第148話 番外・婚約者来訪3
胃が痛くなるような空気の中でのお茶会だったが、最初の方は特に何も起こることなく進んだ。
自分には良く分からない人物名や単語が飛び交っていたものの、基本はシンディエラとリヴィアが中心となって話が進むためまだ楽は出来ている。
時折こちらへ質問も飛んできたが、その都度シンディエラやフレデリカが分かりやすくYESかNOで答えれそうな質問へと言い直してくれるため無難に答える事が出来た。
(早く終わんないかなぁ……)
もちろん内心で思うだけで顔には出さない。
ここに来て久しぶりの日本式営業スマイル全開。貴族相手にどこまで通じるか怪しいが無いよりはマシだろう。
(しっかし……楽しくないお茶会だなぁ)
表面上はにこやかに、内面では腹の探り合い。
まぁ現状はちょっとした前哨戦と言った辺りだろうか。皆自分より年下なのに良くこんなこと出来るもんだと感心する。
貴族に生まれた者の務めなのかもしれないが、これではお茶会に嫌なイメージが植えつけられそうだ。
「ところでヤマル様」
「はい」
リヴィアがこちらの名を呼んだことで再び緊張が走る。
先ほどまではあまり突っ込んだ話では無かったが今回は果たしてどうか。
「まず先に不躾な質問をすることをお許し下さい」
来た、何か仕掛けてきた。
表面上は笑顔を保ちつつ内面では精神的防御壁を展開する。
「あら、折角の楽しい場にその様な事は言わない方がよろしいのではなくて?」
だが対防御姿勢をする自分とは違い、シンディエラは相手に喋らせないよう迎撃を選択したようだ。
だがリヴィアは小さく首を横にすると少し悲しそうな表情をする。
……多分演技なんだろうなぁ、あれも。この場にいると何か貴族を信じれなくなりそうだ。
「私としても不本意なのは重々承知しております。ですがどうしても、これだけは聞いておきたいのです」
「……構いませんよ。答えれることであればですが」
少し待った後、持っていたカップをソーサーに起き柔和な笑みを持って応えることにする。
シンディエラが何も言わないということはこれ以上断われないと言うことだろう。これ以上無理に遮るようであればそれは何かあると言っている様なものである。
自分の言葉に満足した様にリヴィアは笑みを浮べると、その不躾な質問を投げかけてきた。
「単刀直入にお聞きします。貴方は本当にフルカド=ヤマル様なのでしょうか?」
「ふむ……?」
彼女の問いかけに思案するように軽く腕を組み右手を口元に当てる。
実際は驚きそうになる口元を押さえ、同時に両隣から何か反応あるかを見ているだけだ。
「(反応は無し、か)質問の意図が今一つ分からないんですが……」
「言葉通りですわ。実は以前よりシンディエラから貴方の事は伺っておりましたの。今日会えるのを楽しみにしていたのですが……聞いていた話とかなり違う、と思いまして」
一体シンディエラは何を言って回ったんだろう。
完全にこれドツボにハマってる状態だよね。自分で首絞めているというか……。
「それは……」
「フレデリカさん、貴女には聞いていません。シンディエラも余計な口出しは無用ですわよ。私はヤマル様にお聞きしてるんですの」
そして外堀も埋められたか。腹を括って話すしかなさそうである。
そもそもお茶会と思う事自体が間違ってたのかもしれない。この雰囲気なら会社のプレゼンを思い出せ。
発表する商品は自身とシンディエラ。顧客であるリヴィアを満足……いや、今回は納得させるのが勝利条件だ。
「まず最初の質問ですが、自分は間違いなくフルカド=ヤマルです」
「それは神に誓って、ですか?」
「神、ですか? 自分どちらかと言えば無神論者ですが、そうですね……」
こういう時は上手い切り返しをすればチャンスになるんだろうけど……。
うーん、上手い事上手い事……。
「では神より信じているシンディに誓いましょう」
「ッ!?」
シンディエラ、愛称で呼ばれるの嫌なのは分かるが少しだけ我慢して欲しい。
何とか踏みとどまっているものの、この様子ではシンディと呼ぶのはなるべく止めておいた方が良さそうだ。
「貴女が家族以外にその名を呼ばせるなんて意外ね?」
「えぇ。それはヤマル様ですから」
口角が微妙にヒクついてますよお嬢様。
それでも自然な感じに相手から隠すように身体を傾けるのは見事と言うほか無い。
そのせいでこちらには丸見えではあるが……。
「彼女がどの様に自分のことを話していたかは存じませんが、それだけ自分の事を評価して頂いているんでしょう。その分良く見えてしまうのは仕方のない事かと」
「そうでしょうか。貴族に名を連ねる者として正確に物事を視る力は必要とお思いになりませんか?」
食い下がるなぁ。
