第159話 救世主会議(全員集合)
「この部屋かな」
城のとある一室の前のドアで立ち止まり誰に言うわけでもなくそう呟く。
カーゴの改造案の為にシンディエラの馬車を色々と見させてもらっていたのだが、そんな中とあるメイドが自分の所にやってきた。
内々な話と言うことで皆と少しだけ離れ話を聞くと、どうも召喚された面々が自分を呼んでいるとの事。
もっと具体的に言えば彼らは度々集まって話し合いをしているらしい。
丁度本日その集まりがあり、自分のことを見かけた誰かが良かったらどうかと呼んでくれたそうだ。
それを聞き少し考えを巡らせる。
馬車の内装はある程度見させてもらったし、今日中に本決まりするわけでもない。
なら普段中々接点が持てない彼らと久方振りに顔を合わせる方が良いだろう。
何せ住んでいる場所が違うせいか全然会う事が無い。セレスとローズマリーは日中の居場所は分かってはいるものの、中々足を運ぶ機会が無かったのだ。
そんなわけで今は教えてもらった部屋へとやってきたわけである。
「もう皆いるのかな……?」
呼んだ以上多分誰かいるとは思うのでとりあえずドアを数回ノックする。
すると中から懐かしい女の子の返事が聞こえてきたのでそのままドアを開けた。
「失礼しますー」
「あ、ヤマルー! おひさー!」
中に入るととても人懐っこい笑顔でルーシュが手を振っていた。
彼女に笑顔を返し手を振るととても嬉しそうにこちらを見つめてくる。
「いやはや、ヤマル君が参加するのは初めてですね」
「セレブリアさん」
「むしろ全員が一同に集まるのが初めてだな」
「サイファスさんも」
彼が言うようにこの部屋にはすでに九人の人間が席に座っていた。
この世界に初めて来たあの日のメンバーが再びこの場に揃っている。何ヶ月ぶりだろうか。
(まぁ自分以外は何回か揃ってそうだけど……)
城を出てからはじめの頃は日々の生活の為に中々こちらのことを振り返る余裕無かった。
今だからこそ生活環境はあの頃に比べればマシになったし、レーヌを始め城に関わる人と接する機会増えたからこそ考えれるようになった。
そんなことを考えていたらこちらに向かい小柄な少年がぺこりとお辞儀をする。
そう言えばこの子――リディだけは城を出てから一度も会ってなかったのを思い出す。
「その、ヤマルさん。本当にお久しぶりです」
「あ、リディ君。久しぶりだね、元気にしてた?」
「はい。今は摂政の補佐として色々資料取りまとめたりしているんですよ」
「おー、すごいね。流石だなぁ……」
そう言えばこの子は確か本が好きだった。
なら文字が関わる仕事は天職かもしれない。多分自分と一緒で翻訳能力あるはずだからどんな本でも読めるはずだし。
もし彼にここの書庫が解放されてたら天国かもしれない。何せ異世界であるここの書物は彼にとっては知らない蔵書しかないため、さながら宝物庫に見えてしまいそうだ。
「皆さん、積もる話もあるでしょうがまずは情報交換しましょう。ヤマル君はそちらの席に座って下さい」
「あ、はい。分かりました」
セレブリアに言われ指定された席に座るとセレスの隣だった。
相変わらず白基調の修道服を纏い温和な雰囲気を出している。
「お久しぶりです。その後お変わり無いですか?」
「うん、大丈夫だよ。セレスはどう? 神殿はもう慣れた?」
「はい。皆さん良くしてくれますし……。ただ……あ、この話はまた後で……」
進行役であろうスヴェルクが話し始めたのでセレスとの会話を切り上げる。
ここでどんなことを話すのだろうと大人しく聞いていたが、本当に情報交換会だった。
例えば現在こんな悩みがある。現地知識や自分ではどうにもならないから何か良い案は無いかなどだ。
全員が全員知識人では無いものの、異なる十の世界からそれぞれやって来た人である。
その為すでに自身の世界で解決済みの話があればそれを教えたりと概ね有意義な話し合いになっているのだそうだ。
もちろん世間話も忘れない。
あれから彼らも多少自由な立場にはなったらしいものの、基本今でも城に所属していることになっている。
その為外に出た際の情報や他部署の話はとても貴重なのだそうだ。
そして今回の会議では基本外に、取り分け街を出て国外まで足を伸ばした自分がいる。
獣亜連合国まで行き、今度魔国まで行く予定のある自分は他の人から見たら一番この世界を見た人間だ。なので色々と根掘り葉掘り聞かれることになった。
