第149話 番外・婚約者来訪4


「な、に……?」

「いえ、貴方からのお話を統合しますと『平民は貴族のお茶会に出てはいけない』、それは『身分違いからくる齟齬で円滑に物事が進まないから』、そして『法で制定されている訳ではないが暗黙の了解として認められている』でしたね」


 暗黙の了解そのものに噛み付くつもりは無い。

 貴族社会でそれが常識であると言うのなら、自分がケンカを吹っかけたところでどうにもならない。

 ディオもその事については分かっているのか、知識として持ち得ない初回である今回のみ、平民である自分に対し赦し、まだ幼いシンディエラにも経験不足からの注意と言う形を取っている。

 だからこそ、その暗黙の了解を逆手にとることにした。

 ……まぁかっこよく思ってはいるが実際はいちゃもんつけているだけである。


「暗黙の了解と言うのは得てして自分で感じるか誰かに教えてもらわなければわかりません」

「だから今回に限り、お前についてはその事は不問としただろう?」

「えぇ、同様にシンディも若年からくる経験不足でしたね。そこで改めて伺いますが……何故、貴方はリヴィア様に平民が来ることを教えなかったのでしょうか?」


 つまりこういうことだ。

 この暗黙の了解に対して平民である自分は知らない。

 そして同じ様に自分を連れてきたシンディエラも知らない……と言うことに今はなっている。実際のところ、聡明な彼女なら知ってそうだけど。

 シンディエラとリヴィア以外の二人も同様に知らないと見なしても良いだろう。まぁ今回の件に関しては彼女らが知っていようが知っていまいが関係は無い。

 問題はあのディオがこの暗黙の了解について知っていた事、そしてこちらが平民である事を事前に知っていた事。

 この二点が問題なのである。


「リヴィア様。ディオ様から自分が平民だと言う事はお耳に入ってましたか?」

「……それは」


 事実から言えば彼女は確実に知っている。

 だが彼女は先ほどディオからの平民発言の際に今知ったかのように驚きを見せていた。

 もしここで知っていると言ってしまえば明らかにシンディエラを陥れようとしているのを証明してしまうことになってしまう。

 故に彼女の回答は一つしかない。


「いえ、私はその様なことは……」

「ディオ様。平民は貴族と一緒にお茶会に出るべきではないと言う暗黙の了解を知り、尚且つその平民が貴方の婚約者であるリヴィア様のお茶会に出ると知りながら何故黙っていたんですか?」


 言うまでも無くシンディエラを陥れる為だろう。

 もちろんそんな事は彼らの口からは絶対に出ることは無いが。


「貴方の様子から察するにこの様な場に自分の様な者が出るのはあまりよろしくないんでしょうね。しかしこうなることを知り得る立場にいながら黙っていたとなると、主催者であるリヴィア様の顔にわざと泥を塗ったと思われかねませんよ。婚約者として、彼女の将来の伴侶となるべき人として支える立場にありながら何故その様なことをしたのですか?」


 問いかけるは反撃の一投。

 シンディエラが責められてた内容その物をそっくり相手へと送り返す。

 さて、彼はどう出るだろうか。

 リヴィアに責任を押し付けるだろうか、はたまた折れるか。

 ……いや、折れはしないだろうなぁ。何か平民を下に見てそうだし、そんな相手に頭下げるとか選択肢に無いだろう。

 かといってリヴィアにこの事を押し付けるかと言うのも無理がある。


(とは言ったものの……着地地点どうしよう)


 別に今回は相手に謝って欲しい訳では無い。

 そもそも悔しそうにしてたシンディエラを放っておけなかったから少しお節介を焼いただけに過ぎない。

 しかしこちらの問いに対する回答は向こうにとっては何も言える筈が無い。まさに袋小路だ。

 そのためこのままでは埒が明きそうになかった。

 ちらりと横目でシンディエラを見ると彼女もこちらに目線を向けてくる。


「(このまま撤退ですかね)」

「(それがいいわね。別宅に戻ってなさい)」


 回答を貰える望みは無し。だが特に明確な答えが欲しいわけでもない。

 ならばそもそもの原因――この場に平民がいることを取り除くべく、シンディエラに伺いを立てた上で撤退に入ることにする。

 一応これだけ言えば今日のところはもう自分のことであれこれ言われることも無いだろう。


「失礼、少し口が過ぎました。どちらにせよ自分がいる事がこの場にそぐわないのは間違いないようですし、今日はこれで失礼します。リヴィア様、美味しいお茶ご馳走様でした」


