第144話 酒場総力戦


「……何コレ」

「わふ……」


 懐暖かく宿に戻ると昨日以上に大変なことになっていた。

 昨日はコロナがメイド風ウェイトレスで給仕をしていたため大繁盛とも言える程、宿に併設された酒場に沢山の客が来ていた。

 だから今日も同じぐらいかなぁと思っていたが、いざ宿の入り口が見えるところまでやってくると店の外まで人が溢れ返っていた。

 大人しく順番を待つ者もいれば、窓から店内を覗き見る者もいる。

 やはり男は可愛い女の子が居ればいいのか、と思いつつあの人ごみの中からどう中に入ろうかと眺めていたらふと気付く。

 昨日と客層が少し変わっていた。

 いや、確かに半数は昨日同様いかにも飲みそうな面々……有り体に言えば酒場に居てもなんら不思議ではない人達である。

 だが残りの半数は様々だった。

 身なりの良い商店主風の男も居れば、いかにもお忍のび風の格好をした貴族の男性。

 かと思えば夫婦で来ている人や女性だけのグループもいる。


(今度は何したんだろう……)


 多分女将さんがまた何かしたんだろうけど……。

 とりあえずいつまでも外にいるわけにもいかないので中へ入ることにする。

 並ぶ彼らの横を通り過ぎいざドアから入ろうとすると不意にこちらの肩に誰かの手が掛けられた。


「おい! 順番だ、並べよ!」

「いえあの……」

「貴様、この私ですら待っていると言うのだから最後尾につきたまえ」

「や、自分酒場の客では無くてですねー!」


 しかしこちらの声は聞き入れて貰えなかった。ぐいっと引っ張られ強制的に最後尾へと戻される。

 全く取りつく島もない。

 どうしたもんかと悩んでいると前方の方がにわかにざわめき立つ。

 自分含め周囲の人間が何事かと店舗の入り口を見ると、まるでモーゼの十戒の様に人垣が割れた。

 そこから現れたのはしきりに客に頭を下げ謝るエルフィリア。

 部屋から出てこれたんだと安心するも束の間、彼女も普段とは違う格好をしていた。

 それは昨日のコロナよろしく、メイド風ウェイトレスの制服である。

 だが細部が少し異なり……具体的に言えば胸を強調するようなデザインだった。

 その為彼女が頭を下げる度に胸元のメロンがマンガの擬音を響かせそうなぐらいに弾んでいる。

 その効果は言うまでもなく、男連中を中心にものすごい視線を浴びていた。


(……あれ?)


 しかしふと違和感に気付く。

 エルフィリアは基本的に人前に出るのは苦手で注目されたがらない性格である。

 その為他人の視線には人一倍敏感なのは一緒にいる自分達は全員知っていることだ。

 今も人前にいることを我慢するかのような状態なのは普段通りなのだが、そんな彼女が胸元に集まる視線に何故か全く気付いてない。

 顔を見ようとする客からは目を背けるのに、胸元を見る客は完全にスルーしていた。


「ヤマルさん!」


 そんな彼女はこちらを見つけては物凄く安心した表情でこちらへとやってくる。

 彼女が歩く度に周囲からひそひそと客の小声が漏れていた。

 内容は割愛するが、どれもエルフ見たさにやってきた感は十分感じられる内容である。そんな彼女の耳にはその声は届いてないようなのは不幸中の幸いか。

 ともあれ忙しいだろうにお出迎えしてくれたエルフィリアに軽く手を上げる。


「ただいま。何かお客物凄く多——」

「女将さんが呼んでます! ヤマルさんもお願いします!」

「え、え……」


 こちらの上げた手を彼女が両手で包み込むように握ってくる。

 一瞬ドキリとするも切羽詰まった彼女の顔に邪な考えを追い出し、そのまま引っ張られるように中へと連行された。

 店内はさながら戦場のような様子であり、コロナが所狭しと料理を出し、女将さんはオーダーや会計をしている。

 ドルンはまた飲んでるのかなと思いきや、彼は今日は店内の一角で商人や強面の冒険者や傭兵相手に何か話していた。

 テーブルの上には酒瓶や武器が置いてあることから察するに、噂を聞いた人らがドワーフであるドルンにそれらを見て意見をもらっているのだろう。


「帰ってきたかい? さぁさ、早いとこ裏で仕事始めておくれ! はい、これエプロン。ポチちゃんは表で愛想振りまいて変な客いたらシメておくれ」

「え、え?」

「ほら、もたもたしない!」


 こちらに来た女将さんに有無を言わさずエプロンを渡されると彼女はそのまま仕事へと戻っていった。

 エルフィリアも女将さんがこちらに来るや否やコロナ同様ホールの仕事へと戻っている。

 相変わらず彼女が動くたびに胸が音を出しそうなぐらい弾んでるんだがあれはいいんだろうか。

 ……多分何も言わないって事はいいんだろうなぁ。


(怒られる前に行動するか)