まぁ実際シンディエラが彼女らに言ったことと実物が違いすぎるのは本当なのだろうし、こうやって自分持ち上げるのはどうにもこうにも落ち着かない。
でも今はシンディエラの婚約者候補として来てる訳だし彼女を持ち上げておけば多分大丈夫だろう。
「確かに。ですが貴女含めまだまだ十ぐらいの歳でしょう? 完璧であれ、と理想を掲げるのはご立派ですが、そんな子に完璧さを求めるのは些か酷ではないでしょうか」
「よろしいのですか? ヤマル様、今後会う方々に私達と同じ様な感想を抱かれるのですよ」
「些末な事ですよ。自分からしたら可愛らしい事にしか思えませんね」
うーぁー……自分で言ってて歯が浮きそう。
これ知り合い全般に聞かれたくないやつだ。冒険者ギルドに広まった暁には《
うわ、想像しただけで鳥肌が……。
「将来の伴侶になるかもしれない人物がその様な間違った感性にならぬよう正すのもヤマル様の務めでは?」
「お気遣いは感謝します。ですが何を持って彼女の感性が間違っていると言えるのでしょうか?」
「それは……」
「なるほど、確かに貴女の仰りたいことは分かります。きっと大多数の方も同じ様な事を思われるでしょう。それを以って自分を推して下さるシンディの感性はおかしい、と。確かに道理は通ってますね」
ですが、と一度一区切り置き、リヴィアの顔を真っ直ぐ見据える。
……何か年端もいかない子どもをいじめてる様な感じがしてあまりいい気分ではないが、多分手心加えたら自分が痛い目を見るのが分かっているので構わず進むことにした。
「ですがその様な中、彼女は自分を見出してくれました。ならば後はそれが正しいかどうかは後世の人に任せますよ。自分は期待に応える様にするだけです。……まぁ、候補から外れることがあれば期待に応えれなかったってことになるんでしょうけどね」
何せ中々に厳しいお方ですので、と苦笑を漏らして話を締めくくる。
さて、あちらの反応は……と見ると特に何も言うようなことはないようだ。その姿にほっと胸を撫で下ろす。
「(……何言ってるのよ)」
「(最善尽くしたつもりだったけど……不味かった?)」
「(……別に。良かったんじゃないかしら)」
シンディエラからもお墨付きをもらえたようでこちらに対しても胸を撫で下ろす事が出来た。
そしてフレデリカも何やら視線を感じる。微妙に頬を赤らめるその顔は恋慕……ではなく夢見る乙女みたいな感じだ。
目の前でのやり取りがそんなに良かったのだろうか。でもこれ、嘘八百の完全演技なのは彼女も知っているはずなのであまりその様な目を向けられるのは辛い。
その内シンディエラの為に本心から言える男性が出てきたときに取っておいて欲しいところである。
「くっく……」
と。ようやく話が落ち着こうとしたところでリヴィアの隣に座るディオが小さく肩を揺らす。
今まで特に何かしてくるような様子では無かったが……なんかもうあからさまに今から何かしますと言う雰囲気がプンプンと漂ってきている。
「ディオ様、どうかされましたでしょうか?」
「いえ、リヴィアお嬢様。中々面白い余興でしたので……」
くっく、と未だに笑い続けるディオ。
この様子だと多分自分のことは知っていそうだ。どこまでかは分からないけど、何か確信めいたものを掴んでいるような気がする。
「ヤマル
「と仰いますと?」
淡々と、まるで台本に書かれたようにリヴィアがディオの言葉に乗りかかる。
これはあれだろうなぁ……。
「(完全にハメられてるね……)」
「(うぐ……)」
あちらが主催者だったろうし準備の差かなぁ。
そりゃシンディエラが自分を見つける事が出来るぐらいだ。日数があればもっと色々手回しだって出来ただろう。
日程を今日にしたのもシンディエラに何もさせないように手を打ったからかもしれない。
「リヴィア様、単刀直入に申し上げます。彼はあの様な格好をしておりますが紛れも無く平民です」
「まぁ!」
両頬に手をあてこれ見よがしにってぐらい仰々しく驚くリヴィア。
先ほどまでのやり取りと違い、誰にでも分かるぐらい芝居がかった感じなのはもはや隠すつもりが無いのだろう。
「シンディエラ。貴女ほどの人がこの様な場所に平民を呼ぶなんて……」
「それは……」
「リヴィア様。シンディエラ様も悪気があった訳ではございません。この場は寛大な心を持たれるのがよろしいかと」
「それもそうね。この様な男のどこが気に入ったのか理解し難いですが……あぁ、シンディエラ。もし今までのことは嘘と言うのであれば、水に流してあげても良くってよ」
「……」
横目で見るとシンディエラがとても悔しそうにスカートを握り締めている。
確かに彼女の言う様に色々と嘘で塗り固めてはいたけど……。
(でもなぁ……)
自分で撒いた種とは言え、彼女自身はボールドの言葉を信じてただけである。
