第143話 ヤマルのソロプレイ4


「つっかれたぁー……」

「わふん……」

「あぁ、俺よりポチの方が大変だったよね。ありがと」

「わふ!」


 目の前で横たわるボスタングルを見てようやく一息つく事が出来た。

 ポチの頭をわしゃわしゃと撫でると喉をならし気持ち良さそうに目を細めている。


「と言ってもまだやること残ってるからね。もうちょっとだけ頑張ろう」

「わん!」


 何はともあれまずは全頭の生死の確認だ。

 流石にこの状態からは無いと思うが死んだフリの可能性もある。

 まぁ手段としては手っ取り早く《生活の音ライフサウンド》をタングルホーンにかけ音量を最大に上げる。その状態で呼吸音や心音が無いかをポチと共に念入りにチェックし、大丈夫と判断した個体からボスタングルの近くまで引きずって集めた。

 流石に自分が運ぶには重かったのでラッシュボアの時と同様に地面を凍らせての運搬に切り替えたが、それでもこの大きさはかなりきつい。

 汗水垂らしひぃひぃ言いながらポチと手分けしてなんとか全てを集め終える。

 しかしこうして集めて見るとよく倒せたなと思う。

 むしろこんな数を倒そうと思った段階でイワンに色々思考を毒されたのではないだろうか。


「さて……どうしようね?」

「わふ……」


 タングルホーンはお金になる部位が多い魔物だ。

 魔石は言わずもがな、角は薬の材料になるし毛皮は服や防具に、肉だって食える。

 しかしどのタングルホーンも自分と同じぐらいの大きさ、角を含めればそれ以上だ。

 とてもじゃないが全部持って帰れない。そもそも皮を剥ぐ技術なんてないし……。


(魔石は確定として単価が高いのは角なんだけどこの大きさが八本か……。あー、でもこれだけの数を一部しか持って帰れないとか勿体ないよなぁ。角は討伐の証として絶対必須だけど他も換金すればそれなりになるのに……)


