第147話 番外・婚約者来訪2
「……や、ちょっと待って。そもそも俺が出る必要無いし出さない方が良いんじゃないの?」
行くと一度決めたものの、思い付いた単純な疑問をシンディエラに投げつける。
そもそも自分が行く必要がどこにあるのか。
婚約者と言う事実は存在しなかったし誤解も先程解けた。
彼女のイメージから程遠い自分はもはや必要無い人のはずだ。
「……貴方を婚約者候補として紹介する為よ」
「紹介? 実際は勘違いだったんだしそんなことしなくても――」
「しなくてはいけないの!」
フーッ、フーッと肩で息を切らせ頑として聞かないシンディエラ。
何があったのか聞くとものすごいドスの効いた睨みをされたものの、落ち着いてくると少しずつ話し始める。
「その、私の勘違いで貴方が婚約者と思っていたじゃない」
「うん」
「そんな素晴らしい方と結婚出来るのだと友人知人に言ってしまいまして……それなら今度のお茶会で紹介して欲しいと言われて……」
あー……あれか。子ども特有の自分はこんなすごいもの持ってるんだぞ的なやつ。
そしてこの子はその友人達に約束してしまったわけだ。
「それでこの件でご協力頂こうとしましたら貴方平民だし、思ったよりずっと平民だし」
(平民て二回も言われた……)
「こんなのは私の婚約者ではないと思ったら頭がカッとなって……」
「こんなの……」
そりゃ自慢出来そうな容姿してないし大貴族のお嬢様からしたらこんなのと言われても仕方ない。
だが子どもはいえ正直な感想を言われるとグサグサと心にくるものがある。
「でもやっぱり正直に勘違いしてたでいいような……」
「それは出来ません!」
「どうして?」
「私が嘘吐きだと吹聴される可能性があるからよ。クロムドーム家の者は嘘吐きだなどと思われることだけは絶対に阻止しなくてはならないわ!」
「でも友人なら正直に話せば……何?」
何かものすっごく残念なものを見るような目で深いため息を吐かれた。
その手の趣味の人なら嬉しいんだろうけど、自分はこんな年端のいかない少女に蔑まされる趣味などは無いので物凄く悲しい。
「もし貴方が私の友人だったとして」
「うん」
「日ごろから散々自慢げに話していたのに、いざ会わせてと言う話になってから勘違いでしたなんて言ったらどう思うの?」
「そりゃ……まぁ」
嘘だって疑っちゃいそうだ。
実際本当に勘違いだったとしても、状況からそれを信じる方が少数派になってしまうだろう。
「そう言うことよ。貴方はあくまで婚約者候補のフリをすれば良いだけ。これが終われば時間も出来るから、その間に何とかするわ」
「ならせめて他に誰か代役立てれなかったの? 正直貴族の茶会に参加するには俺は色々足りないものが多すぎると思うけど……」
どうせ自分が必要なのは今回こっきりだ。
ならこんなしょぼい本物を使わなくても誰か代役を立てた方がよっぽどうまくいくはずである。
「それは無理ね」
「どうして?」
「だってお茶会明日なんだもの」
……どうしよう。何でそんな急な話になっているのだろうか。
あれかな。多分美化された自分が急な話でも完璧にこなしてくれると思ってたのかもしれない。
「そう言うわけで今からみっちり明日の為の知識と対策を叩き込んであげるわ。爺」
「は。すでに宿へ使いの者は出しております。フルカド様は今日はここでお泊りになってください」
「……なんでこういう部分だけ手回し良いかなぁ」
そしてこの行動の速さを何故自分の調査時に出来なかったのか。
内心そう思いため息をつくのも束の間。
気付けばシンディエラと執事に両脇を固められ、明日の為の打ち合わせと言う名の演技指導を叩き込まれることになるのだった。
◇
明けてお茶会当日。
開催時間は午後と言うことで午前中もみっちりお勉強タイムだ。
と言っても所詮は付け焼刃。完璧な受け答えなど期待出来るはずも無いので、少なくとも絶対にしてはダメな部分を教え込まれた。
