第155話 閑話・ヤマルのいつもと違う夜


「んー……! 今日も疲れたねぇ」

「わふ」


 チカクノ遺跡から戻り皆で夕食を取り終わった後、特に連絡事項も無いため今日はお開きとなった。

 皆各々の部屋に戻り今は思い思いに過ごしているだろう。

 自分も部屋に戻り椅子に座っては大きく背を伸ばし身体を解す。


「さて、とりあえずポチの体洗おっか」

「わん!」


 必要な物を持ってポチと一緒に浴場へと向かう。

 チカクノ遺跡を訪れる人が増えたとはいえまだ数ヶ月。店や建物も多少は増えたとは言え、残念ながら水を多く使う銭湯はここには無い。

 相変わらず五右衛門風呂のような浴場はやはり湯張りが面倒なのか使う人はいない。いや、正確には最初に使おうとする人がいないが正しいか。

 ともあれ今回は自分ではなくポチだけなのでさっさと出るつもりだ。


「ポチ、風呂桶出しといてー」

「わふ!」


 上着とズボンを脱ぎ半袖半ズボン……もとい下着姿になったところでポチが言われたとおり風呂桶を用意する。

 もはやこれも慣れたもの。ポチは自ら桶の中に入るとまだかと言わんばかりにこちらを見上げてきていた。


「ほんと、手の掛からない子で俺は嬉しいよ」

「わふ」


 苦笑しつつ手から《生活魔法+:水と火お湯》を出しいつも通りポチを手洗いしていく。

 石鹸が無いので念入りに手洗いするしかないのだが、それが気持ちいいのか尻尾を振るためこちらにもお湯が跳ねる。

 ……まぁ気持ち良さそうにしてるのを見ると何も言えなくなるのだけど。


(多分今日は皆尋ねて来そうだからなぁ。ポチには悪いけど早めに済ませちゃうか)


 ポチを洗いつつ今日の昼の出来事を思い浮かべるとこの後もう一仕事ありそうな予感がする。なのでまずは目の前のことを片付けることにした。



 ◇



「ヤマル、今大丈夫か?」


 ポチを洗い終え丁度自室でポチのブラッシングを終えた直後のこと。

 まるでタイミングを見計らったかのようにドルンが部屋へとやってきた。


「はいはい、どしたの?」

「悪ぃがいつもの頼めるか? どうも今日は頭ばかり使ってて肩が凝ってなぁ」

「あー、ドルンずっと壁とかとにらめっこだったもんね」

「正直土運んでたり体動かしてる方が楽なんだがな。まぁこればかりは仕方ないんだが」

「今回は自分達のためだしね。んじゃまそっちの部屋で良い?」

「おう、頼まぁ」


 ポチは自室でゆっくり過ごさせることにし、自分はドルンの後を着いて彼の部屋へ向かう。

 中はまぁ当たり前だが宿だけに大きさも家具も一緒だ。ただそれらが置いている場所だけが微妙に違うぐらいである。


「いつもぐらいでいいの? 自分でやってて結構キツい感じするんだけど」

「そうか? 俺には丁度良いからいつもぐらいで頼むわ」


 了解と彼に返すと、ドルンはそのままベッドの上に乗り枕を頭の下に敷いてはうつ伏せ状態で寝転ぶ。

 そして自分も上り彼を跨ぎ膝立ち状態になっては、そのまま両手を肩の上に置いた。


「んじゃ始めるよ」

「おう」

「《生活の電ライフボルト》」


 パチっと電気が流れるような音がし、自分の両手に魔法で電気が生成される。

 そのままドルンの肩に流し込むように操作しては彼の肩をゆっくりとマッサージしはじめた。


「っかぁ! 効くなぁ……」

「見てる分にはダメージ入ってるようで不安になるんだけどね……」


 だがドルンが言うにはこれが良いらしい。

 そもそも眼下に映る彼の背は筋肉でガチガチである。そんな体に自分が普通のマッサージをしたところで全く効果が無い。

 ただ少し前にひょんなことから日本には電気風呂がある話をしたところ、その後物は試しと《生活の電》を使ってマッサージをすることになった。

 結果とても良かったらしく、以来今回のように疲れる事があった時は自分に頼むようにしている。


「その内おめぇが言ってたマッサージチェアってのも作ってみてぇなぁ」

「完成品見せれないのが残念だけどあれはやばいからねぇ。大体の人間はそのまま寝るし」

「人の体に合わせて動くだったか。単純な動きならともかく可変した動きは難しそうだなぁ。おー、ぉ……」


 そのまま肩から背中に、背中から腰に、そして折り返してまた背中にとやっていると次第にドルンの口数が減っていく。

 話しかけても生返事しかしなくなり、二十分ほどやったところで完全に寝入ってしまっていた。

 ちゃんと気持ち良かったようでやった身としては嬉しい限りである。


(さてと……)