 とりあえずポチには言われたとおり表で待つ客の相手をするように指示を出す。一応変な客居たら大きくなる事も吼える事にも許可を出しておいた。

 自分はとりあえず急ぎ部屋に戻り荷物や武具を下ろしエプロンをつける。

 そしてカウンターの裏の調理場へとやってくると親父さんが物凄い手際で黙々と料理を作っているところだった。

 彼はこちらを一瞥するとそのまま別の所に視線を送る。

 その視線の先には洗われていない使い終わった食器の山。どうやらこちらまで手が回っておらず自分はこれをしろと言うことなんだろう。

 調理速度から察するにこのままでは料理に使う食器もなくなりそうだ。


「……やるか」


 腕捲りをし山積みの皿の前に立つ。

 幸いにもこの宿は水道が通っているお陰で調理場には流し場もある。

 そして自分は知っている。

 普通ならば面倒なこの作業も自身の能力——正確に言えば《生活魔法》——が遺憾無く発揮される事を。

 それはまさに天職と言わんばかりに猛威を振るうだろう。


「《生活魔法+ライフマジックプラス風と水と火ヒートウォッシャー》」


 右手から出るのはまるで渦潮の様に回転をするお湯。

 もし自分以外に日本人がいればこう表現しただろう。まるで家の食洗機の様だ、と。

 しかもこの人力食洗機はなんと瞬間乾燥機能まで備えているのだ。

 如何に洗い物が溜まっていようと事時短能力に関しては右に出る者はいまい。



 結果、常人の五倍以上の速度を以ってこの依頼は無事完遂する。

 その後滅多に褒めない女将さんからの言葉に胸を張るのだが、以後事あるごとに頼まれることになるのをこの時は気付きもしなかった。



 ◇



「皆お疲れ様。今何か用意するから待ってなさい」


 深夜に入ろうとする時間と言って差し支えない頃にようやく全ての仕事が完了した。

 テーブルに頭を載せ突っ伏するエルフィリアと今日ずっと働き詰めだったポチがこの中で一番ぐったりしている。

 自分も疲れはしているものの、皿洗いは基本生活魔法でかなり楽出来たので二人よりはまだマシだろう。


「今日は皆女将さんの手伝いしてたんだね」

「あぁ。つっても俺の方は個人的に訪ねて来た奴の対応だったな。そいつらに酒や料理頼ませて売り上げ貢献って感じか。基本商談や相談だったから回転率は良かったはずだ」

「私とエルさんは見ての通りだったかな。今日はエルさん居たためか物凄く人多かったよ……」


 まぁ昨日のコロナだけでもあぁだったのだ。

 エルフィリアの種族を考えれば客寄せパンダのように人が増えるのは当然だろう。


「と言うかエルフィもご苦労様。もう大丈夫なの?」

「今は体力的に……。皆さん心配してるってヤマルさんが言ってたので最初顔出しただけだったんですが……」


 話を聞くと自分がギルドに出掛けた後で何とか頑張って部屋から出てきたらしい。

 そしてコロナと話していたところを女将さんに捕まり、あれよあれよと言う間にこの格好で仕事させられることになったそうだ。

 元々最初は落ち込んでいたのだが、すぐにそんな事も考えられないぐらいに忙殺されそして現在に至るとのこと。

 大変だったね、と同情の視線を送ってると、少し休めたのかエルフィリアは体を起こし椅子にしっかりと座り直す。


「えっと、その……改めて皆さんにはご心配とご迷惑おかけしました。多分もう大丈夫ですので……」

「ん。まぁしばらくは無理しないように……ってもうかなり無茶してるか」

「あはは……エルさんもタイミング悪かったね」

「むしろ狙い撃ちしてた気もするがなぁ」


 ともあれようやく元通りと言った具合で一安心だ。

 ほっと胸を撫で下ろしていると、隣のコロナがエルフィリアの格好をまじまじと見ていた。その視線はある一点……と言うか予想通り胸を注視している。


「うーん、改めて見るとエルさんの服装も際どいよね」

「コロナさんと変わらないと思いますけど……」

「でも胸強調するような形だよね。羨ましいというか何というか……」


 まぁそれが狙いなんだろうけど、確かにコロナの服に比べたら胸を強調するようなデザインをしていた。

 胸を持ち上げ尚且つ谷間を出すようなデザインなので、こうして目の前に座られると正直目のやり場に困る。

 だがエルフィリアは特に気にする様子も無く、おもむろに自分の胸を下から持ち上げ始めた。


「あまり見られていい物でもないような……」


 間違いなくマンガならタップンタップンとかバインバインとか擬音が書かれてそうなぐらいに弾むエルフィリアの胸。

 いきなりの事に思わず凝視してしまったが、すぐに隣のコロナの腕がこちらに伸び強制的に顔を横に向けられる。

 ゴキリと首があまり出してはいけないような嫌な音を響かせ、直後に来る痛みで思わずテーブルに突っ伏するように蹲ってしまった。


「おぉぉ……」

「流石にヤマルが悪い」

「不可抗力でしょ……」


 何やらドルンのため息も聞こえてきたので、きっと何やってんだろうみたいな表情をされてる事は想像に難くなかった。

 痛む首を押さえつつ身悶えしていると、頭上でコロナがエルフィリアに今の行為に注意し始める。


