第150話 番外・婚約者来訪5
「なるほど、つまり全ては貴女の勘違いと」
「はい、その通りです……」
「それでお兄様は彼女に付き合ってあげた、と」
「まぁ概ねその通りです」
あの後、溢れ出る女王オーラには下手に嘘をつけないと判断し全てを包み隠さず話すことにした。
シンディエラもこの案には二つ返事で了承。その判断は正しかったようで、現在あのオーラは何とか鳴りを潜めている。
ちなみに怪我に関してはレディーヤが高級そうなポーションを持ってきてくれたお陰もあり、今は跡形も無く怪我は消え去っていた。
怪我の箇所が頬だったので直接ポーションをかけるわけにもいかず布に湿らせそれをレディーヤに当てて貰ったのだが、治療中レーヌが何か言いたげな目をしていたのは気のせいと思いたい。
「婚約者候補、と言うことはこの後それは解消されるのですよね?」
「はい。ヤマル様にもそれはお伝えしております」
さすが王族パワー。あのシンディエラが普通に自分のこと様付けで呼んでいるよ。
彼女の隣に座るフレデリカもずっと緊張気味だが、時折こちらをちらちらと窺い見ている。
やはり自分とレーヌの関係性が気になるのかな、と思っていたら、彼女の口から予想通りの質問が飛んできた。
「あ、あの。女王陛下とヤマル様はご兄妹だったのですか?」
「え、あー……」
「いえ、血は繋がっておりませんよ。ですが本当のお兄様の様に色々としていただいたのです」
そんないかにも昔からの知り合い感出してるけどレーヌと初めて会ったのは数ヶ月前だ。
なんだろうなぁ、レーヌもちょっとこの貴族世界に染まりつつあるようで少し悲しい。いや、別に元々彼女は貴族だしそもそもそれが必要なことなのは分かっているんだけど……。
「それにもし血が繋がってたら順序的にお兄様が王であるはずですしね」
この言葉にはシンディエラ達も納得するしかない。
何せ王族の血を引くのは現在レーヌただ一人。もし彼女の実兄がいれば間違いなくそちらが王だ。
「私が女王となってからお兄様と会う機会は減ってしまいましたが、こうして話せる事はとても嬉しく思います」
「女王陛下にそう言って頂けるなら自分も……」
「お兄様、昔の様にレーヌと呼んでいただいても構わないのですよ?」
言える訳ないでしょ、と言うことも出来ず曖昧な笑みで誤魔化す。
こっちの苦労も知らないで……いや、もしかしたら半分ぐらい知っててこんなこと言ってるかもしれない。
「ヤマル様、本当に女王陛下と親しいなんてすごいです」
「あー、うん。ありがと……」
物凄い憧れの人を見る眼差しでこちらを見るフレデリカ。
正直子どもの純粋な目を向けられると心が苦しい。何が苦しいって自分の力で何一つしてないのにこの様な目を向けられると申し訳なくなってくる。
まぁとりあえず自分の心情を無視すれば、大よそ平和的にお茶会が進んでいるようで何よりだ。
言葉遣いと公私混同部分さえ気をつければギスってないだけ先程よりも物凄く落ち着ける。
そんな比較的ゆったりした空気を感じていると、不意にレーヌがカップを置き二人の少女へと向き直る。
「シンディエラ様、フレデリカ様。お兄様はご存知の通り市井の方です。ですが私にとってとても大事な人。もしお兄様が困っていたら手を差し伸べていただければ嬉しく思います」
「「はっ、はい!」」
「あー……その、女王陛下。あまり王命でそのようなことは……」
「王命ではなく私個人のささやかなお願いですよ、お兄様。あとレーヌで良いですよ」
だからよろしくないから女王陛下と言ってるんですが……。
それと王族直々にお願いなんてほぼ命令に等しいだろうに。後でシンディエラとフレデリカには自分が本当に困って頼ったときにだけと言っておこう。
必要無いと言ってしまうとレーヌの命に背いたと感じかねないし、これならば少なくとも自分から言わない限り彼女らは無理に動く必要も無い。
その後は多少ぎくしゃくとした感じはしたものの、お茶会自体は