 ドルンからは前以て寝た時はそのまま戻ってくれて構わないと言われている。

 《生活の音ライフサウンド》で自分を無音状態にしてベッドから降りそのまま部屋の明かりを消しては外へ出た。

 ドルンの部屋のドアを閉じたところで丁度廊下の奥の方からコロナが姿を現す。

 多分湯上り直後なんだろう。彼女の尻尾が湿気でしぼんでいる為それがすぐに分かった。


「あれ、いつものマッサージやってたの?」

「うん。ドルンもう寝ちゃったから今出てきたところ」

「ふぅん。あ、ヤマル! 尻尾とか乾かすの手伝って欲しいんだけど……」


 こちらも予想通りだったので苦笑しつつ了承し今度はコロナの部屋へ。

 最初は宿の部屋とはいえ女の子の部屋に入るのは躊躇っていたのにもう慣れたもんだなと思う。


「んじゃブラシ貸してね」

「ちょっと待ってね。……っと、はい」


 彼女からブラシを受け取り二人してベッドへ上る。

 そして彼女がこちらに背を向け尻尾を差し出したのを見計らい、いつも通り魔法で《風と火ドライヤー》を発動させる。


「じっとしててね」


 コロナのブラシから温風を出しつつ尻尾のブラッシングを開始。

 彼女の風呂上りの尻尾のブラッシングは最近は少し楽しくなってきている。

 コロナの尻尾は濡れているとしぼんでいるような感じなのだが、乾かしながら梳くことで本来の姿を取り戻す。

 そして自然乾燥じゃなく自分の魔法で乾かしているので、しぼんだままの部分とふわふわになった部分のコントラストが出来、それが見ていて何か楽しいのだ。


「ヤマルの魔法と同じ様な物が異世界にあるんだよね?」

「うん、ドライヤーだね。まぁうちの世界は獣人いないから基本髪の毛専用だけど……あぁ、でもペットの犬とかに使う場所もあるかも」

「むー、私ペットじゃないよ」


 少々ふてるコロナに苦笑しながら謝りつつそのまま手は止めず作業は続けていく。

 ドルンのマッサージと同じ様にこれも気持ちいいのか、コロナが珍しく舟をこぎ始めた。


「コロ、眠い?」

「んー、ちょっと……気持ち良くて……」

「もう少しで終わるから。って髪乾かさないまま寝たら明日大変だよ」

「ヤマルがしてくれるから大丈夫だよー」


 欠伸かみ締めつつ、さも当たり前のように言うコロナに何も言えなくなってしまう。

 仕方ないなぁとそちらの件も了承し、そのまま更に二十分ほどかけて尻尾と髪の両方を乾かした。

 眠そうだったコロナも流石に耳元で温風の音がしたら目が覚めたようで、終わる頃にはいつも通りの彼女になっていた。


「はい、終わり」

「ありがと! ……ねぇ、ドルンさんにやってるマッサージってそんなに良いの?」

「んー、当人は気持ち良いって言ってるしいつもそのまま寝るからそうなんだろうけど他の人にやったこと無いからなんとも。そもそもあれ魔法使うから少し危ない部分あるからね」


