第154話 カーゴ
「けほ……」
「やっぱずっと停滞してる場所だと空気悪いな……」
まるで前回地下二階に降りたときのような空気の悪さに思わず皆がむせる。
後で空調周り少しお願いしないとなと思いつつ中に入ると、乗り物を置く場所だけあり程ほどに広い空間なのは分かった。
「ヤマル、明かり頼む」
「ん」
《
明かりに照らされ内部の状態が明らかになるが、これは……。
「うわ、ぐっちゃぐちゃ……」
「うぅむ、一体何があったんだろうな……」
室内に横たわるエアクラフターと思しき残骸。大きさは聞いていた通り馬車を少し大型化したような感じだ。
ただし当時よっぽどの衝撃があったのか完全に凹み大破した物、壁に押し付けられるような形で転がっている物など様々である。
タイヤが見当たらないせいでどの面が上向きなのか良く分からない。単純に四角い箱が転がってるようにすら見えた。
「残念ながら見たところ殆ど壊れているようデスネ」
「まぁとりあえず調べようか。無傷……は多分無理そうだから、なるべく損傷少ないの手分けして探す方向で」
「危ない箇所もあるかもしれないからな。特に斜めに傾いてるのは要注意だぞ」
とりあえず全員で室内に散らばり損傷軽微と思しきエアクラフターを探す方向に決まる。
皆が探し始める前に自分は《生活の光》を更に出し室内を一層明るくした。念のために追加で欲しい人は声をあげるように伝えておく。
皆が思い思いに捜しに行く中、ふと気付くと左右にコロナとエルフィリアがいた。
「あれ、どしたの?」
「んーん、ヤマルと一緒に調べようと思って」
「私はちょっと一人で調べるのは不安でして……」
「良いけど今回はあんまし役に立てないよ。俺よりもメムの方がよっぽど知ってるはずだし」
「それでもいいよ。この室内の大きさなら固まって動いても問題無いよね」
まぁ確かに断わる理由は何も無いので一緒に行くことにした。
試しにと三人で手近なエアクラフターの残骸を調べる。しかしやはりこれもベコベコに凹んでいるせいか動きそうな感じが全くしなかった。
「でも不思議だよね。こんなのが浮いてたなんて」
「魔法かそれに近い技術か何かじゃないかなぁ。コロだって飛ぶしマルティナさんも魔法で浮けるし。あ、エルフィはそっちの魔法って何か覚えてたりは?」
「えと、覚えてないです。森の中だとあまり小回り利かない魔法は避けられる傾向でしたので……」
まぁ勝手に飛んで結界を越えても困るし、木々を縫うような動きも魔法では難しそうだ。
そもそもエルフは身体能力で木を伝って動いてたので、飛行系魔法は全く必要無いと言える。
「でも魔法でもこれだけの金属の物体を浮かせる方法なんて無いですよ……」
「そうだね。中は空洞多いけどやっぱり重いし」
コンコンとエアクラフターを叩くと確かに小さい反響音がした。
試しにコロナが軽く押してみるが、これだけの金属を一人では動かすのはやはり困難なようでびくともしない。
「しっかり力入れれば引きずることは出来る……かな? 傾けたりはいけるけど持ち上げたりは人数居ないと無理だと思うよ」
「コロがそう言うなら運ぶ時は大変そうだね。そもそも地上にどうやって運ぼう……」
現在位置は地下三階ぐらい。
ここから地上まで人力で運ぶにはちょっとどころじゃない人手と労力が必要になる。
「もっと小さければ遺跡から運べたかもしれませんね」
「この大きさじゃまず入り口のドアに詰まるからね。トンネル自体は拡張は出来るだろうけど、遺跡の非常階段にも入りきらないし流石に無理だよ」
試しに自分でも触ってみるが一人ではどうにもできそうになかった。
手に着いた埃を落としエアクラフターに視線を向けると自分の手形の跡がついている。その下からはエアクラフター本体の本来の色であろう鈍色の車体色が見えた。
「とりあえず運ぶ方法は後で考えるとして全部見て回ろうか」
一番近い場所にあったエアクラフターから離れ別の車体を調べにいく。
だがどれも状況は芳しく無かった。
近くで同じ様に調べているドルンや研究員も難しい顔をしている。やはり状態が目に見て良くないのだろう。
とりあえず十分ぐらいしたところで一度皆に集合をかけ情報の擦り合わせを行うことにした。
「そっちはどうだ?」
「どれもボコボコで動きそうになかったかなぁ。そっちは?」
「同じだな。流石に細かい部分は分からんが、本体があそこまで凹んでたら壊れてると見てよさそうだ」
結局収穫は無し。いや、壊れてるとは言え古代人の乗り物を見つけたって結果は残るか。