 だが無情なことにポチに荷物を任せたとしても乗せる数は限られるのだ。

 取捨選択しないといけないとは言え勿体無い精神が出てしまうのは日本人の性だろう。

 ラッシュボアの時みたいな荷馬車があれば運べるんだろうが、呼びに行って帰って来るまで数時間は掛かる。

 とてもじゃないがそれまでこれが野ざらしにされてて放って置かれるとは思えない。

 やっぱり魔石と角だけ持って帰るしかないか、とため息一つ溢し解体のために短剣に手をかけたその時だった。


「おぉーーい!!」

「ん?」


 森の方角から人の声。

 戦闘で走り回ったせいで当初よりも場所は離れてしまったが、間違いなくあちらの方からの声だった。

 目を細め声の主の方を見るとどうやら四人組の冒険者のようだ。

 彼らはこちらに向かい手を振りながら小走りに近づいてきている。


「ポチ、警戒を……って、あれ?」


 横にいるポチを見るも警戒の素振りすら見せてなかった。

 そんなものは必要ないとばかりにじっとその冒険者らを見ていたが、彼らが自分でも視認出来る程に近づいたことでその理由が判明する。


「おーーい!!」

「あれ、『フォーカラー』?」


 先頭で手を振るのは間違いなく『フォーカラー』のリーダーのアーレだ。

 他の三人もその後ろからついてきているので間違いないだろう。

 大人しくこちらまでやってくるのを待つことしばし。

 彼らがすぐそばまで寄ると目の前の惨状に思わず大声を上げられてしまった。

 確かに周囲は魔法の使用跡もいくつかあり、そしてすぐ横には横たわるタングルホーンが八体。

 そのため驚いたものの、すぐに何があったのか彼らは察してくれた。


「ヤマルさん、もしかしてこのタングルホーンって……」

「うん、俺とポチで協力して倒したよ。ね?」

「わふ!」


 ドヤッ!と言わんばかりにしたり顔でポチが胸を張る。

 だが彼らはまだ自分の戦果には信じられないようで半信半疑の様子だ。

 ……うん、自分でも出来すぎな戦果だと思うのでその気持ちはすごく分かる。


「あの、この数を一人で……?」

「いや、ポチと二人で。むしろ俺だけじゃ絶対に無理だよ」


 確かに仕留めたのは自分ではあるがそれはポチあっての功績だというのは十二分に理解している。

 個人的には貢献度は3:7ぐらいではないだろうかと思ってるぐらいだ。無論ポチが7である。

 ちなみに自分だけで戦った場合をシミュレートするも、そもそも戦いの場にすら立てそうに無い。

 良くて近づかれる前に一匹か二匹仕留めれるのが精々。その後は逃げれることも無く轢死する未来しか見えない。

 ポチが走ってくれたから、そして魔法を強くしてくれたからこその勝利なのだ。


「でもどうやってこの数を? 普通一人じゃ無理だろ、これ」

「まぁこいつら自身近距離での攻撃方法しか持ってなかったからね。相性が良かったんだよ」


 ざっくりとだがポチの背に乗り距離を保ちつつ遠距離で倒したと説明をする。

 普通なら取れない手法なものの、目の前にいる戦狼ならば可能だと彼らも分かってくれたようだった。


「と言うかそっちこそどうしたの? 森の方から出てきたみたいだけど」

「あぁ、俺らもタングルホーンの依頼受けてたんだよ。んで前日から探してたんだが、何か爆発音が聞こえて慌ててこっち来たって訳だ」


 アーレが言う爆発音は多分ボスタングルを吹き飛ばしたときのやつだろう。

 あの時は時間的な余裕も無かったので《生活の音》をかけることも出来なかったし。


「そうしたらあんたと戦狼の姿が見えたからな。それで様子見に来たってわけだ」

「ちなみにこれが僕達が受けた依頼だよ」


 そう言うとミグは背嚢にしまってた一つの依頼書をこちらに見せた。

 それは自分が受けた依頼書と瓜二つ。ただし違うのは受注した日付があちらの方が一日早かった。

 多分職員が言ってた先日この依頼を受けた冒険者が彼らだったんだろう。

 こちらも同じ依頼を後追いで受けたことを言うと、キイスが『先を越された』と若干悔しそうに頭を抱えていた。

 ただこの依頼、ダブルブッキングではない。

 今回はたまたま自分の方にこれだけの数が集まっただけで、普通なら複数パーティーが手分けして行う依頼である。


「んでさ、さっきから気になってたんだがコレは何だ?」


 アーレがコレ、と視線を向ける先には一匹だけ体躯も体毛も違うボスタングル。

 死して尚その存在感は他のタングルホーンとは比べ物にならない。


「さぁ、俺も知らないからむしろこっちが聞きたいよ。多分群れのボスとかそんな感じのだと思うけど」

「ふーん、そんなのもいるんだな。初めて見たわ」


 物珍しげにアーレがボスタングルを観察する一方、アーヴは口元に手を当てながら何やら思案している様子だった。

 何か気になるの事でもあったかとアーヴに問いかけると、彼は小さく頷きその点を指摘してくる。


「いえ、これだけの数どうするのかなと思いまして」

「それ悩んでたんだよね。気持ち的には全部持ち帰りたいけど……あ、そうだ」


 その時、頭にあるアイデアがピンと降りてきた。


「ねぇ、良かったら俺に雇われない?」



 ◇



 数時間後——。


「いやー、こんなに大量のタングルホーンは初めて運ぶよ」

「いえいえ、こちらこそ急な依頼引き受けてくれてありがとうございます」


 現在街道を荷馬車に揺られ王都への帰路へとついている。

 あの後『フォーカラー』に出した依頼は簡単なことだった。

 自分が運ぶ為の荷馬車を呼んで来るから、その間このタングルホーンを他の魔物達や別の冒険者らにちょっかいを出されないよう見張って欲しいと言うのが一つ。

 そして荷馬車が来るまでに血抜き処理をしておいて欲しいのが一つだ。

 処理に関しては彼らが冒険者になる前に地元で狩猟していた話を覚えていたので頼むことにした。

 最後に荷馬車到着後に業者と一緒に積み卸しの作業の手伝いと、帰り道の護衛をして欲しいと頼んだ。

 報酬は本来の依頼であるタングルホーン討伐の二匹分。

 デメリットとしては口約束だから自分を信用して貰わなきゃいけないのと、ギルドを通さない個人契約なので冒険者としてのポイントが加算されない点である。

 報酬を二匹分にしたのはその辺を踏まえての事だ。


 結果、彼らはこちらの提案に二つ返事で了承してくれた。

 確かにポイントは惜しいものの自分が殆ど狩ってしまったのと、戦わずに少なくない金が貰えるのは彼らとしてもありがたいからだったらしい。

 自分としてもこの魔物を全部持ち帰ることが出来たし、まさにWIN-WINの関係になれたと思う。


(とりあえずは全部上手くいった……よね?)