とりあえず方針としては基本はシンディエラに任せ、自分は後ろでにこやかに見守るような形を取っておけばいいとのこと。
受け答えも彼女が可能な範囲で代わりに話すので、後は適宜相槌を打つ。
どうしても自分が話さなければならない時は覚悟を決め、当たり障り無い範囲で返答をすると言うことで決まった。
そしてもう一つの決まりごと。
「いい、お茶会の間だけ私の事はシンディって呼びなさい。絶対に今回だけだからね!」
「分かりました、シンディお嬢様」
とりあえず分の立ち位置としては彼女より身分が下でボールドに気に入られた――まぁ要するにマスオさんみたいな婿養子と思っておけば良いみたいだ。
なので基本はですます調。ボロを出しづらいのでなるべく丁寧に話すようにしている。
「……う~ん、何か微妙ね。婚約者なら呼び捨ての方が良いのかしら? 一度シンディって言ってもらえる?」
「分かりました、シンディ」
「ッ?! ……ぅゎ、何かすごくこそばゆいと言うか何と言うか……」
自分で言えと指示しといて色々ヒドい。
シンディエラは顔を赤くしつつ二の腕を擦りながら後ろを向いてしまった。そこまで嫌だったのか……。
レーヌやハクの反応から子どもにはそこまで嫌われないと思っていたが、流石にこの反応を見る限り少し考えを改めた方が良いかもしれない。
「まぁこれは頑張って我慢しましょう」
「我慢……」
そこまで嫌か。
巻き込まれた挙句これから精神すり減らすイベントが控えてるのに朝からダメージは勘弁して欲しい。
「……そう言えばボールド……様は? 昨日から見てないですけど」
あんまし様付けしたくないけどそこは我慢。
公私混同はしないように振る舞えるだろう古門野丸。お前は日本の社会人、これは仕事と思えばいけるいける。
「お爺様は領地に戻っているわ。王都にいるのは私と周りの者だけね」
「じゃぁここはクロムドーム家の別邸?」
「今更聞くことでもないでしょう?」
どおりで昨日から使用人以外見ないわけだ。
……まぁいたらいたで話しが拗れそうだったので今回はこれで良かったんだろう。
「さぁ、最後の追い込みするわよ」
「お手柔らかに……」
そして昼食を挟みその日の午後。
執事に連れられ屋敷に来た時の様に馬車へと乗り込む。どうやらお茶会の会場はこの屋敷ではなく別の場所らしい。
と言うのもそのお茶会の主催者はシンディエラではなく別の貴族の子なのだそうだ。
「どこへ行くんですか?」
「ふふん、喜びなさい。貴方の様な平民ではそうそう入ることもままならない王城よ」
「あー……」
まぁ、うん。確かにそうそう入ることはない。
用事があるときと捕まったとき、あとはこの世界に呼ばれたときぐらいか。
そう言えばメムとはスマホで連絡してるせいか離れの研究室にはまだ行ってなかったな。多分前以て見学させて欲しいと言えば見せてくれるだろうし。
レーヌが女王じゃなかったらもう少し気軽に来れるかもしれないけどなぁ……。
「あまりお気に召さなくて?」
「いや、まぁ平民からしたら場違い感がすごくて……」
「なるほど、私にはあまり分からない感性ね。ともかく王城に着くまでには気持ちだけでも慣らしておきなさい。そんなことではすぐに看破されるわ」
まぁ田舎から東京に出てきたおのぼりさんって分かりやすいし、多分そんな感じに見えてしまうんだろう。
道中シンディエラと執事の老紳士に最後のチェックを受けつつ、馬車は何事も無く王城の正門を抜け中へと入っていく。
そして程なく進んだところで馬車はゆっくりと動きを止めた。
「お嬢様、着いたようです」
「えぇ、ではいきますわよ。この馬車を降りたときから開始ですからね」
シンディエラの言葉に頷き、まずは執事が馬車から降りる。
続いて自分が降り馬車のドア付近に待機。そして最後に現れたシンディエラに向けゆっくりと手を差し出す。
彼女はにこりと笑みを浮かべこちらの手を取り、ゆっくりと馬車から降りていく。
