第145話 閑話:とあるギルド職員の一日
朝、早朝と呼べる時間帯が俺の出勤時間だ。
そろそろ主婦層が起きるこの時間、如何に王都と言えど通りには殆ど人は居ない。
居るとすれば俺のように朝から出張るギルドの人間、夜勤から帰る兵士、後は……
(お?)
通りの向こうで走る三人組。多分トレーニング中なのだろう。
見かけたことも一度や二度ではない。
もちろん毎日見るわけではないが、その頻度は割と高い。
「ヤマル、エルさん! ほら、頑張って!」
「はぁ……昨日より、はぁ、ペース上がってない……?」
「コロナさん……ふぅ、もう少し速度を……」
先頭で走る桃色の髪の犬耳少女に引っ張られるように、黒髪の少年……じゃなく青年がその後を付いて行く。
そしてすぐ後ろでは世の男性と胸の悩みを抱えた女性には目の毒になりかねないほどに胸を弾ませた金髪のエルフの女性が、青年同様にフラフラになりながら走っていた。
そう、エルフである。
最近あの青年が獣亜連合国から戻ってきた際に連れて来たのだそうだ。
この世の中にエルフが居る事自体は知っていたものの、まさかこの目で見て話す事になるとは思ってもみなかった。
それほどまでにエルフは森の外では見かけない種族である。
「わん!」
そして種族と言えばあの存在も忘れてはいけない。
一見すればただの子犬。先ほどから彼らの周りをぐるぐると走り回るとても愛くるしい生き物。
だがその実体は我が冒険者ギルドの関門の一つである戦狼だ。
自分も昔、冒険者だった頃に仲間と共に討伐したのは苦くもいい思い出だ。
それはともかく実際あの子犬も成体と見まがうほどに変身する能力を持っている。
この街中で一度その力が発揮されようものなら血の惨劇は免れないだろう。
……まぁ大きくても小さくても何故か市民への受けはいいらしい。
冒険者受けが悪いのは戦狼のことを知っているのと散々あの青年に対して何かやった負い目があるからだろう。
◇
さて、そんな彼らを見送りギルドへ到着すると、眠そうな夜勤組が交代前の最後の仕事をしていた。
夜勤組最後かつ最大の仕事。
それは本日の冒険者への依頼書作製だ。
この冒険者ギルドに来る依頼は王都であることを差し引いても意外に多い。
やはり荒事を生業とする人間に頼みたいことはそれ相応にある証拠でもある。
「あ、おはようございます……」
「あぁ、おはよう」
眠そうに作業している職員の横を通り更衣室へと向かう。
冒険者からこの職員の制服に変えて早十数年。もはや冒険者の時の装備よりも長い付き合いになってしまった。
だが立場は変わっても冒険者と関わっていきたいという気持ちがあったからこそ続けられたと思う。
この立場だからこそ、たまに面白いヤツを見る事が出来るのは職員としての特権だ。
「さぁ、今日も頑張るか!」
ムン、と気合一つ入れいざ仕事へ。
夜勤の職員と入れ替わりまずは依頼書のチェックだ。
抜けや洩れ、記載ミスがあれば冒険者らと揉めるのは必然。特に彼らが命懸けでやる仕事は決して少なくはない。
だからこそ彼らは労力と金銭を比べる選択権が存在する。それをギルドのミスで彼らとの信用を失うのは断固避けねばならない。
滅多にはないが過去にも依頼金額が一桁違うミスもあった。結局はギルド側のミスだったので補填分はこちらから出したものの、大赤字を出してしまった。
それのみならずその後わざと依頼書に不正を働くやつも出てきたぐらいだ。
その様なこともあり、ことこの作業に関しては特に気をつけるようにしている。
そして全てのチェックを終える頃にはギルドには冒険者らが集まってくる。
冒険者なぞ荒っぽい人間が多いとか社会の底辺層とか言う奴もいるがその様なことは……まぁ、無いとは言い切れないが……割と当たってる気もするが……それでもそれだけではないと断言しよう。
仮にそんな不真面目な奴らは毎朝決まった時間にこの場に集まらない。
それに——
「おはようございま」
「ほらきた真面目代表ーー! ……すまん、なんでもない」
コホンと咳払い一つし目の前の人物を出迎える。
今朝ギルドに行く時見かけた青年達だ。その時のメンバーに加え髭にリボンを結わえたドワーフを連れている。
「それでどうかしたか?」
「あ、いえ。今更感あるんですが冒険者ギルドのランクとかその辺についてもう少し詳しく……」
青年がそう言うとドワーフが一歩前に出てこちらを見上げてきた。
年齢的な部分も含めても、この目は古強者を彷彿とさせる目だ。
「実はちょっと俺らで上のクエストって受けれないのかって話になってな。ヤマルは冒険者としてはDランクだが他のメンバー含めりゃパーティーとしてはC以上でもおかしくないと思うんだ」
「でも実際冒険者ギルドの決まりとかよく分かんなくって……皆ギルド違うし」
「ふむ……まぁ簡単に説明するか」
目の前の青年は一応冒険者ギルド所属なんだが……。
ともあれ彼らに冒険者ギルドとしてのランクの説明をしていく。