そう考えればギルドに報告出来る分まだマシかもしれない。
でもやっぱりエアクラフターが手に入らなかったのは……いや、もうよそう。
古代人の知恵と技術に頼りきるのも問題だ。そもそも馬車と言う移動手段は残っているのだからそちらを使えばいい。
うん、まぁ本音を言うととても残念だけど……。
「あれ、メムさんは?」
「え?」
エルフィリアに言われ見回すもメムだけが集まっていなかった。
何かが崩れた様子も音も無いのでその辺にいると思うがどこに行ったのだろう。
探しに行こうか、と提案しようとしたところで、奥の方に転がってたエアクラフターの影からメムが姿を現す。
「あ、いたいた。遅かったけどもしかして無事なのあった?」
戻ってきたメムにそう問いかけるも首を左右に振られ否定の意を示される。
だがメムはただ遅かっただけではなく裏であるものを見つけたと告げた。
「エアクラフターは見た限り全て壊れていまシタ。ですが一つだけカーゴが無事なのを見つけまシタ」
「かーご?」
コロナが聞きなれない言葉に問いただすと、メムは丁寧にカーゴについて話し始める。
だがその説明をしようとした矢先、研究員が待ったをかけた。
「すまないがそのカーゴの前に目の前のエアクラフターについて色々確認したい。そもそもこれは元は浮いてたらしいが、仮に壊れて無かったらこのまま浮きあがるのか?」
「そいや俺も車体が壊れてるせいで本来の見た目分かんなくってさ。これ、どれが底面なの?」
「分かりまシタ。現物壊れていますが少し解説しマス」
メムの話によればエアクラフターの底面自体は実は分かりやすい目印があるらしい。
試しに一番手近なエアクラフターに案内すると、こちらを向いている面が底面だと告げる。
「メムさん、私には違いが分からないんだけど……」
「見分けは簡単デス。マスター、こちらの面の汚れを落として貰えマスカ?」
水掛けても大丈夫かなぁと思ったが、メムが何も言わないので多分大丈夫なのだろう。表で使うこと前程なら防水もしているだろうし。
《生活の水》で言われた面をさっと洗うと、鈍色の本体に縁取られた白い割れた板のような物が姿を現す。
ヒビが入り所々欠けた白色の板だが、良く見たら三角のような形を取っている。
「エアクラフターの底面にはこのような物が必ず付いていマス。そしてこの図形の頂点が進行方向を表してマス」
「……おい、これ魔煌石を加工したやつか?」
「「え?!」」
ドルンの言葉に再びその板を見る。
確かに魔煌石と同じ色合いだし、メムらにも使われてるわけだからあること自体はおかしくはないが……。
「えぇ。私と同じ様に出力強化を目的としてマス」
「なるほど、こんだけでかけりゃそりゃ飛ぶぐらいいけるか……」
「ですが見ての通り中心部が壊れてマス」
そう言われ皆で反対側に移動し見ると、前方部が見事にひしゃげていた。
車で言えば多分エンジンルームだったんだろうがもはや見る影もない。
(と言うことはこの辺が乗るとこかな)
継ぎ目とヒビが混在してよく分からないが中が空洞らしいので多分そうなのだろう。
ただ窓のようなものは見受けられない。と言うかフロントガラスっぽいものすらない。
こんなの運転したら前が見えず事故一直線に思えるが……。
(まぁ何かすごい技術で前見えるんだろうなぁ)
オーバーテクノロジーは気になるが一人考えても仕方ないので一旦横に置いておくことにする。
「先程のお答えデスガ、この状態で仮に起動しても浮きまセン。この面を下に向けないと動かない仕組みになってイマス」
「なるほどねぇ。んで、カーゴってのは何なの?」
「カーゴはエアクラフターが引く簡易クラフターになりマス。主に荷物運搬に用いられていまシタ」
こちらへドウゾ、とメムに案内されるとまたも大破したエアクラフターが一台。
ただその後ろ、まるでトラックの荷台のように連結されてるものがあった。
左右が所々凹んではいるものの、他と比べては随分マシに思える。
「これがカーゴ?」
「そうデス」
「それでどう違うんだ? 見た感じは大きめのエアクラフターにしか見えないんだが」
「元々牽引用の為このカーゴには推進用の動力はありまセン。その代わりエアクラフターとは独立した構造になってオリ、ハード・システム両面で簡略化されているので比較的丈夫なのデス」
「……もしかしてこいつ、動くのか?」
「可能性は一番高いですがこの場所では無理デス。この地は《
《龍脈》……あぁ、思い出した。確かメムらロボットのエネルギー源みたいなので地面の中にあるとか言ってたやつだ。