 もちろん元々出力が低い《生活魔法》で更に威力を控えめにしているから怪我の心配自体は無い。

 だが何かの拍子に、なんてこともありえるので現状はドルン専用だ。

 だってドワーフ、素で体頑丈だし。


「それ私もしてみたいなー、なんて……」

「ぇー……」

「えーってそんなに嫌なの!?」

「いや、嫌って言うか体触るんだよ? それに絵面がなぁ……」


 同性のドルンはともかく、ベッドの上で小柄なコロナに跨ってる時点で色々アウトだ。

 傍から見たらいかがわしい事をしているようにしか見えない。


「前ドルンさんにしてたの見たけどあんな感じでしょ? 別に大丈夫だと思うけど」

「……頼むから他の異性に同じ事言っちゃダメだからね? 俺でも大概ダメだけど……」

「あはは、大丈夫だよ。ヤマルぐらいにしかこんなこと頼めないし」


 そういうとこだぞコロナ。そんな屈託の無い目で言われたらあれこれ考えてるこっちが馬鹿らしく思えてくるんだぞ。


「じゃぁお試し程度ってことで。ドルンに合ってもコロに合うかは分かんないし」

「うん、分かったよ」

「それでどこやるの?」


 基本ドルンは肩・背中・腰だが、一応他にも腕や脚も希望があればするとは言ってある。

 もちろん脚と言っても足裏から脹脛ふくらはぎぐらいまでだ。間違っても太ももやお尻を合法的に触ろうなんてしないし思わない。

 そのことをコロナにしっかりと説明すると、彼女はとりあえずドルンと一緒で肩から腰にかけてして欲しいと言ってきた。


「あぁ、一応言っておくけどマッサージって言っても素人の見様見真似もいい所だからね? あんまし期待しないように」

「うん。それじゃお願いしまーす」


 ごろんと何の躊躇も無くベッドにうつ伏せで横たわるコロナ。

 信頼されているのか男として見られてないのか、はたまた両方かは判断に悩むところだ。

 ……まぁ考えても仕方ないのでとりあえずやるだけやってみよう。


「あ、後痛かったりしたら我慢せずにすぐに言うように。希望あったら遠慮なくね」

「うん」


 最後にそれだけ告げると彼女に跨り《生活の電》を唱えコロナの肩に手を置く。

 置いた瞬間ビクンと小さく体が震えたものの、その後は特に何も無く大人しくしていた。


「コロ、平気?」

「うん。最初ちょっとだけびっくりしちゃったけど痛い訳じゃないからね」

「ん、了解」


 なるべく彼女に体重をかけないよう気を付けつつ、ゆっくりと肩を揉みほぐす様に腕を動かす。

 しかしなんて言うか……。


「……ヤマル、どしたの?」 

「え、あー。コロの体小さいなって思って」


 ドルンをやった後と言うこともあるのだが、彼の筋肉質の体と比べるとコロナとの違いが本当に良く分かってしまう。

 身長だけなら二人ともそこまで変わらないのだが、コロナは何というか細いのだ。

 もちろん剣を振り動き回るだけあって華奢ではないものの、ドルンみたいに筋肉が盛り上がってるわけでもない。

 むしろ触ってる感触からしたら自分が腕相撲やっても勝てるんじゃないかと錯覚しそうになるほどである。

 しかしコロナはこちらの言葉をそのまま受け取ったようで『むー』と少し不機嫌そうな声を出していた。


「そこまで小さくないもん……」

「ごめんごめん。でも俺よりもずっと小さいこの体で今まで守ってくれたんだなぁって思っちゃってさ」


 日本ならいい大人がこんな小柄な子に守ってもらうなんて恥以外何物でもない。

 そんな子がいつも守ってくれてると思うと改めて感謝の気持ちが湧いてくる。


「コロ、いつもありがとう」

「う、うん……どういたしまして……」


 自然と出た言葉を言うと、コロナは気恥ずかしそうに枕に顔を埋めてしまった。

 そのまま五分ほど背中周りを二往復したところで一旦手を止める。


「コロ、大体こんな感じだけどどう?」

「んー……気持ちいいは気持ちいいんだけど、私は尻尾やってもらってるときの方が上かなぁ?」

「なるほど。やっぱり個人差あるみたいだね」


 コロナとしては背中のマッサージは可もなく不可もなくと言ったところのようだ。


「あ、ヤマル。なら試しに脚もやってもらっても良い? 場所で変わるかもしれないし」

「そうだね……まぁこの際だから試してみようか」


 という訳で場所を移動。

 まずはコロナの足裏からなのでベッドの端の方へと体を動かす。

 丁度うつ伏せ状態の彼女を下から見上げるような形になったため、一旦頭を振り邪念を吹き飛ばした。


「んじゃやるよー」


 今度は親指付近に魔法を集める。イメージ的には足ツボマッサージだ。

 もちろん痛い事するつもりはないのでそこまで強く押すことはしない。

 だが――


「――ッ!?」