◇
「――とまぁ大体こんな感じだったのよ」
「それは、その……大変でしたね」
お茶会終了後、一度シンディエラの別宅に戻り荷物を回収しようやく宿へと戻ってこれた。
時間はすでに夜。
一応シンディエラの使いにざっくりとした説明は受けていたらしく大体の事は分かっていたものの、色々突拍子も無い事ばかりだったので皆に詳細を話した次第だ。
「それで結局全部丸く収まったのか?」
「うん。婚約者云々の件は無くなったし、相手もレーヌやクロムドーム家両方の目が及んでる自分に対しては何も出来ないだろうって」
「まぁお前巻き込まれた側だからそんぐらいして貰わないとなぁ」
色々あったがとりあえず元通り、万事全て解決である。
「あぁ、後は一応迷惑料みたいな感じで冒険者ギルドに指名依頼出してくれるって。と言っても事後承諾みたいな感じだから明日ギルド行って受けてからもう一回向こう行かなきゃいけないけどね」
こちらに関しては自分からの希望だ。
シンディエラも今回の件で色々思うところがあったらしく、何か出来る範囲で謝礼するということでこの様な形を取ってもらった。
大貴族からの指名依頼ならランクアップへの影響も結構あると思ってのことだ。
「金額も教えてもらったけど普段よりはずっと高値だし、その辺はやっぱ貴族だったよ」
「まぁ……ヤマルが苦労した分はちゃんと回収出来たってことかな?」
「そうだね。金額も貴族は見栄も必要だからってことで結構あるし」
特にクロムドーム家の様な大貴族が相場での指名依頼などもっての外だそうだ。
こうすることで自分のところに気に入られれば良い事があると言う宣伝を狙うらしい。
多少の出費はあれど存外に宣伝効果は馬鹿に出来ないとシンディエラは得意気に教えてくれた。
まぁ冒険者に出す額面なんて彼らにとってはさほど大きな支出でもないと言うこともある。
「俺もちょっと疲れたし、皆には悪いけどパーティー活動は明日もお休みでお願いしたいかも。ギルドで受注と報酬だけはやっておくから、明日はゆっくりさせて欲しいかな」
「うん、了解。ヤマル大変だったし、ゆっくり疲れ落としてね」
◇
「ん~……」
柔らかな朝の日差しと共にゆっくりと目が覚める。
まだ少しぼんやりする頭を徐々に起こし、欠伸を噛み締めること一つ。
ようやく正常になりつつある頭が昨日のことをありありと思い出させる。
「昨日は大変でしたね……」
誰に言うでもなく一人ごちるといつも通り枕元にあるベルで使用人を呼ぶ。
着替えを手伝ってもらう間にも思い浮かぶのは昨日のお茶会の事だ。
予想では腹の探り合いのいつも通りのお茶会と思っていたが、二転三転し最終的には女王までのご登場。
しかもその人が兄と慕うのがあのヤマルと知った時は心臓が止まるかと思った。
まぁ当の本人は……平民としてはよく頑張ってくれた方ではないだろうか。
二日間こちらに対して特に目立った文句も言わなかったし、お茶会で意味無く庇ってくれたし……。
「お嬢様?」
「いえ、なんでもないわ」
侍女の一人が訝しげに声を掛けて来たので目を伏せ首を横に振る。
ともあれかなり大変だったがどうにか乗り切ることが出来た。女王様と顔見知りになれたのは僥倖だったが、あのように緊張する場はなるべく勘弁して欲しいところだ。
(今日はゆっくりしようかしら……)
幸いなことに今日の予定は殆どない。
あるのはヤマルが冒険者ギルドからの指名依頼を受けてここに再び来ることぐらいである。
とは言え仕事は昨日で完遂済み。依頼完了の記入すればすぐに終わることだ。
(でも、そうね……。お茶ぐらい出してあげても良いわね)
来て早々帰らせるのも忍びない。
昨日のことを話題に少しぐらい付き合ってもらうぐらいは構わないだろう。彼ならそこまで気を使う人間でもないし。
(お茶は何が良いかしら? お菓子は使用人に何か買いに行かせて……)
「お嬢様」
今日の段取りを頭の中で組み立ててると侍女の呼ぶ声が聞こえ意識が戻される。