「エルさんもそんな事しちゃダメ。特に男の人の前じゃ絶対に止めてね」

「え、え……? そんなにダメなことなんですか……? こんなの見ても楽しくはないと思いますけど……」


 なんかコロナが絶句してるのが見えなくても分かった。

 でも確かにこの点は帰って来たときから違和感を覚えていた点だ。彼女は自分の胸についてはコンプレックスを持っているのに、その割には何故か無頓着な部分がある。

 少なくとも羞恥心が無いわけではない。むしろそちらは自分達と同じ感覚だ。

 何でだろうと思っているとふと、頭に一つの仮説が思い浮かぶ。


「(ヤマル、ヤマル)」


 その事が気になったのかそっと耳元でこちらの名前を呼ぶコロナ。

 だがあまり顔近づけないで頂きたい。吐息掛かる距離で囁かれるとなんかこう、耐性無い部分を触られてるようでゾワゾワする。


「(エルさん、何か変じゃない?)」

「(あー、これ多分エルフ感覚なんだよ……)」


 ひそひそとなるべく小声でコロナと会話をする。

 別に聞かれても困るような話では無いような気もするがなんと言うかその場のノリみたいなものだ。


「(そうなの?)」

「(そいやコロにはその辺話して無かったね)」


 痛む首を擦りながらゆっくりと起き上がりコロナにテーブルの下に来いとちょいちょいと手招きをする。

 首傾げるエルフィリアに少し待ってと言い二人して床にしゃがみ込めば内緒話の続きだ。


「(この辺はエルフの美的感覚のせいでもあるんだけどさ)」


 そうしてあの日、エルフの村で起こったことを交えコロナにざっくりとエルフの美的感覚を話していく。

 エルフにとっては顔の美醜よりスタイル、主にスラリとした体型の方が美しいとされていること。

 そのせいでエルフィリアはエルフ感覚で言えば太っているような扱いを受けていたこと。


「(つまりエルフィの感覚だと胸を見られても気にしないのは、俺たち感覚だと太った人がお腹見られても気にしないのと一緒なんだよ。コンプレックスである部分なんだけどさ)」

「(あー……つまり何が楽しくてそんなのを見るのかみたいな?)」

「(そゆこと。ただ他の感覚一緒だから、胸揺れは気にしなくても胸を触られたり裸見られたりするのはダメなんだよね)」

「(何かややこしいね)」

「(その辺は環境のせいだからなぁ、何が悪いってわけでもないし。ともあれコロには悪いんだけど、その辺の事を教えておいて欲しいかなぁと。同性の方がまだ説得力あるだろうし)」

「(うん、分かったよ)」


 内緒話終了。

 二人して椅子に座り直すと相変わらずエルフィリアが小首傾げてこちらを見ていた。

 彼女には後でちゃんと話すと言うと、今度はドルンが話題を変えるように話しかけてくる。


「そいやお前の方はどうだったんだ? 今日はポチと一緒にタングルホーン狩る依頼をしたってコロナから聞いたが」

「あ、うん。ちょっと問題あったけど依頼自体はちゃんと出来たよ」


 とりあえずこちらも今日あったことを順を追って話していく。

 最初は興味深そうに皆が聞いていたものの、いざ戦闘に入った辺りからコロナとドルンの表情が徐々に険しく、そして最後には驚きに変わっていくのが分かった。

 やっぱり自分の今までの戦績からしたらタングルホーン七匹とボス格一匹を仕留めたのは大戦果の様である。

 エルフィリアだけはその辺は良く分かっていないものの、魔物を複数倒せたのはすごいと思っているようで終始自分やポチを褒めてくれた。


「まぁタングリアンホーンだっけ? そっちは依頼外だったから素材分だけだったけど今日一日で結構稼げたと思うよ」

「……おい、コロナ。何か聞いてたのと話違ぇぞ?」

「私もタングルホーン単体だけと思ってたし……」

「まぁ自分も単体だけと思ってたからね。遭遇戦は想定してなかったしそこは反省点だね」


 だがその想定外の相手をちゃんと観察し対処出来たことは以前よりは前に進んでいると思う。

 以前の自分なら間違いなく一に転身、二に全力後退を取ったし今回もその案はあった。

 ただあの場において他の可能性を考慮し選択出来たのはひとえに……まぁあの人の特訓の成果だろう。


「まぁあんま無茶するなよ」

「うん、そこは重々気をつけるよ」

「頼むぜ? あぁ、そうだ。お前の目的のブツってまだあるんだろ? すぐに出るとは思ってないが次はどこ行くか決めてあるのか?」


 ブツ、つまり召喚石の残りの部分のことだろう。

 実はすでに情報自体は集めてある。ドルンの言うように今日明日で動くつもりは無いが今の内に話しておいても問題ないかもしれない。


「次に欲しいのは魔宝石だね。台座の上に乗せる魔石部分」

「また難儀なモンだな……。つーことは次の目的地はあそこか」


 ドルンの言葉に首を一度縦に振り、皆に次に行くであろう旅の目的地を告げる。


「ドルンの予想通り次の目的地は魔国だね。まずは首都を目指すつもりだよ」



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