 割とギリギリだったが自分の出来ること、やれることを沢山やったしポチと一緒ではあるが魔物の単独討伐も出来た。

 素材回りも全部回収した。『フォーカラー』やこの業者に支払うお金は発生するものの、魔石や角だけ持ち帰るよりは取り分は確実に多い。

 まぁ大変だったが万々歳と言った所だろう。


「ポチもほんとご苦労様」


 あの後王都までひとっ走りし、現地に着くまで荷馬車護衛も一緒にやってくれたポチ。

 今は自分の膝の上で丸くなりすやすや寝息を立てている。

 かなり無茶をさせてしまったが間違いなく功労賞はこの子だろう。

 今日はお肉でもたくさんあげて労ってあげよう、と思いつつポチの背中を優しく撫でる。


 その後、馬車は特に問題が起こることなく王都へと到着した。

 門を潜り抜け荷馬車ごと一路冒険者ギルドへと向かう。


「いやー、注目浴びるってのはいいなぁ」

「でも俺たちの戦果でもねーだろ、これ」

「雰囲気味わうぐらい役得だ、役得。それにこれ知ってればお前らだってやる気出るだろ?」


 アーレとキイスが言うように、大量のタングルホーンを運ぶ自分達はちょっとした注目を浴びていた。

 ラッシュボアのときもそうだったがやはり物珍しい物には王都の人間は敏感なようだ。

 街中に入ったのでもう護衛する必要は無かったのだが、『フォーカラー』の面々は注目されることが滅多に無い為かまだ馬車を取り囲むように一緒に歩いている。

 そして程無くして荷馬車は冒険者ギルドへと到着した。

 業者の人にはすでに前金で支払っているため、ギルドの人がタングルホーンを取りに来たら彼の仕事は終了である。


「では担当者を呼んできますのでもうしばらく待ってて下さいね」

「あいよ。荷ほどきはその間に済ませておくよ」


 業者と別れ『フォーカラー』の四人を連れてギルドの中へ。

 まだ日が落ちるには早い時間の為、ホールに人はまばらな感じだった。

 そして入るなりカウンターからいつもの男性職員がこっちに来いとばかりに手招いている。


「早かったな。何にせよ怪我が無くて何よりだ」

「……? 珍しいですね、そんなこと言うなんて」


 普段と違う優しい物言いに小首を傾げてしまう。

 もちろん彼が冷血漢だとは思っていない。

 しかし大なり小なり危険と隣り合わせのこの職業、それに毎日付き合う職員なんて冒険者の怪我は見慣れているはずだ。

 その為こう心配されることに少し違和感があった。

 だが別に気にするほどでもないかと頭を切り替えまずは報告をすることにする。


「まぁ見ての通り特に問題なく戻りました。依頼も無事完了してきましたよ」

「……まじか?」

「えぇ、表に荷馬車止めてますんで引き取りと解体もお願いします。結構大変でしたけど八匹も仕留めて来ましたよ」


 どうよ、と言わんばかりに心持ち胸を張りつつ依頼の成果を告げる。

 ポチも頭の上で得意気な表情をしているのだろう。

 その証拠とばかりに職員の顔が驚愕の表情のまま固まってるのがそれを物語っている。


「とゆーわけで依頼も八匹分お願いしますね。依頼書には討伐限度書かれてませんし、そもそも『フォーカラー』の皆にも頼んだってことは複数討伐も視野に入れてたんですよね?」