丁度着替えも終わったようだが彼女の様子が少しおかしい。
その視線の先、部屋の入り口に向けられた視線を追うと誰かがドアをノックしていた。
「お嬢様、おはようございます」
「爺? もう入っても良いわよ」
失礼します、と執事の爺やが頭を下げ部屋へと入ってくる。
普段ならこの時間に自分の元へ訪れることはあまりない。どうしたのかと聞くと少し申し訳無さそうに来客があったと告げてくる。
「こんな朝から? 誰かしら」
「それがヤマル様なのですが……少々お嬢様にもご足労お願いしたく」
予想以上に到着が早かったことに驚くも、いくらなんでも早すぎだと胸の中で不満が燻る。
こちらはまだ朝食すら取っていないのに非常識ではないか。
「少し待たせなさい、後でまいります」
「いえ、それが……とても不機嫌そうなご様子でしたので」
「……? あの人が?」
あまり彼が怒ったりするのが想像出来ない。
そして何に対して不機嫌なのかさっぱり分からなかった。
昨日までの件は互いの取り決めで全て終わったことだ。自分も謝罪はしたし彼も笑って許してくれた。
あの笑顔が嘘とは思えないが、だからと言って今更不機嫌な様子でこちらに来る理由が分からない。
何かしてしまったのだろうか。冒険者ギルドへの指名依頼は爺に任せたため問題ないはずだけど……。
「分かったわ、すぐに向かいます。彼はどちらに?」
「は。玄関先で待っていただいてます」
その後急ぎ髪を整え屋敷の玄関へと向かう。
そしてドアを開けるとそこには爺の言っていた通りとても不機嫌そうなヤマルが立っていた。
ここまであからさまに不機嫌オーラ出していると自分じゃなくても誰でも分かりそうな程に機嫌が良くないのが見て取れる。
そしてその不機嫌の原因が恐らく彼の左頬に見事に付いた赤い手跡。多分誰かに盛大に引っ叩かれたんだろう。
「おはようございます。こんな早くからどうされたのですか?」
「おはよう。ちょっと聞きたい事があってさ、正直に話して欲しい」
有無を言わさぬような物言いにあまり彼の性格では似合わないと思う。
ともかくこのままでは話が進まないため首を縦に振り頷くと、彼は後ろを向き手を上げ誰かを呼ぶ仕草を取った。
そして門から入ってきたのはとても大きな犬だ。
大人でも普通に乗れるのではないかと思うぐらいの立派な体躯の犬。
だがどうしてだろう、普通ならいるだけで迫力ありそうなのに何故かとても小さく見える。
そんな犬の口先には小さな影。
口に咥えられているのか、足をぷらぷらと宙に浮かせ成すがままに運ばれてくる。
「……フレデリカ?」
名を呼ぶとピクリと反応するフレデリカ。
特に外傷のような目立った傷などは見受けられないが、彼女はその小さな肩を落としとても反省したような表情を浮べていた。
一体何故彼女がヤマルと一緒にいるのだろうか。
「聞きたいのは一つ。この子
「嗾けた……? いえ、違います。彼女、何をしたのかしら?」
「……その様子だと知らないみたいだね。ごめん」
ごめん、と言うのは不機嫌な態度をしたことだろうか。
ともあれまずは何があったのか聞いてみることにする。
「それで何があったの?」
「えーと、実は……」
彼が話し出した内容は聞いているうちに頭が痛くなってくる話だった。
それは今朝の事だった。
端的に言うと彼が起きた時、隣にフレデリカが一緒に寝ていたらしい。
もちろん彼は彼女に手を出した訳も無く、自分から招き入れた訳でもない。
だが見る人から見ればその様に見えてしまうわけで、実際フレデリカとベッドの上で事の次第を問い詰めている所を仲間の女の子に見られたそうだ。
そして止める間もなく盛大に引っ叩かれた結果が彼の左頬の跡。
頬を叩かれたヤマルはベッドから叩き落され、その女の子に気圧されたフレデリカが全て吐いたので彼の名誉は一応保たれた。
そして昨日の今日でこんなことする人間なんて自分かフレデリカ本人しか思い当たらず、どちらにせよ迷惑だったからこうして連れて来たらしい。