 足裏を押した瞬間突然コロナの体が小さく跳ね尻尾が軽く逆立つ。

 もしかしていきなり変なところ押したかと思い彼女の足から即座に手を離した。


「ごめ! コロ、大丈夫? 痛くない?」


 心配になり声をかけると、彼女は上体を少しだけ起こしこちらに顔を向ける。

 微妙に顔に熱が帯びてる感じがする。もしかしたら痛いではなくくすぐったい部分押してしまったのかもしれない。


「……大丈夫。ちょっと、その、びっくりしちゃって……」

「くすぐったかったとか? まぁこれだとどっちにしろ止めておいた方が良さそうだね」


 流石に押す度にこんな反応されたら心配になってしまう。

 理想はドルンの様にやってる内に寝てしまうことであって、痛いやくすぐったいではダメなのだ。


「大丈夫だから、その、もう少しやって欲しいかなぁ……なんて」

「……ホントにまずかったらちゃんと言うんだよ?」


 マッサージなんてリラックスするためにやるものであり我慢してするものではない。

 とは言うもののまだ試しのたの字部分すらしていない。とりあえず彼女の希望通りもう少し続けることにする。


「……」

「……!」

「…………」

「~~~~!!」

「あの、コロナさん。やっぱ止めた方が良いと思うのですが……」


 流石にシーツを握り締め枕に思いっきり顔を埋めるどころか押し付けている姿は普通じゃない。

 何というか……そう、あれだ。テレビ番組で芸人が滅茶苦茶痛い足ツボマッサージを歯を食いしばって耐えてるようなそんな感じである。

 しかし彼女は頑なにこちらの言葉を拒否。枕に埋めた顔を必死に左右へと振る。

 そんな我慢してやるものでもないだろうに……。


(とっとと済ませるか……)


 この調子ではどこを押しても駄目そうな気がしたので足裏は断念。

 さっさと脹脛を軽くやって終わらせることにする。


「んじゃ次脹脛ね」

「え、ちょ――」

「もう少しだから我慢するようぶへっ!?」


 そのまま彼女の両方の脹脛を片手ずつ掴んだ瞬間、自分の顔が真上に跳ねた。

 下からいきなり何かが飛んできてそれが顎を直撃した。それが分かったのは当たったものがそこまで痛いものじゃ無かったおかげだろう。

 目線を水平位置まで下げると眼前には先ほど自分が手入れしたばかりのコロナの尻尾。完全に逆立っているのを見るとどうもこれが当たったらしい。


「コーロー……」

「ひぅっ?! ごめ、でももぅ無理……」

「駄目です」


 散々途中で止めるかと聞いてたのに流石にこれはひどい。

 なので彼女の言葉を笑顔で拒否。瞬間、コロナの顔が絶望に染まる。


「最後までやるからね?」

「いやあぁぁーーーー?!」




 十分後。

 そこにはベッドに力無く横たわるコロナの姿があった。



 ◇



 そんな事があったコロナの部屋を出て三十分後。


「ふっ……! はっ……はふ……」

「コロもだけど何で我慢するかなぁ……」


 コロナの部屋を出たところでエルフィリアと遭遇した。

 どうやらドア越しに聞き耳を立ててたらしく、ドアを開けたら廊下に座り込んでいる状態だった。

 半ばパニックになりかけてたエルフィリアに内心苦笑漏らしつつも、とりあえず落ち着かせるために彼女の部屋へ。

 そして誤解されないよう中で何してたかを告げたところ、ドルンやコロナだけずるいみたいな話になり、髪乾かしついでにやる流れとなった。

 コロナの一件があったので彼女には口を酸っぱくして我慢しない、無理しないようにと告げた。

 だが結果はご覧の通り。エルフィリアはコロナと同じ道を辿ることになった。


「エルフィ、大丈夫ー?」

「……」


 こちらの言葉にうつ伏せ状態で顔を枕に埋めながら彼女は力無く左手を挙げる。

 まぁコロナと違い彼女は肩部分で早くもこうなったので良かったかもしれない。

 いくら寝間着とは言えコロナ以上に女性の体つきをしているエルフィリアに触るのは自制心がとんでもなく揺すぶられる。


「まぁ分かったと思うけど、こうなるから次から止めておくようにね?」


 とりあえずそれだけ告げてはエルフィリアの部屋を出る。


「んーー……!!」


 廊下で大きく両手を挙げ背を伸ばし凝りをほぐす。

 皆が来そうな予想していたとは言え、予想外のことばかりで随分時間が掛かってしまった。

 ポチも多分寝てしまってるだろうし、自分も風呂入って寝ることにする。


「明日はどうなるかなぁ」


 運搬の話になるんだろうけどどうしたものか。

 首を軽く回し何か手を考えないとなぁと思いながらとりあえず自室へと戻ることにした。

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