「あ、あぁ……そうか、八匹もか。とりあえず中に運ばせよう」


 ようやく硬直から復帰した職員が別の職員に表の魔物の搬入をするように指示を送る。

 しかし普段弱い弱い言われてるためか、やはり普通のDランク相当の魔物だったとしても自分が倒せたのは信じれないようだ。

 ……うん、ちょっと見返せたようで少し気分が良い。


「これで変な二つ名返上出来ますかねー? 普通ぐらいには見られたいとこですが……」

「あー……まぁ無理なんじゃねーか?」

「むぅ……。まぁまだDランクの倒しただけですし仕方ないか……」


 やはり普通への道はまだまだ遠いらしい。

 少しは成長出来たとは思うが、やはりこの世界の普通からすればまだまだ未熟者ってことなんだろう。


「話終わったか? こっちも報告したいんだけど」

「あ、ごめんごめん」


 待ちくたびれたアーレにそう声を掛けられ、後ろに控えてた『フォーカラー』に謝りながら場所を譲る。

 彼らは今回は残念なことに依頼未達扱いだ。その為手続きを終えればこちらの清算待ちとなる。


「そいやお前ら一緒に帰ってきたが五人で戦ったんじゃないんだな?」

「俺らが来た時には終わってたからなぁ。合流後は《薬草殺しハーブスレイヤー》に雇われただけだ」

「あ、依頼の二匹分だけ別にしてもらえます? 彼らへの報酬がその額なので」


 あいよ、と職員が了承し待つことしばし。

 解体係の青年がやってくると職員に何か二、三話しまた部屋へと戻っていった。

 ……あれ、なんかものすごく呆れられたような視線を感じる。


「運搬終わったんだがタングルホーンは七匹だったらしいぞ」

「え、間違いなく八匹ですよ?」


 ねぇ?と『フォーカラー』に尋ねると、彼らも口々に同意をする。

 血抜きなど簡易的ではあるが処理したのは他でもない彼らである。積み込みもやったしあんな大きいのを誤魔化せるなんて到底思えない。


「ちげーよ、一匹でかいの混じってたろ。ありゃタングルホーンじゃなくてタングリアンホーンだ」

「あれ、別種でしたか……」

「別種つーかボス格だな」

「あー、やっぱり。確かにあれ中心に襲われましたし参りましたよ。ずっと追い回すんで生きた心地しませんでしたし……」

「……本当に倒したんだな、あれ。ともかくタングリアンホーンは別だから七匹分だ。代わりに他のよりは単価高いから我慢しとけ」

「依頼外ですから仕方ないか……」


 まぁ少し割高で買い取って貰えるんだしそれで良しとしておこう。

 そして更に待つことしばし。

 日が暮れ始め他の冒険者達がそれぞれ依頼を終えギルドに集まり出した頃にやっと査定が終わった。


「待たせたな。状態良かったのが六匹だから素材は少し高めにしておいたぞ。後は七匹分の依頼のやつがこっちだ」

「ありがとうございます。結構入ってますね」


 『フォーカラー』への報酬は横に避けてあるから目の前のやつが自分への報酬である。

 流石に数があるだけに結構な金額になっていた。荷馬車の出費を差し引いても十分黒字である。

 これだけあれば自分一人だけならちょっとした小金持ち気分になれただろうけど、少しだけ貰って残りはパーティー費用に当てることにする。

 個人財産にしても運営費が無いと結局崩す事になるし、そもそも金銭的余裕が無いと色々焦っちゃいそうだからだ。


「……まぁ、今日は頑張ったな? 少し見直したぞ」

「ありがとうございます。ポチが頑張ってくれたお陰ですよ」

「わふ!」

「お前がこいつ引き取った時はこうなるとは思ってなかったけどなぁ。まぁこれからも頑張ってくれ」


 軽く手を上げエールを送る男性職員に頭を下げ『フォーカラー』の四人に約束通りの報酬を支払う。

 彼らからしても美味しい額らしくとても喜んでいた。それを見ては提案して良かったなと心がほっこりする。


「んじゃ今日のところは帰るよ」

「おう、今日はありがとなー!」

「また機会あったらお願いしますね」


 喜んでる彼らに一言挨拶をし冒険者ギルドを後にする。

 今日は疲れたし自分もポチと一緒にガッツリお肉でも食べるかなぁと考えつつ、皆が待つ宿へと戻ることにした。



 ◇



「先輩、良かったんですか?」

「あー……まぁ依頼張る前だったから仕方ないだろ」


 後輩の職員が一枚の依頼書を持ち小声でこちらへと問いかけてくる。

 その依頼書は明日にでも出そうと思っていたギルドからの依頼だった。

 だが本日、よりによってあのヤマルがタングリアンホーンを倒したことで取り下げる事が先ほど決まった案件である。


「でもびっくりですね。まさか彼が……」

「まぁあいつには戦狼いるからなぁ。協力したとは言ってたが」

「それでもタングリアンホーン相手ですよ? 戦狼一匹じゃどうにもならないんじゃ……」


 そう言って後輩は手に持っていた依頼書に目を落とす。

 何の変哲も無い、普通の依頼書のはずが今となっては物凄く特別なものに思えてくるのは仕方のない事だろう。

 その依頼書には簡潔にこう書かれていた。


『Cランク依頼:タングルホーン異常発生調査。可能ならば原因の除去。

 ※タングリアンホーンの可能性あり。要範囲魔法使い。Bランク以上は条件緩和』

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