そして語られた理想の自分に少なからず想いは馳せてたであろう。そこに嘘偽りは何も無い。
「さて、いつまでそこに座っているつもりだ? 王都の王宮、それも我々の茶会に平民が混ざるのは許しがたい行為だ。今回は目を瞑ってやるから早々に立ち去るが良い」
もはや平民と分かっている為かディオから発せられる言葉は完全に上から目線だった。
確かにもはや自分がここにいる理由は無い。
それこそ昨日から望んでた自由の身になれるし、今後クロムドーム家の人間と関わることもないだろう。
でも、だけど……。
「すいません。一つ、お聞きしても?」
「何だ? お前の事なら少し調べただけですぐに分かったぞ」
「いえ、そうではなくてですね。
流石にここでこんな小さな子を見捨てる事は出来なかった。
理屈よりも自分を構成する心がそれを拒否する。
「聞こえなかったのか? 貴族の茶会に平民が混ざるなど……」
「いえ。ですから『そもそも何故貴族の茶会に平民が混ざってはダメ』なんですか?」
ヤヤトー遺跡の時もそうだったけど、力足りてない癖に首を突っ込みたがる癖はどうにかならないものか。
……まぁいいか。どうせ今は最悪からのスタートだし、これ以上事態が悪化することはないだろう。
「これだから平民は常識を知らぬと見える」
「えぇ、所詮一介の平民ですから貴族様の常識にはとんと疎くて。良かったら教えて頂けませんか? 何か法的なものを自分は侵しているのでしょうか?」
とりあえず軽く確認から開始。
あちらが平民を連れてきたことに対しシンディエラを責めるなら、こちらは何も問題無いと言う方向性で対応しよう。
まずは彼らがもつ『権力』より上の『法』の確認だ。
人が集まる国ならば『法』は絶対に必要である。自分がこの国の法を事細かに知っている訳ではないが、少なくとも貴族権力よりは優先されるべきものであろう。
「……ディオ様」
「そうだな、確かに貴族と平民が一緒に会合をしてはいけないと言う法は無い」
まぁこの辺は予想通り。
これがダメとなったら貴族と平民のパイプが完全に潰える。商店なんて貴族御用達の店もあるだろうし、使用人だって平民が大多数だろう。
「王城に平民である自分がいてはいけないと言う法も?」
「……無いな」
そりゃ勝手に入れば怒られるだろうが、今回は自分はシンディエラと共に招待された側である。
中に入るべき正しき手順に則り堂々と入っている為、疚しい事など何一つ無い。
「なら別に何も問題は無いですね。この件についてシンディを責めるのであれば、まずはその様な法を制定した国を責めるのが筋ではないでしょうか」
居直り強盗ここに極まれり。
自分でも屁理屈捏ねてる自覚はあるが、今は屁理屈だろうと何でも使える物は使うつもりだ。
「だが貴族には貴族の守るべきルールと言うものは存在する。しかし平民である君に対して貴族の常識を押し付けるのは酷か。今回は寛大な心を以って見逃してやろうではないか」
「それって暗黙の了解ってやつですか」
「そうだ。平民にもその程度の事はあるのだろう?」
まぁ確かに暗黙の了解で済ます事は多々ある。
明確にルールとして決まって無くても円滑に物事を進めるために往々としてそう言うものは必要なのだ。
例えば日本の女子会なんて女性限定だが男性が混ざっても法的に罰せられはしない。だが間違いなく歓迎はされないしむしろ排斥するだろう。
今回もその様な感じと思えば納得出来る部分ではある。
「貴族と平民、身分が違いすぎて色々と問題が起こるのだよ。今回シンディエラ様もまたその辺りは経験不足だったようだ。今後はこの様な事が無き様一層注意し――」
「一つ、気になるのですが……」
ディオが明らかに不機嫌そうな顔をしている。
言葉を遮られたためか、平民とこうして言葉を交わすのが嫌なのか、はたまた単にとっとと終わらせたいのかは分からない。
「彼女が自分の事をリヴィア様にお話していたとお聞きしてます。その際、自分の事を『貴族』と仰ってたのでしょうか?」
視線をディオから隣の彼女へ。
男同士で言葉を交わしていたところで急に名を呼ばれ彼女は少しだけ驚いた様子を見せた。
が、それも数瞬のみ。すぐに笑顔の仮面を被りこちらの問いに対しやんわりと答える。
「明確に貴族と言ったことはありませんわ」
「だが大貴族であるクロムドーム家の婚約者候補だ。誰が平民と思うものか」
「そうですね。普通はそう思うでしょうしその辺を勘違いされたとしても別段どうこう言うつもりはこちらもありません」
ですが……と一度言葉を区切り再度ディオの方を見据える。
「
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