あちらの国がどんな感じなのか説明していると、ちょいちょいとローズマリーが手招くような仕草をしたのが見えた。
彼女の方に顔を向けると話は薬草談義に入る。
「国外に行ったんなら現地の薬草とか香草でも買ってきてもらったら良かったかねぇ」
「ローズマリーさんなら俺に頼まないでも十二分に手に入るんじゃ……」
「現地にしか無い物とかもあるからの。今度その写真に現物写してくれると嬉しいのぅ。店でどんなのを取り揃えてるのかでも構わんぞ」
「あ、じゃぁ今度出先でお店見回ったときに撮って来ますね」
彼女にそう約束すると続いては自分とばかりにラットが手を挙げた。
「兄ちゃん、なんか他に面白い話ないか? 珍しいもの見たとかさー」
「んー……あ、そうそう。獣亜連合国の首都で俺達が召喚されたときの部屋とそっくりな場所あったよ」
このメンバーならあながち無関係じゃないと思い、首都デミマールの祭壇の間に行った時の話を皆へ伝える。
こっそり取った写真も一緒に見せると確かに似ているという感想が皆から漏れた。
「何か関係性があるのかもしれませんな」
「でも何なのかまでは結局分からなかったんだよね。あっちの人は神事で使ったり大事な場所ってことらしいんだけど、共通点ぽい話は特に無かったし」
たまたま同じものと言えばそれまでだが、流石に違う国の首都に同じ物があるのは出来すぎだろう。
しかし限りなく怪しいと思っていても結局それが何か分からない以上そこから話は進める事が出来なかった。
「後は……あー、何か変なのに絡まれたかも」
「変なのですか?」
「うん。なんて言えばいいのかな……やること過激なのに考え無しに行動してるって言うか……。ほら、前にセーヴァらが護送してたあの人みたいな感じと言えばいいのかな」
件の貴族の三男坊を引き合いに出して簡単にそのときのことを話す。
あの貴族も大概考えなしだったが、あの駄犬もよっぽどの考えなしだったと思う。
単に異世界だから自分の常識が通じないとか酒に酔ってるとかの可能性もあるが、それを差し引いてもあれはいくらなんでも酷すぎた。
……ダメだ、やめとこう。アレのこと思い出すとそれだけでムカムカしてどうも気分が悪い方へといってしまう。
「あー……兄ちゃん、そのな」
「ん?」
なんだろう、ラットが何故か申し訳なさそうな表情をしていた。
あの獣人とこの子は全く無関係のはずだが、何か気になるところでもあったのだろうか。
しかし彼らが発した言葉は予想を遥かに越えた内容だった。
「ヤマル殿、大変申し上げにくいんですがその男には逃げられました」
「……え?」
スヴェルクの言葉に一瞬言葉を失ってしまう。
逃げられた? セーヴァが居たにも関わらず?
クロードで別れた後に何かとんでもないことでもあったのかと心配するが、どうやら事が起こったのは更に後らしい。
「や、俺らちゃんと仕事はしたんだぜ!」
「あの後僕たちは王都に戻って彼を引き渡しました。取調べを騎士団に任せていたんですが、数日後に地下牢から忽然と姿を消したそうです」
「それは……どうやって?」
「手段含め行方も未だ知れず。現在も調査は行っているが芳しくないな」
「ですからヤマルさんももし見かけたら気をつけてください。すでに国外まで逃亡している可能性もあるそうなので」
「ん、分かった。後で人相書きか何かあったら貰える? 仲間にも教えておかないといけないし」
とりあえずそいつの顔を知らないので何か人相が分かる物を貰う約束は取り付けておく。
うぅん、しかしそんなことになってたなんて知らなかった。
向こうは自分のことも知らないから直接相対することは無さそうだけど、すでにとんでもない事やらかしてる人間だけに気をつけるに越したことは無いだろう。
「……少し空気が重くなってしまいましたな。そう言えばヤマル殿は外で召喚に関することは何か聞かれましたか?」
「召喚って自分達が呼ばれたやつですよね? 外でとなると……どこかの領主一族の祖先が昔呼ばれた異世界人ってぐらいですか」
確か最初にマルティナに会ったときにそんな話を聞いた気がする。
異世界人が呼ばれていること自体は割と知られているものの、誰が異世界人なのかまでは伝わっていない。そんな中確実に分かっている稀有な例がその領主一族だ。
「こちらでもリディ殿に書庫で調べてもらっていましてね。いくつか分かった事があるのです」
「えーっと、確か私達召喚者は全員何か共通点があるんだって」
「……え、共通点?」
それを聞きゆっくりとこの場にいる面々を見回す。