 立ち上がり深々と主催者に一礼。

 そのまま城へ続く道を帰ろうとしたところで背後から『待て』と声が掛かる。


「何か――」


 言葉を言い終える間もなくヒュン、と何かが空を切る音。それと同時に視界の右側に抜き身の細剣が目に入り、右頬にヒヤリとした感触が伝わってくる。


「ディオ様!!」


 あの声はシンディエラだろうか。

 彼女の言葉に反応し即座に《生活の電ライフボルト》を展開し周囲の状況の把握を開始。

 魔法だけでは細かい部分までは分からないが、どうやらディオが立ち上がり後ろから剣を突きつけているようだ。

 そのままこっそりと別の魔法を使い振り向かぬまま彼に声を掛ける。


「こんなところで剣を抜いてもいいんですか?」


 努めて平静に後ろのディオに向けて声を掛ける。

 うん、嘘です。落ち着き払っているように見せて正直心はバクバクとうるさいぐらい鳴っている。

 多分表情は隠せていない。立ち位置的に皆に後姿を向けているのは僥倖と言う他無かった。


「たかだか平民の分際が貴族に口答えするなど許せぬ所業」

「自分はただ気になったことを質問しただけのはずですが」

「その減らず口、どこまでもつかな。このままその首跳ね飛ばしてもいいんだぞ?」


 ディオがそう言うと右頬にじくりとした痛みが走る。

 どうやら頬を少し斬られたようだ。傷口が熱を帯びているのか嫌な感触が頬から伝わる。


(まぁ本気でやるとは思えないけど……)


 他の場所ならいざ知らず、こんな王城の庭園で人を殺めたとなれば大問題だろう。

 ここで自分を斬れば気は晴れるかもしれないが、色々と雁字搦めに縛られている貴族社会ではこんな直接的なことで手を染めることはしないはずだ。

 あちらもこちらが屈服すれば満足はするだろうが、それでは折角自分がやったことが水の泡だ。

 まぁそれに……。


「ディオ様……」

「大丈夫です、リヴィア様。すぐにこの者を……」

「いえ、そうでは無くて……」


 まぁディオ以外の子はすぐに分かっただろう。位置的にも丸見えだろうし。

 気付かないのは近くにいるディオだけ。左手を突き出すようにして剣を持ってるから死角になってるはずだし。


「ディオ様。下です」

「下?」


 今まで控えていたミニアが彼に何が起きているか端的に告げる。

 言われディオが下を向くと同時、彼は剣を引きバックステップでこちらから間合いを取った。


「貴様……」


 忌々しげな声が聞こえるがそれもそうだろう。

 何せ彼の腹部に向け《生活の光ライフライト》で模った光の剣が突きつけられてたのだから。

 光の剣は丁度自分の左手から逆手持ちで伸びるように出ており、彼が左手で細剣をこちらに突き出していたから死角になっていた。

 実際ばれないよういつもよりも光度を落としていたし。


「貴族に剣を向けてただで済むと思ってるのか?」

「先に剣抜いておいてそれはないでしょう。自分だって死にたくないですから予防線ぐらい張りますよ」


 左手の魔法を消し顔の表情を固定してゆっくりと後ろを振り返りディオへ向き直る。

 彼は左手に剣を握ったままこちらの一挙手一投足を見逃さんとばかりに睨みつけてきていた。

 その剣からはポタリポタリと赤い血が伝わり床に赤い染みを作っている。


(うわ、結構斬られた……?)


 未だ痛む頬から熱いものが流れてるのは分かるが、どれ程斬られたかは不明。

 ただディオの剣についた血から察するに広く浅く斬られた感じだろう。


「もしこれ以上剣を向けるなら……」


 左から右へと横に薙ぐように右手を振るうと同時に《生活の光》の玉を五つ出す。

 そしてその中の真ん中の玉を掴むと玉が瞬時に光のロングソードへと姿を変えた。


「自分の身を守るために抵抗させて頂きます」


 そのまま右手を振るい剣をディオに突き出すと、残りの玉がそれぞれ姿を変える。

 両端の二つはバックラーとなり自分の左右へ身を守るように移動。残りの二つの内片方はディオの様な細剣、もう片方は幅広のツーハンデッドソードへと変わる。

 二振りの剣はそれぞれ軽く回転しながら自分の周囲にふわりと浮き待機状態を取った。


(まぁ見た目だけなんだけどね、バレるかな?)