長年のせいか確か王都とチカクノ遺跡の道中にある谷あたりで途切れている話だったっけか。これが無いとメムや汎用ロボは動かなくなるらしい。
ちなみに今回メムは王都にずっといたお陰でしばらくは大丈夫だそうだ。最悪汎用ロボを一台止め、チカクノ遺跡にある非常用のところから拝借するとのこと。
「しかし大丈夫なのか? このカーゴってやらもそれなりに傷ついているように見えるが」
「カーゴは底面側の床部分が本体デス。車体も当時の技術は使われていマスガ、浮くだけでしたら本体が無事なら問題ありまセン」
「つまり最悪今風に改造しちゃっても床部分あれば大丈夫ってこと?」
「概ねその通りデス、マスター」
なるほどねぇ。エアクラフターはこの底面部分とエンジン部分が連動してるからどっちかが壊れたらアウトなんだろう。
『浮かせる』と言う部分のみを重視して簡略化したからこそ、その分構成を丈夫さへ割り振れたのかもしれない。
と、そこでふとある考えが浮かぶ。
エアクラフターは今後の調査次第だが現状ではほぼ全滅。だがもしかしたらこのカーゴとやらは動くかもしれない。
頭の中で少し考えをまとめ、どうしても気になった点をメムに尋ねる。
「メム。このカーゴって単体で浮かした場合、例えば俺が引くとどうなるの?」
「恐らく普通に引けるかと思いマス。飛ばされないよう最低限の重量は出るようになってマスガ、基本重さはそれで固定されマス」
「おぉ、いいね。すごい便利じゃん!」
これが使えれば馬が無くてもポチどころか自分でもカーゴを引きながら旅が出来るってことだ。
何よりどれだけ乗せても重さが変わらない点が素晴らしい。ドルンの荷物は基本重いものばかりなのでこの点は非常にありがたい。
しかし使うにしてもやはりこの問題に戻ってきてしまう。
「でもこれ、結局運び出さないとダメなんですよね……」
「あー、そうだな。つーか今すぐじゃないけどカーゴ以外も全部運ぶつもりなんだろ?」
「えぇ、うちとしてもやはり遺物は持ち帰り研究しないといけませんし……。でないとそちらも発掘物としては弱くなってしまうかもしれませんよ?」
「それは痛いなぁ。とりあえず全部運び出す前程で地上に上げる方法何か考えないと……」
先程考えを中断したがやはり運搬方法は何か考えないと駄目のようだ。
日本だったらどうするんだろうか。重機前程でエレベーターを作るか、はたまたトンネルを掘ってトラックで大回りか……。
せめてこのカーゴがこの場で浮いてくれればもっと楽そうなんだが流石にそれは難しいだろう。
「……とりあえず今日はここまでだな。もうそろそろいい時間だろ?」
「えーと……そうだね。もうすぐ日が落ちるぐらいかな」
「なら俺らは今日はあがっても問題無いだろ。そもそも一日で開通してるんだから文句の言い様無いはずだしな」
ドルンの言葉に研究員がその通りと言わんばかりに首を縦に振る。
「後は我々で調査を進めておきますので、皆さんは休んでいただいても大丈夫かと」
「あぁ、んじゃそうさせてもらう。それと悪いがエアクラフターとカーゴの大きさ測っておいてくれるか? 明日以降の計画に組み込むのに必要だからな」
「えぇ、分かりました」
研究員を一人残し、残りのメンバーはとりあえず遺跡へと戻る。
だがトンネルを抜けたところで今か今かと待ち構えていた教授と研究員らに出くわした。
どうやら気を効かして一番乗りは譲ってくれたようだが、戻ってきたと同時にすぐに向かえるように待機していたらしい。
「……もう行っても大丈夫ですよ」
「突撃!!」
おぉぉ!!とどこかの戦場の一幕のように白衣の軍団がトンネル内へと消えていく。
残ったのはトンネルを見張るよう言われた汎用ロボが二体。
文句一つ言わず……いや、口が無いから言えないのだが、律儀に命令をこなすこの子らには頭が下がる思いだ。
「……すごいですね」
「彼らからしたら目の前でお預け食らってた様な状態だっただろうしね。むしろよく自制したって思うよ」
「ヤマル、さっきの中にブロフェスさん混じってたけど……」
「……コロ、気付かなかったことにしよう。多分大丈夫だろうけど何かあったときに何故止めなかったとか言われたくないし」
まぁ止めようとした所で止まるかは甚だ疑問ではあるが。
ともあれ本日のお仕事は終了。
後のことは彼らに任せ、『風の軌跡』は宿へと帰ることにしたのだった。
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