「(誰も見てないような……)」
「(ダメよ、どこで見られているか分からないわ。絶対に油断しないこと)」
おかしいな、お茶会ってこんなに緊張を強いられる催し事だったっけ。
まぁ泣いても笑っても数時間の辛抱だ。ならば自分の今後のためにも上手くやるべく努力をしよう。
「(……)」
「(……? どうかしました?)」
「(いえ、お父様やお爺様以外の男の方の手を取るのは初めてですので……。ちゃんと手は洗いました?)」
もはや雑菌扱いか。どんどんヒエラルキーが下がっているような気がする。
自分頼まれた側なのに何故こうなっているのだろうか。やっぱり上流階級ではこれが当たり前なんだろうか……。
「それではヤマル様、エスコートをお願いいたしますね」
それでもそんな人の手を嫌な顔一つせず取り、笑みを浮かべ丁寧に話すことが出来るこの子は間違いなく貴族の子だ。
自分がこの子ぐらいのときはこんな平然と異性の手なんて握れてただろうか。
思春期入りかけだろうし、周囲に色々言われそうだから多分無理だろう。こう言う所でやはり住む世界が違うなぁと感じる。
……まぁ異世界なんだから当然と言えば当然なんだが。
「どうかされました?」
「いえ、何でもありませんよ。それでは行きましょうか」
シンディエラがしっかりと降りたのを確認し手を離しては前に立つ。
横が良いんじゃないかと聞いたものの、立場的にはこちらが下なので案内する形がいいんだそうだ。
まぁこの世界の――日本だったとしてもその辺はよく分からないので彼女に言われたとおりにする。
そして城に入ろうとしたところで一人の侍女が出迎えてくれた。
彼女は今日主催する貴族の子の使用人らしく、こちらに一礼をすると先立って案内してくれる。
執事の老紳士とはここでお別れ。アドバイザーが一人減ったことに不安を覚えるもしっかりしなくてはと一層気合を入れる。
(しっかし……王城にこんな場所あったんだ……)
侍女の後をついて行くとそこには庭園が広がっていた。
柔らかな日差し、丁寧に育成された草花。
人工的に作られた小川からはせせらぎが聞こえ、ここにいるだけで心を落ち着かせてくれる。
「あら、気に入りましたか? 実は私もここが好きなんですの」
「え、えぇ……良い所ですね」
自分もシンディエラも口調を変えて会話するのはなんか違和感がある。
早く慣れなければと焦りそうになるも、やはりこの庭園の環境がそんな気持ちを落ち着かせてくれる。
「お嬢様はあちらでお待ちになっております」
侍女がゆっくりと指し示すそこは庭園の一角。
大枠で見ればまるで柵の無い鳥かごの様な形状。丸い台座とその周囲を取り囲む六本の柱。
すべて白い石で作られた荘厳な作りのこの一角が今回の戦場……もといお茶会の会場らしい。
「お嬢様、シンディエラ様をお連れ致しました」
「ありがとう。下がっていいわ」
中に入るとテーブルクロスが掛かった丸テーブルを取り囲むように四人の人影。
シンディエラと同じぐらいの少女が三人と、ダンぐらいの歳の青年が一人そこにいた。
「皆様、お待たせしました」
「いいえ。開始時刻にはまだ間があります。お気になさらず」
にこりとシンディエラが笑みを浮かべ、それに対応するように笑みを浮べる緑髪の少女。
先ほどの侍女とのやり取りから察するにこの少女が今回のお茶会の主催者なのだろう。
ウェーブの掛かったシャギーカットのこの少女もシンディエラ同様中々気の強さを持ってるような印象を受ける。
カナリア色のドレスを身に纏い、シンディエラに負けず劣らずの煌びやかな格好だ。
「貴方がフルカド=ヤマル様ですね。私はリヴィア=ソーミン。そしてこちらはディオ=ミニオン様。私の婚約者ですわ」
「ディオ=ミニオンです」
紹介され立ち上がり一礼をする青年。
短く整えたサラサラの金髪に中々の甘いマスク。ただどうもキザっぽく見えるのは彼が着ている貴族の服飾のせいだろうか。