 もちろんこれら全部は見てくれだけ。触れれば透けるハリボテ以下の存在。

 しかし見た目と言うものは存外馬鹿に出来ないものでもある。

 マギアでの模擬戦では魔法陣風のを展開し相手への不安を与えた。

 銃剣だってドルンが言うように分かりやすい『剣』部分が無ければ脅威として見られないと言う。

 ならば今回は相手に分かりやすい『武具』を展開し牽制目的とする事にした。


「そ、そんな剣捌きで敵うとでも……!」

「まぁ多分剣じゃ負けるでしょうね。でも戦いは剣術だけではないのは知ってますし」


 あの一振りだけで自分の剣術がダメダメなの看破する辺り、やはり貴族の男は大なり小なり武芸に通じているらしい。

 でも若干声色が悪いのを見ると不利なのは悟っているのだろう。

 実際のところは超が付くほど相手が有利なんだけど、ぱっと見では分からないから戦いと言うのは本当に色んな事が絡み合うものなんだなと痛感する。

 まぁ盾が二枚あって剣を持ち、宙に浮かぶ二振りの剣。自分の剣術がザルだったとしても一人で捌ける手数でもない。

 それに武器が簡単に増えるのも見逃せない部分だろう。何せ空手状態から一気に複数所持に化けているのだから。

 自分でやっておいてなんだが、実体が無いと言う点を除けば確かにむちゃくちゃやり辛い相手ではある。

 とりあえず相手が何かする前にこちらから和解を持ちかける事にした。


「とは言え自分もここで剣を交えるのは本意ではありません。大人しく納めてくれるのであれば自分も何もせずこのまま帰りますよ」


 斬られた恨みはあるがそこを我慢すればこの場はほぼ丸く収まるはずだ。

 ここが最後の妥協点。

 もし相手がこれ以上面子を重視し何かするのであれば、《生活の氷ライフアイス》と《生活の火ライフファイア》を使って爆音を鳴らすしかない。

 そうすれば兵士が飛んでくるだろうから……後はまぁ流れ次第かなぁ。斬られるよりは多分マシだろう。


「どうしますか? このまま――」

「双方、剣を引きなさい! 何をしているのですか!!」


 その時だった。

 突如真後ろから女性の声が届く。声色からして子どもではない大人の女性の声。だが若い声だ。

 誰だ、と思う間の無く目の前のメンバー全員が立ち上がり頭を下げる。

 だがシンディエラとフレデリカは頭を下げる直前、酷く驚いていたような表情だった。


「本日は茶会と聞いておりましたが、まさかこの様なものを見せるためだったと?」

「いえ、決してその様な……!」

「では何故その二人は武器を取り合っているのですか?」


 主催者であるリヴィアが顔を上げ否定をするも、現場はまさに一触即発の状態だ。

 後ろの人がそれを指摘するも無理ない事だろう。


「それより手前の人、その奇怪な魔法を使っている貴方です。いい加減術を解きこちらを向きなさい」


 そう言えば突然の事に自分だけ頭を下げてなかったのを思い出す。

 ここで魔法を解いたらディオが後ろからまた切りかかるなんてことは……多分無いか。この声の人はこの場にいる誰よりも上の人みたいだし。

 《生活の光》を解除すると剣も他の武具も光の残滓となって空気に溶ける様に消えていった。

 そして改めて振り返り声の主と対面する。


「……」

「……」


 互いに見た瞬間言葉を無くす。

 一度軽く目を擦り再び見るも……うん、間違いなくレディーヤだった。その後ろにはレーヌもおり、彼女もこちらを見ては少し驚いたような表情をする。


「その頬の傷は大丈夫なのですか? 女王様も驚いております」

「あ、はい。見た目ほど深手ではありませんので……」


 どうやらレーヌが驚いたことを頬の傷のことにしたようだ。

 まぁここで馴れ馴れしくは出来ない。茶会とは言えある意味貴族同士の仕事の場のようなもんだし、そんな中平民が女王に軽口を叩いたら彼女の尊厳に傷が付いてしまう。

 そうなった日には王族の権威が落ちることは間違いなし。

 なので二人に対してはこちらも王族に対する対応へシフト。知り合いかどうか隠すかは……向こうの話次第で合わせることにする。


「すいません。女王陛下の御前と言うのに遅れてしまいました」


 自分も他のメンバー同様彼女に向け頭を下げる。

 頭を下にしたためかポタリと血が一滴床へ落ちた。

 ……後で掃除しておこう。《生活魔法》ならすぐ取れるだろうし。


「皆さん、頭を上げてくださって構いません。……リヴィア様。女王様をお誘いいただけたことは感謝しておりますが、これはどういったことでしょうか?」