まず冒険者ギルド所属の冒険者にはランクが存在する。これは下が見習いのFから始まり最高位のSランクまでの七段階だ。
このランクはギルド規定に従い上がっていき、規約違反や素行不良など悪さをしない限りは下がることは無い。
傭兵ギルドと違うのが強さがランクに直結する点では無いだろう。むろん戦闘力は加味される要素である事は事実だが、それは魔物を討伐するために必要だからだ。
なので純粋な力よりも冒険者には結果として討伐出来る術を重視される。
さて、ここからはパーティーとしてのランクだ。
個別のランクとは別に冒険者パーティーとしてのランクも存在する。
ただしこれはパーティーに所属する"冒険者のランク"が重視される。
例えば彼らは四人、ペットも含めれば五人パーティーだがこの中で冒険者は黒髪の青年のみだ。
その青年の冒険者ランクはDなので、このパーティーのランクはそのままDとなる。
実際は他のギルドから組んでいるメンバーを加味して可変するが、現状では認められてもCだろう。
またランクが異なる冒険者パーティーでは事情は若干異なる。
ここでは彼らと繋がりのある『風の爪』を例に挙げることにする。
彼らは現在Bランクが一人とCランクが四人。異なるランクが居る場合は基本的には平均を取った上で端数を切り捨てる。
なので『風の爪』はBランクがいてもCランクパーティーとなる。
もしBランクが半数以上、四人もいればほぼBランクパーティーにはなれるとは思うが、この辺は職員の匙加減だろう。
まぁ一言で言ってしまえば冒険者の平均ランクに他のメンバーの強さが職員基準で加味されるってことだ。
「こいつはBランク傭兵で俺らも普通に戦えるが、それでもパーティーとしてはDなのか?」
「実力的には足りてるんだろうが、残念ながら登録してからの日が浅いからな。少なくともいくつか強さが見れそうな依頼こなさねーとギルドとしては判断出来ねぇわ」
「まぁそりゃそうか、口では何とでも言えるからな。分かった、説明感謝する」
ドワーフの男もこちらの説明に納得してくれたようだ。
こちらに礼を言うと彼らは依頼板の方へと向かっていく。
(……変わったなぁ)
来た頃の青年はあの依頼板の場所に行くことすら無かった。
来る日も来る日もただひたすら薬草を取り、《
そう、まだあの青年が顔を見せるようになって数ヶ月しか経ってない。
今では良くも悪くも王都で一番目立つパーティーになっている。
これでも数々の冒険者は見てきたし目立つパーティーを見たのも一回や二回ではない。
しかしその様なパーティーは基本"優秀"なパーティーだった。決して彼の様にイロモノを集めた感じではない。
まぁだからこそ余計に目立つのかもしれないが。
「はーい、冒険者の皆さんー! 今日のお仕事ですよー!」
そんなことを考えていると同僚の女性職員のアンナが元気よく依頼書の束を依頼版の方へ持っていく。
この仕事は彼女でなければならない。彼女以外が張り出そうものなら暴動に近い依頼の取り合いが起こってしまう。
本人非公認——むしろ秘密になっている親衛隊が目を光らせてるからこそ、皆大人しく選ぶ事が出来ているのだ。
なお彼女が休みの時はギルド職員が厳正なるクジの元、
まぁ水面下では如何にして良い報酬の依頼を受けるかバトルが繰り広げられているらしいが、表面上大人しいのであればギルドとしては何も言うまい。
「今日も皆さん礼儀正しくて私としてもとても嬉しいです! では頑張ってください!」
「「「おぉぉーーーー!!」」」
……アンナが退職したときがどうなるか怖いな。
まぁその時はその時だと今は考えないことにし、冒険者らへの受付業務に集中することにした。
◇
朝の依頼受け付けラッシュが終われば小休止をはさみ日中の業務だ。
この日中はギルドには人がまばらになる時間のため内部処理業務を色々行うことになっている。
そして本日は会議の日だ。
「では定例会議を行う」
ギルド長をはじめそこそこの地位に居る人物がこの場に集まっている。
議題自体は細かくは別れるものの大体の事はいつもと変わらない。
依頼傾向、冒険者の増減、ランクアップ、他ギルドからの情報、他の街の冒険者ギルドからの情報etc……。
それぞれの職員が持ち寄った情報を精査し、それを冒険者に反映する大切な場だ。
この日は久方振りのランクアップについて話し合う場である。
ギルド内での明確な規定はあるものの、冒険者らは大概その枠組みにぴったりはまる事はない。その外れた部分をどう精査するかがこの会議だ。
『風の爪』のラムダンは議題に上がったりはしない珍しいタイプである。彼は枠からあまり外れないためランクアップの線引きが明確な稀有な例だ。
そして今日の精査の対象はそのラムダンが面倒を見たあの青年である。
彼は以前戦狼を単独で倒したときにも対象になっていた。結局本人が望まぬということでその時のランクアップは無しになったが今回は違う。
「さて、では今回はDランクのフルカド=ヤマルのランクアップについてだ」
