになった。
「んー、まぁ概ね理解はしたよ。でもルーシュは普通に友達でいると思うけど……」
「でも彼女に頼ってばかりではいけませんし……。それでヤマルさんにどなたか知ってる方を紹介していただけないかと思いまして」
「なるほどね。ちなみにセレスはどんな人が――」
「男は紹介したらダメだぞ」
いきなり懺悔室のドアが空いたかと思えば護衛の女騎士がこちらにきっぱりと告げる。
そしてそれだけ言うともはや用事はないとばかりに再びドアを閉めた。
……おかしいな、ここ防音のはずだし通信系の類はこの世界には無いはずなんだが。
「えーと、どんな女の子がいいの?」
改めて彼女の希望を尋ねると、壁の向こうから少し悩むような声が聞こえた。
そして待つことしばし。
「えっと、それでは希望なんですが……」
◇
「という訳で悪いんだけどコロとエルフィはセレスに付き合ってあげてくれないかな」
その日の夜。
いつもの宿にてコロナとエルフィリアを部屋に呼び、今日あったことを二人に掻い摘んで説明する。
「つまりその女子会ってやつにセレスさんと一緒に参加すればいいの?」
「うん。残りのメンバーは『風の爪』の女性陣にもう頼んであるんだ」
セレスが希望したのはなるべく彼女と歳が近くあまり立場を気にしなさそうな人だ。
とりあえずセレスに恩義もあるコロナを参加させ彼女のフォローに回らせる。エルフィリアはセレスと会った事無いし友達としては丁度いいだろう。
まぁ歳の差は目を瞑る。と言うより長寿種のエルフに歳の事を言い出したらキリがない。
「ヤマルさん。女子会って何すれば良いんですか?」
「あー……別にあれしろこれしろってのは無いよ。皆で適当にご飯食べて買い物して遊んでと好きなことやってくれたらいいからさ。要するにセレスの希望は友達と遊んだり話したりすることなんだし」
女子会と言ってはいるものの、内容自体は参加者にお任せだ。
そもそも女子会なのだから自分は参加出来ない。セレスを現地まで送迎するのはともかく、それ以降は皆に任せるつもりである。
一応護衛の女騎士らも周囲にこっそり配置には着くらしい。少しぐらい羽を伸ばさせても良いと思うのだが、やはりセレスは神殿にとっては大事な人なのでそうはいかないようだ。
ともあれよっぽどの事が無い限り彼女の意思を尊重し温かく見守ると言っていた。
「でもスーリさん達は良くオッケー出してくれたね」
「王族や貴族じゃないかって散々疑いもたれたけどねぇ。流石に今回も隠すと今度こそ信用なくしそうだし、その辺りはちゃんと説明しておいたよ」
もちろん異世界人とか聖女とか言えない部分は伏せてある。
スーリ達には王族貴族では無いものの、神殿のちょっと偉い人であるとだけは話した。
その上で向こうは歳が近い同姓の子と友人になりたいらしく、よっぽど変なことをしない限りは普通に接して欲しいと言う希望だと言うこともしっかり伝えてある。
「まぁ普段通りで良いからね。二人にセレスの事をお願いはするけど、それ以外は一緒に羽を伸ばして楽しんでくると良いよ」
◇
女子会当日。
家を出た私達は待ち合わせのとあるお店の前にいた。
ここでヤマルが話にあった女の子を連れてくる予定になっている。
今日呼ばれたのは『風の爪』の中の女子三名。自分と姉のフーレ、友人のユミネだ。
「ヤマルさん、どんな子を連れてくるんでしょうね」
「神殿の子って話だよね? 世間知らずのお嬢様、みたいなイメージはあるけど……」
「「「うーん……」」」
三人で話す内容は専らヤマルが連れてくる女の子の事だ。
一応ざっくりとした説明は聞いているものの、まだ詳しい話はそこまでは聞いていない。
彼の事だから変な子は連れてこないと思うものの、過去に連れてきた面々を思い出すと油断はできなかった。
「まぁどうせすぐに分かるわよ。大人しく待っていましょ」
「フー姉のそう言うところ羨ましいよ……」
そう言ってすぐに割り切れる性格が我が姉ながら羨ましい限りである。
「でもヤマルさんが連れてくる人って珍しいと言うか何と言いますか……」
「ユミネ、そこは遠慮しなくていいのよ」
「そうそう。まぁ最初はコロナちゃんだったよね。今でこそ見慣れたけど最初はびっくりしたわよねぇ」
何せ王都じゃあまり見ない獣人でそれも女の子だ。しかも可愛い。
そんな子がBランクの傭兵なのだからあの時は二重に驚いた。
「で、その次が……ねぇ」
「ドワーフのドルンさんはともかく、エルフィリアさんはねぇ……。はぐらかされたけどどこで知り合ったのかしら」
「それ以上に女王陛下の方がよっぽど……」
「一緒に連れてきてたカッコイイ人も知り合いみたいだし……。本当にヤマルの交友関係どうなってるのかしらね」
この調子では今日連れてくる人もかなりの変わり者かもしれない。
神殿の関係者の変わり者……王族以上となればもはや女神ぐらいしか残ってなさそうだ。
流石にそれは無いとは思うものの、ヤマルの事だしもしかしたら……と少し思ってしまう。
