第146話 番外・婚約者来訪1
「いい? 私は絶っっっっっっ対に! 貴方を婚約者なんて認めませんからね!」
「は、はぁ……」
何で俺は見ず知らずの少女にいきなり怒られてるんだろう。
目の前にいるのはレーヌと同じ歳ぐらいの歳の子。
真っ赤なドレスを着た金髪碧眼のツインテール少女。本来はもっと可愛いだろうに、険しい顔をしているせいかとても勝ち気な子のイメージが先行していた。
「後はこちらがやるのであなたは何もしないこと! 余計な事をしたら全力で潰すからね!」
ズビシと擬音が聞こえそうな勢いで上から指を突きつけられる。
そう、上からである。彼女は今馬車の上からこちらを見下ろしていた。
ほんの数分前の事だ。
いつも通り宿の一階で皆と朝食を取っていると入り口から執事風の老紳士が入ってきた。
何となく嫌な予感がし、そしてそう言うものは得てして当たるものらしい。
真っ直ぐ自分の所にやってくると、彼はこう言ったのだ。
『フルカド=ヤマル様でございますね? 我が主人がお会いしたいとの事。お手数ですがご足労願えますでしょうか』
その主人は馬車で近くまで来ているらしい。
このままではまた何かの問題になると判断し、彼と一緒にその主人の元まで向かったのだ。
大通りまで出るとそこには明らかに貴族が乗るような豪奢な馬車が一台止まっていた。
一体こんな馬車を使うのは誰だろうと思っていると、突如馬車の扉が勢い良く開け放たれ中から件の主——先の少女が出てきたのだ。
そして馬車から降りることなく冒頭のセリフを言われたわけである。
「全く、何で私が平民なんかと……。爺、行くわよ!」
「かしこまりましたお嬢様。それでは失礼致します」
老執事がこちらに一礼し彼も馬車へと乗り込むとそのまま去っていった。
何の事か全くよく分からないまま物凄くもやっとした気持ちを抱え再び宿の方へと戻る。
「あ、お帰り。何の用事だったの?」
宿に戻ると皆が食後のお茶を飲んでいるところだった。
何か優雅な時間過ごしてるなぁと思いつつ自分の席に座り先ほどのことを話す。
「いや、俺もよく分からなかったんだけど……何か婚約解消されたみたい」
「ぶふぅっ!?」
こちらの言葉に驚いたコロナが口に含んでいたお茶を盛大に噴出してしまった。
結果、対面にいた自分が直撃を貰いボタボタとお茶を滴らせるはめになる。
「コーロー……?」
「ごめんなさいーー!!」
慌ててコロナが立ち上がりポケットからハンカチを取り出してはこちらについたお茶を拭き取っていく。
正直ちょっとくすぐったいものの、あまりにも必死なためしばらくは成すがままにされることにした。
「あの、ヤマルさんって婚約を……」
「してないしてない」
エルフィリアの言葉にブンブンと手を横に振りそれをしっかりと否定する。
「そもそも帰るために動いてるのに婚約とかするわけないでしょ」
「まぁそれもそうだな。じゃぁ何でそんな話になってるんだ?」
「さぁ……? 正直見たこともない子だったんだけど」
とりあえず皆に自称自分の婚約者だった子の姿をざっくりと説明する。
だが当然の事ながらそんな子に心当たりがあるメンバーはいなかった。
「そもそもお前、貴族の知り合いっているのか?」
「知り合いって言っても婚約者になるぐらいのでしょ? いないよそんな人」
仲の良い貴族……と言うか王族ならいるが、もしそっちのツテなら当人から連絡が来そうなものだ。
そもそもこの手の婚約関係は大きく分けて二つしかパターンが無い。
一つは互いに将来を誓い合った仲。
ただ向こうが完全にこちらを嫌っているし、自分だってあの子のことは全然知らない。
少なくとも結婚をするような仲では無いためこの線は除外だろう。
もう一つは互いの家同士による
あちらは貴族っぽいので可能性はあるかもしれないが、こっちは平民どころか異世界人である。
家柄どころかそもそも家すらない。よってこの線も無いだろう。
結局一番ありえそうなのが何かしらの勘違いか手違いじゃないかと言うことだ。
「まぁよく分かんないけど向こうが解消してくれるみたいだし、この件で何もするなってことだからほっといていいんじゃないかな」
触らぬ神になんとやら。
変なことに巻き込まれかけてるのを向こうが離してくれるのであればそれを拒否するつもりは無い。
とりあえずこちらからは何も出来ないしほっとくだけで問題が解決するのなら気にしないのが一番と言う結論に達する。
「さ、この話はもうおしまい。今日もお仕事頑張らないとね」
◇
「……ふん」
「……」