レイピアの様な細剣を腰に佩き、自分にはよく分からないヒラヒラの煌びやかな服飾もイメージに拍車をかけているのかもしれない。
後セーヴァを一度見ているからかも。彼を見てなければ間違いなく普通にイケメンと断定していそうだ。
(……まぁ格好については自分も人の事は言えないか)
流石に彼のようなヒラヒラは無いものの、一応貴族……と言うかシンディエラの隣に歩く人物としては問題ない程度の上物の服を借りている。
立場が上の彼女より目立たぬよう色合いは抑え目で白色を中心としつつも飾るのは黒系や焦げ茶系。
若い人から見れば地味とか思われそうだが、自分ぐらいの年齢なら落ち着いているシックな印象を受けるはず。と言うのは執事の談だ。
「まぁ、ご婚約されたのですね」
そう言うシンディエラを横目に見るとどうも彼女もこの件は知らなかったようだ。
もしかしたら彼女に対する対抗心だろうか。
「えぇ、お父様から縁談を持ちかけられまして。丁度良い機会でしたので、皆様にもご紹介しようと思い急遽お呼びしましたの」
口元を隠し『うふふ』とか上品に笑い合う二人。
だがもう自分にも分かった。彼女達、多分仲が悪い。
俺だってここ数ヶ月で色々な物を見たし死線だって潜り抜けた。
そんな多少は鋭敏になった感性が告げている。目が笑ってない、言葉が鋭い、空気が重い、と。
予想以上にキッツい場所に放り込まれたなぁと内心嘆いていると、不意に誰かに服を引っ張られる。
「えと、はじめまして……」
服を引っ張ったのは参加者であるどこかの貴族の少女。
明るい金髪のシンディエラとは対照的に、この子は深い青色の髪は腰までストレートに伸ばしている。
着ているドレスは目立った服飾は無いものの、白基調で清楚なイメージを与えていた。何より髪の色を映えさせるコントラストは選んだ人物のセンスの高さを窺うことが出来る。
明るい水色の瞳に若干のたれ目。庇護欲をかき立てられそうな感じの子であった。
「フレデリカ=クロムドームと申します。シンディエラお嬢様の従姉妹です」
「こちらこそはじめまして。フルカド=ヤマルです」
互いに軽く会釈を交わすと、フレデリカがそっとこちらに寄ってくる。
「(大体の事はお嬢様から聞いてます。私もフォローしますのでどうかご安心を)」
「(あ、ありがとう)」
両脇の十歳ぐらいの子らにフォローされる二十五歳……。どうしよう、何かすごく情けなくて泣きそうである。
「ヤマル様、リヴィアの隣にいるのが彼女の従姉妹のミニア=ソーミン。私にとってのフレデリカの様な人物と思っていただければよろしいかと」
あぁ、やっぱ挨拶していたのは聞いてたのね。
ミニアはこちらに軽く一礼をするだけに留まった。なのでこちらも会釈程度で済ませておく。
(ちょっと暗めの子なのかな)
彼女の髪色もやや濃い緑色だからか、そのイメージに拍車がかかっているかもしれない
服もリヴィアの格好に比べ地味色……と言うか色合いで言えば自分の着ているものと似たような感じだ。
男物の服装をドレスにしたらあんな感じだろうか。
自分はシンディエラを立てる意図での服装だが、それを彼女は分かりやすい近くの同性を立てる目的で着ているのかもしれない。
「あら、リヴィア。椅子が一つ多いのではありませんか?」
「えぇ、もうお一方お呼びしておりますの。ただ後から来られますので先に始めても構わないそうですわ」
一応伝言でその旨を聞いているとの事。
誰なんだろうと気になったもののシンディエラが何も言わないため自分も黙っておくことにする。
軽く目線だけでフレデリカを見るも、彼女も目を伏せ知らないと返すだけだった。
「さぁ、久方振りに語らいましょう」
笑顔でお茶会の開催を宣言するリヴィア。
かくして色々と胃の痛くなりそうな茶会の幕が切って落とされた。
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