「それは、その……」

「私から説明します。女王陛下、お初にお目にかかります。私の名はディオ=ミニオン、どうかお見知りおきを」


 一応、《生活の電》は展開してるので後ろにいるディオがレーヌらに向け再度頭を下げたことは分かった。

 彼はそのまま剣を納めると、右手でこちらを仰々しく指してくる。


「実はこの場に相応しくない平民が紛れ込んでおりました。早期の退去を命じたところ屁理屈を捏ね居座り、あろう事か武力行使に出たのです。この場の年長者であり且つ貴族の男として対応した次第でございます」

(うっわ……)


 すげぇ、こんなのをスラスラ思いつくのがまずすごい。

 しかも半分以上本当のことだから性質悪い。

 多分シンディエラたちも同じ様なこと思ってそうだ。《生活の電》じゃ顔の細かい機微までは分からないが、もし今の顔を見たら微妙に表情が変わってたかもしれない。


「ミニオン様、でしたか。今の言葉、本当ですか?」

「はっ!」


 レーヌの言葉に力強く頷くディオ。

 良いのかなぁ。ここにスヴェルク連れてきたら一発アウトだろこの人。

 何てことを考えていたら今度はレーヌがこちらへと視線を向ける。


、ミニオン様の言ったことは本当ですか?」

「……いえ、一部は違いますね」


 言ったよこの女王陛下。何皆の前でソレ言うのよ、しかもお兄様て……。

 一瞬言葉に詰まったが彼女の言葉に乗らざるを得ないのでそのまま続けることにする。

 と言うか後ろで全員が何かしら反応しているのが分かった。多分驚きだろうが声を漏らさなかったのは流石貴族と言うべきか。


「お兄様、そんな言葉遣いなさらなくても普段通りでいいのですよ」


 どうしよう、レーヌに物凄くブーメラン刺したい。


「いえ、流石にここではご容赦願います」

「仕方ありませんね。それでそのお兄様の頬の傷はやはりミニオン様が?」


 あ、体がビクついたのが分かった。

 何か小刻みに震えてるのも感じ取れる。……なんで貴族って権力振りかざす割には強権に弱いのだろう。

 いや、別に権力に弱いのは貴族だけとは限らないけど特に顕著な気がする。


「や、ヤマル……様は王族、でしたか……?」


 まるで声を絞り出すようにディオがレーヌに尋ねるも、彼女はにこりと笑顔を見せるだけだった。

 別に何も言って無いからどちらとでも取れるのだが、二名程悪い方向に考えが及んでしまったらしい。


「じょ、女王陛下。申し訳ありません、急用を思い出しましたので私達はこれで……」

「あら、そうですか。それではお茶会はまた後日、改めることにしましょう」

「はい! それでは失礼します!」


 リヴィアとディオはまるで退散するかのように足早に城の方へ戻っていった。

 そんな中ミニアだけがゆっくりと頭を下げ二人の後を追っていく。


「女王様、主催者が帰られてしまいましたが」

「あら、では続きは私が引き継ぎましょう。レディーヤ、新しいお茶の準備を。あとお兄様の治療をしますのでそちらの手配を」

「あまり事を大きくしては皆が心配されます。私が医者の代わりをしますので薬で宜しいでしょうか」

「……仕方ありませんね。その様にお願いします」


 てきぱきと指示を出すレーヌと更に意見を出し許可を取り付けるレディーヤ。

 二人のやり取りからちゃんと女王としての成果が出るのは傍目からでも見て取れる光景だった。

 ちゃんと成長しているようで嬉しい限りである。……いや、自分が偉ぶれる立場では無いんだけど。


「さぁ、お茶会を再開しましょうか。確か貴方達はクロムドーム家の方でしたね」

「はっ、はい! シンディエラと申します!」

「フレデリカです。女王陛下にお会い出来て光栄に思います」

「いえいえ、そんな硬くならなくても良いですよ。もはやこの場は非公式な場、仲良くしていただけたらと思います」


 相手が変わり若干シンディエラたちは緊張から表情が固いものの、場の空気自体はずっと良くなっていた。

 これなら以後は何の問題も無く……


「ところで、お兄様、シンディエラ様。リヴィア様から誘われた際、お二人がご婚約と伺っているのですが本当なのでしょうか?」


 訂正。

 何か笑顔のまま物凄い黒いオーラを放つ最高権力者をどうにかする問題がまだ残っていたようだった。

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