おかしい、何故自分はまたこの少女と対面しているのだろう。
この子との繋がりは今朝一方的に途絶えたはずだ。
なのに仕事が終わって宿に着いたところで再び老執事に捕捉されてしまった。
今度はしっかりと話したいということで屋敷まで有無を言わさず連れてこられたわけである。
ちなみに他のメンバーはポチも含め誰一人いない。付いてこようとしたのだがあの少女が気難しい性格らしく断わられてしまったのだ。
「えーと……」
「……ふん」
取り付く島も無い。
屋敷の一室に案内されるとすでにこの少女が中にいた。
応接室と思しきその一室で執事に促されるまま彼女の対面のソファーに座る。
テーブルを挟む形で顔を合わせたわけだが終始不機嫌の少女にもはやお手上げだった。唯一話が通じそうな執事も今はどこかへ行ってしまっている。
「……あの、用事無いならもう帰ってもいい?」
「はぁ?! あるから呼んだのに帰るとかバッカじゃないの?」
口が悪いなぁ、この子。
物凄い視線で睨みつけてくるのだが、残念なことにまだまだ子どもの彼女から睨まれてもあまり怖くは無い。感覚的には猫が威嚇しているような感じだろうか。
しかし用事あるのに何も話さないのであればこっちもどうしていいか分からなかった。
ほとほと困り果てていたその時、ドアがノックされ部屋の外から聞き覚えのある声が届く。
『お嬢様、私です。お茶をご用意しました』
「入りなさい」
失礼します、と言う声と共に先ほどの老執事がお茶を持って戻ってきた。
彼はこの部屋の中の気まずい空気をものともせずカップにお茶を淹れていく。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
差し出されたカップからはふわりと良い香りが漂ってくる。
きっと上質な茶葉を使っているんだろう。
「フルカド様、お返事の方はお決まりに……?」
「あの、お返事も何も何の話かまだ何も聞いてないんですが……」
その言葉に執事の顔が目の前のお嬢様の方に向けられる。
相変わらずそっぽを向き続けていた彼女だったが、その表情は先程と少し違いばつが悪そうだ。
「お嬢様……」
「っ! 分かったわよ! いい、一回しか言わないからよぉく聞きなさい。私の名はシンディエラ=クロムドーム。あのクロムドーム家の者よ!」
立ち上がり、仰々しく自己紹介をするシンディエラ。
その所作は貴族として己の家系に絶対的な自信と誇りを持っているのと感じさせるには十分であった。
「クロムドーム家って……」
そしてこの家名には聞き覚えがある。
以前この家名を持つとある貴族と一悶着あった。
しかし最終的には全て丸く治まったはずだが……。
「えぇ、王国屈指の大貴族ボールド=クロムドームはあたしのお爺様よ」
自分と一悶着起こした祖父の名を告げる彼女の表情はとても誇らしげである。
だが何故、今になってクロムドーム家の子が自分と婚約関係になっているのだろう。
恐る恐るその事を問い質すと、シンディエラも意外そうな顔をこちらに向けてきた。
「……貴方、お爺様に頼んで婚約したいと言ったのではないの?」
「いえ? そんな話したことすら——」
そこでふと、あの時の事を思い出す。
ボールドの性格が変わり宿まで謝罪に訪れた時の事だ。確かにあの時孫娘と結婚とかそんな感じの事を言ってたような気がする。
「あー……確かに持ちかけられたことはありました。でもその場でハッキリと断ったはずですよ」
「……つまり貴方は貴族になる気も私と婚約する気も無いと?」
「えぇ、まぁ」
首を縦に振りハッキリと否定の意思を示す。
これで双方の利害は完全に一致したはずだ。この子も自分と結婚しなくても良くなるし万々歳だろう。
「意外ですわね。平民は皆貴族になりたいものと思ってましたわ」
「まぁなりたい人もいるでしょうけど自分は違いますね。そもそも貴族としての教育すら受けてない人間が仲間入りしたところでろくな事にならないのは目に見えてますから」
何はともあれこれで問題は解決だ。
ほっと胸を撫で下ろしたところで一つ気になる事があったので尋ねてみることにした。
「あ、せめて何でこんな婚約話にまで発展したのか教えて貰っても良いですか? そもそもシンディエラち……様が自分に言わなければ内々で処理出来たはずの話ですし」
何故あの時断ったはずの話が間違った方向でまとまってたのか。
実はあの時の会話の中で貴族的な言い回しがあったかもしれない。なので今後の為にも少し話を聞いておきたいと思った。
だがその質問に対しシンディエラは顔を赤くしそのままソファーに座って俯いてしまう。