ちなみにそこの大型犬も一緒の部屋におり、本来なら侵入者に対する番犬の役割をするはずだったが、フレデリカにとても高いお肉で買収されたため現在絶賛反省中とのことだった。
「(あぁ、何か小さく見えると思ったら主人に怒られたからなのね……)まずはクロムドーム家として謝罪を。それでフレデリカ、あなたは何故この様なことを?」
「ポチ」
ヤマルがポチ――多分あの犬の名前――を呼ぶとフレデリカが地面に下ろされる。
そして彼女がゆっくりと顔を上げると何故この様なことをしたか話し出し始めた。
「だって……」
「だって……?」
「だってヤマル様と結婚したかったんです!!」
…
……
「「は?」」
突然の告白にヤマルと同じタイミングでまぬけな声を出してしまった。
えーと、何を言っているのでしょうかこの子は。
昔から知っている子だけど少なくともこの様な突拍子も無い事をするような性格ではないはず。
どちらかと言えば受け身で自分から動くことは少なかったと記憶している。
「えーと、フレデリカ。落ち着いて順を追って話してくれる?」
「お嬢様とヤマル様、今回の件が終わって婚姻関係が完全に無くなったじゃないですか」
「いや、元々無かったんだけど……」
ヤマルがやや呆れ顔で訂正するもフレデリカは気にせず話を続けていく。
「なら私がヤマル様と結ばれても何も問題ありませんよね」
「それは……いえ、でも平民よ?」
「や、そこは止めてよ!」
「平民でも構いません。だってヤマル様はボールド様どころか女王陛下ととても近しいお方。貴族同士の婚姻が繋がりを求めるのであれば、王家とクロムドーム本家と繋がりの深い彼でしたら何も問題無いですよね」
「……確かに」
「いや、納得しないでよ!!」
彼が言いたいことは分からないでもないが、貴族としての自分が彼女の言っている事を理解してしまう。
確かに彼女の理屈を聞いてしまっては彼がかなり良物件に見えてきた。
「それにヤマル様。私は貴方の事をお慕いしています。立場関係無く気持ちの上でも問題無いじゃないですか」
「……昨日会ったばかりだよね?」
「確かにあの場で会った時にはこの様な気持ちにはなっていませんでした。ですがお嬢様の前に立ちディオ様相手に一歩も引かず、更にあの様な光の剣を扱うなんて御伽噺の英雄みたいではないですか」
「「…………」」
完全に夢見る少女の顔をしているフレデリカに自分もヤマルも何も言えなくなっていた。
唖然としていたものの何とか我に返ると彼がこちらに近づき耳打ちをしてくる。
「(もしかしてこの子ってこんな感じの性格だったり……?)」
「(普段は大人しく真面目で良い子よ。でも少し思い込みが激しいと言うか……)」
上手く説明出来なかったものの彼も何となく察してくれたらしい。
何か『シンディエラも大変だね』みたいな目で見られてしまった。いえ、普段はむしろ手の掛からない良い子なんですよ本当に。
「シンディエラ様」
「……なんとなく予想は出来るけど何かしら?」
「昨日の今日だけどレーヌ……女王様に言われたこと早速お願いしても良い?」
「『困った時に手をさし伸べてあげて』だったわね。良いわよ、とりあえず私の方で引き取るわ。爺」
シンディエラの呼びかけに執事の老紳士がフレデリカをあっという間に小脇に担ぎ上げる。
「あ、お嬢様!? ヤマル様、助けてください! 私まだお話が……」
ヤマル様ぁー!と彼の名前を叫びながらフレデリカはそのまま有無を言わさず屋敷の中へと運ばれていった。
はぁ……と再びヤマルと同時に深いため息を漏らす。
ゆっくりしようとした本日の予定が急遽フレデリカ更正日に決まった瞬間だった。
なおこの後依頼受領に再びやってきたヤマルにフレデリカが一悶着を起こすのだが、それはまた別のお話である。
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