「あ、ヤマルさん達が来ましたね」
「お。例の女の子はどこかなー?」
そんな不安を少し抱えていると道の向こうから見慣れた男女ご一行がやってきた。
遠目でも良く分かるのは先頭を歩くコロナ。全体的に小柄な彼女だが、やはり頭の上にある耳が他の人と違うため誰なのかすぐに分かる。
そんな彼女のすぐ後ろを歩くのはいつも通りヤマルだ。更にすぐ後ろのはエルフィリアもいるのが見える。
そして例の今日の主賓である女の子は……。
「あれかな」
丁度ヤマルの後ろを歩いているせいか半分隠れてて見えなかったが、時折見えるその姿はエルフィリア同様金髪の女の子だった。
身長はそこまで高くは無さそう。ただ少し見えただけでも特徴的な白い修道服を着ているのは分かった。
「おーい!」
こちらから手を挙げ声を掛けるとコロナが体一杯使って手を振り返してくれた。
小さく跳ねる彼女はやはり愛玩的な可愛らしさがある。
しかし見た目はそんな彼女でも『風の爪』の誰よりも強いのだから世の中まだまだ驚く事が多いのを教えてくれる存在だ。
「コロナちゃん、おっはよー」
「おはようございます!」
「おはよ。待たせちゃった?」
「いえ、まだ時間より前ですし大丈夫ですよ。えーと、それで……」
「ヤマル、その子が話にあった子?」
近くまでやってきた彼らに挨拶を交わすと、早速とばかりに全員の注目が例の女の子へと集まる。
ヤマルが横に退くと入れ替わるようにその子が前へと出てきた。
腰まで伸びたサラサラの金色の髪に綺麗な碧眼。コロナとは別種の可愛らしい顔立ち。
十人に聞いたら恐らく十人が『美少女』と表現する女の子がそこにいた。
同性であるのだが思わず見惚れそうになってしまう。
「セレスティア=S=リンフォースと申します。今日はお時間頂きましてありがとうございます」
ぺこりと丁寧に頭を下げるセレスティアと名乗る少女。
その所作も自然体と言わんばかりに淀みがなく、彼女の品の高さが窺えた。
それを見てとりあえず姉のフーレに目配せ一つ。互いに頷き合っては流れるような所作でヤマルへと近づく。
「ごめん、ちょっとヤマル借りるね」
そのまま二人でヤマルの首根っこを掴み少し離れた場所へ連行する。
有無を言わさず連れてきた為か彼はしきりにうろたえるばかりであった。
そのまま内緒話をするかのように顔を付き合わせては密談の開始だ。
「あんな子どうしたのよ。女王陛下とは別の住む世界が違う子じゃない」
「ヤマルって真面目な顔してて女たらし?」
「何でそうなるんだよ……。あの子と知り合ったのは随分前だよ。それこそスーリ達やコロよりも早い時期だし」
意外にも自分らどころかコロナよりも早いと言うことに驚きだ。
コロナがいない時期と言えば《
そんな時期に神殿での偉い人である彼女との接点なんて何も無さそうだが……。案外彼は信心深いのだろうか。
「ほらほら、戻るよ。自己紹介もまだでしょ」
そのまま話は終わりとばかりにヤマルに促され皆の所に戻る。
そこでは丁度ユミネがセレスティアと挨拶と自己紹介を終えたところだった。
「ごめんね、お待たせ」
「それで、えーと、セレスティアちゃんだっけ?」
「あ、はい。セレスで構いませんよ」
「分かったわ。私はフーレ、冒険者をやっているわ。それでこっちが妹のスーリ。よろしくね」
「セレスちゃん、よろしくー」
努めて明るく彼女に振る舞い挨拶と握手を交わすと、彼女はどこか気恥ずかしそうな表情をしていた。
しかし嫌がっている様子は無くむしろ喜んでいる顔だ。まだ接し方を計りかねているんだろう。
友人を欲しがっていると言う話だったし、本当に一人で居た時期が長かったのかもしれない。
「んじゃ俺は行くよ。皆、セレスのことお願いね」
「あれ、ヤマルは一緒に遊ばないの?」
「女子会だからね、男は退散するさ。皆もゆっくり楽しんでいってね」
それじゃ、とヤマルは軽く手を挙げると来た道を戻っていった。
そして残されたのは自分含め女の子六名。冒険者と言う生業をしていてこれだけ同性が一堂に会するのは珍しいかもしれない。
「それじゃ中に入りましょ。まずは甘い物でも食べながらセレスの事を色々教えてもらわなきゃね」
「賛成ー!」
「あ、その、お手柔らかに……」
姉の提案に諸手を上げると、逆におろおろし始めるセレス。
まだまだ硬いかなー、と彼女の様子を見つつしばらくはあまりぐいぐい行かないように方針を決める。
大人しい子の扱いはユミネで経験済みだ。慣れるまでは彼女のペースに合わせてあげるのが一番だろう。
「大丈夫大丈夫。セレスちゃんにも私たちの事知ってもらうつもりだからね」
少しわざとらしい笑みでそう話すと、彼女も小さく笑みを浮べては小さく頷きで返す。
そんな彼女の手を握りながら皆と一緒にお店の中へ入っていった。
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