「すみません。お嬢様に代わり私の方からお話致します」
「爺!」
「お嬢様。此度の件はフルカド様は当事者でもあります。せめてその理由はお話しておくべきかと」
「~~~~っ!!」
不承不承どころか無茶苦茶不満溜まってそうな表情ではあったが、何も言わないと言うことは了解したと言うことなんだろう。
そしてそう受け取った老執事が事の顛末を話していく。
話は数ヶ月前に遡る。
数ヶ月前、初めて王都で地震が観測された翌日の事だ。
その日も王城に行っていたボールドだったが、落盤事故に巻き込まれその結果まるで人が変わったかの様に角が取れ性格が丸くなった。
そしてその頃からボールドはしきりに自分の事を褒め称えるような感じで周囲に話すようになったらしい。
曰く真摯な性格をしているとか、自分達が知らぬ知識を持っているとか色々だ。
無論これはあくまで公的な話ではなくボールド個人の感想。
だが滅多に人を誉めないボールドが誉めちぎる程の人物に、孫のシンディエラはとても興味を持ったそうだ。
元々孫には甘い部分もあったボールドはシンディエラに聞かれるがまま自分の事について答えていったらしい。
勿論それはボールドフィルターが掛かった話であり、実物比三百割ぐらい盛りに盛って美化されたような話だ。
そんな人材がいればとっくに有名になっているはずであり、その様な名が耳に入らない以上普通の人間なら美化してるか冗談と受けとる。
しかしボールドの立場と彼への信頼感、そしてまだ幼く世間に対しそこまで知らないシンディエラはこれを鵜呑みにしてしまった。
そしてあの時シンディエラの婿としてどうかと持ちかけた事も彼女に話していた。
家柄も大きくクロムドーム家と繋がりを持とうとする貴族は多い。そのことはシンディエラも知っていたので、自分との縁談は確実に纏まるものだと思い込んでしまった。
結果、彼女の中では完璧超人など霞むぐらいの理想の婚約者フルカド=ヤマルが出来上がったわけである。それも本人の預かり知らぬ所でだ。
「あー……その、ごめんね?」
「ふぅ……いえ、いいんです。私の方こそ勝手に舞い上がっていただけですわ」
先ほどからの棘のような印象は鳴りを潜め、小さくため息をつくシンディエラ。
まぁ誰が悪いかと言われたら間違いなくボールドだろう。
幼子相手に話を肥大させたがるのは分からないでもない。きっと話は盛り上がるし、何よりも孫の喜ぶ顔が見れる。
その結果彼女は『現実』と言うものを直視するはめになり、一歩大人の階段を強制的に登ることになったわけだが。
「ともかく大体の事は分かりました。自分としてもこれ以上事大きくしたくは無いので……あの、まだ何か?」
全ての謎が解け、自分も相手もこれで元通りになれる。
そう思っていたのにまだ何か雲行きが怪しい。その証拠とばかりにシンディエラが浮かない顔をしている。
「……」
「お嬢様」
「分かってるわよ! その、ね。今日来てもらったのはまだあると言いますか……そんな顔しないでちょうだい!」
やっと終わったと思った矢先の厄介事に対し、どうやら顔に心情が出てしまったようだ。
ペチペチと自分の頬を軽く叩き表情をなんとか元に戻す。
「……その様子だと何かとんでもない事に巻き込まれる予感しかしないんだけど」
「そんなことありません。ただ、その……お茶会に参加する事が決まってるだけよ」
「お茶会……」
貴族のお茶会と言うのはあれだろう。
ウフフとかアハハとか言いながらお茶を飲みお菓子に舌鼓を打ちつつ政治家顔負けの腹芸をする貴族お得意のあれ。
更に言えば笑顔の下で何を考えているか分からない権謀術数渦巻くあれだ。
あんな場に放り込まれたら胃に穴が空きそうになるのは目に見えている。見えているのだが……。
「その場に貴方を連れて行くわ。……甚だ不本意だけど」
「……ちなみに拒否権は?」
「ありません」
「どうしても?」
「どうしても、です」
こればかりは譲れないという強い意志。
そしてその決定に抗おうものならばどの様な手を使ってでも阻止するという覚悟があの小さな体からひしひしと感じられた。
確かにこれはボールドの血を引いているのだと感覚的に理解させられる。
「……了解しました、お嬢様」
「結構。理解が速いところは美徳よ」
満足げに微笑むシンディエラとは対照的に、がっくりと肩を落とし心の中で盛大にため息を漏らすことしか出来なかった。
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