ギルド長が進行役として皆に告げる。
目の前には今までの彼の戦歴や依頼歴、現状のパーティーメンバー等々が記された紙が置かれていた。
一応自分はほぼあいつの依頼時などには立ち会ってはいるものの、改めてこう並べると何と言うか……なにやってんだあいつ、と思う。
「ふむ……確かに功績を鑑みれば立派ではありますね」
冒険者とだけ見てもチカクノ遺跡深層開拓・発掘に始まり、王都を中心に起こった地震と言う現象の対策に立案、魔法都市マギアでの校長からの指名依頼。
戦闘においては先にも挙げた戦狼単独撃破、ヤヤトー遺跡での巨大トレント共同討伐、そして先日のタングリアンホーンを当人と獣魔だけで討伐。
その他を挙げれば戦狼を従える獣魔師、エルフの紹介など魔術師ギルドへの貢献。
どれもこれもそう簡単にいかない内容ばかりだ。
「ただ冒険者としての期間が短すぎるな」
「そのせいか依頼数も少ないですね。こればかりは仕方ないことでしょうが」
やはり問題となるのは冒険者としての経歴の短さだ。
数ヶ月間国外に居たこともあり、彼の依頼達成数は規定を大幅に下回っている。
この足りてない部分を功績で補えるかが今回の焦点だろう。
「以前の戦狼時でもCに上げるかは議題に出たんだろう? それからこうして着実に成果は積み上げた。私は問題ないと思うが?」
「だがあまりに早すぎると他の冒険者らが大物の依頼しか受けなくなりかねん」
「冒険者らは功名心が強い。成果を、名誉を得ようとはやる気持ちを抑えれなくなれば今以上に死者が出るぞ」
「そして若手ほどその傾向にある。後進が途切れぬようにするのもギルドの勤めだ」
「しかし新進気鋭が現れれば周囲の気の持ちようも変わる。それに『風の軌跡』の構成は皆ご存知だろう? あのメンバーを纏めているのがDランクと言うのは周囲からどう見られるか……」
結局話は平行線だ。
個人的には付き合いが深いためランクアップはさせてやりたいところではある。当人も最近はそれを望んでいるようだった。
しかしギルドの職員としてみれば双方の言い分も分かる。どちらが正しいかと言われればどちらも正しいと言わざるを得ない。
「お前はどうなんだ。今日も顔を合わせたんだろう?」
「……そうだな。個人的には上げるに足ると思ってはいる。ただ期間もそうだが他のDランク冒険者からのやっかみが心配だな。せめて彼らを黙らせそうなもう一押しが欲しいと言ったところだと思う」
散々笑い嘲っていた人物が自分らの上に行く。
逆恨みだろうが恨みは恨みだ。バカをやる奴らが出ないとは言い切れない。
すでにタングリアンホーンの一件で認識は改められつつあるものの、前回と違い単独ではないため完全に黙らせるには至っていない。
だからせめてもう一つ、分かりやすい形の何かが欲しいと思った。
「ギルド長、いかがされましょうか?」
「……確かに各々思うところはあるだろうが今回は保留だな。だがこれだけのことをやる人物をいつまでもDで遊ばせておくわけにもいかん。ギルド依頼で分かりやすい形で成果が出るやつがあれば優先的にまわしてやってくれ。では次だが……」
◇
夕方ともなれば再びギルドが賑わい出す。
昼間の内に本日中に報告がありそうな依頼報酬は用意し、ギルド職員はそれを手分けして支払うのだ。
たまに予想外のを持ち込むのもいるがそんなのは稀である。
(あいつらも無事、と)
朝見送った青年らを出迎え依頼の報酬を渡す。
職員としてはこの瞬間が一番安堵する。何せ危険と隣り合わせのこの職種は死亡することも決して少なくはない。
遺体を持ち帰れれば御の字。中には魔物に食われ、野良スライムに溶かされ骨まで残らないなんてこともあるぐらいだ。
ギルドとしても死者は出したくは無いが何事にも絶対はない。
その為に日夜努力はしているが……中々どうして、芳しくいかないのは悩みの種である。
「お疲れ様です。交替の時間になりましたのであとは引継ぎます」
「あぁ、頼む」
そして気付けば交代の時間だ。
夜番の職員に場所を代わり更衣室で着替えを終えると早々に家路へと着く事にする。
(……冒険者か)
思い思いに帰ったり店に出向く道行くパーティーを見つつ昔のことを思い出す。
あの時の自分達もあんな感じであった。
一山当てようと躍起になったり色んな無茶もしたが今ではいい思い出だ。
のっぴきならない事情で冒険者を辞め職員になったのも未練があったからだろう。今の冒険者を通し未知に思いを馳せているのもそのせいだ。
「まぁあいつらがいくつか叶えてくれたか」
現役時代出来なかった遺跡の新規ルート開拓やエルフとの邂逅。
どちらも職員になってから叶うとは思ってもみなかったことだ。何か機会があればその内家に呼んでみたいと思っている。
(公私混同と思われそうだがな)
自嘲しつつもどうやって呼ぶか頭の中で算段を立てつつ、家族が待つ我が家へと一人歩いていった。
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