いや、この場にいる全員や今までの召喚者も含め共通点があると言うことなのだろうが……。
「……あるの?」
「そうらしいですよ。私達も前に聞いてから気にはなっていたんですが……」
「そもそもこの十人ですら共通点見つけるのが難しいじゃろ」
確かにセレスやローズマリーが言うようにこの場にいる面々は見事なぐらいバラバラである。
むしろ自分と他の面々との共通点を探す時点で全くと言っていいほど無い。
そもそもハズレ枠として呼ばれた為、皆とは根本的に違うのだ。それを踏まえた上での共通点となると……。
「うーん、それこそ全員『人間』ってぐらいしか無いんじゃない?」
生物学上一致することぐらいしか思いつかない。
もしくはそれこそこの世界の人間じゃないぐらいと言う本当に当たり前レベルしか無いんじゃないだろうか。
「人間、ですか?」
「ほら、この世界って人間以外の種族もいるし。俺のパーティーなんて全員人間じゃないからね」
「あれ、兄ちゃんとこの仲間増えたのか? 前会った時は確かコロナちゃんとわんころがいたよな?」
「うん。セーヴァとサイファスさんは一回会ってるけど、ドワーフの男性とエルフの女の子が加わったよ」
「エルフ?! なんだよそれ! 兄ちゃんずりぃぞ!?」
「いや、ずるい言われても……」
エルフィリアを紹介しろと強く出るラットを宥めつつ話を強引に元へと戻す。
「一度に十人も出したんなら一人ぐらい別種族入ってる方がむしろ自然じゃないかな。まぁ元々召喚自体が人間限定って可能性もあるけど……」
「ふむ、確かに当たり前すぎて見落としてましたな」
「でもそんなこと文献に残すでしょうか。ヤマルさんが言うように術の仕様って線も濃厚ですし……」
……何か存外に話が盛り上がってきた。
割と当たり前な部分を言っただけのつもりだったんだが、彼らからしたら盲点だったらしい。
もしこれで役に立てたならちょっと嬉しいかもしれない。優秀な彼らの手助けが出来たわけだし。
「ヤマル、他に何か思いつきそう?」
「え? うーん……」
「何でもいいですよ。外にいるヤマルさんなら僕たちじゃ気付けないこともあるかもしれませんし」
うーん、外、外……。
でも自分が外に出てるのって結局帰るためだもんなぁ。そうじゃなきゃ冒険者よりもっと定職に……あれ?
「……いや、これは違うか」
「何か思いついたんですか?」
「思いついたというか……。何で皆は俺みたいに帰りたがらないのかなぁと思って。もちろんそれぞれ理由はあるんだろうけど」
でもこれは共通点ではない。
何より他のメンバーと違って自分は帰るために行動を起こしている。この点において自分と彼らは決定的に違う。
それに彼らほど能力を持ってるなら召喚石を手に入れるのはもっと簡単だろう。
そもそも城の庇護下にいなくてもなんとでもなりそうな人は何人もいる。
(ただなぁ……)
気になるのは前の世界で結構良い立場だった人間だって何人かいると言うことだ。
勇者だったセーヴァだけは以前に話を聞いたので元の世界に戻りたくない理由は何となく分かるものの、悠々自適が出来るほどの商売人だったセレブリアに聖女候補のセレス。
ローズマリーもこちらに来てから様々な薬を作っているのだからその腕前は押して然るべきだし、スヴェルクに至っては国お抱えの裁判官だったはずだ。
そんな地位にいたであろうメンバーから誰一人として元の世界に帰りたいという話を聞いた事が無い。
もちろん自分が聞いてないだけで密かに情報集めてたり召喚石作ってたりする可能性もあるが……。
「まぁ帰ったと思しき召喚者も昔いたみたいだけど、この世界に骨埋めてる人の方が遥かに多いみたいだし。皆は帰りたくないのかな、と……?」
何と無しに言った質問だったが、ふと部屋を見ると何やら重苦しい雰囲気になっていた。
これはあれか。もしかしなくても全員分の地雷でも踏み抜いたか?
皆元の世界に帰りたくなくなるほどの何かがあったということなのだろうか。
流石にこれ以上聞くつもりは無いが、どうにもこの部屋の空気を作ってしまっただけにかなり辛い……。
「その……すいません」
「いえ、皆思うところあるかもしれませんが大丈夫ですよ」
セレブリアがそうフォローしてくれるものの結局空気を拭うことは最後まで出来ず、折角の再会もその日は重苦しいまま解散することになってしまったのだった。
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